梅雨に入り、連日のように雨が降っています。
「ミィ…」
子タブンネは木の洞のおうちの中から外を眺めて、ため息をつきました。
雨ばかり降るので、なかなか外に出て遊ぶことができなくて退屈なのです。
「ミィー!ミッ!」
ママンネにお外に出たいと訴えますが、ママンネはうんと言ってはくれません。
それに卵を温めるのに精一杯で、子タブンネになかなか構ってあげられないのです。
「ミッ!」
子タブンネはふくれて、早く雨がやまないかなあと祈るしかありませんでした。
その耳に、歌声が聞こえてきました。
「♪あっめあっめふっれふっれ、かあさんが、じゃのめでおむかいうれしいな♪
♪ぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷ、らんらんらん♪」
そちらを見ると、幼稚園くらいの人間の女の子がママと手をつないで歩いてくるところでした。
黄色い傘を差し、赤い長靴を履いた女の子はとても楽しそうです。
歌を歌いながら、水たまりの中も平気で歩いています。
「ミッミッ……」
子タブンネはその光景をとても羨ましそうに見送るだけでした。
最近、ママンネが遊んでくれず卵にかかりっきりなこともあって、
自分にもあんな傘と長靴があれば、自由に出歩けるのにと思います。
そんな子タブンネの心も知らず、親子は去って行き。雨は降り続けました。
翌日、久々に雨がやみ、子タブンネは待ちかねたように外へ飛び出しました。
外は危ないから気をつけなさいというママンネの声も聞こえたのかどうか。
そして子タブンネはお気に入りのゴミ捨て場に向かいました。
ここに人間が捨てるゴミの中には、子タブンネにとっては宝物が時々見つかるからです。
ちょうど今日はゴミ回収日なので、ゴミ袋が山と積んであります。
「ミッミッ♪」
子タブンネは大喜びでゴミの山を漁り始めました。
すると、いい物が見つかりました。傘と長靴の付いた人形です。
子タブンネにとってはちょうどよい大きさではありませんか。
「ミッミッミッ♪」
神様からの贈り物のように思った子タブンネは、人形から傘と長靴をはずし、身に着けました。
サイズはぴったりで、この間見た女の子のようです。
するとタイミングよく、雨がしとしと降ってきました。子タブンネは大はしゃぎです。
この傘と長靴があれば、雨なんか気にせずに遊べるのです。
「♪ミッミミッ、ミッミッ、ミィミィミィ♪」
上機嫌で女の子が歌っていた歌を真似ながら、子タブンネはおうちへ帰ろうとしました。
ところが、雨足が急激に強くなってきました。叩き付けるような勢いで降ってきます。
ゲリラ豪雨です。さすがにこれは楽しく遊ぶどころではありません。
「ミッ!?ミィッ!」
さすがの子タブンネも慌てて、おうちに急ごうとしますが、あまりの激しさに前へ進めません。
おもちゃの傘はたちどころに壊れてバラバラになってしまいました。
それどころか、猛烈な雨の勢いに耐え切れず、べちゃっと地面に倒れてしまいます。
「ミッ、ミィーッ!」
長靴には雨水が入り込んで、いまや拘束具と化してしまい、重くて足が動かせません。
「ミィッ!ミィ、ゴボゴボ……」
助けを呼ぼうとしても、口の中には容赦なく泥水が流れ込んできます。
涙を流して後悔しても、その涙すら豪雨に押し流されてゆくのでした。
1時間後、ようやく雨が止み、心配したママンネが子タブンネを探しにやってきました。
「ミィ…」
どこかで雨宿りしてくれていればと願いつつ、ママンネはあちこちを探し回ります。
そしてゴミ捨て場の近くに来た時に、道路に薄汚れたピンク色の何かが落ちているのに気付きました。
よく見ると、それは変わり果てた我が子の姿でした。
子タブンネは苦しそうな表情で息絶えていました。ふわふわした毛皮も泥水で汚れ、雑巾のようです。
激しく降り続けるゲリラ豪雨から脱出することができず、力尽きて溺れ死んでしまったのでした。
「ミィィィィ!!」
泣き叫びながらママンネは子タブンネに走り寄ろうとしましたが、
その瞬間、顔面に何者かがパンチを食らわせました。
「ミギャアッ!?」
水たまりに倒れ伏したママンネの前に、不機嫌そうな男が立ちはだかりました。清掃局の作業着を着ています。
「てめえか、毎度毎度ゴミ捨て場を荒らしてやがるのは!片付ける身にもなれってんだ!」
清掃局員は、子タブンネが散らかしたゴミ捨て場を、ママンネがやったものだと決めつけているようです。
「ミィ!?ミッミッ!?」
わけもわからずママンネは弁解しますが、その目の前でもう一人の清掃局員が子タブンネの死体を拾い上げました。
タブンネの人形とでも思ったのか、やれやれと言いたげな顔で持っていたポリ袋に放り入れます。
「ミーッ!!」
待って、それは人形じゃなくて私の子供なのと言いかけますが、最初の清掃局員がその首根っこをつかまえました。
「保健所に連絡しとくからな、それまでおとなしくしてやがれ!」
そして持っていたビニール紐でママンネを後ろ手に縛った上で、ご丁寧にも電柱にくくりつけてしまいました。
さらに念を押すように、触角を掴んで耳元でささやきます。
「ガス室と薬殺と電気ショック、どれが好みだ? 選ばせてもらえないだろうがな」
ガタガタ震え出すママンネの目の前で、もう一人の清掃局員は子タブンネの入ったポリ袋を清掃車に投げ入れ、
次のゴミ捨て場へと出発しようとしています。
「ミィィィィィ!!ミィィィィィィィ!!」
その子を連れて行かないで、それにおうちにはまだ孵化していない卵がいるの、
私が死んだら卵はどうなるのと、ママンネは号泣しながら必死で訴えますが、清掃局員たちはどこ吹く風です。
「あーやっと晴れたか、いい天気になったわ」
先程までの豪雨が嘘のように晴れ渡った空の下、清掃車はママンネの絶叫を後ろに走り去っていきました。
(終わり)
最終更新:2015年06月28日 04:19