路地裏のタブンネ

街中に住み着いては様々な生活を送る野生タブンネ達。この話も街に住み着いた一家の小さなお話。

「はははーしねえ!」
「爆撃開始!オーバー!」
「やめなさいよー!」
スクール帰りの子供達が誰も近づかないような路地裏で所々染みだらけの黒ずんだ段ボールに石や空き缶を投げつけている。
ボスッボスッと言う音と共に大きく揺れる箱の死角側には頭と肩だけを箱に入れたピンクと呼ぶには余りにも汚いがタブンネがいた。
箱の中身を守っているようだが、中身は想像し易いであろう。

爆撃が止み、タブンネは不安げに人間達の様子を伺うと女の子が男の子二人を叱っていた。
助けてくれた!そう思ったのかタブンネは礼をしようと女の子に近づくが、
「ごめんね、野生のは触っちゃダメと言われてるの。ほらはやくいこ!」
言葉優しくも文字通り汚いものを見るような目ですぐに走り去ってしまった。

タブンネは項垂れながら先ほどまで人間達の立っていたところに散らばったビニル袋3つを集め段ボールへ戻る。
袋の結び目がほどけず苦闘しているとガサゴソと段ボールから小さなタブンネが2匹出てきた。
「……ママ、もうこわいのなくなっちゃミィ?」
「ママ、ベビなきやまないミィ…ほらベロベロミィ」
片方のチビがあやしたおかけでベビは泣き止んだようで、ママタブンネはほっと胸を撫で下ろすと改めて袋を並べた。

人間等強者に絶対逆らってはいけない、これは野生タブンネの常識だ。命さえ奪われなければこちらの勝ちというほどに。
この不条理を幼い子供に説くのは過酷すぎて、ある程度自立するまでは天災のようなものとするのが普通だ。


「もう行ったから大丈夫ミィ。今ご飯用意するミィからね」
優しく微笑むママンネに小さな2匹は段ボール内で小さな瞳をきらきら輝かせている。
ママンネは急ぎ袋を一つ食い破るるとレシートやソースのついたコンビニ弁当の空容器、紙パックジュース、お菓子の袋。
二つ目は化粧水の染み込んだコットンと数本のタバコ吸い殻がバサッと舞い、むせるママンネは灰を軽く払い最後の望みをかけて3つ目の袋を手にかけた。

「ミィー!今日は御馳走ミィ!」
ママンネの顔が綻ぶ。
フライドタブンネの骨が二本入っていたのだ。しかも所々肉や衣のついた皮が残っている
他にもタブンネドッグの串の持ち手の上部にわずかに残った衣、おにぎりの袋に残った海苔、これは大収穫。
これなら昨日入手したパンの耳は明日にまわせる。
ママンネは肉や皮を剥がし、食料を均等に配分して二匹に渡す。ちなみに骨は旨味のあるおもちゃとして重宝するのだ。

「おいちぃミィ!」「おいしぃミィ!」
たいした量ではないが、これでも子タブ達にはそれなりの食事になるのはまだ幼いからだろうか。
ニコニコ笑顔の二匹にニコニコしながらママはベビを抱いて乳を飲ませる。
その際に自分は棒のわずかな欠片とお菓子袋内の塩分やカス、紙パックの潰して逆さまにし僅かな水分を取った。
明らかに量は足りないだろうが、その分は自分はゴミ捨て場である程度先に立ち食いしてきている。姑息だがベビの為には仕方ない。
さらに時間もかけられないため、匂いで判断して回収するのでたまに香料の強い化粧品等につられることもある。
まさに今回がそれだ。

静かに乳を吸うベビを抱き締めながらママンネはそんな自分に情けなさを感じたのか涙を流した。
「ママどこか痛いミィ?」
骨をしゃぶりながらチビが体は薄汚くとも一点の曇り無い瞳で見上げてくる。その姿にママは涙を拭い、違うと笑顔でこたえた。

深夜。あれから再襲撃も無く、今は静かに寝息を立てる一家に破壊の足音が迫り来るのを敏感なチビンネどころかママンネすら気づけずにいた。
「オッゲイーつんぎにずずぼうぜー!」
酔っぱらった男が鼻唄まじりに路地裏を差し掛かり足を止める。
「酒を飲むと小便がしたくなる」
誰に説明してるのかわからないが、男は段ボールに向かって放尿しだした。
ママンネは全く気にしてなかったが路地の入口にはバリケードがあったのだ。
実は人避けにかなり役に立っていたのだが昼間の襲撃でよかされたままになっていた。

ダダダという音に目をさますママンネは、顔にはじいてきた水分を舐めて吐きそうになるがそれを堪え月明かりに目を凝らすと
「なんだあ?タブンネかあ?ほうれい!」
ママンネの頭にまだ止みそうにない小便をかけ始める。
「ミッミャアー!」
必死に顔を隠すもその体毛に尿は吸いとられ無惨な姿にかわりはてていくが腹や胸につかなかったのは幸いだろう。
男が笑いながら路地裏から出ていく中、ママンネは子供達を避難させるべく起こそうとするも中々目を覚まさない。
勢いよく放たれた尿は元々汚れきった段ボールに容赦無く染み入りへたりだしてきている。

「おうちもママもなんかくさいミィー」
「早く出てミィ!ベビちゃんも出してあげて!」
ママンネは二匹のチビをかき出しベビに手を伸ばし、なんとか救出に成功したが同時に段ボールはその役目を終えたのかのように静かに崩れていった。

「ママぬれてるミィくちゃいミィ」
二匹目にも同じこと言われママンネは涙を溢れさせながら自分が寝具代わりにしていたボロキレでベビを包み、段ボールを路地裏から通りに捨てにいった。
「ママおうちはミィ…?」
「お家は壊れちゃったミィの。また新しいお家ミィつけるから」
「おうちもパパみたいにいなくなっちゃうミィの?」
「ううん、お家はバイバイだけどパパはミィんながお利口さんにしてたら帰ってくるミィからね」
「ミィおりこうにするミィ!」
健気なチビを抱き締めてあげたいが自身の小便臭気放つ体ではと躊躇してしまう。

「チィァーチィー!」
ボロキレではアスファルトの冷たさや固さを緩和できないのであろうベビが泣き出した。
ママはポロポロ涙を流しながら濡れた手と腕を舐めて無事だった胸にベビを抱く。
そんな姿に二匹のチビも臭いなど気にせずママンネに寄り添いだす。ママンネは二匹の姿に体は冷たいが心は暖かくなった。

フレームと僅かな板だけの廃棄家具に身を寄せ子三匹は眠りにつく。ママンネは尾からボロボロになった触覚を出した。
「明日も頑張らミきゃ。この子達は私が守るからミィ、パパ」。
パパの形見となった触覚。
お出掛けしててまだ帰ってこないと子達に言ってあるつがいの♂は既にこの世にいない。

元々一家は街近隣の茂みに住んでいたが他の野生ポケモンに奪われ、今の路地裏に避難してすぐの事だった。

ある日パパンネが食料探しにいったままなかなか帰ってこなかった。
危ないから出るなと言われているもののいてもたってもいられなくなり、
見に行くと全身をズタズタにされたパパンネが道路に横たわっていたが、その手にはしっかりとビニルが握られていた。
「ご…ごは…ミィ…はや…にげ…」
傷からして他のポケモンにやられたのかもしれない。ママは袋を受けとりどうしていいかわからずおろおろしていると、
人間の車が現れ中から出てきた人間がパパンネを無慈悲に車の荷台に投げ込んだ。
ママンネは幸にも立て看板に身を隠し事なきをえたが、それはまだ息のあるパパンネを見殺しにしてしまったと同義だった。
場に残ったのはちぎれた触覚と血のみ。ママは自分の不甲斐なさに後悔したと同時に子供達は必ず守ると決意したのだった。

奇跡なのか血の跡をたどると近場のゴミ捨て場近くまで続いており、大きなゴミ袋がたくさんあった。

ママは物陰から伺い、ここが狩り場だったと理解したがもすぐ漁らずママンネはしばらく様子を伺った。
ゴミ漁りはパパンネと出会った頃に数回した程度だからこその用心深さは功を成した。
距離的にも問題なく、まる一日かけて太陽の位置から人の少ない時間を見計らい、さらに一気に回収せず少量ずつだったのもよかったのだろう。
雨の日や回収車が来る日、既に漁られていた日もあったが、それでも必死に覚え、パパの死から二週間だが今日まで生き長らえてきていたのだった。


自身は産まれた時からママと二匹ゴミと共に暗い路地裏で暮らし、いつのまにか独りぼっちになっていた。
そして偶然パパンネと出会い家族をもうけた。
でもパパに任せきりで自分は何も出来なかった。実際今日二回も人間の襲撃に合い、明日はどうなるかは不安でしかたなかった。

空が青く染まりだし太陽が顔を出した頃、ママは子供達を起こさぬよう立ち上がる。今日の糧を獲るためにパパが命を賭けて残した狩り場へ向かう。
乾きだしたものの臭いとれない上半身、真っ黒になった足の裏、埃でくすんだピンクの体でママンネは路地から歩み出す。
今日はお家も探さなければならない、だからと言って悠長に探す時間はない、いない間に襲撃もあるかもしれない。
このゴミ漁りも今まで見つからないのが不思議なのかもしれないが、やらないでいたら何も変わらない。
戦う力は無くともやらなければならない。不安に押し潰されそうでもママンネの瞳は輝きを失ってはいなかった。
しすがに寝息をたてる子供達を瞳に焼き付け背を向ける。
「ママ、頑張るミィからね」
………
……

ママンネは両手に穴や切り傷だらけの実がたくさん入った箱を抱え帰路についていた。
ゴミ漁りをしていた時に運が尽きたのか人間にみつかり、必死にどこて覚えたのか土下座をした時だった。
「なんだこれほしいのか。ならちゃんと処分してくれよ」
大人の人間は箱にぎっしり詰まった実をママンネに渡しすぐ車と共にいなくなった。
人間からすればこのまま投棄するのは違法行為だがママンネからすれば天からの恵み、互いに利益はあった。
たくさん実の詰まった箱を抱え、ママンネは車の行った方へなんども手を振った。
たしかに傷だらけで黒くなり、皮もくするんでいるが、まだ比較的中身も見た目もきれいな実も含まれている。
試しにひとつ口にするとこの世のものではないようなはじめての甘さにママンネは感激した。
「はやく戻るミィ!これだけあればしばらく持つしみんなお腹いっぱい食べれるミィ!この箱もシートがわりになるミィ」

ママは走った。ここ数日でどれだけ走っただろうか、足取りは軽いのは実を食べたおかげか。
そして転ぶ。無い膝を擦りむいた痛みにも耐え、必死に拾い集め再び走る。路地裏はすぐそこだ、高鳴る気持ちを抑えつつ駆け込み一気に放つ

「チビちゃん達!今日は豪華なご飯ミィ!」

返事は無かった


チビ達が寝ていた場所は毛と血にまみれていた。手元から箱を落とした音で我にかえり、必死に子を呼ぶが何も返事はない。
そしてあってはならないものが視界に入ってしまった。

廃家具の下に横たわるベビ。一家で唯一タブンネらしいピンクをしていた体毛も汚れきっている。
抱きかかえ必死に呼び掛けるも頭は力なく垂れ下がった。
「ベビちゃん!ベビちゃん!しっかりしてミィ!!」
まだ温かさ残るが何も答えないベビにママは実をちぎり口でペーストにして押し込むもその場に有り続けるだけで喉がなることは無い。
自分の乳をしぼり指先につけて口に入れても舐めることは無い。

余程怖い目にあったのだろう、股と尻は排泄物にまみれており必死にハイハイして逃げようとしたのか前肉球も足も擦り傷だらけだった。

ママはベビを抱き締め何度も何度も呼び掛けた、それが無駄ではないと信じて。
「ベビちゃんベビちゃん目をあけて!パパお願いしますミィ、ベビちゃんを助けてくださいミィ」
パパの形見の触覚を握り必死に願うも現実は現実だ、何も変わりはしない。
無駄に終わった。


「いたいた、死んだかと思ってたよ」
「おいみろよこの実!こんな朝早くからどっかから盗んできたんだろうぜ!」
「早起きなのは俺らもだな!その腐った実でストラックアウトしようぜ!」
人間が二人、間違いなく昨日の男の子達だ。女の子がいないことと、は赤く染まったバットがママンネの恐怖を煽る。

たくさんの実は次々投げつけられアスファルトやコンクリートの壁に違う意味の花を咲かせる。
家族と食物を壊されたママンネは産まれて初めて憎悪し他者を睨み付けた。なんだかんだで他を恨んだりしたことはなかったのだ。
だがそれが彼らには不快そのもので頭に飛んできたのは実でなく足蹴りだった。
「ははは!おもしれえ!そうだ、あれ生きてねえか?」
「おう、まってろ」
投げ出されたベビに向け必死に這いずるママンネの前を自転車が遮った。後部の荷受けに繋がったヒモの先にはチビンネが縛られていた。
「片方は死んだから川に流したけど、こいつ生きてるよ。じゃあな!クーズ!」
チビンネを乱暴に解放し、人間の子、いや悪魔達は姿を消した。

ぐったりしているチビに駆け寄り抱き締めてるママンネ。
「……ィ…は……ミ…」
「チビちゃん!?よかったミィ!」
生きていてくれた事に安堵したママンネはすぐに実を取り出した箱に寝かせた。
引き摺られたであろう傷は酷く、全身擦り傷切り傷抉れ傷、耳はちぎれかけまだ小さな可愛らしい触覚の片方は付けねから無くなっていた。
酷いのは顔だ。片目は内出血起こし、瞼もズルズルになっていて、さらに裂けた唇からは真っ赤な歯茎が見え、奥歯以外の乳歯全て抜けていた。

「まっててミィすぐにすぐにおいしいご飯あげるミィ!」
実を口でペーストにし口移しであげるが、怪我に滲みるのかチビは顔をしかめながらもなんとか飲み込む。
「ケホ…いたい…ミィ…」
「頑張って食べてミィすぐ痛い痛いなくなるから…」
ママは必死に実をかじり、それを子に与え続けた。
「ぉい…ちぃ…ぁまいミィ」
痛みに慣れたのかチビはかほそいが甘味に対する感想を言えるまでになった。
「お、お…ち…ヂビッ、ヂッ…ヂビぢゃああああ!ミアアアン!ミンミン!ブヒイーオオー!」
ママンネは堪えていた悲しみを全て解き放つようにベビを抱き抱えたまま泣き続けた。

数時間後、思いきり泣いて発散できたのか冷静さを取り戻したママンネは悩んでいた。
ここに留まっていたらまたあの悪魔達に確実に襲われる、この子だけでも必ず守らなければ。
ベビの死体に散らばってた今はいない上の子の毛を抱かせ、ボロキレで包みながらママンネは決意した。
実は二匹ならしばらくもつ。箱にチビとベビと残された実を入れて何処か遠くに逃げるしかない、たどり着いた先に必ず幸福がある。
そう信じるママはその時に備えるべくしっかりと食事をとった。この甘さを殺されたチビ、ベビ、パパにもわけてあげたいと感じながら。

まだ苦しそうにしているチビを優しく撫でて「もうママ絶対離れないミィ」と言うと少し顔が穏やかになった。
そんな様子にママも安心したのか意識は眠りに沈んでいった。


ポッ ポツ サーッ
異変に飛び起きるママンネ、雨にうたれ始めた子を抱きかかえ生きている事に安堵するがそう安心ばかりはできない。
今までなら雨は貴重な水分としてありがたかったが今は致命傷になりかねない。
大きいゴミ袋を段ボールにかけて、自身も雨具代わりに凌げていたが今袋は無いし段ボールも無い。
水溜にしていた空き缶を見つめママンネは思い出した。


「おみじゅたくさんのめるミィ!」
「まだ我慢するミィ。出てきたら濡れちゃうミィ」
「そうミィ、缶が二つあるから先にチビちゃん達にあげるミィからね」
「パパとママは?」
「パパ達は袋に貯まったのを飲むミィ。二人はしっかり卵抱いて暖めてあげるミィよ!」


あんな風にみんなで笑い合える事はもう無い。ママはチビとベビ死骸を抱き締め自身を傘代わりに雨の冷たさに震えるが、
生きている子の温かさを感じるとその寒さが和らいだ気がした。


日も沈みだした夕刻。雨はいつしか止んでおり、寝息をたてるの姿チビと双方に安心したママンネは濡れた体に吹き込む冷たい風から催してきていた。
廃家具のおかげで端は濡れたもののなんとか雨を凌げた箱を自身が居た濡れずにいた面に設置しチビ達を寝かせ、路地裏奥のドブへ向かった。
そこの網の部分がトイレなのだ。
パチュン!ブリュリュプップリュボンッバッ!
「ミォォーッ!?」
凄まじい下痢だ。ストレス以外に昨晩急に大量の食事をとり、さらに数時間雨にうたれたなら当たり前だろう。
弾けた糞はケツ毛を汚し、穴回りに付着し、悲惨な結果をもたらした。
尻に手が届かない分無言で壁に尻にすりつけるママンネ、爛れた穴に痛みが走る。端からみたら惨めとかいうレベルではないだろう。
排出で体温が下がった体を震わせながら、雨で貯まった僅かな水を飲んでいると再び異臭が漂ってきた。
急ぎ戻るとチビが糞と小便に下半身が浸かっていた。ストレスだろう、下痢血便はまだ穴からモリモリあふれでている。
「ごめ…な…さ…ママ…もらしちゃ…」
「ママこそごめんミィ!離れてごめんミィィ!」
忘れていた、こっちの子はまだトイレを自分でいけない子だった。今まではだっこして排水溝にさせていたのだ。動けない今なら尚更。
ママは箱からチビを出し必死に糞を舐めてあげるが、離乳してからの糞と血の匂いに吐き気を堪えきれない。
「いた…いたぃ…」
さらに体勢が悪かったらしく痛みを訴え始めた。
「我慢してミィ!すぐ綺麗綺麗するミィから」

なんとか舐め終えたが授乳期のように綺麗にはならなかった。体勢から傷口が開きじわじわ毛を赤く染めていく。
「今舐めて…ミッ!?」
そう、今自分の舌は糞まみれ。こんなんしたら雑菌がくらいわかるようでもう一つの缶を探すが来る時に溢してしまっていた。
アスファルトに拡がったまだ染みてない水に口をつけ砂利やほこりごと舐めとり口を濯ぐが口内にはまだ臭気と砂利が残っていた。
唾液で必死に砂利を吐き出し急いでチビの患部を舐めると表情が少し安らいできたようだ。
一息ついたママは血軟便だらけ箱に目をやるが、もう使えそうになかった。

「ママ…おみじゅ…のどかわいミィ」
ママは無事だった実を一つかじり、腐った部分を吐き出しながら咀嚼し限界まで唾液で弛くし、チビに口移しで飲み込ませる。
うんちくさいと嫌がるが、ストレスから乳が出なくなってしまった為、それでも飲み込ませるしかない。

少し落ち着いたママは実を食べながら今の状態をふりかえってた。
箱も無く、ビニルもすべて穴が空いていたため使えない。結び目をほどけない不器用さが招いた結果だ。
実を尻尾に隠そうともケバだったボサボサで毛量薄くなった尾に実が隠せるはずもない、ひとつが限界だろう。
手で運ぶにも限界があり、チビ、ベビを抱かなければならない状態だ。せめてチビが毛を掴んでられる状態まで回復してもらえば…
ママンネは脱出延期せざるをえなくなった。

排水ドブの側に貯めてある拾ったゴミから出たゴミ。それをよかしてなんの役にもたたないがバリケード状にする。
少なくとも今の位置よりは見つかりにくいだろうという考えらしい。

ゴミの中から集めたビニルを敷き、ベビ死骸に謝りながらボロキレをはがして、敷くと簡易すぎるチビ用ベッドの完成だ。
作った後、視界に入った壁になすりつけられた自分の糞を見てママンネは悲しくなった。

チビを寝かせママは表通りの人影に怯えながら残された実を軽くすべく腐った部分をドブに捨てていた。大きさから網目に入らないのがほとんどだが。
背後からチビの「くさいミィ」という呻きに耐えながらママンネは必死に頑張った。
実は持ち込んだ時より半分以上壁や地面のシミになってしまった事に涙が溢れるが、運ぶ数が減ったと思うことにしカケラを集め始めた。

しばらく過ぎママンネはチビの異変に気づいた。
「ッ…ミッ…ミッ…」
ガタガタ震えだし痛みに顔を歪めている。不衛生な環境にろくな処置も施してない傷口が化膿してきているのだ。
抱くと腫れた傷口が痛むのか苦痛に顔を歪ませ呼吸が荒くなり顔色も真っ青になっている。
もうどうしようもないのは明らかだ、このままでは死なせてしまう。それだけはなんとかしなければ…
ママンネは一抹の望みを賭け、自分達を助けてくれたあの女の子や実をわけてくれた人間を求め場を後にする覚悟を決めた。

乾いた糞と血で毛がパリパリになった子を抱きかかえママは表通りに歩みだす。
すぐ痛いのなくなると励ましながら。

人通りは元々少ない街だがようやく人間に会えても皆拒絶していくのは腐臭漂う不潔なポケモンならば当然だろう。
蹴られもしたが、それでもママはチビを庇いつつひたすら歩いた。
少し広い道路に差し掛かった時だ。沿石に足を取られ転び、チビは道路に投げ出されてしまった。

「ママ…ママ…」
か細い声で鳴くチビにままは必死に体を起こし手を伸ばすが、彼方からは大きな音と光と共にいつしか見た車の数倍は大きい車が近づいていた。
「ママ…」
「待っててチビちゃん、ママがママがいくからミィ」
「ママ…ママ…」
「チビちゃん…チビち――」
轟音に声はかき消された

大型トラックは気にするわけもなく走り去り、排気ガス晴れると道路には月明かりに照らされたの肉片と真っ赤な臓器が叩きつけられた実のように広がっていた。

「―――――――」
ママンネは声も出さずに 泣いた。

もはや人も歩かない時間となった路地。ママンネは壁にもたれかかりながら弱々しく歩みを進めていた。
路地裏に辿り着きベビの死骸を抱きあげると数匹ハエが舞った。
「ただいま…ベビちゃん…ママがいるからミィ、さみしくないミィから…ね。食べ物もたくさんあるミィ…」
砕けた実のカケラを拾い口にし、ベビを撫でるママンネ。
全身ごみや埃、汚物にまみれもはや鮮やかなピンクを無くしたママンネだが、その瞳浮かぶ涙だけは何よりも美しく 澄んでいた。

お わり
最終更新:2015年09月27日 11:38