ここ数年の間に、街の中でタブンネの姿を見ることが多くなった。
どのタブンネも泥や砂ぼこりにまみれており、タブンネの特徴ともいえるピンク色の体毛は
色褪せて、薄汚れてしまっている。
どのタブンネも地面にすわり込み、青い瞳からは活力がすっかり失われてしまっている。
そして、それ以外にこのタブンネたちに共通することがある。
どのタブンネも成熟しきった大人のタブンネであるということだ。
このタブンネたちこそが、最近問題になっている「捨てタブンネ」だ。
数年前、ここイッシュ地方には空前のペットブームが起こっていた。
多くのポケモンがペットショップに並び、様々な人に買われていった。
その中でも、タブンネは特に人気があった。
くるくると変わる表情、かわいらしいピンクの体、ハートの形をした肉球。
ポケモンセンターで働いていることで、タブンネというポケモンが身近に感じられたのも
タブンネが人気だった理由の一つになるだろう。
しかし、ブームというものは長く続くものではない。
一時期の盛り上がりが嘘のようにブームが落ち着くと、街には捨てられたタブンネが増え始めた。
理由は簡単。大きくなったからだ。
タブンネというポケモンは成長すれば、その身長は1mにもなる。
体が大きければ、それだけスペースをとるし、餌だってたくさん食べる。
それに、体の小さい子タブンネのときはマスコットとしてかわいがることができたものの、
大人になったタブンネをマスコットとしては見れないという人がいたのも大きい。
そして、成長したタブンネたちは捨てられていった。
しかも、ただ捨てられただけではない。
他のタブンネとお見合いをさせられ、子どもが生まれてから捨てられていった。
新しいマスコットができたから、用済みだとばかりに。
そうやって捨てられたタブンネたちは、困惑するしかなかった。
子タブンネだったころから、人間に育てられていたため何をしていいかわからない。
餌の取り方も、寝床の見つけ方も、何ひとつわからない。
街にはそうしたタブンネたちが増えていった。
「ミィ……ミィ……♪」
1匹のタブンネが近くを通る人たちに笑顔で鳴きかける。
捨てられて日が浅いのだろう。人間から餌をもらおうとしているのだ。
しかし、タブンネの声に耳を傾ける者は誰もいない。
誰もがタブンネを無視し、視線を向けることなく通り過ぎていく。
そして、無視されることに耐えられなかったのか、タブンネが行動を起こす。
通行人の一人に近寄ると、足にしがみついて「ミィミィ」と泣きはじめた。
「うわ! やめろよ!」
通行人がそう叫ぶと、どこからともなく作業着をきた男たちが現れる。
この街にある保健所の職員たちだ。
彼らはタブンネを押さえつけると、電話でどこかに連絡を取る。
しばらくすると、1台のワゴンが到着し、中にある檻にタブンネを入れる。
ただの野良タブンネならばこうはならない。
捨てタブンネが街に増えてからは、タブンネたちの動向に目を光らせる職員が多く配置されている。
人に危害を加えると判断されたタブンネたちがこうやって捕まえられて、保健所で処分されるのだ。
それを知っているからこそ、捨てタブンネの多くはなにもできずに、地面にすわり込んだままなのだ。
「ミィィィィィッ!」
突然、タブンネの鳴き声が響く。
さっきまですわり込んでいたタブンネのうちの1匹が立ち上がっていた。
視線の先には、一人の女性の、その隣をヨタヨタと歩いていた子タブンネ。
驚いて固まっている子タブンネに向かってタブンネが駆けだす。
両手を伸ばし、子タブンネを抱きしめようとしたその瞬間、
「うちの子に何するのよ!」
女性が叫び、子タブンネを抱き上げる。
子タブンネは女性の胸に顔をうずめて「ミィィ!」とおびえている。
唖然とした様子でそれを見つめていたタブンネだが、涙を流しながら「ミィ!」と鳴き声を上げる。
おそらく、あの女性がタブンネの元飼い主で、子タブンネはタブンネの子どもなのだろう。
野良として過ごしているときに、飼い主と子どもの姿を見つけて駆け寄ったということだろう。
タブンネは「ミィミィ!」と鳴き続ける。
周りの人は女性とタブンネから距離をとっている。
足早に通り過ぎていく者、足を止めて見物する者。
しかし、誰もがタブンネを止めようとはしない。
厄介ごとにかかわりたくはないだろうから当然だろう。
周りに保健所の職員はいないようだ。……仕方がない。
「そこまでだ。タブンネ」
女性にすがりつくタブンネを押さえ、ポケットから携帯を取り出して保健所に連絡を取る。
保健所の職員の格好をしている俺に気付き、がっくりとうなだれるタブンネ。
これから自分がどうなるのかわかったのか、体から急速に力が抜けていく。
それでも諦めきれないのか、子タブンネに「ミィ…」と鳴き声をかける。
そんなタブンネの様子に、子タブンネはおびえた表情になると、女性にしっかりとしがみつく。
「もうお前のことなんか覚えてないよ。これで諦めがついただろ?」
俺にそう言われ、タブンネの体から完全に力が抜ける。
「ミ……ミ……」と震える声で鳴きながら、小さく首を振っている。
やってきた保健所のワゴンにタブンネを乗せる。
飼い主に捨てられ、子どもからも忘れられ、これから自分は処分される。
それを理解し、檻の中に横たわるタブンネは何も言わずに涙を流し続ける。
こういう姿をみると気分が重くなるが仕方がない。これも仕事だ。
こうして、街に増えた捨てタブンネは毎日処分されていく。
それでもタブンネたちがいなくなることは決してない。
今もどこかで、人知れず、タブンネたちが捨てられているのだ。
(おしまい)
最終更新:2015年02月18日 20:47