あたしはねりからしとねりわさびで汚れたゴム手袋を外して、次の獲物の品定めをする。
残りのベビンネ3匹は、雑巾ンネの死体を抱き締めて泣いているママンネに寄り添い、
一緒に泣いていたが、あたしの視線を感じたのか、ギクリとして後ずさりし始めた。
「さあて、ど・れ・に・し・よ・う・か・な」
1匹は怯えて腰を抜かし、2匹目は涙目でいやいやしている。だが3匹目は少し違った。
最初は恐怖で顔をひきつらせていたが、「ミ、ミィ♪」と無理に作ったような笑顔を見せた。
そしてあたしに背を向けると、尻尾をフリフリしながら「ミッミッ♪ミッミッ♪」と踊り出したのだ。
どうやら踊りであたしの怒りを鎮めようとしているらしい。
「ねぇねぇ、かわいいおどりでしょ、おこらないで♪」とでも言いたいのだろうか。
普通の人間なら、その可愛らしい動きに思わず頬を緩めていたかもしれない。
しかし今のあたしにとっては、その媚びる姿勢は逆効果でしかなかった。
あんたの兄弟を殺した人間に、何でご機嫌取ってるのよ。仕返ししようとかいう意地はないの?
自分さえ助かればいいのかしら。どこまで腐った生き物なんだろう……。
だったら、もう媚びられないようにしてあげるわ。
あたしは流し台にあった包丁を手に取り、ベビンネの尻尾をつかむと、その根元からスッパリ切り落とした。
「チギャァァァァァァ!!ピィ!ピィ!ピィィィィ!」
血が噴き出して、ベビンネは絶叫しながら床の上を転がり回った。新聞紙の上が点々と血で染まる。
あたしは切り落とした尻尾をしげしげと眺める。
ホイップクリームみたいにふわふわとか言われてるらしいけど、ただの毛玉じゃないの。
しかしタブンネ族にとっては大事なチャームポイントらしく、ベビンネは這いつくばって涙を流しながら
「かえして……ぼくのしっぽかえしてよぅ……」と言いたそうに、手を伸ばしている。
ママンネと2匹のベビンネは顔面蒼白でおろおろするが、助けに入ろうものなら、
自分に怒りの矛先が向くと思っているらしく、震えながら見ているだけだった。
「いらないわよ、こんなの」
あたしが尻尾を放り捨てると、ベビンネは立ち上がり、ヨロヨロと走ってきてそれを拾った。
そしておしりにくっつけようとする。無論くっつくはずがなく、ポトリと床に落ちた。
それでも諦めず、またくっつけ、また落ちる。あたしは嘲笑した。
「バッカじゃないの、もうくっつくわけないでしょ」
何度か繰り返し、ベビンネも二度と尻尾が元通りにならないことを悟ったのだろう。
へたり込んで尻尾を抱き締めて頬ずりしながら、「ミィ…ミィィ…」と泣き始めた。
その姿を見ている内に、あたしはまた残酷なアイデアを思いつく。
あたしはフライパンをガスコンロにかけ、火をつける。そしてベビンネから、再び尻尾をひったくった。
「さっきまであんなに元気がよかったくせにだらしないわね、ほら!」
意地悪く、手を伸ばせば届くかどうかの高さで見せびらかす。
「かえして!かえしてよう!」と言わんばかりに、ベビンネは泣きながらぴょんぴょんジャンプする。
まだ血が出てるようだけど、大事な尻尾を返して欲しくて必死なので、それどころではないようだ。
あたしは右手に尻尾を持ち、左手でベビンネの首根っこをつかんで、宙に持ち上げた。
そして「ほーら、ほらほら」と、尻尾とベビンネを近づけたり遠ざけたりを繰り返す。
尻尾が近づく度に、ベビンネは精一杯手を伸ばし、足をバタバタさせて
無駄な努力を重ねていた。
尻尾欲しさのあまり、あたしに捕まっているという恐怖心さえ忘れているようだ。
そうしている内に、ガスコンロのフライパンが白い湯気を立て始めた。
あたしはベビンネを流し台の上に着地させた。そして尻尾をフライパンに投げ入れる。
尻尾に完全に気を取られているベビンネは、周りの状況が全く目に入っていない。
「チィィ!チィィィ!」と叫びながら、とてとて走って、フライパンの縁に短い足をかけ、乗り越えようとした。
だが既にフライパンは十分熱されている。
「ヂィィィ!!ヂビ゙ィィ!?」
足の裏を焼かれたベビンネはひっくり返った。苦痛で流し台の上をゴロゴロ転がる。
しかし、煙を上げ始めた尻尾が目に入ると、諦めきれないらしく、今度は手をフライパンの縁に伸ばした。
そして今度は手を火傷し、のた打ち回る。あたしはその間抜けな姿を見て大笑いした。
「あっはっはっはっ!ああ、おかしい!でも、もたもたしてていいの?大切な尻尾が燃えちゃうわよ」
あたしはからかうが、火傷の恐怖と苦痛でベビンネは、完全にすくみ上がっており、前に進めない。
フライパンの側に立ち尽くして、めらめらと炎に包まれつつある尻尾を呆然と見守るだけだった。
「何よ、諦めちゃうの?せっかく火傷までしたんだから、最後までいきなさいよ」
あたしはそう言うと、ベビンネの背中をどんと突き飛ばした。
「ヂュヂィィァァァーーーッ!!!!」
フライパンに頭から突っ込んだベビンネは、凄まじい悲鳴を上げる。
その姿を見たママンネが「ミィ!ミィ!ミィィ!」と何か叫んでいるが、あたしは聞く耳など持たない。
「もうやめて!」とでも言っているのだろう。しかし、あたしを恐れてそれ以上近づいてこなかった。
「ピィピィィィ!!!!ヂチィィィァァァァ!!!!!」
ベビンネは死に物狂いでフライパンから飛び出ようとするが、あたしは菜箸を手に取り、ベビンネをなぎ倒した。
真後ろにバッタリ倒れたベビンネの顔に、炎を上げて燃え盛る尻尾を菜箸でつまんで押し付ける。
「ミギャァァァァ!!!!ピーッ!!!!ピィィィ!!!!!!!」
「ほーら、せっかくだから尻尾持っていきなさいよ、大切な尻尾なんでしょ?」
ベビンネはそれを払いのけようとするが、炎はそのピンク色の毛皮に引火していた。
ふわふわした毛皮に火が燃え広がり、ベビンネはたちまち全身火だるまになる。
ジタバタ暴れるが、あたしは菜箸で押さえつけて起き上がることを許さない。
「ヂィィィィィッァァァ!!!!!!!ーーーァァァーーーーーーァ!!!!!!!!!!」
さすがに煙くなってきたので、換気扇の
スイッチを入れた。ベビンネを包む黒煙が換気扇に吸い込まれていく。
毛皮だけではなく、体にも燃え移ったらしく、肉の焼ける匂いがしてきた。
「ヂィ!……ヂィ……ヂ……」
ベビンネの抵抗が弱まり、悲鳴が小さくなってきた。炎に包まれた手が弱々しく虚空に伸び、そこで硬直する。
「ミヒィィィァァァァ!!」
ママンネが背後で号泣していた。あたしは鼻で笑って、ガスコンロの火を止めた。
火を止めてもフライパンの上のベビンネは、ジュージューと音を立ててしばらく燃え続ける。
消火器を出さなくてはならないかと思っていたが、燃える部分が全部燃え尽くしたのか、炎は弱まり自然に鎮火する。
フライパンの上に残ったのは、もはや目鼻の区別すらつかぬ、黒焦げンネだった。
あたしはまだブスブスと煙を上げている黒焦げンネを皿に乗せると、ママンネの前に置いた。
「ほら、できたわよ。食べる?」
ママンネは抱き締めていた雑巾ンネの死体をそっと置き、恐る恐る黒焦げンネに手を伸ばした。
もしかするとまだ生きているかも、などと一縷の望みを抱いているようだ。
だがその願いも空しく、ママンネが触れると、黒焦げンネの炭化した耳と触覚がポキリと折れて皿の上に落ちた。
「ミ、ミィィ!!ミィィィィ!!」
それでようやく、目の前にあるのが無残な焼死体だと理解したのか、ママンネは顔を覆って泣き崩れる。
それを尻目にあたしは、残り2匹のベビンネに視線を送った。両方とも蛇に睨まれた蛙のような顔をしている。
そして片方が恐怖に耐え切れず、ガクガク震えながらお漏らしした。新聞紙の上に水たまりができる。
だらしない子ね、次のターゲットはあんたに決めたわ。あたしはお漏らしンネを引っ掴む。
「チィィーッ!!」「ミィミィミィ!!」
恐怖の悲鳴を上げるお漏らしンネ。これ以上我が子を奪われまいとママンネは手を伸ばすが、
あたしはその顔面に前蹴りを見舞った。
「ミギャアッ!!」
吹っ飛ばされたママンネは壁にぶつかり、跳ね返って床に倒れる。運悪く、倒れたのは黒焦げンネの皿の上だった。
大半が炭化していた黒焦げンネの死体は、押し潰された衝撃でバラバラに砕けた。
「ミ……ミ?…………ミヒャァァァ!!」
自分の腹の下で砕けたのが、黒焦げンネだと気づいたママンネは、涙を流しながらバラバラの破片を拾い集める。
一方あたしは、お漏らしンネを流しの中に放り込み、排水口にプラスチックカバーで蓋をした。
そしてチィチィ泣き叫ぶお漏らしンネの四肢を、流しにガムテープで貼り付けて固定する。
「ピィィピィィ!!チィチィーーー!!」
大の字で磔にされたお漏らしンネは、何をされるかわからない恐怖で半狂乱だ。
あたしはキッチンタイマーを用意して、3分に数字をセットする。これで次のショーの準備完了だ。
後ろを見るとママンネは、まだ黒焦げンネの残骸を拾い集めている。残り1匹のベビンネは泣き疲れたのか放心状態だ。
あたしはそのベビンネをつかまえると、首筋に包丁を突きつけた。
「チィィーッ!!」「ミ、ミィィッ!?」
恐怖で体を硬直させるベビンネと、最後の子供まで奪われ茫然自失のママンネ。
あたしは意思がしっかり伝わるように、ゆっくりと言葉に出してママンネに命じる。
「抵抗するんじゃないわよ、ここに来なさい。」
ママンネに逆らう術はなく、おずおず歩いてきて、あたしの指定した場所に立ち止まった。
流し台まで30センチくらい、ちょうど磔にされたお漏らしンネと、お互いの顔が見えるくらいの位置だ。
母親の顔が見えたお漏らしンネは、助けに来てくれたと思ったのか、チィチィピィピィ泣き喚く。
「ママ、たすけて!うごけないよう、これとってよう!」といったところか。
ママンネもその姿を見て手を伸ばしかけるが、包丁を突きつけられたベビンネと、あたしの表情を見て手を引っ込めた。
お漏らしンネには、自分をすぐにでも救い出せる位置に立っているママンネが、
なぜ手を引っ込めてしまったのか理解できないのだろう、一層声を張り上げて泣き叫んだ。
あたしは笑みを浮かべながらママンネに言った。
「さあ、ゲームをしましょ。これから3分間、このキッチンタイマーが鳴るまで、
あんたがそこから一歩も動かなかったら、子供は返してあげるわ。今日のところは助けてあげる」
ママンネは「ミィミィ!」と言って懸命にこくこくうなずき、承諾の意思を示した。
3分間動かないだけなら楽勝だと思ったのだろう。だがあたしは、ママンネの触覚をつかむと付け加えた。
「その代わり、少しでも動いたら負けよ。あんたも子供達もその瞬間に皆殺しにするからね!わかった?」
あたしの鬼の形相を見てママンネは震え上がり、「ミィミィミィ!」とうなずく。
「さて、いきましょうか。ゲームスタート!」
あたしはキッチンタイマーのボタンを押した。数字がカウントダウンを始める。
そして水道の蛇口を少しひねった。ごく細い水が流れ、お漏らしンネにかかる。お漏らしンネがビクッとした。
蛇口を動かし、お漏らしンネの口に入るようにする。
「ピヒッ!?…チ、チィチィ…♪」
お漏らしンネは最初は驚いていたが、うれしそうに水を飲み始める。食事も与えていないし、喉も渇いていただろう。
「ミィ……」ママンネもお漏らしンネの喜ぶ声を聞いて、安堵の表情を浮かべる。
はあ……バカじゃないの、あんたら? あたしのさっきまでの仕打ちを忘れたのかしら。本当に脳内お花畑ね。
あたしは蛇口を思い切り開く。小さいお漏らしンネにとっては、殴りつけるような水量が襲い掛かった。
「ゴボッ!?ピビィィィ!!ガバゴベベボ、ヂィィィ!!!」
排水口に蓋をされ、行き場のない水が渦を巻き、磔にされたお漏らしンネの体はたちまち水没してゆく。
20秒足らずで水はお漏らしンネの体より高い位置まで来た。
辛うじて動かせる首を必死で持ち上げるお漏らしンネだが、それでもギリギリ呼吸できない水位だ。
あたしはそこで水を止める。ここまでで40秒経過。さあ残り2分20秒、耐えられるかしら。
お漏らしンネが最初に試みたのは、やはりママンネに救いを求めることだった。
水中から見えるママンネに向けて、お漏らしンネは苦しげな顔で必死に叫ぶ。
「ミゴボガボ、ゴボ!バボボ!ビビボボォ!!」(ママたすけて!くるしい、おぼれちゃうよぅ!)
だがママンネは顔を強張らせ、身を乗り出してはいるものの、ぎゅっと拳を握り締めてその場を動かない。
「ミィ!ミ、ミィミィミィ!!」
おそらく「あと少しの辛抱よ、お願い、我慢して!」とでも言っているのだろう。
しかしお漏らしンネにとっては、3分間おとなしくしていれば助けてやるという、
あたしとママンネの約束など知る由はない。助けようとすれば、自分も兄弟もママンネもみんな殺されることも。
したがってお漏らしンネの目に見えるものは、すぐ手の届く場所にいる母親が、溺死寸前の自分を、
助けようとしないという事実だけだった。
「どうしてたすけてくれないの?ひどいよママ!」とでも思っているのだろう。
お漏らしンネの顔が絶望に歪んだ。
ママンネが頼りにならないと知って、お漏らしンネは自力でなんとかするしかないと思ったらしい。
なんとゴクゴク水を飲み始めた。自分の周りの水を飲み干して無くそうというのか。
「ンクンクッ!!ンムゥゥ!!ゴハッ!!」
必死で飲もうとしては戻し、また飲み続ける。お腹がプクッと膨れてきた。
あたしは思わず吹き出した。健気というか馬鹿丸出しというか……。そんなのであと1分35秒もつのかしらね。
ママンネはママンネで「その調子よ、頑張って!」と言わんばかりに、目をウルウルさせていた。
子が子なら親も親だ。本当におめでたいわ。
お漏らしンネの下腹部が持ち上がったかと思うと、水中にピュッと黄色い水の流れができる。
水の飲みすぎでまたも失禁したのだろう。せっかくの努力も文字通り水の泡だ。
口からも水と、吐瀉物まで吐き出す。明らかに『飲み干し作戦』には無理があったのだ。
汚物で汚れた水でいよいよ呼吸ができなくなったお漏らしンネは、死力を振り絞って暴れる。
もちろん、非力なお漏らしンネがいくら必死になっても、ガムテープの粘着力には勝てない。
さて、残り1分。もうちょっとの辛抱よ。辛抱できればだけどね。
お漏らしンネは最後の望みを再びママンネにかけた。
暴れるのをやめ、今更ながら息を止めて我慢しつつ、つぶらな瞳でママンネに助けを求める。
「ママたすけて!しんじゃうよう!おねがい、たすけて!」とでも訴えているのか。
ママンネは動かない。もちろんそれが正しい選択であり、お漏らしンネが残り30秒耐えればいい話だ。
しかしそれはお漏らしンネにとっては、ママンネが自分を見捨てたとしか映らなかったのだろう、
残ったわずかな気力を打ち砕いてしまったようだ。
コポッ、コポッと小さな泡が口から漏れる。そして大きい泡がゴボッと出てきたかと思うと、
その瞳からすっと光が消えた。お漏らしンネは力尽きてしまったのだ。残り10秒だったのに。
「5、4、3、2、1、終了!」
キッチンタイマーのアラームが鳴ると同時に、「ミィィ!!」と叫びながらママンネが流しの中に手を突っ込んだ。
必死でガムテープを剥がして、お漏らしンネを救い出そうとする。
あたしは手伝う義理もないので、嘲笑しながら見物することにした。
ようやくガムテープを剥がしたママンネは、ずぶ濡れのお漏らしンネを抱き締めた。
「ミィミィ!ミィミィ!」と声をかけている。「よく頑張ったわね」か、「苦しかったでしょう」か。
しかし返事があるわけがない。抱き締めても口からゴボッと水があふれるだけだ。
「ミ……ミィ?…ミィ!?」
ようやく異変に気づいたのか、ママンネはお漏らしンネを揺さぶった。小さな首がガクンと垂れる。
さっきの雑巾ンネの死に顔も苦痛と絶望に満ちたものだったが、お漏らしンネの顔はそれを上回っていた。
自分を見捨てたママンネに対する怨みと怒りで、その幼い死に顔は、あたしにもわかるくらい醜く歪んでいたのだった。
ママンネもそれに気づいたのか、ガタガタ震えだした。あたしは耳元で追い討ちをかける。
「あらぁ、怖い顔してるわねえ。きっとこう言ってるわよ。
『ママ、よくもぼくをみごろしにしたな。ママなんかきらいだ、だいきらいだ』ってね」
「ミヒィィィン!!」
それを聞くやママンネはお漏らしンネを放り出した。ずぶ濡れのお漏らしンネの死体がビシャッと新聞紙の上に落ちる。
「ミィッ!!ミィッ!!」と耳を塞ぎ、頭をブルブル振ってあたしの言葉を否定しようとするが、
虚ろなお漏らしンネの瞳が自分を睨んでいるように思ったのか、我が子から目をそらしてしまい、
体を丸めて「ミィ、ミィ…」と許しを請うように泣き出した。あたしは満足の笑みを漏らす。だいぶ気が晴れた。
「さあ、今日はここで終わりにしてあげるわ。さっさと新聞紙を片付けなさい」
あたしはママンネに命じるが、ママンネはまだ震えながら泣いている。
子供3匹が無残な最期を遂げ、その内2匹が自分を怨みながら死んでいったとあっては、正気を保つのも難しかろう。
だがあたしは全く容赦しない。ママンネの背中に蹴りを入れると、ママンネはつんのめって床に倒れた。
「早くしなさい!この子ともお別れしたいの?」
あたしはまだ人質としてつかまえていたベビンネに、再び包丁を突きつけた。
「ミィィ!!ミィィ!!」
最後の希望を奪われたくないママンネは、あたしに謝りながら床に敷いてあった新聞紙を片付け始めた。
雑巾ンネの尻尾から流れた血の斑点、暴れた時についたねりからしとねりわさび、
黒焦げンネの炭化した体の破片、お漏らしンネの失禁した水たまりなど、様々なもので汚れている。
やっぱり新聞紙を敷かせておいて正解だったわね。
ママンネは新聞紙を片付け終えた。ただし、3か所を除いて。
雑巾ンネ、黒焦げンネ、お漏らしンネの死体が置いてある部分だった。
「何やってるの、まだこことこことここが残ってるでしょ!?」
「ミッ!ミィミィ!!」
ママンネは必死であたしに訴える。おそらく子供たちの亡骸だけはそっとしておいて、とでも言いたいのだろう。
「却下よ」
あたしは無慈悲に言うと、ママンネの顔を蹴り飛ばした。
倒れ伏したママンネに、人質にしていたベビンネを放り投げてやると、抱き合ってミィミィ泣いている。
その隙にあたしは可燃ゴミ用のポリ袋を取り出した。新聞紙ごと丸めて、ベビンネ達の死体をゴミ袋に放り込む。
「何するの、返して!!」と言わんばかりにママンネが飛びついてきたが、回し蹴りを食らってあえなく吹っ飛んだ。
あたしはゴミ袋をゴミ箱の側に置き、梱包用の紐とハサミを取り出した。
そしてうつ伏せに倒れているママンネに馬乗りになり、短い両手を後ろ手に縛り上げる。
「ミィミィミィ!」と騒ぎ立てるママンネ。「助けてくれるって言ったのに!」とでも抗議しているのだろう。
その態度がまたあたしをイラつかせた。
「うるさいわね、ごちゃごちゃ言うなら今すぐあの世に送ってあげてもいいのよ!」
あたしは馬乗りになったまま、紐をぐるりとママンネの首に巻くと、思い切り締め上げた。
「ミグッ!…ヒィ、ミヒィ!……ギュワ…!」
ママンネは口から泡を吹いて悶え苦しむ。ベビンネが「チィーッ!チィーッ!」と叫びながらあたしの足にすがりついた。
「あんたもうるさい!ママと同じ目に遭いたいようね」
あたしは紐をほどいてママンネを解放すると、今度はベビンネの首に紐を巻きつけて左右から引っ張った。
「チィィ!…ピ…ピ…チィ…!」
小さな手足をバタつかせて苦しむベビンネ。ママンネは「ミヒュゥ、ミヒュゥ…」と息をつくだけで手一杯だ。
もちろん本気を出したら、たちどころに首が折れてしまうだろうから、だいぶ手加減してはいるし、
この場で殺す気はない。あたしが力を緩めると、ベビンネはぐったりして床に倒れた。
「手間かけさせないでよね。さあ、おやすみの時間よ」
ベビンネの首根っこを掴んで持ち上げ、まだ荒く息をついているママンネについて来るよう促した。
後ろ手に縛られているため悪戦苦闘しながらママンネは立ち上がり、ふらふらとあたしの後について来る。
あたしは
タブンネ一家の住処である十二畳の和室に来た。毛布で作られたタブンネの安息の場所がある。
「今日はもう終わりよ、寝なさい」
あたしの言葉は伝わったらしく、ママンネはほっとした表情を浮かべた。
だが「ミッミッ」と言いながら後ろを向いて、縛られている両手を見せた。当然ほどいてくれると思ったのだろう。
「寝なさいとは言ったけど、ほどいてあげるなんて言ってないわ。それからね、今夜のベッドはこっちよ」
あたしはママンネを、巣の代わりの毛布ではなく、その隣の砂箱トイレの方に突き飛ばした。
よろめきながらママンネは、顔から砂の中に突っ込む。それもよりによって、まだ始末されていない糞尿の中に。
いつもなら外出から帰ったあたりで、あたしが排泄物の片付けをしているのだが、
今日は片付けることなく虐待を始めてしまったので、朝から垂れ流していたものが満載だ。
あたしは近付くと、ママンネの顔をさらに糞尿の中にぐりぐりと押し付けた。
「どう、お味は?自分の出したものくらい自分で始末するのが常識ってものなのよ、わかった!?」
「ミゴホッ!!ミヒィ!!ミヒィイィ!!」
砂と排泄物で顔を汚し、むせ返りながらママンネは泣き喚いた。その顔の横に、ベビンネを放り捨てる。
そしてあたしは、タブンネ一家の巣にしていた毛布を片付け始めた。タブンネの匂いが染み付いていて不愉快だ。
「ミ、ミィィ…」「チィ、チィ…」
ママンネとベビンネは身を寄せ合いながら、あたしの撤去作業を絶望に打ちひしがれた顔で見守る。
ママンネはまだ小さいうちからここで育ち、ベビンネもここで生まれた。
その思い出の我が家を一瞬で取り壊されたのだから、2匹の顔が絶望に暗く沈むのも無理はない。
土台代わりに敷いていた段ボールも撤去すると、その一角はきれいさっぱりと、ただの畳敷きになった。
ああ、せいせいした。そしてあたしは今日の作業の仕上げとして、ママンネの両足をきつく縛った。
「ミッ、ミィ…」とわずかに抵抗の意を示すも、もはや諦めたのか暴れようとはしなかった。
ベビンネはあえて拘束しない。子供だけを自由にさせておけば、腹が減ったと駄々をこね、
ママンネを苦しめることになるだろうと計算したからだ。
いつの間にか夕陽が傾いている。あたしは家中の雨戸を閉めて、厳重に戸締りをして回った。
これで万一、ママンネがベビンネだけでも逃がそうとしても脱出は不可能だろう。
もっとも非力なベビンネでは、和室の障子を開くことすら難しいだろうが。
戸締りを終えて戻ってみると、ベビンネが砂まみれになったママンネの腹部を探り、乳を吸おうとしている。
空腹に耐えかねたのだろう。朝飯をあげてから半日以上経過しているし、子供には厳しいはずだ。
時々口に砂が入り、「ペッペッ」と吐きながら、なんとか乳が出ないかと必死でチュウチュウ吸っている。
ママンネは糞尿と砂で汚れた顔に涙を流し、「ミィィ…」と悲しげな声を上げていた。
あいにくそれは無理というものだ。既に離乳期を過ぎて、ママンネの母乳はもう止まってしまっているのだから。
せがむだけ無駄だし、乳が出ないことがわかっているママンネを責め苛むだけなのに。馬鹿な子ね。
「もうおやすみ。そのトイレ以外の場所で粗相してみなさい、ただじゃ済まないわよ」
あたしは言い捨てて障子を閉めた。「ミィミィ…」「チィチィ、チィ…」という切なげな声が聞こえた。
お腹が空いたくらい何よ、せいぜい親子の時間を楽しんでおきなさい。
あたし言ったわよね、『今日のところは助けてあげる』って。今日のところは、ね……。
(つづく)
最終更新:2015年02月20日 17:04