今の時勢タブンネの死骸を見ることは珍しくない。
生存競争に負けたか、人為的な殺傷か、病死、餓死、事故死、様々だ。
ただそれを人々がどう感じているのかは、ただスルーするか処理を押し付け合うのが現状。
「なぜこのタブンネは死んだ?」など考える人間はいるだろうか
この話はそんな数あるタブンネのうちの一匹、
そこの路地に転がっている♀タブンネの死骸の話
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とある港。
様々な輸入物資をより分け一時保管する倉庫の建ち並ぶ場所から少し離れた小さな草むらに、
まだ若いママンネと歩けるようになったばかりのベビンネが住んでいた。
慌ただしくトラックや台車を押した人間が行き交う場所の近辺なのだが、
そういった理由から野生ポケモンが寄り付かず、さらに人間もここを手入れや管理などしない。
あくまで風景の一部で、ここだけ別世界の様に静かで平和だ。
さらに近場のゴミ捨て場に行けばここで働く人間達のゴミや廃棄品があるため食料や生活品に不自由はしない。
この♀タブンネは頭がよく、これらの理由からここに目をつけ見事移住に成功した。
確かに行き交う騒音は不快だが外敵よりは遥かにマシだろう。ここで巣を構え、孕んでいた卵をなした。
もちろん例に漏れずつがいの♂は他界しているが。
さらに産まれた子はこの環境で育った為か、喧騒が当たり前で気にもしないのは幸運中の幸運。
今日もママンネはベビを寝かしつけてから餌を求め夜のゴミ捨て場に向かう。
そんな平穏な親子の幸せが崩れ去る日は唐突に訪れた。
今日は休日で作業車も人間もないので、ベビンネを連れ散歩に出掛た時にそれは起きてしまう。
ふと目をやったいつものゴミ捨て場に廃棄品の野菜や木の実が山のようにあったのだ。
もちろんママンネはベビンネにバケツの影で待つよう伝え宝探し兼食料確保の為ゴミ山に飛び込む。
しかしそれは間違いだった。
物事に興味を持ち出したベビは人間社会の喧騒で育ったからなのか、人間や人工物への本能的な恐怖がない。
草しか目にしてないベビからすれば、建物や資材一つでも全て興味の対象だ。
足は自然とそちらに向かい出す。
さらにママは見たこと無い木の実や食料を集めながら、いつもの現地立ち食いに夢中でベビを意識の外へおいてしまった。
「チーチー♪チィーッ?」
よちよち歩きでベビが向かっているのは運搬リフトのついた小型作業車。
何故ならそこには休日出勤の人間が空ケース撤去のためそれのエンジンをかけていた。
仲良くなりたいのか近づくベビに、人間は休日出勤の苛立ちからかベビどころか、ママにすら気づかない。
さすがにエンジンに気づいたママは口から野菜を溢れさせながらベビがいないことにようやく気づく。
見つけたベビは排気ガス噴き出す作業車のタイヤへ歩みを進めていた。
「ボフェアヂ!ブォッフ!」
口から野菜を噴出させながら必死にベビの元へ向かったが…
「チィッ♪チィーィ?」
ピーッピーッピーッ
「ブフェ!ベビちゃんダメエエ」
ピーッピーッブチュンッーッピーッ
人間は全く気づくことなく作業車を倉庫へ走らせ、赤いタイヤ痕が続いたがすぐに消えた。
「ベビちゃん?…ベビちゃああ」
ママは轢き潰されたベビの残骸に駆け寄り、抱き上げようにも真っ赤に染まったわずかにピンクの皮膚から滴り落ちるは血と臓物。
可愛らしい目、まだ巻いてない触角と横に張ってない耳、すべてが赤に染まった。
ママはそれらを必死にかきあつめ走り去る。現場残ったのは血痕と細かい臓物だけだった。
陽も落ち出した頃、静かな草むらにはママのすすり泣く音だけが小さく響いていた。
「ミッグエッグ」
血に濡れ赤黒くなった草のベッドにはベビのシルエットに似せたのが残骸がそれらしく並んでいた。
頭にあたる部位の細かい白いものが並んでいる物は歯茎だろうか?ママは野菜クズを小さくちぎりそこに指で置いた。
結局あれだけの量を回収せずに帰り、これは巣に貯蓄してあるもう緑が黄色になった菜葉だ。
「お野菜おいしいミィね。ママオヤチャイオイチィ」
その姿はまるで人形遊びのようだ。
ママは笑顔で頭らしき部位を撫で、布団がわりだったボロキレを優しくかけそのまま座り込んだ。
子を見つめ笑顔のまま涙を流し続けるママを沈む陽が優しく照らしていた。
深夜。
ママは建物へ憎悪の視線を送っていた。
「あいつらがベビちゃんを殺したのミィ、ミィ達何も迷惑かけてないのミ…!やっぱり人間は許さないミィ…絶対ゆるさなミィ!!」
溢れ出した涙を拭いママは走った。ずっと流し続けた涙で目元は染みになり、濡れた跡がまるで隈取りのようだ。
「まずはあいつだミィ!人間の手先の煙りを吐くポケモンだミィ!」
小型作業車の駐車場。
道中で黒染みに変わったベビの血痕をみて余計に興奮したのか、寝ていると思ってるポケモンこと作業車に突進をしかけた。
「イダイミィ!」
車は微動だにせず、足掛けステップやボディの一部により体の様々な部位を強打した。
突進の反動どころか、全ダメージ反射にのたうちまわるもすぐに立ち上がり肩で息をしながら間合いを計る。
「ミィの突進を食らって目を覚まさないなんてオバカミィ。仲間も気づいてないミィから今がチャンスミィ!」
「ベビちゃんの恨ミィィィィ!」
タブンネにしては引き締まったような体と、凄まじい気迫でなんと運転席まで登り詰め、
運転席に突き出たリフト操作レバーを握りしめた。
「角を折ってやるミィギッア………アア…ムギィ…」
顔を真っ赤にしてレバーに力を込めるが、あいにくそんなんで壊れるほど科学の力は甘くない、凄いのだ。
ただ全体重を乗せればその限りではないだろうが。
「ミバッ!」
手が滑ったのかそのままレバーに顎を強打し、シートから落下した。
「ミビッ!」
立ち上がる際にさらに頭をレバーに強打し、うずくまるママ。
涙を堪え立ち上がる時、雲から顔を出した月の光はある物を照らした。
「ッ……イーブイ…イーブミィィ!!」
それはキーにつけられたイーブイのラバーキーホルダーだ(300円ガシャポン)
誰かに撫でられているような気持ち良さそうな顔。
「ミギィィィッ!!こんなとこでまでミィをバカにするミィ!?」
ここまで怒るのは理由がある。
このママはここに来るまで苦しい生活をしてきた。
幼少時公園で大ケガをした自分のママを介抱ながら、こそこそゴミ漁りをしていた時公園で堂々と走り回るイーブイを見た。
キラキラした笑顔とその美しい毛並み、優しそうな飼い主の姿は触角が無くとも幸せな感情が理解できる。
労せずおいしい食べ物をもらい、さらに食い散らかしても褒められ抱き締められ、周りからも可愛い可愛い大絶賛。
それにひきかえ自身はみすぼらしい姿でわずかな食い残し最後の一粒、一滴を親子でわけあう身。
人前に出れば汚いくさいと罵られ、食べ物ではなく与えられるのは石かゴミか死。
この日の夕食はイーブイの食い散らかした菓子の欠片を拾い集めたものとなった。
ママこと当時チビンネは生まれて初めて敗北を味わった。
そのカスをママは喜んで涙しながら食べてくれたが、自分は土の味しかしなかった。
間もなくママは衰弱死。あてもなく夜の町をさ迷い歩いていた時もイーブイを見た。
寒さに凍える中で目にした人間の家の窓の向こうでは人間とポケモン達とイーブイが暖かそうな暖炉の前で笑顔でいた。
ゴミ捨て場で夜を明かしてまず目にしたのは、暖かそうなお洋服を着て靴まで履いたイーブイが人間と庭で雪遊びをしていた。
こんな冷たい雪で笑ってるのが不気味でならなかった。
その後とあるタブンネの群れに拾われた時に♂の捨てタブンネから人間社会への恨みつらみを聞いた。
だが悪いことばかりではなく、イーブイへ恨みを持つ共通点から関係は親密になっていったのも事実。
♂から聞いた話、いや愚痴はこのようなものだ。
同じノーマルなのにこの差はなんだ?たいした苦労もせず進化できるのも恨めしい。
それにタブンネがフェアリーになったらあっちは当たり前のようにフェアリーへ進化した。
その条件はいっぱい可愛がられてハートマークがたくさんつく。そんな嘘みたいな話。
エーフィやブラッキーとは違い、人間の直接的な愛情の賜物だ。
常に他者から愛されたい、仲良くしたいと願うタブンネからしたらこれはとてつもなく羨ましい事実だろう。
あちらは可愛い可愛いと『飼われ』こちらは経験値経験値と『狩られ』
それらを行った人間の元で酷使され、時にはストレスの捌け口にされていた♂は涙ながら語り続けた。
しばらくは平穏だったが、群れは彼らの悔しさを踏みにじるよう人間により駆逐された。
その虐殺で無数のポケモンの先頭に立っていたのはグレイシア。つがいの首を撥ね飛ばしたのはリーフィア。
完膚なきまで叩きのめされたチビ…♀タブンネこと現ママンネはすべてを忘れ、
♂ンネの忘れ形見となるであろうお腹に宿る命と静かに暮らそうと決意し現在に至る。
ママの頭の良さはこれら理由があったのだ。
長くなったが話は現在に戻り、ママンネはプルプル震えながら拳を握りしめた。
「ミアアアアアアアア!」
叫びつつキーホルダーに往復ビンタをしたが、イーブイは笑顔のまま一切動じない。
それを怒りひきちぎろうとしたときだ。
ブルルルン!
なんとエンジンがかかってしまった。
「ミヒャアアアア!」
エンジン始動音はまるで鳴き声のように感じられ、驚き身を隠すもそこはアクセルの上。
全体重がかかったアクセルによりエンジンはさらに咆哮する。
「やめてミィィィッ!たすけミィーッ!ミィは悪いことしてなミオオオオ!」
ママンネはパニックを起こし暴れるとハンドル、レバー様々にぶつかり、ギアの入った作業車は暴走をはじめる。
恐怖から尿や糞を撒き散らしハンドルやシートどころかママンネ自身も黄と茶に染まっていく。
そのまま振り落とされママは意識を失った。
「………」「……!」
物音に目を覚ましたママンネ。
身体中が痛み、さらに臭う。警戒心の強いママンネはしばし気絶したフリを続けた。
「いやはや、やってくれたなこいつ」
「だいたいキー抜かなかったの誰だ!?まあたいした被害はなかったが、洗浄しなきゃならん」
「例のゴミ漁りもこいつじゃね」
「そこ朝方みたらすんごい荒れようだった。しかし、クソだな二重の意味で」
そういいつつママンネを足で軽く蹴りつけた。
ママンネは歯軋りした。どいつもこいつも誰一人ベビに対する言葉もない。
それでも気絶のフリをし続けるのは様子をうかがっているのか、体が痛むからなのか。
「おーいみろよこれ」
ガサッという音にビクつき、ママンネはそちらに視線を送ると透明ビニール袋の中に赤黒い物体が詰められていた。
「巣があるかと探しててさ、したらあっちの草むらで生ゴミと一緒にハエたかってたんだが、これこいつの子の残骸じゃね?」
そのとおりだ。
「ミィーッ!」
ママンネは飛び起きビニール袋に飛び付いて涙した。
「ベビちゃんベビちゃん!」
………
だが頭上に感じる複数の視線におそるおそる顔をあげると、眼前には人間の顔があり鼻と鼻がつく距離。
「やっぱお前か」
人間は拳を振り上げるが、ママは恐れる素振りも見せず人間を睨み付けた。
「まって。へえ、お前いい根性だね」
数人のうちの一人が制し、彼に耳打ちすると不気味に笑い一歩引いた。
「タブンネちゃん?僕のいうことわかるかな?わかんないよね、じゃあ通訳っと」
制した男性はホルダーからボールを解放するとエーフィが現れた。
その美しい姿に歯軋りするママを無視して、エーフィは男性の言葉をテレパスで伝えた。
(人間には数秒で回復できる道具や機械がある。お前がが謝って掃除するならベビを考えてやる)
ママは瞳に決意の火を灯し条件を飲んだ。
理由は簡単、死んだ♂ンネから聞いていたから。♂ンネ自身何度も世話になった、ならされた。とも。
土下座しつつ「ありがとうミィ」と人間ではなく♂ンネに感謝し、ママは立ち上がり人間に従うことをエーフィに伝えた。
「よし、お利口さんエーフィ」
人間達はエーフィを撫でちやほやしはじめた。再び歯軋りするママだがそれを飲み込むよう笑顔を見せた。
清掃はゴミ捨て場からはじまった。
自分が破り散らかした生ゴミ袋、昨日食べ損ねた比較的綺麗なオボンに唾を飲み込み耐える姿は人間にはどう見えているのか。
しかし手を休めれば背後で人間がベビのビニール袋をチラつかせてるように見えてしまう。
実際はそんなことしてないのだが。
そもそも子が殺されたという復讐心から始まったとはいえ、現状をどう考えているのだろう。
極端な話、仇敵に奉仕活動してるようなものだが、純真で一途のママは復讐ではなくベビを助けてくれる存在として認識しだしたのか。
今は雌伏の時と機を伺っているのか、タブンネ特有の前向きな精神なのか。
次は草むらの巣だ。
食べカスやゴミから出たゴミを袋につめていくが、急にその手が止まった。
そのゴミはベビの玩具としてプレゼントするはずだったかなり汚いゴムボールと手足の無い綿の飛び出たボロぬいぐるみ。
ママはそれらを尾にしまおうとしたが、先程エーフィを見たことから過去のイーブイによる嫌な記憶が蘇ってくる。
前に見たイーブイの持ってたボールはラメ入りのキラキラした柔らかそうなボール。ぬいぐるみもモコモコした抱き心地よさそうな物。
それらを羨ましがり拾ったゴミだが、これをベビに見せたらがっかりされるのではないか急激に不安になり、ゴミ袋へ入れた。
自分を奮い立たせるよう「もっといいのを拾うからミ!」と心に秘めながら清掃を続けた。
拾う最中、薄汚いゴミの中で唯一陽光に輝くものがあったが、ただのビンの蓋。
反してそれを手にしたときにママの瞳からブワッと涙が溢れた。
これは♂ンネが人間で言う結婚指輪的なものとして自分にプレゼントしてくれたものだ。
玩具のように捨てるわけにはいかないのか、蓋をぎゅっと握りしめたまま胸に抱きイヤイヤするママの姿は実にいとおしい、はず?
「なにブリッてんの?」
振り向くとエーフィが無表情で見下ろしていた。
「はやく捨ててよ、そんなゴミ」
やはりこちらの考えを読んでいるのだろう、ゴミ袋をあごでしゃくる。
「ゴ…ゴミじゃないミィ!ミィの…ミィの…大切な!」
「プレゼント?こういうのかしら?」
サラッと髪をかきあげるよう見せた耳に輝くパールがあしらわれたイヤリング。穴は開けないやつ。
ママはまた貯めた涙をまき散らし、さらに体を強張らせ手をギュッとしたが、その手が勝手に開き蓋は宙に浮く。
得意のサイコキネシスの凄まじい力は蓋を四つ折りにし燃えないゴミ袋に叩き込んだ。
「ミミーィッ!ミィの大事な――!―――ッ!ァ――――――」
ママの声が出なくなったが、これもサイコキネシスだろう。
「少しムキになっちゃったわ。あーあ飼いポケは自由がないわあー、あたしも草むらでゴミ食べてみたいわあー」
ママはエーフィに向け怒りを現す事はなかった。
ママはママなりに一時の感情で動いてしまい、今の結果を招いたことを理解している。
タブンネが激情にかられ我を見失うのも純真なタブンネの良い部分なのかもしれない。
とにかく子を救う為には従うしかないと理解したのか無言で掃除を続けた。
「さあーて最後はきみがメチャクチャにしたこれだよ、これがあると食欲わかねんだよ」
頭は良くとも所詮はタブンネ。人間からしたら鈍足で時刻は既に昼だが、休む間もなく次の命令。
人間達が休憩する中で、エーフィも綺麗なクッションに横たわり器用にジュースを飲んでいた。缶に浮いた水滴がその冷たさを現している。
朝から何も、水すら口にしてないママには見る拷問だ。
何より昔から今まで側溝の水で喉を潤しているたのだから、甘い清涼飲料水など空き缶のわずかな水滴しか口にしたことしかない。
だがその空腹や渇きもなくなる。人間とエーフィからほぼ同時に告げられたのは
「『舐めろ』」
ようは作業車の糞尿を、舐めて掃除しろという話だ。お前に貸す清掃用具はねえ。傷つくから絶対ツメは使うな!とも。
自身糞だらけの体で清掃、いや思い出、財産を投げ捨ててきてからのこの仕打ち。
どちらにせよ綺麗ずきなタブンネには最凶の拷問に違いない。
子供の糞を舐めるのとは次元が違う。ママはなぜか急激に自尊心が膨らんだが、人間の側に置かれたビニルを見て拳を握りしめた。
なにより自身の排泄物というのが覚悟を決めた要因だろう。
そして「ミィッ!」と鳴くと作業車の糞に舌を這わせた。
「まじかよ!」「すげえな!」「こっちは飯くってんだぞ!?」
笑いながら言いたい放題の人間に涙を流しながら乾いた尿の染み、硬化しだした糞を必死に舐めとる。
やはり舌ではなかなか落ちないから吸い出そうとする姿はまるで作業車にキスしているようだ。
寝てる鉄のポケモンの体に舌を這わせる自身の有り様にママは何度も心で♂ンネにあやまった。
努力や想いに反して汚れはまったく落ちないのは当然だろう。ママの死闘は続いた。
3時になったがまだママは自分の産み出した分身と戦っていた。
おやつの時間なのか人間もジュースや菓子を食い、もちろんエーフィも見たこと無いような菓子をサイコキネシスで器用に食している。
ママには飲み込む唾もない。カサカサになった舌は糞を舐めると互いに乾ききってるためかザリザリと音がするほど。
「いいよもう」
急に立ち上がった人間はエーフィの飼い主だ。そして同じようにホルダーからボールを解放するとこれまた美しいシャワーズが姿を表した。
「僕個人のポケモン達さ、かわいいだろ?」
シャワーズとエーフィの互いに顔を寄せている姿は親密な中に見え、さらに同じイヤリングをしてることから間違いなくつがいだろう。
ママは羨ましさを押し込め二人から視線をずらしひたすら舐め続けた。
「シャワーズ、水鉄砲バブル光線」
シャワーズは車に向け命令を実行するともちろんママも巻き込まれた。
「ミヒャアアア!」
冷たさにのたうつママを無視し、人間はブラシで車を擦り出し、さらにママをも擦り出す。
「シャワーズ!水量ジェットでたのむわ!」
「ミィッヒ!?ミッギ!いだいミィ!?ミゴブゴボ?!」
尻尾を踏まれ絶え間なく水をかけられながら全身を擦られる苦しみと痛みは凄まじい。
人間は無言で車とママ交互に擦る。
「こんなもんか」
10分にもわたる水責めブラシ責めで車は綺麗に、ママはずぶ濡れとなったが、多少喉も潤ったようだ。
「ミーッゼェーッ…ミシュン!」
時期が時期でも寒いのは寒い。そんな姿を見てか
「寒そうだな。戻れシャワーズ、出ろブースター」
シャワーズに褒美として菓子を与えてボールに戻すと今度はブースターだ。
ブースターはエーフィの前に、尻尾を振りながら可愛らしくお座りし、それを優しく撫でるエーフィ。
ブースターにしては少し小さく、その体躯の差からしてシャワとエーフィの子供なのだろう。
「…ベビちゃ「ひのこでいいか」
ママの言葉を遮るよう指示を出されたブースターの火の粉がママに直撃した。
濡れてるからか初めは良くとも乾いてくると嫌な臭いが漂いだし、尻尾が激しく燃え上がった。
「こら、火炎じゃないだろ?」
「めんご♪」
舌をペロッと出して、逃げるようエーフィに抱きつくブースター。
人間達はブースターを撫でたりおいしいお菓子を与えているが、ママは嫉妬どころじゃない。
「ミバアアアア!アヅウウウミィ!」
転げ回り鎮火したものの、体は所々ハゲ、ふわふわ尻尾は見るも無惨に焼け落ち臀部と尾自体が丸見えになった。
「ミィ……ミィのチャーム」
言いかけ口を閉じたのはそんな場合ではないといい加減理解しているから。
頭に思い出される♂ンネから尾を誉められた記憶を振り払い、綺麗になった車を確認すると人間達に視線を向けた。
「ん?ああ、おつかれ」
「ミィーィ…?」
再び両手と膝を地につき人間に土下座した。
ついにベビを甦らせてもらえる時が来たのだ。苦しみや屈辱を堪えようやく我が子と再会できる瞬間。
二人でもっと遠いところにいこう、そこに必ず幸せがある。
もう人間や他ポケ、特にイーブイズにも関わることもないどこか遠い山や森で「って思ってんだ。ふーん」
エーフィがママの思考を全て人間に伝えていた。
それでもママは表情を変えず嘆願する。そして人間はビニール袋をママの眼前に突きだし…
「ベビちゃ―――――?」
両手を差し出したママの頭にボチャボチャとぶっかけた。
「みっ?べびちゃん?どうしたの?みみっ?どうしてこぼれちゃうみ?」
すぐにエーフィから意識が流れ込んできた。
(んなのあるわけねえだろ、ボールにすら入ったことねえのに。そもそもこんな状態じゃセンターでも元気の塊でも無理。
なにより 死 ん で る し そ れ。タワーいけよ)
死という言葉の意味は理解できる。自身のママも♂ンネも群れの皆達もそうして永遠にいなくなった。
わずかな希望にすがり自身をなげうってようやく掴んだのは絶望だった。
ママの頭からは腐敗しだした肉片がヘドロのように糸ひきながら落下し、汚れが落ちたばかりの体毛やアスファルトを不気味な色に染めた。
ドッと笑い声が響き渡ると人間達は荷物をまとめてどんどんいなくなっていく。
エーフィもすでになく、場はママとエーフィ達の飼い主だけになった。
「ほら、日当だ」
投げ捨てられたのはさっきエーフィが食していた菓子、ポフィンがひとつ。
そして陽が沈み出し、誰一人いなくなった場でもママは動くことなくその場に留まっていた。
タブンネは触角で感情を読めるがエスパーには程遠い。何よりもエーフィがブロックしていたのだが、そんなの気にする余裕はなかったのだろう。
夜。ママは胸に残骸を抱き、人の気配も無い路地をうつむきながら歩いていた。
巣に戻ろうにも、人間達がやったポケモン避けスプレーにより草むらに入れる状態ではなかった。
さらにゴミ捨て場は今までは使われていなかった鉄ドアにより近づけない。
鉄の網目から見えるゴミは今までより何故か輝いて見えた。
ぐぅーっ
腹が鳴るのは今日は朝からなにも食べず労働したからだろう。
ママは建物間の路地に身を隠し、脇に挟んでいたポフィンを取り出した。
ママはそれを無言で口にした。
甘さが糞尿で爛れた口内を癒すよう優しく広がっていく。
もう何度目かの涙を流すのは旨いからなのか、
ベビにもこの甘味をあげたかったからなのか、
これを日常に食べれる他ポケが羨ましいからなのか。
あっというまに腹に消えた。
そしてベビの骸を抱き壁に身を寄せ瞳を閉じ…
「ゥォアアアアアッッ!!?」
血走った目を見開き、盛大にゲロを吐き出した。
尿、糞、ポフィンを吐き出すもまだ逆流は止まらない。胃液のみとなり、さらに赤みを帯び全て血に変わった。
全身の激しい痛みは火の粉で焼かれたより熱く感じられ、不快感は糞尿以上でのたうちまわり苦しみもがくしか出来ない。
ベビの残骸は既に投げ出され壁面にべったり張り付いていた。
「ミゲエッ!ウ゛ミ゛!゛ゲモ゙ィ゛ェ゛ァ゛レ゛」
舌を突きだし、目が飛び出たように視界が上下に歪みだし内臓を鷲掴みされそのまま握りつぶされたような激痛の中で絶命した。
ポフィンは害タブ用毒ポフィンだった。
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このように至るところに転がる死体にはそれぞれの死に至るまでのタブンネの闘いと絶望がある。
あくまでこれはこの路地で見つかった一個体の話。
道路沿いの死体、ゴミ捨て場を背にもたれかかっている死体、朽ちた家屋の中に重なった二つの死体
段ボールにみっちりつまったたくさんの小さな死体。
あれらもどんなタブ生を歩んだのか。少し考えてみてはいかがだろうか?
終わり
最終更新:2016年04月03日 01:07