「5、4、3、2、1…………ハッピーニューイヤーッ!!イェーッ!!」
ヒウンシティ中央にあるセントラルエリア。
カウントダウンの終了とともに、たくさんの花火がうち上がる。
広場に集まった人間やポケモンたちが歓声をあげ、新しい年の始まりを祝う。
集まったポケモンたちの中にはタブンネの姿もあった。
あたたかそうなセーターを着て、おしゃれなマフラーを巻いた姿からは飼い主から愛されていることがよくわかる。
みんなからもらったオボンの実を頬張り、ニコニコと幸せそうな笑顔を浮かべている。
もちろんタブンネだけではない。
モンメン、チュリネ、エネコをはじめとしたポケモンたちと、その飼い主の人間たち。
広場に集まったみんなが食べて、飲んで、歌って、明るく楽しく盛り上がる。
素敵な1年が始まることを象徴するかのような、素敵な光景だった。
そして、そんなお祭り騒ぎを見つめるタブンネがいた。
セントラルエリアに続く路地のひとつ。光のあたらない影の中からじっと見つめている。
広場の光景を妬むように、また、羨むように。ひっそりと息を潜めて見つめている。
夜明けにはまだ時間のある午前4時過ぎ。
集まっていた人間やポケモンたちは家に戻り、あれほどの騒ぎが幻だったかのように静まり返っている。
セントラルエリアのあちこちにちらかったゴミが、祭りがいかに盛り上がったのかを語っている。
静寂に包まれた広場を数匹のタブンネたちが這いつくばるように移動している。
少し移動しては動きをとめて、地面の臭いを嗅いではまた動き出す。
何か食べられるものがないのか探しているのだ。
図鑑に載っている一般的なタブンネにくらべて、このタブンネたちは一回り小さい。
ピンク色の毛皮に艶はなく、ふわふわであるはずの尻尾もバサバサしている。
全体的に薄汚れており、表情に力はなく「みすぼらしい」という表現がぴったりと当てはまる。
そんなタブンネたちのなかに、お祭り騒ぎを見つめていた先程のタブンネはいた。
ほかのタブンネと同じようにひたすら食べるものを探している。
タブンネの動きがピタリと止まる。ほんのわずかであるが、木の実の汁がついている。
最初にひと舐めすると、やがて、地面を一心不乱に舐めはじめた。
甘い。甘い。甘い。
タブンネの頭の中をその言葉が占める。
ほかのタブンネには渡すまいと、地面を削り取らんとばかりの勢いで舐める。
舌が削れて出血し、痛みを感じるまでタブンネは地面を舐め続けた。
とんでもない幸福を感じていたタブンネであったが、あることに気がついた。
ここは、人間に飼われているタブンネが木の実を食べていた場所ではないかと。
その事実に気がついたとき、タブンネの体がブルブルと震えはじめた。
タブンネの胸の中に、さまざまな感情が渦巻いた。
幸せそうな笑顔を浮かべていたタブンネが妬ましい。
そんなやつのこぼしたものを必死に舐めている自分が情けない。
そんなどうしようもない現実を受け入れるしかない自分が不甲斐ない。
「……グッ……ウグッ……ヒック……」
タブンネの喉から嗚咽がもれる。
食べ物を探すことも忘れて、タブンネは涙を流し続けた。
夜が明けるまで、タブンネはその場で泣き続けた。
セントラルエリアが賑やかさを取り戻したお昼過ぎ。
あたたかそうなセーターを着て、おしゃれなマフラーを巻いたタブンネが飼い主と手をつないで歩いている。
大好きな飼い主に置いていかれまいと、ポテポテとがんばって歩いている。
飼い主はそんなタブンネを優しい顔で見つめ、タブンネは嬉しそうな顔で見つめ返す。
幸せそうな彼らは決して気づくことはない。
セントラルエリアから少し入った路地にタブンネがいることを。
自分たちのことを見ていたタブンネがいることを。
自分たちが歩いている場所で涙を流したタブンネがいることを。
たくさんの人間とポケモンがセントラルエリアを通りすぎ、タブンネの流した涙のあとをかき消していった。
(おしまい)
最終更新:2016年01月11日 17:55