タブンネ専門のペットショップ

イッシュ地方のとある町にタブンネ専門のペットショップがある。
タブンネ専門なんて、経営が成り立つのかと思うことだろう。
普通ならば成り立つはずもない。しかし、この店ではそれが成り立っているのだ。

大きな理由として、この店のタブンネはとても質がいいということがある。
どのタブンネもお客さんに笑顔を向け、手を振ったりなど、とても愛くるしい。
さらに、ここのタブンネたちは飼い主の言うことをよく聞くいい子だと評判だ。
何か秘訣があるのだろうか?

ブリーダーのもとからたくさんの子タブンネたちが送られてきた。
親から引き離されたうえに、知らない場所に不安を感じ「チィチィ」と鳴いている。
その様子を見て、この店を一人で経営している男はため息をつく。

「いつまでもピィピィ泣いてんじゃないぞ。ほら、笑顔だ笑顔だ」
男はそう言うと、子タブンネのうち1匹のほっぺをつかみ上に引っ張る。
無理やり笑顔をつくらされた子タブンネは「フィィ!」と抗議の声を上げる。
しょうがないと息を吐くと、男はあるものをテーブルの上に置いた。

中くらいの大きさのタブンネが入った、大型のミキサーだ。
ミキサーの中のタブンネは「ミィッ! ミィッ!」と鳴いている。
この中から出してくれるように訴えているのだ。

何が始まるのという顔の子タブンネたちの目の前で、男がミキサーのスイッチを押す。
ガガガ!という機械音にあわせて、ミィィィ!というタブンネの声が響く。
タブンネの体がミキサーの中で液体になっていくと、その声も徐々に小さくなっていった。
やがて、ミキサーの中はどろどろとした液体だけになってしまった。
タブンネの声はなく、ミキサーが稼働するガガガという音だけが鳴り続ける。

「お前たち、笑顔は?」
1匹のタブンネをペーストにした男が静かな声で笑顔を要求する。
あんなものを目の前で見せられた子タブンネたちはそれどころではない。
恐怖と混乱で、どの子タブンネの表情も引きつっている。
そんな子タブンネたちのうちの1匹を男がつかんで持ち上げる。
片手で子タブンネを持ち、もう片手はミキサーのふたを押さえている。

「あと2,3匹くらいなら、この中入りそうなんだけど」
男はミキサーのふたを開けると、手に持った子タブンネをミキサーの真上に持っていく。
恐怖で子タブンネたちがパニックを起こし、「チィチィ」と鳴きはじめる。
「笑顔はどうしたって言ってんだろうが! この糞っ垂れどもがぁ!」
男が大声で叫ぶと、子タブンネたちの騒ぎがピタリと止まる。

やがて1匹が笑顔を作ると、それに続くように他の子タブンネたちも笑顔をつくっていく。
引きつっていたり歪んでいたりするが、笑顔は笑顔だ。
まあ合格点かとつぶやくと、男は手に持っていた子タブンネを解放する。
解放された子タブンネは両手で口を無理やり上げて、なんとか笑顔を作っている。

「……まあいいや。これから店にいるときは常に笑顔でいろよ」
子タブンネたちは不自然な笑顔で直立し、微動だにしない。
目の前の男に逆らってはいけないと学習したのだ。
その様子を見ながら男はミキサーに手をかける。
「返事は?」「「チィィィィ!」」

こうして、子タブンネたちはいろいろと教育を施されていった。
笑顔の作り方はもちろん、餌の食べ方やトイレのしつけまで、様々なことを教えられていった。
あまりにも物覚えが悪いタブンネは肉体的に痛めつけられることもあった。
商品である以上、ケガが表面に出ない程度にぎりぎりまで。

男から徹底的に教育された子タブンネたちはどんどん売れていった。
どんな時も笑顔で、行儀よく餌を食べる姿は多くのお客さんの心をつかんだ。
お客さんに抱っこされれば、満面の笑みでしがみつき、ケースに戻されそうになったときは、
悲しそうな顔でお客さんに両手を伸ばす。
自分のことを求めてくれてる!と、その姿にメロメロになってしまった人も多い。

「ええ、それではこの子をかわいがってあげてください」
今日も1匹の子タブンネが買われて、引き取られていく。
客の持つキャリーケースの中で、子タブンネは嬉しそうに「ミィミィ♪」鳴いている。
優しそうな飼い主に引き取られる喜びか。
地獄のような場所から逃れられる喜びか。
子タブンネは確信しているのだ。これから幸せな生活が待っていると。

「もし、なにか困ったことがあったらここに連れてきてください
言うことを聞かないとか、トイレをうまくできないとか、何でもいいです。
購入後のしつけやトレーニングも仕事のうちですから」
その言葉に子タブンネの体がびくりと震える。またここに来るの、と。
男はキャリーケースの中の子タブンネに話しかける。

「いい子にしてるんだぞ。」
子タブンネの体がカタカタと震えだす。
タブンネの繊細な聴覚だからこそ聞き取れた、わずかな声色の変化。
小さな体に刷り込まれるほどの地獄の日々。そのなかで聞きつづけた怖い声。

キャリーケースの外から自分に向けられる男の視線。
口元は笑っているが、目は笑っていない。
戻ってきたときは覚悟しておけ。そう語っているようだった。
子タブンネは決意する。二度と戻って来ないように、いい子でいよう。

子タブンネたちが送られてきてから数か月。
ショーケースには新しい子タブンネたちが入れられている。
どの子もショーケースの中で屈託のない笑顔を見せている。
そして、ショーケースから離れた店の隅にあるケージ。
大特価!!という紙が貼られたケージには、中くらいの大きさのタブンネが入っている。
この大きさになるまで売れ残ってしまったタブンネだ。

「おいタブンネ行くぞ」
男がタブンネをケースから出すと、タブンネはニコニコと笑う。
どこに行くのかはわからないが、ケースから出してもらうのは何日かぶりだ。
そんなタブンネを見ながら、男は棚を開ける。
その中に入っている大型ミキサーを取り出すために。

(おしまい)
最終更新:2015年02月18日 20:49