オボンの実と子タブンネ

わが家の庭にはオボンの木がある。
時期が来ればたくさんのオボンの実がなる。
わが家で飼っているムーランドに餌といっしょにあげるくらいで特に使い道もない。
そのため、わが家だけで使うのではなく、ご近所さんにもおすそ分けしている。

ある日の午後。
オボンの木の近くに子タブンネがいるのが見えた。
まだまだ離乳したばかりの、体の小さな子タブンネだ。
木の下に立って、枝になっているオボンの実をじっと見つめている。
木の実をとることをためらっているのか、手を出さずにただ見つめているだけだ。

栄養状態はあまりよくなく、その体はひどくやせている。
タブンネの特徴の一つである、ふっくらとしたお腹は引っ込んでしまい、丸みのあるお尻も
引き締まっているというより、肉が削げ落ちてしまった印象だ。
何日も食事にありつけていないため、口からはよだれが落ちている。

「行け、ムーランド」
ボールからムーランドを出して、オボンをみつめている子タブンネのもとに向かわせる。
「ミッ!? ミヒィッ!」
ムーランドがこっちにやって来たのをみて、子タブンネがあわてて逃げ出す。
しかし、その動きに力はなく、フラフラと今にも倒れそうな足取りだ。

ムーランドは子タブンネに追いついても、攻撃は加えない。
必死に逃げていた子タブンネは安心して、その場にすわりこむ。
そんな子タブンネに向かってムーランドが大きく吠える。
その声に驚き、子タブンネは「ミヒャァ!?」と鳴いて、ふたたび逃げ始める。
食事を手に入れられなかったショックか、ムーランドに吠えられた恐怖か、小さな瞳からは
次々と涙が流れ出している。

子タブンネを庭の隅に追いやったムーランドを呼び戻す。
子タブンネは体を丸めて、ガタガタ震えながらこっちを見ている。
すっかり見慣れてしまった光景だ。
木の実を見ている子タブンネをムーランドが追い払う。
何日も前からこれが繰り返されている。

翌日。オボンの木を見ると、近くに子タブンネがいるのが見えた。
ただし、地面に力なく横たわっていて、両手足はだらりと投げ出されている。
近づいて様子を確認すると、呼吸をしているのがわかる。
試しにムーランドを出してみるが、小さく「ミィィ…」と鳴くだけで逃げようともしない。
何日もの間、食べ物にありつけていないのだ。おそらく限界が近いのだろう。
空を見ると、どんよりとした様子で、今にも雨が降り出しそうだった。
子タブンネのすぐ近くにモンスターボールを置いて、家に入ることにした。

一晩明けて。
夜になって降り出した雨はすっかり上がり、青い空が広がっている。
子タブンネは昨日と変わらない場所に、変わらない姿勢で倒れている。
体力が落ちているうえに、雨にさらされたのだ。
子タブンネはもう生きてはいないだろう。

そう思って近づくと、どうやらまだ生きているようだ。
絞り出すように「フッ……フッ……」と呼吸を繰り返している。
タブンネの生命力の高さは知っていたが、この状態になってもまだ生きているとは。
何もできずに死を待つだけのこの状態は、もはや地獄だろう。

子タブンネの動きが止まる。
か細い声で「ミ…」とだけ鳴くと、静かに目を閉じた。
呼吸のたびにかすかに動いていたお腹も動かない。
この瞬間に子タブンネは完全に死んだのだ。

子タブンネが死んだのを見届けると、ムーランドに手伝ってもらってオボンの木の根元に穴を掘る。
底に子タブンネの死体を入れて、上から土をかけて埋める。。
子タブンネを埋め終わると、子タブンネの近くに置いてあったモンスターボールを手に取る。
そして、中に入っていたポケモンを庭に出す。

「ミヤァァァァァァァァァッ!」

中から出てきたのは成体のタブンネだ。
そして、子タブンネの親の、母タブンネでもある。
地面にすわり込んで、だらだらと涙を流す。
大量の涙と鼻水で、胸やお腹はぐっしょりと濡れている。

わが子の弱っていく様子をボールの中から見せられ、心臓の音が小さくなっていくのを一晩中、
すぐそばで聞きつづけたのだ。
死んだわが子を抱くこともできずに、土に埋まっていくのを見せられただけ。
心の中は深い悲しみで満たされていることだろう。

「これも全部、お前の行動が招いた結果だぞ」
泣きじゃくる母タブンネにそう言ってやる。
そもそもの事の起こりは、この母タブンネがわが家の木の実に手をだしたことだ。
「ミィ」でも何でもいいので、木の実をとったことを俺に教えれば、見逃してやってもよかった。
ただし、俺がいない隙を見計らって、何度も何度もとっていたのだから制裁を与えただけだ。
まあ、つまり子タブンネは完全に巻き添えを喰らっただけだが。
だからこそ、供養のつもりでオボンの木の下に埋めたのだ。

「お前の子どもは悪いことだってわかってたんだろうな。どんだけ腹を空かせてても木の実をとるどころか
手を伸ばすことさえしなかったんだぞ。
それに比べて……恥ずかしいと思わないのか」
俺の言葉に、母タブンネが耳を押さえてイヤイヤと首を振る。
まったく反省の色が見えないな、こいつ。

「……もういい。見逃してやるよ。
自分のせいで子どもが死んだってことを一生後悔しながら生きていけよ」
そう言って母タブンネの体を蹴って追い払う。
母タブンネは俺の方を見ると、うつむいたままトボトボと歩き出した。
そしてオボンの木の下にいくと、地面をひっかき、土を掘り返し始めた。
子タブンネの死体を掘り出して、持って帰ろうとしているのだろう。

善悪の認識が子ども以下のお前に親の資格はないぞ。
ムーランドに指示を出して、母タブンネを攻撃させる。
攻撃を受ける母タブンネは、苦しみながらも笑っていた。
「子どもと同じところに行ける」とでも考えているのだろう。
そんなわけないだろう。

母タブンネが倒れたところで、ムーランドに攻撃をやめさせる。
母タブンネの顔には「なぜ止めるのか」と疑問が浮かんでいる。
そんな様子の母タブンネを無視してボールに入れると、そのままある場所に向かった。

「それじゃあお願いします」
ボロボロで身動きの取れない母タブンネを職員に引き渡す。
いまだに疑問を浮かべている母タブンネに伝えておこう。
「そんなに子どもが好きなら、ここでいくらでも産めばいい」
ますます訳が分からないという顔をする母タブンネ。そのうちわかる。

『食品用タブンネ生産工場』

それが母タブンネを連れてきた場所だ。
母タブンネはここで毎日、強制的に受精させられ、ひたすらタマゴを産まされる。
そして、母タブンネが抱くことさえなくタマゴは回収されていく。
自分の産んだものが自分のもとに何も残らない。
親の資格のないこいつにはこれ以上ない罰だろう。

俺は工場をあとにし、家に帰って庭に向かう。
そして、オボンの木から実を1つとると、子タブンネが埋まっている場所の上に置く。
巻き込まれただけの子タブンネに、贖罪の気持ちを込めて。

(おしまい)
最終更新:2015年02月18日 20:48