タブンネ、蛇の道その1

――……ねぇ! ねぇってばっ!

真っ白な頭の中に誰かの声が響く
何処かで聞いたことのある、なにか懐かしい声が
徐々に感覚がはっきりとしてきて、顔にチャプチャプと冷たさを感じる……水?

「…ここは、どこ、だ、ミィ…?」
途切れ途切れになりながらも僕は喉から声を絞り出す
「…!気がついたっ!?よかった!」
“だいぶ衰弱してるけど生きてるみたいだね。…戻ったら治療してあげようか”
“…その子は生きてたのかい?そりゃぁえがった”
頭の上から嬉しそうな弾んだ声、しっかりした女性の声、そして年配の声が聞こえる
僕は身体を捻って、弾んだ声の主を見つめた
ピンクの身体に青色の目、クルンとした耳…
そう、彼女は僕と同じタブンネだった

弱りきっていた僕は、車輪のついた椅子に乗せられた
「ねぇ、どうしてあんなところにいたの?」
僕の乗った椅子を押しながら、彼女は尋ねた

…そういえば何で海岸なんかに倒れていたのだろう
確か…僕はボーマンダに連れられてすぐに谷に捨てられ、そこで溺れて…
…そうだ! つまり奴等の棲みかはこの海に流れ着く川の上流にある
僕のプライドをへし折り、心が通じ合った彼女を殺した奴等への復讐…

「…ねぇ、顔色悪いけど大丈夫? 何処か痛む?」
「…何でもないミィ」
低い声を出して会話を遮った。今の僕にはやるべきことがある
命の恩人だとはいえ、こんなニコニコした奴に僕の復讐なんて理解できるはずがない
しばらく黙っていたら「無口だねぇ」と罵られたミィ

静かな田舎道を通り抜けると大きな山が見える
どうやらそこに向かっているらしい
「…お前たちは何であの海岸に?」
「いつもの散歩コース。君が倒れてたからビックr…」
彼女の言葉は言いかけだったが、無理矢理質問をして遮った
「あの人間たちはなんだ?」
「私のトレーナーのユウミさんとその仲間、それとデイサービスのお客さんたちだよ」
「デイサービス?」
聞いたことのない単語だミィ。一体どんな意味が…
「見ればわかると思うけどねぇ。……さぁ、着いたよ」
海岸から30分、静かな田舎道を抜け、木と木の間を進んで辿り着いた先には白い建物が見えた
入口の看板には、笑顔の同族の顔とともに「デイサービス・タブンネ」と書かれていた

「…お前、名前は?」
「わたし? わたしはハート、ハートっていうの!」
そう言って、彼女は僕に微笑んだ

“それじゃ、ハーちゃん。その子の治療してあげてね”
彼女は元気良く「ミィィ!」と返事をすると、ボクの手を掴んで、植え込みの方へ引っ張っていった

「まずはお水で軽く洗ってあげるねぇ! このままじゃ中に入れてあげられないし…」
そう言って、彼女は園芸用のホースを取り出して僕に照準を向けた
今の僕は、毛並みは薄汚れて砂まみれ。おまけにプンと鼻につく臭いまでするミィ
考えてみれば、監禁された1年間は水浴びをしていなかった…臭うのは当たり前かミィ

「あぁ、頼むミィ」
「いくねぇー!」
彼女が蛇口を捻ると、勢いよく水が飛び出して僕にかかる
僕から滴った、汚れで濁った水がアスファルトの上で小さな流れをつくる

「思ったより汚れてるねぇ…。うーん…」
彼女は顎に手を当てて、何か考えているようだった
しばらくしてから顔をあげ、「ちょっと待ってて」と言うと建物の中に入っていった

彼女がいなくなると急に静かになった
…これからどうしようか?
僕の目的はドラゴンへの復讐だ
だが、それは簡単に達成出来るものではないはずだミィ
いくら才能がなくて捨てられたとはいえ、腐ってもドラゴン、
数だって向こうが上だ。数で押しきられてしまうかもしれない…
だとしたら、こちらも仲間をつくって攻めるしか方法はないミィ

「遅くなってゴメンねぇ…。 ねぇ!シャンプーしてあげる!」
ハッとして振り返ると、ピンクのボトルを持った彼女が首を傾げて立っていた

彼女は手に液体をとって泡立てて、僕の身体をゴシゴシと洗う
「…私ねぇ、仕事柄、シャンプー得意なの。どう?気持ちいい?」
…これがシャンプー。
水浴びの時に、ヒトと共に暮らすポケモンがしてもらうものだと聞いていた
自分には縁がないと思っていたが、なんだかくすぐったくて気持ちいいミィ…
それに彼女と同じ、ほんのりと甘い香りがする

「この山を越えると、どんなポケモンがいるミィ?」
仲間はまだ足りないが、どのみち奴等には会いに行くんだミィ
少なくとも、奴等の住み処を知っておいてマイナスにはならない
僕の過去に触れぬように注意して、彼女に奴等の住み処を聞いたが…

「えっ!? まさか、この山を越えるつもりじゃないよねぇ…?」
質問した途端に、明らかに彼女の様子がおかしくなった
今まで明るくにこやかにしていたのに、ビクビクと怯えだした
「…どうした? 一体何がいるんだミィ…!?」

「だ、だって…この山には暴れん坊のザングース、それに山奥には…」
「山奥には…?」
「私の仲間を殺した…凶悪な蛇ポケモンの棲みかがある…ねぇ……」

続く
最終更新:2015年02月20日 17:06