「タブンネ~おいで~」
可愛らしい少女の声がタブンネを呼ぶ。
「ミィ?ミ~ィ♪」
呼ばれたであろうタブンネは、甘えたように少女の下へ寄り添った。
そして二人は手を繋いで歩いていく。
今のイッシュではどこにでもある、日常的な光景だ。
そう、イッシュはここ数年で、大きな変化を遂げた。
他の地方からの移住者が増加したことによって、イッシュ地方のポケモン分布が激変したのだ。
簡単にいうと、これまでイッシュでは見られないポケモンが、捨てられたりして繁殖したのだ。
それにより、これまでイッシュの至る所で目撃されたタブンネも見る機会が減ったのである。
そしてそれを待っていたかのように、タブンネ愛護団体のタブンネの保護(という名のごり押し)が始まったのである。
彼らの主張は「これまでにないポケモンの出現によってタブンネの数が減ってしまった。人間はタブンネを飼う目的意外で接触してはならない!」というものだった。
もっとも、他のポケモンを多く見るというだけで、タブンネの絶対数自体は対して変わっていないのだが。
ポケモンを鍛えるためにタブンネを倒したりタブンネを美味しく食す。
これはイッシュの長い文化であり、イッシュも、愛護団体の主張は無視していた。
しかしだ。
ある時から急にタブンネを見る機会が増えたのである。
テレビで今流行りのアイドルがタブンネをペットとして紹介したのだ。
恐らく彼女も愛護団体の人間だったのだろう。
それだけでなく、テレビで「タブンネが倒されたり、食べられたりして悲しい」と、ことあるごとに発言を繰り返したのだ。
こうなれば話は変わる。
何しろ、大きなお金を動かし、莫大な税金を収めるアイドルがタブンネ狩をやめてほしいと言っているのだから。
そしてイッシュは驚く程アッサリ手のひらを返した。
「タブンネを食してはならない、また、正当な理由なくタブンネを攻撃してはならない」という規律を作ったのだ。
そしてマスコミからのタブンネのごり押しが始まった。
ニュースキャスターの机にはタブンネのぬいぐるみがおかれ、バラエティーにはタブンネがアシスタントに使われている。
以前ならば「タブンネに人間の手伝いなどできるはずがない」という評価であり、失敗すれば「それ見たことか(笑)」というのが当たり前だった。
今では失敗したタブンネに「頑張って~」と黄色い声援がとび、仕事をこなしたタブンネには賞賛の拍手が送られる。
とんだ茶番だ。
ライモンでタブンネレストランを経営していた俺は、他のタブンネレストランのオーナーと一緒にデモを起こした。
「我々が扱うタブンネはお金をかけて育てたものであり、野生のタブンネの数には関係ない。タブンネのために多くの人間が路頭に迷ってもいいのか!」という内容だ。
結果的にはこの主張は受け入れられ「養殖のタブンネに限り調理を許可する」ということにはなった。
しかし、一度「タブンネ最高!」ムードになったイッシュの人々は俺たちのような人間を認めるハズがない。
店のガラスには罵声の言葉が落書きされ、 客数は少なくなり、それでも通ってくれる客は店に入るときも出る時も、人目に付かないようにコソコソとしなければならない。
もしも見られようものなら、「タブンネを食べるなんて最低!」と罵られる。
実際にそれでライモンを追い出された人間もいる。
とてもタブンネレストランなどを続けられる状況ではなくなった俺は、店を畳みヒオウギシティという、イッシュの本土からは離れた土地に移り住むことに決めたのだ。
幸い、これまでにタブンネレストランで得たお金は俺が一生割といい暮らしをしてもお釣りがくるくらいには貯まっている。
タブンネのごり押しに負けたみたいで気に入らないが、これまで散々タブンネには稼がせてもらったのだからお互い様だ。
ヒオウギへ向かう船の中、俺はヒオウギでは畑でも耕そうかな…などと考えていた。
最終更新:2015年02月20日 00:55