働かざる者 その1

そうして俺はヒオウギシティについた。
のどかで野生のポケモンのレベルも低い、僻地といえる。
「ミッ…ミィーーッ!」
ん?タブンネの悲鳴??いやまさか…

「ヨーテリー、体当たりだよ!」
俺がその場所にいくと、小学生くらいの男の子が野生のポケモンと、自分のヨーテリーを戦わせていた。

まぁ、まだなりたてのトレーナーにとってタブンネは絶好の経験値。
禁止されても、人目につかない所でタブンネと戦っているのかもしれないな。

「ここがヒオウギシティか…」
俺は自分のこれからの家に向かう途中、村をキョロキョロと見ていた。
大きくはないが、活気のあるいい村だ。

「ミィ~ッ!ミピッ!」
すると、一匹のタブンネが俺の方へと走ってきた。
「ミキャッ…」
と思ったら転んだ。
この辺で飼われているのだろうか?
やけに汚れているのが気になるが…

「こんの、糞豚がぁ!!ま~た逃げ出しやがって!!」
すると、飼い主?と思われる男性が走ってきて、うつ伏せに転んでいたタブンネを踏みつけ罵声を投げかけた。

「ミッ…ミィミッ…ミッビ!!」
「誰が!お前に飯を!食わせてると思ってんだ!!」
男性は持っていた鞭のようなもので、そのままタブンネを打ち付けた。
その度に悲鳴を上げるタブンネ。

「ミュ…ミィ~ミィ…」
タブンネは悲しそうな声で鳴きながら、その光景を茫然と見ていた俺を見上げてきた。
助けを求めているのだろうか?

「おや?」と男性もタブンネの視線に気づき、俺に注意を移した。
俺は「は、はじめまして」と素っ頓狂な挨拶をしてしまった。

「あぁ、あんたが本土から引っ越してくるという方かい?これは、お見苦しいところを…」
男性は汗を拭いながら、俺に話かけてきた。
いや、それはいいのだが、どうしても気になることがある。
「これからよろしくお願いします。何をしているのですか?」
おおらかな男性ではあるが、この男性は今、タブンネを踏みつけている。

「いや、このタブンネ、ウチの農場で働かせてるんですがね…これがとんだ役立たずで…挙げ句いつも逃げ出すので押おきしてんですよ」
と男性は苦笑いながらに話してくれた。

いや、理屈は分かるが…
先程の少年といい、何かおかしい…
「タブンネはペット目的意外で飼ったり、正当な理由なく傷つけるのは禁止されてますよね?」

思わず俺が聞くと、男性は目を丸くした。
「はぁ?タブンネを?いやいや、そんなまさか。タブンネにペット、経験値として以外の価値なんてありませんよ。本土ではそんなんですか?」

なるほど。
この男性の話を聞いて俺は悟った。
本土から遠く離れたこの場所には、まだ本土の規律が行き渡っていないのだ。
先程の少年も、この男性も、恐らく他の人も、タブンネを昔の本土のように扱っているのだ。

俺はその男性に、本土での規律を教えてみたのだが、男性は「こちらではそんな話は聞きませんし、届いたらその時考えますよ」と、ニコニコしながら言った。

「おら、帰って仕事の続きだ!!」
「ピッ…ミィヤァーッ!」
そして男性は、嫌がりバタバタするタブンネをうつ伏せのまま引き吊り連れていった。
それを見ていた周りの村人もクスクス笑っている。

なるほど。
ということは、この場所ならタブンネレストランを続けられるかもしれないな。

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さて、俺がヒオウギに越してから、早くも2ヶ月余りが過ぎた。
当初はこちらでレストランを…とも考えたが、やはりいつ本土の規律がこちらに浸透するかわからない。
俺はこちらで、木の実を育てる仕事をすることにした。

この辺りでは野生のメリープが出現する。
トレーナーは手持ちのポケモンを麻痺させてしまうことも多い。
また、少し離れた町のジムは毒ポケモンを使う。
この辺りのトレーナー、ポケモンの役に立てれば…と考えたのだ。
お金はすでに有り余っているので、なるべく安く、利益などは特に考えていない。

木の実は育ちが早く、俺のルカリオ、ピクシーの手伝いもあり、既に商売も始められている。

しかし、全てが順調かと言うとそうではない。
「ミフッ…ミィ!ミッフゥ!」
そう、俺の目の前にはタブンネがいる。
木の実を盗みにきたのだ。

そのタブンネは、罠にかかり小さな檻の中に入っているのだが、全く俺には気付かず、罠にかかるまでに盗んだ木の実を汚らしく貪っている。

いくら利益度外視とはいえ、これは見過ごすわけにはいかないよなぁ?

幸いここならタブンネをいじめても問題ない。
何より、人の畑に入り、木の実を当然のように奪うタブンネに、かつて家族で俺の家に入ってきたタブンネたちを思い出しイライラしてきた。
そして、そもそも俺がライモンにいられなくなったのもタブンネ共のせいだ。

少しくらい復讐したって、罰は当たらないさ。

「ミッ…ミィッ…ミッフゥ!」「ミィ…ミィ…」
そしてタブンネは、俺に気づくことなく木の実を食べ終え、檻の中に散らばった食べかすを舐めとっている。
この食いっぷり、相当おなかが空いているのだろう。

俺はここで、あえてタブンネに聞こえるように音を出した。
「ミヒッ!?」
驚き、ようやく俺の存在に気づくタブンネ。
聴力がよければもっと前に気づいてもよかったと思うのだが、この辺がタブンネの浅ましさだ。
「ミィ!ミィミッ!ミィ~♪」
そして俺に気づいたタブンネは、甘ったるい声で体をくねくねさせ始めた。
「ここから出して」ということなのか、あるいは「もっとちょうだい!」ということなのか。
とりあえず木の実をタブンネの前でチラつかせてみる。

「ミッ!?ミィッ♪ミッミィ♪」
するとタブンネは、あざとさ全開で短い両手をほっぺに当てた。
どうやら「もっとちょうだい!」だったようだ。
しかし当然与えるはずはない。
俺はルカリオを繰り出し、タブンネの入った檻を持たせて、近くの河原まで行くことにした。
タブンネは、突然出てきたルカリオに驚き「ミッピィ!?ミ?ミ?」とおびえている。


ルカリオはタブンネを持っていく途中、ずっと立て刻みにリズムを取りながら歩いていたため、そのたびにタブンネは狭い檻にゴンゴンぶつかった。
「ミッ!ピィッピ!ミッキィ!?」と、そのたびに聞こえるタブンネの悲鳴に、時折噴出しそうになりながら。

そして河原に着き、タブンネの檻をとりあえず降ろしてやる。
「ミィ~…ミイゥ~…」と、タブンネはぶつけたところをさすりながら口を尖らせた。
なぜ自分がこんな目に遭っているのか、理解できないようだ。

「タブンネちゃん。君が食べた木の実は、俺が大事に育てたものなんだ。人のものを勝手に採ってはいけないよね?」
俺はそうタブンネに話しかけたが、タブンネは「ミィ!!ミフッ!ミフーッ!!」と威嚇してきた。
悪いことをした負い目は微塵も感じられず、ただ敵意しかない。
「ミィ!ミミィ!?ミーィ!!」
そのとき、俺の後ろでタブンネの鳴き声が聞こえた。
俺が後ろを振り返ると、そこには別のタブンネがいる。
おそらくこの檻ンネの鳴き声を聞き駆けつけたのか。

「ミィミ!ミッミィー♪」
檻ンネは、そのタブンネの姿を確認すると、大きな尻尾をパタパタさせて喜んだ。
「ミュッ!!ミッビィ!!」
そしてそのタブンネは、檻を指差し、じたばたと俺に訴えかけた。
「そのタブンネを出しなさい!」ということだろう。

俺は檻に手をかけた。
「ミ!!ミィミッ!!」
檻ンネは、仲間が来たことに強気になり、「早く出せ!!」とでもいうようにわめいている。
「ミーィ!」
こちらのタブンネは、俺が自分の言うことを聞いていると思い、満足げにその様子を見ている。

だが俺は、檻の格子に持参したロープを結びつけ、そのまま檻を河に蹴りいれた。
「ミッ…!」
檻ンネは不意をつかれたように驚きの声を上げながら、あっというまに河に沈んだ。
「ミッ!?ミィミィ!?」
こちらのタブンネにとっても予想外だったようで、満足げなドヤ顔が、一瞬であせりの表情に変わった。

「ミゥッ!ミギーッ!!」
出た。タブンネお約束、突進前の雄たけび。
こんな離れた土地でも同じ習性があるとは、さながら百匹の猿現象だな。

この雄たけび、ルカリオもこれまでに何千回と聞いている。
俺が指示を出すより先に、ルカリオがタブンネに攻撃を仕掛けた。
「ビギャッ!!」

……ありゃ?
ルカリオはインファイトを繰り出したのだが、なんとタブンネは、その一撃でブチャっという音と共に破裂してしまった。
…そうか、レベルの差を考えなかった。
すでにこのルカリオはかなりの高レベル。そしてこの辺りのポケモンは皆低レベル。
これだけのレベル差でタイプ一致抜群を受けたらひとたまりもない。
盲点だった。

仕方ない。俺は先ほど付けたロープを引っ張り、檻ンネを上げた。
「ミヒィ、ミハァ、」
檻ンネは仰向けに横たわり、大きなおなかをより一層上下させて荒々しく呼吸をしていた。

そして少し時間がたち、檻ンネも落ち着いた。
「ミィ~…ミィ…プィ~…」
しかし先ほどのような威勢はなく、小さく縮こまって震えている。
俺は少し体をずらして、破裂したタブンネの姿を見せてやった。

「…ミ…?ミィミ??ミッ…ミィ…ミ”ィーッ!!ミッ…ミビィーーッ!!」
自分を助けてくれると思っていた仲間の無残な姿に、檻ンネは慌てふためき泣き喚く。
格子の間から短い手を必死に伸ばし、「ミィィィッ!ミッビィー!!」と語りかけている。

そうして、俺が再び檻ンネの前に立つ。
「ミッ…ミ…ミィミィ♪ミッピィ♪ミーミィ♪」
媚びた。お尻をフリフリさせ、思いっきり媚びて助けてもらおうとしている。
まったく、これまで散々威嚇し喚き散らしていたというのに、本当の窮地には媚びるのか。
そういう展開はこれまで何度も見てきたんだよ。

俺は何の慈悲もなく、檻ンネをもう一度河に蹴りいれた。
「ミィビーッ…!ミッ…ブッ!」
もうこの檻ンネを出すつもりはない。つまりここで死んでもらおう。

俺は久々にタブンネの鳴き声を聞いて、若干高揚してしまった。
なんとなく心臓がバクバクいっている。
しかし、俺がさて帰ろうかという時に、また異変がおきた。

「ピィ…?ピ…ピェーン!!」「ミィビャーッ!!ミッミッミィーッ!!」「ミュッ!ミゥー!」
三匹の子タブンネだ。その内一匹は、自分の半分ほどもある卵を抱えている。
三匹とも、破裂したタブンネに寄り添い泣き喚く。

なるほど、こいつらはこのタブンネの子供か。
幸い、この犯人が俺だということはこいつらは知らない。
とはいえ、若干悪いことをしたな。
家につれて帰って、おもてなしをしてやろう。
ママのとこにいけるようなね。
最終更新:2015年02月20日 17:12