私はタブンネちゃん研究家である。
どうすればタブンネちゃんが幸せに生きられるか、日夜それだけを考え続けている。
しかしタブンネちゃんには敵が多い。特にひ弱な子タブンネちゃんは、
経験値狙いのトレーナーだけではなく、野性のポケモンの格好の標的だ。
今、私が観察対象としているタブンネちゃんの親子も、ちょっと散歩に出ただけで、
生傷だらけでミィミィ泣きながら帰ってくる始末だ。
何とか、子タブンネちゃんだけでも外敵から守る方法はないものだろうか……。
そして私はふと思いつく。親子を一つの体に融合してしまえば、狙われる恐れもなくなり、
はぐれて野良タブンネを生み出すこともなくなるのではないか。
このひらめきに小躍りした私は、早速実験に取り掛かることにした。
睡眠薬を混ぜた木の実を食べたタブンネちゃんと、2匹の子タブンネちゃんは
飼育ルームですやすや眠っている。実に可愛らしい寝顔だ。この笑顔を守ってあげたい。
まずはママンネちゃんをそっと担ぎ上げて手術台に乗せる。念のために麻酔薬をもう1本注射。
そしてぷにぷにの左右のほっぺたの肉を、円形に繰り抜いた。ぽっかりと穴が空く。
2匹の子タブンネちゃんにも麻酔注射を打っておいて、そのママンネちゃんの両ほっぺたの穴に埋める。
ママンネちゃんも子タブンネちゃんも熟睡していて気づかない。もう少しだからね。
そして子タブンネちゃんの顔と、埋め込んだ周辺の肉を縫合する。左右とも丁寧に、慎重に。
さあ仕上げだ。ママンネちゃんをモンスターボールに入れる。
並外れた回復力を持つママンネちゃんなら、一晩モンスターボールに入れておけば、
傷一つなく治るはずである。子タブンネちゃんの肉体と融合する形で、ほっぺたの穴も塞がるはずだ。
私はポケモンの新たな可能性の扉を開いたのかもしれない。明日が楽しみだ。
朝になった。モンスターボールから出して、飼育ルームにママンネちゃんをそっと戻す。
ママンネちゃんはまだすやすや寝ている。
そしてその左右のほっぺたには、子タブンネちゃんがすっぽり収まっていた。
ほっぺた周辺の肉は、子タブンネちゃんの顔と見事癒着している。手術は大成功だ。
可愛らしい顔が3つ並んでいるので、仮に「阿修羅ちゃん」と呼ぶことにしよう。
「ミ…ミィ?」目を擦りながら、阿修羅ちゃんが起き上がった。
阿修羅ちゃんのほっぺたの子タブンネちゃんも目覚めたようで、チィチィ鳴いている。
しかし阿修羅ちゃんも子タブンネちゃんも、お互いの声が聞こえるのに姿が見えないので
不思議がっているようだ。近すぎて、自分の顔のすぐ近くに相手がいることを認識できていない
らしい。
それは仕方あるまい、君達は三位一体となったのだから。
その代わりもう離れ離れになる恐れはなくなった。これからはずっと一緒にいられるんだよ。
見ると子タブンネちゃんは、阿修羅ちゃんと一体化して視点の位置がだいぶ高くなったことにより、
「たかいたかい」されているように思っているのか、「ミィミィ♪」「キャッキャッ♪」とはしゃいでいる。
阿修羅ちゃんも、子タブンネちゃんの姿は見えなくても楽しそうな声が聞こえるので安心したようだ。
同じように「ミィミィ♪」とうれしそうである。
これだ。この笑顔を私は見たかったのだ。私は感動の涙を禁じ得ず、ハンカチで目を拭った。
ところが2週間ほど経ったある日、阿修羅ちゃんが飼育ルームの中で死んでいた。
部屋の壁に自分で頭を何度も打ちつけたらしく、壁が血まみれになっている。
確かにここ数日、ご飯の木の実をあげる時に様子がおかしかったが……。
私は悲しみに暮れながらも、モニター映像を解析して原因を究明する事にした。
融合手術直後の1日目の録画映像。オボンの実を食べる阿修羅ちゃんが映っている。
ほっぺたでは子タブンネちゃん達が「ママ、お腹すいたミィ」「僕にもご飯ミィ」と
言いたそうに鳴き声を上げているが、阿修羅ちゃんは呑気にムシャムシャ食べている。
これは予想の範疇だ。初日は戸惑いもあるだろうが、その内我が子の存在に気づくはず…
だが甘かった。録画を早回しにして2日目になっても3日目になっても、
阿修羅ちゃんは子タブンネちゃんが、自分のほっぺたに埋め込まれていると気づかない。
食事どころか水一滴すら口にできない子タブンネちゃんが、早送りの画像の中でも
目に見えて衰弱していくのがわかる。
そして7日目、子タブンネちゃんは遂に動かなくなってしまった。
通常再生にしてみると目から光が消え、表情はしなびて硬直し、舌がだらんと垂れている。
ああ、なんということだ。私のシミュレーションでは、母体である阿修羅ちゃんから
栄養を摂取できるはずだったのに……計算ミスがあったのだろうか。
それに阿修羅ちゃんの鈍さも誤算だった。まさか全く我が子がどこにいるか気づかないとは。
タブンネちゃんという種族は、全般的に頭の回転があまり良いとは言えず、
食事となると夢中になって、他の事は全て忘れてしまうという悪しき性質があるのだが、
阿修羅ちゃんは今回のケースで、その両方の性質を発揮してしまっていた。
それ以降の映像は、早回しにしていても見るのが辛かった。
息絶えた子タブンネちゃんは腐敗し始め、我が子の声が聞こえなくなったばかりか、
その匂いがだんだん腐臭を帯びてきたものだから、
さすがの阿修羅ちゃんも異変に気づき、「坊やどこ!?どこにいるミィ!?」と
必死になって飼育ルーム内を探し回っている。こんな近くにいるのに……
そして不眠不休で探しても見つからない為、遂に気が触れたのか、壁にガンガンと
頭を打ちつけ始めた。壁の赤い染みは次第に広がり……私はそこで映像を止めた。
こんなことならもっと早く鏡を見せてやるべきだった。
驚かせたくなくて、あえて鏡を与えなかったのが裏目に出てしまったのか。
だが阿修羅ちゃん、君の尊い犠牲は無駄にはしない。
もっともっと実験を重ねて、必ずや新しい融合タブンネちゃんを作ってみせるぞ。
(終わり)
最終更新:2015年02月20日 17:05