「ミ゛ィィ……ミッミ゛ィィィ……」
陽が沈んで、すっかり暗くなってしまった畑にタブンネの声が響きます。
畑の真ん中から空に向かって突き出した太い棒。
そこにロープで縛りつけられている1匹のタブンネ。
この地域の伝統的な光景、タブンネかかしです。
よく見ると、周りの畑でも同じような光景が見られます。
ポロポロと涙を流す。弱々しい鳴き声を上げる。なんとかして抜け出そうともがく。
反応はタブンネによって様々ですが、彼らの表情が訴えるのはただ一つです。
だれか助けてください、と。
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「チィチィ」「チィチィ」「チィチィ」
春。
生まれて間もない子タブンネたちが元気よく鳴いています。
そんな子タブンネたちにお乳をあげているのは、お母さんタブンネです。
優しい微笑みを浮かべ、元気な子どもたちの体をなでてあげます。
その光景はとても幸せそうです。
しばらくすると、お父さんタブンネがやって来ました。
その体は泥で汚れていますが、表情はとても明るく、つらそうな様子はありません。
お父さんタブンネが子タブンネたちのところに行こうとするのをお母さんタブンネが止めます。
そして、お父さんタブンネの体をなめて汚れを落とし、毛づくろいをします。
汚れた体で子どものところに行かせるわけにはいきませんからね。
体をきれいにしてもらったお父さんタブンネは、子タブンネたちを抱っこし、高い高いをします。
「ミィ~♪」「チィチィ♪」「チィチィ♪」
笑顔のお父さんタブンネと、遊んでもらって大喜びの子タブンネ。
それを見るお母さんタブンネも満面の笑みを浮かべています。
ここは、とある木の実農家。
ここではタブンネたちに木の実作りを手伝わせています。
先ほどのお父さんタブンネは、種を植えるために畑を耕してきたのです。
それであんなに泥だらけだったのですね。
ちなみに、この農家では現在5組のタブンネの家族を飼っています。
飼育場にしている倉庫の中には、タブンネたちの楽しげな声が響いています。
子タブンネたちが乳離れをすませると、子タブンネたちが畑に出ることになります。
畑に出る記念に、農家でとれた木の実と、おいしいお肉が子タブンネたちにふるまわれます。
このころから、お父さんタブンネとお母さんタブンネは姿を消します。
どこに行ってしまったんでしょうね?
畑に出た子タブンネたちには、木の実を守るように指示が出されました。
ミネズミ、コラッタ、マメパト、そのほかにもたくさんのポケモンがやって来ます。
しかし、子タブンネみんなで力を合わせれば、怖いものなんてありません。
みんなで集まり「ミィミィ!」と鳴き声をあげて、ポケモンたちを追い払おうとします。
ポケモンを追い払うのに成功すると、農家の人は子タブンネたちに木の実を与えます。
ご褒美をやることで「畑に来たポケモンを追い払えば、木の実がもらえる」ということを
子タブンネたちにすりこむのです。
木の実をもらった子タブンネたちはみんなニコニコと笑っています。
そのときです。
ムックルの群れが子タブンネたちに襲い掛かります。
突如現れた大きな群れに子タブンネたちは大慌てです。
ムックルたちに頭や耳をつつかれた子タブンネたちは「ミィィィッ!?」と逃げ回ります。
子タブンネたちとムックルの群れによって、畑の周りは大騒ぎです。
しかし、ムックルたちは子タブンネたちを襲うのが目的ではありません。
畑の虫を食べるときに、子タブンネたちが邪魔をしてこないようにしているのです。
夏。
子タブンネたちは成長し、大人のタブンネより一回り小さいくらいの大きさになりました。
もう子タブンネではなく、タブンネとよんでもいいくらいです。
このころのタブンネたちは程度の差こそあれ、皆ケガをしています。
畑に来るポケモンたちとの戦いによってできたケガです。
農家の人はタブンネたちを選別します。
大きなケガをしているタブンネと、そうでないタブンネです。
これから何の仕事をさせようにも、ケガがひどいタブンネはほとんど戦力になりません。
働けないタブンネを養えるほど余裕のある農家というのは少ないものです。
ちなみに、あまりケガをしていないタブンネは、これからも畑仕事を手伝うことになり、
必要があれば、働き手となる子タブンネを産むことになります。
タブンネの選別が終わると、農家の人は大ケガをしているタブンネをリヤカーに乗せて運びます。
そして、畑までやって来ると、太い棒にタブンネの体を固定していきます。
「ミィッ!?」「ミミッ!?」
ロープで体を固定されていくことに驚き、体を動かして抵抗しますが、効果はありません。
戦力にならないと判断されたほどのケガをしているわけですから当然です。
涙を流しながら「ミィミィ」と鳴くことしかできません。
こうして体を棒に固定されたタブンネは畑の中央で、タブンネかかしとなって木の実を守るのです。
兄弟たちが助けに来てくれるかもしれない。
そんな淡い期待を持って、タブンネたちは助けを求める声をあげます。
無駄かもしれないとわかっていても、それ以外にできることはないのです。
そのとき、タブンネの優れた聴覚がある音を捉えました。
まだ小さかったころから何度も聞いてきた音。
野生のコラッタが木の実をねらって畑にやって来た音です。
「ミィ! ミィ!」
タブンネは力の限り叫びます。
子タブンネだったころ、野生のポケモンを追い払うと木の実を食べさせてもらえました。
コラッタを追い払うことができれば、ここから降ろしてもらえるかもしれない。
タブンネは必死に鳴きつづけます。
コラッタを追い払うために。ここから解放してもらうために。
タブンネの祈りが届いたのか、コラッタは畑に入ることなく逃げていきました。
タブンネは安堵の息を吐きます。
これでここから降ろしてもらえる、と。
そのとき、タブンネの顔に大きな影が落ちます。
何だろうと上を見たタブンネの瞳が捉えたものは、大きなムクホークでした。
ムクホークは鋭い爪やくちばしで、タブンネを何度も攻撃します。
自由に動けない体を攻撃されて、タブンネは悲鳴をあげますが、事態は何も変わりません。
このムクホーク、以前に畑にやって来たムックルたちのうちの1羽です。
ムクホークとなり、群れから独立したあと、獲物を求めてこの畑にやってきたのです。
ムックルだったころに子タブンネの群れを襲ったことを覚えていたのでしょうね。
実は、コラッタが逃げ出したのは、タブンネの声に驚いたからではありません。
タブンネの声を聞きつけたムクバードを察知して逃げ出したのです。
タブンネ自身に木の実を守らせるのではなく、タブンネを狙った大型ポケモンが来ることで、
木の実を狙う野生ポケモンを追い払う。
それが、この地域の伝統「タブンネかかし」なのです。
ムクホークが飛び去っていくと、そこにはボロボロになったタブンネが残されます。
耳の片方はちぎれかけ、全身から血を流しています。
青い目も片方がなくなり、そこからは血の涙を流しています。
そんなタブンネの口に、甘い香りが広がります。
農家の人がオボンの実をタブンネの口に入れたのです。
形が悪くて出荷できないものですから、農家の人にとってはゴミ処理も兼ねています。
「ミィ……♪」
痛みに苦しみながらも、タブンネは喜びの声をあげます。
がんばったら木の実がもらえた。もう少しがんばれば、きっと降ろしてもらえる。
そう希望をもったタブンネはふたたび「ミィミィ」と鳴きはじめます。
その声を聞きつけて、新たな肉食ポケモンがやってくるとは思わずに。
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冬。
たくさんのタブンネたちが、春に向けて肥料づくりを行っています。
土に食べ残した木の実や自分たちの糞を混ぜることで、養分の多い土を作るのです。
その肥料には干からびたピンク色のものが混じっているのも見えます。
タブンネたちは、それを見ないようにしながら作業を行います。
このタブンネたちのうち、春まで生き残るタブンネはほとんどいません。
冬の間の貴重なタンパク源として消費されるからです。
そして、春まで生き残った数少ないタブンネが子どもを産むことで、農家の1年は始まるのです。
(おわり)
最終更新:2015年02月18日 20:42