八日目。
三匹はそれぞれかつての幸せな日々を取り戻せると信じ、一週間の苦しみ、悲しみ、痛みに耐えた。
だが限界は唐突に訪れるもの。
「今日も狩りに……いって…て…ミァ」
これから狩りに出掛けるはずだったママンネが入り口で倒れた。
満足に傷も癒えぬまま連日の労働と心労はついにママの身体を覆いつくしたのだ。
「ミィーッ!?ママー!」
駆け寄る息子ンネの手をかり、よろよろと座るがその顔は血の気が失せたように真っ青だ。
「ぱっパパに……ダメミィ!妹も具合悪そうだからミィが狩りにいくミィ!!」
息子はママを横にし、新聞紙を掛け布団がわりにすると勇んで外へ飛び出した。
現在パパンネは相変わらず。
妹こと娘ンネは連日の産卵による消耗で食事を終えるとベッドに横になっている。
こういう時だからこそ!とはりきる息子は子供らしいと言えばそうだろうが、間違った自信程哀れなものは無いだろう。
息子が向かったのは先日の公園。目的はあの女の子三匹からの 狩り だ。
期待に目を輝かせ茂みを抜けると、あの公園から声がする。間違いない、あの子達だと高まる期待。
「こんにちミィ!」
息子は茂みから飛び出ると声をあげた。
「ヒャッハー」「ハハッ!」「スス」
そこに居たのはコマタナ、ズルック、ヤミラミだった。
先日のように球で遊んでいるが、ゴスッ!ドスッ!と音はまるで違う。
そして現状を理解する前に三匹の視線が息子に刺さる。
息子「あ……ミィ」
コ「なんだテメエ」
ズ「俺らはぁ鉛玉バレーしてんだけどぉ」
ヤ「フススス」
明らかに空気が違う。先日のような平和な感じではない、これは殺気だがまだ息子には理解できないだろう。
「ミィ…はタブンネ……ミィ」
恐る恐る先日に習い、挨拶するが
「はあ?」
「なぁにしにきたのぉ」
コマタナとズルッグの剣幕にビビる息子だが、関係ないといわんばかりに後ろのヤミラミの持っているものに目が釘付けになった
「カスカスカスカス」
ヤミラミが白いキャンデーのようなものを食べていたのだ。
自分が何しにきたか?そう思えばこんなところで立ち止まってはいられない。息子は拳をにぎりしめ答えた。
「狩りをしにきたミィ!!」
「は?」「ぉ?」「ス…」
「それ貸してミィ!…重…いミグゥゥ…」
突然の息子の発言に固まる三匹だが、オモチャの鉛球を触れたことでコマタナがキレたようだ。
「狩りって俺らから物奪うって意味か?!ざけんなそれはオヤジ(パパ)からもらったでぇじなモンなんだよ!」
体当たりをかまされた息子は吹き飛ばされ肘にわずかな傷ができた。
「…たぃ…ミィ。ミヘへ、お菓子ちょ」
ズルッグの鋭いパンチが息子の腹部を抉るよう叩き込まれ、嘔吐してしまう息子ンネ。
朦朧とする意識と視界の中にあるものはヤミラミが口にしてるお菓子。
コマタナ達も一向に菓子を差し出してくる気配は無い。
(どうしてお菓子くれないミィ)
痛みに踞る息子は必死に声に出そうとするが、出るのはかすれた息だけ。
「テメェなんのつもりなんだよ!!」
「ちょまてぇ兄貴。オヤジ(パパ)が喧嘩売るなら相手を確認しろってぇ」
「あ、いっけね♪おいピンクチョッキ、てめえは人間の飼いポケか?親は?」
「にん…げ……かい……?」
ようやく呼吸の整った息子は彼らの言葉の意味がわからなかった。
「ミィは…林の巣でパパママ妹と暮らしてるミィ…」
「ふーん。で、マジで何しに来たの?本気で狩ろうってわけなの?」
「ミィがその丸いのでたくさんハインプレーしたら、お菓子…もらえ…」
ドッと沸く悪ガキ。
ようは「芸するからおひねりちょうだい」なわけだ。そのくらいは人間の文化に触れている二匹には理解できる。
いわゆる媚て餌をねだるタブンネ特有のたかり方だ。三匹は知らないが本能的に理解したのだろう。
「あッ!いいこと考えたァーッ!ニィーッ♪」
「なんだよズル。その顔」
「オヤジ(パパ)が「野生の奴らに襲われたら返り討ちにしろ」っていってるでしょお?だ・か・ら・!」
「はぁーん、暇潰しにはいいか。おいブタンだっけ?菓子やるから遊んでやるぞ」
「ほんとミィーッ!?」
息子の瞳に輝きが戻る。痛くても怖くても逃げないのは家族の為、みんなの幸せの為に息子はその一歩を踏み出した。
数分後。
そこにあったのはピンクを埃やゴミ、そして赤に染めた息子。それを見下ろす三匹の悪魔だった。
「ヒィ…ヒューゥ…フュッ(どうして……お菓子)」
息子は文字通り遊ばれ、この有り様だ。
コマタナからは何度もみねうちと言う名の切りつけをされ、ズルッグからは暴行され、鉛ボールドッジは全身を破壊した。
口の中もボロボロで、歯は一本も無い。ようやく菓子を恵まれたと思い、口にしたそれはキャンデーではなく石ころ。
「フスス…超ハインプレー」
ずっと菓子食うか立ちションしていたヤミラミが自身のようなクリアなおしっこでなく、
血尿をした息子に感動し与えたのは自分の大好物である「石」
白いキャンデーらしきものは、彼がパパ(オヤジ)から買ってもらった水ポケの底石用カルシウム石。
それを吐き出されたヤミラミは激昂し、口に石をつめて何度も無理矢理咀嚼させたのだ。
唾液と血と小さな歯にまみれた石にヤミラミは落ち込み、公園の石を拾い食いしてはコマタナにしかられた。
「疲れた、久々に楽しかったわ。」
「こいつぶっとばしてるとぉ、いつもより経験値入る気がしたなぁ」
「スッ……スッ…」
勝ち誇る二匹と空袋の細かい粉塵を指ですくって舐めるヤミラミ。
息も絶え絶えな息子が感じるのはただ「どうして?」それだけだった。
優しかった女の子達の笑顔を思い出すと涙があふれ、頬を濡らしていく。
「オーイ!けえっぞー!」
あの時と同じように遠くからする声は人間の声だが、女の子達の飼い主とは違いとても悪そうなお兄さんだった。
「「オヤジ(パパ)」」
三匹は人間の元へ駆け寄ると再び息子はその場に残され、あの時の様に風が吹き抜けた。
「………パ………マ…………いも………う…かえ………っ……きゃ……ミ………」
もう立つ力もない息子は這うように愛する家族の待つ巣に向かった。
さっきはあんなに簡単にあるけた林道も枝や土が容赦なく自分を痛め付ける。それでも体が動くのはやはり家族への想いだろう。
タブンネ特有のしぶとさかもしれない。
その頃巣ではママが意識を取り戻したところだった。
「ミハッ!……ミィは」
自身にかけられた新聞紙をよけ、巣を駆け回る。
いつもと変わらないパパ、自室で横になっている娘。
「お兄ちゃんはどこミィ!?」
息子がいないことに気づいたママは、もしかしたら狩りに…と不安にかられ巣を飛び出した。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!息子ンネーー!!」
必死に鳴き声をあげながら林地を走る。
無事でいて。それだけを心に走った先に、わずかだがピンクの塊が視界に入った。
「息子ンネちゃん!?」
塊に近づいたママは次の言葉が見つからなかった。
全身の怪我はまるで自分達と同じような仕打ちを受けたようにさえ思えた。
そしてベビのようにどんどん冷たくなる息子の体。
「マ………マ………………………」
それだけ口にすると息子は動かなくなった。
半開きの充血した目から光は失われ、体から感じる鼓動も無くなった。
「―――――――――――ァ」
ママは愛する我が子を抱き締め声も出さずに泣いた。
自慢の息子が、その純真さと家族への想いを弄ばれ死にいたらしめられた事実を知らずにいわれるのが唯一の幸なのかもしれない。
続く
最終更新:2016年12月29日 18:25