第二部
春
牧場には再びたくさんのポケモンが溢れ賑やかさを見せています。
あの薄汚い小屋の囲いから眺めるチビこと♀ンネはもういません。
小屋にいるのは成長したチビンネこと♀ンネ、傍らにいるのは♂のタブンネ。
あれからしばらくして♀ンネにあてがわれた♂です。
素性は不明ですが、♀からすれば孤独ではなくなった嬉しさからかすぐに仲良くなったようです。
♂は全身傷痕だらけでしたが、世間知らずの♀ンネはそこには触れません。ただ意味がわからないのでしょう。
初めての産卵で三つ、そして直ぐ様産んだ四つの卵。優しい♂ンネと七つの命の鼓動を感じつつ♀ンネは穏やかな日を送っていました。
相変わらず外には出れませんが、もう慣れたのか卵に気を奪われていて気にもならないのでしょう、なにせ初めての幸福でしょうから。
「ミーン、はやく産まれてほしいミィ。ねえパパ?」
「そうだねみぃ!みぃとママの子だから可愛いみぃ!」
完全に舞い上がっているのは誰がみても明らかです。タブンネ特有の純真さなのか、ただの馬鹿なのか。
舞い上がっても直に撃ち落とされ踏みにじられるとはこの時微塵にも思ってはいなかったでしょう。
卵も孵り七匹のベビンネ歩いたり物食いを覚え、小屋は賑わいを見せてました。
♀ンネは離乳の為にベビに生ゴミをちぎって与えたり、♂ンネはベビと押し合いしたりとたしかな幸せがそこにありました。
「そうミィ!お名前考えてもらうミィ!」
そんな♀ンネのささやかな思いも関係なく出会いと同じく別れも突然訪れました。
「いい頃合いだな。ほんとタブンネのガキは成長がはやくていいわ」
食事を運んできた人間は箱に生ゴミを入れずにすぐひきかえし、戻ってきたときは大きなカゴを持ってました。
「ベビちゃん、ご挨拶するミィ。お名前を」
「チーミーッ♪」
人間は挨拶しようと歩み寄ったベビ一匹を無言で掴みあげるとカゴにいれてしまいました。
「チィッミィーッ!」
よたつきながらカゴの網目に掴まり恐怖からか涙を流すベビに♀ンネが急いでカゴの網越しに舐めたり撫でてます。
「ベビちゃん!怖くないミィからね!」
ヨタヨタしながら転んで捕まってしまったベビ
走るの上手なベビもあっさり
互いに抱き合い震える二匹も
必死にパパの背に隠れるベビもパパがそこにいないかの如く背後に手をまわされて
最後一番お母さん子でいつも♀ンネにべったりなベビも引き剥がされてカゴに
「「「ミー!チィー!ヂィーッッ!!」」」
「怖がってるみぃ!優しくしてみぃ!」
「まだ小さいから乱暴にしないでほしいミィ」
必死の嘆願も人間にはただミーミーわめいてるようにしか聞こえません。
「一家してミーミーチーチーうるせえな」
すべてを無視し人間はベビを連れ、いなくなりました。
「ママ…ベビちゃん達は…?みぃ」
「だ、だいじょミィ……」
放牧の時間となりたくさんの声が聞こえてきます。
「もしかしたらミィ達のベビちゃんがいるんだミィ!?」
まるで運動会の父兄のように久しぶりに囲いに手をかけ我が子を探しますが一向に見えません。
ピンクだ!と思ってもエネコやサニーゴ、色ミミロルやプリン系列でした。
「ベビちゃん達まだ小さいから別の時間なんだみぃかな?」
「………ミィ」
ふと、自身どころかタブンネ自体見たことがない事を思いだし不安はつのりました。
三日過ぎましたが一度もベビを見てません。変わったことは♀ンネの傍らには卵が8個あるだけ。
寂しさから繁殖行為をしたのでしょう。
「ミィ…」
「ママ、この卵ちゃんの為にも暗い顔はダメみぃ…」
♀ンネは遊び回るベビポケ達を見て再び顔を落としたそんな時です。
「ひっさしぶり!ほらお前んとこの「リネ」だぞ!ちなみにこっちは最近掴まえた新顔だ。」
「リネぇぇ!おうおう綺麗になったなあスリスリ、ネイティオ君もよくきたね!歓迎するよ」
人間の声が二つして、ドレディアに抱きついてるのはいつもの人間ですが、片方は知りません。
しかし「リネ」と言う言葉が♀ンネの奥底に封じられていた記憶を呼び起こしました。
囲いに顔をくいこませてそのリネと呼ばれたドレディアを凝視しますが、
連れのネイティオがこちらを見たので視線をそらし、一連の会話には聞き耳をたてました。
「いやしかしまだリネと呼んでくれてんだなあ!嬉しいよ!…ああ!?もしくはいまだにつけてねえのかテメ」
「そうじゃねえよ!名前つけるタイミングがずれて…じゃねえ、俺の後輩がチュリネほしいって言ってさ、それできたんだ」
「いるよ!おいでネリー!」
人間はぽてぽて歩いてきたベビチュリネを抱き上げると笑顔で語りだしました。
「リネの妹になるんだぞ、そうだ!ロズ、レディ!リネが会いにきたぞー!」
♀ンネが時おり目にしていただけで接点はありませんでしたが、よく人間と共に、ポケモン達へご飯を配っていたロズレイドとドレディアが現れました。
リネは二人、いや両親に抱きつきみんな笑顔です。
「リネちゃんのパパママはあの人達だったのかミィ。ミィのパパママは今どうしてるのかミィ…?」
そんな疑問など伝わりませんし誰も返答しません。リネはネリーを抱っこして初めて会う妹に歓喜しています。
そこにあったのは紛れもない 家族 の姿でした。
いつのまにかその光景を見ていたタブンネ達は交互に口を開きます。
「みぃ…もしかしたらベビちゃん達もああやって他の人間さんに可愛がられてるのかみぃ?」
「そ、そうミィ!きっと会いに来てくれるミィ!そしたらこの卵のベビちゃんを家族だって紹介しようミィ!!」
膨らんだ両親への想いを押し込めるよう♀ンネは卵を指差しました。
そして二匹はそう勝手に思い込み卵を温めに戻りました。以後の会話には耳をかたむけずに。
「まだやってんのタブンネ業」
「まあな、小遣い稼ぎ兼生ゴミ処理機だよ。こないだも七匹卸してきた。」
「へえ」
「飼いタブは野生を知らねえから生きる為に虐待する人間にもすりよるから、野生より物持ちがいいんだよ」
「でもあいつら消費するぶんにはいいが、飼うとろくな事しねえぞ。うちにも居たんだが捨てた」
「たしか奴隷に一匹いたんだっけ?なんで捨てたんだ」
「長くなるんだけどよ…」
「…ロズ、リネとネイティオ君を客間に案内してあげなさい。僕は少し彼と話するから」
それからも♀ンネ達は特定の時期になったベビを取り上げられる日々を送っていました。
リネ以外にも成長したカメール、マリルリ等この牧場で暮らしていた子達の成長した姿を度々見ましたが一度たりともタブンネは見てません。
可愛い時期に取り上げられる不平についに♂ンネが抗議しましたが、蹴られました。
歯と血を吐く♂ンネですが人間に頭の毛を掴まれ、鼻先がつくほど引き寄せられます
いよいよ人間は本性を完全に露にしだしたました。
「こないだあいつからおもしろくない話きいてさ。…別個体だが同族連帯責任だ、お前は今逆らわなきゃよかったな」
人間はポケットから注射器を取りだし、何か薬品をつめていきます。
「どうせ使うつもりだったが、罰としていつもの三倍だ。♀は無駄に頑丈だからな、せいぜい頑張ってもらう」
押さえ込まれた♂は腕にそれを射されました。
すぐにヨダレや鼻血をたらしながら苦しみ出した♂の生殖器が不気味に膨らんいきます。
以後狂ったように♀ンネに繁殖行為を行いました。逃げようにも♂の力でがっちり掴まれては逃げられません。
以降♂は注射の影響か優しさが消え、ただエサを食い糞をして掃除し繁殖行為をするだけ。
副作用か痩せ始め、抜け毛も増えました。
♀ンネは悪化する♂の外見に不安をつのらせます。
ただ天を見つめ涎をたらす♂ンネへ自身ができることはその欲を解消出来るよう身をあずけるだけの日々
今回は10 その前は8… 11 9 12…一月で20以上は卵から孵り、育っては連れ去られ、一向にベビとも再会できない。
♀ンネも♂の変貌やそんな日々に疑問をもち、ついに人間に産まれて初めて反抗しました。
今いるベビ12匹をもはやボロキレと化した毛布を被せて隠し、体を大の字にしてベビを守ります。
「嫌だミィ!絶対負けないミィ!ベビちゃんもパパも守るミィーッ!」
キッとした表情にはかつて自身の両親を連れ去られた怒りもこもっているのでしょう。
封じられていたあらゆる怒り悲しみが♀ンネを奮い立たせます。
「ゆるさないミ「もうゆるさねえからな!」
人間は怒りの形相で♀ンネを睨み付けます。その様子に♂は目も合わせずひたすら何もない場所を放棄で掃いていました。
「仕方ねえ、フィー!こいつの腕一本折れ!」
両親を消したあの丸い物、ボールから現れたのは陽光に照らされ輝く毛並みに宝石のような瞳、しなやかな二又の尾を持つエーフィ。
「義父様も甘いですわ、このような物は全身バラバラに…」
「フィーちゃん…ミィ?」
その言葉にエーフィの耳がピクッと動く。
「ミィだミィ!おやつおいしかったミィ!また色んなお話してほし、これミィのなんだミィ!」
あの暖かな記憶が甦り、ボロ布団を指差しながら叫びます。
きっとあの時のように優しくしてくれると♀ンネは歓喜しますが…
「ミーミーうっせえんだよ!どうしたフィー?たしかにこんなん相手したくないな!俺がやるよ!」
人間がトンカチを取りだしますが、フィーがスッとその間に入り
ゴリッ
「ミィギィャアアアアア!」
サイコキネシスにより右腕が垂れ♀ンネの絶叫が響きました。
初めて味わう激痛に♀ンネはドタンスタン無様に転げるばかり。
「いだびぃ!いだあいびぃ!どうしてこんなことすミィ…びぶぃーん!」
「………義父様、ここは足が汚れます。わたくし居たくありませんわ」
「よしよくやった、フィーはあっちでみんなと遊んでこい。で、てめえはわかったか!?てめえは子をなしてりゃいいんだよ!」
人間は12匹パンパンにカゴにつめ、のたうち回る♀ンネの頭をつかみあげさらに言葉を続けました。
「餌だって生ゴミとはいえ、高級食からの生ゴミ食わせてもらってるくせによ。他のやつらなんかのたれ死ぬのがオチなのに」
「い、嫌ミィ…死にたくないミィ…ミッグ、エッグ」
「まあいい。お前もしっかり働けば死ぬことはねえよ。たぶん、ね」
初めての激痛と恐怖で♀ンネの意識は失われていきました。フィー、リネとの思いでと共に。
フィーは6Vでバトル用に鍛えられ育ちました。とある少年に負けるまでは無敗だったほどに。
幼少時チビンネに会えなくなり、残酷ですがしばらくするとチビンネの事など忘れていました。
恵まれた生活や、常に新しい物に刺激される子供の脳では記憶の維持ができなかったのは言うまでもありません。
娯楽の無いタブンネとは扱いが地と宇宙なのですから。
もちろん飼い主を親以上に慕ってますし、そのやることに反感を持つなど一切ありません。
運命の歯車は噛み合うことはなく崩れ去りました
人間はカゴを車につみ、先ほどの出来事を思い出しました。
「そういやフィーとあいつは一度会ったようなないような…まあいいや、タブンネだし。フィーも忘れてるだろ」
その夜、♀ンネは泣いていました。とっくに腕は完治してます。しかしフィーとリネ一家により与えられた心の痛みは治りません。
フィーやリネの事情などもはや♀ンネには関係ないのです。ただひたすら悔しさと羨ましさだけ。
風化した思い出は今の自分を追い詰める凶器に変貌しました。
さらに初めてベビを守るための戦い、初めて味わった敗北。
それははかつて友人と思っていた、思い込んでいたポケモンにより与えられた壊滅的なもの。
四つん這いで泣きじゃくる♀ンネを宥めるどころか、腰を掴んでくる♂ンネ。
♂の狂気もどんどん♀ンネの心を抉り、♀ンネはかつての前向きな精神が失われ、
何度も育児をやりたくないと思いますが産卵するとやはり母性なのか、または育児してる間だけは幸せを感じられるからなのか。
その矛盾もどんどん♀ンネを追い詰めていきました。
第二部終わり
最終更新:2015年12月05日 00:29