家族の章・中編「脱出」
「ミッスンミスン…」
どんどん冷たくなっていく息子を抱き締め涙を流すママ。
頭を撫でるとたくさんの砂とそれに混じって固まりだしていた血がザラザラと地に落ちていく。
一体どんな目に合わされたのだろう?考えれば考える程それに比例するかのように溢れだす涙。
自分達のように人間に虐待されたのだろうか?あの地獄のような拷問の記憶が甦り震えとなって現れる。
「この子はこんな小さな体で意地悪を受けて、それでも頑張ってここまで帰ってきたんだミィ…ミッ…ミグッミアアアアアッ!」
昼過ぎの林地にママの叫び声が響いた。
その頃巣ではママが出掛けたと思ったか娘が四つん這いで必死に体を這わせながらパパの元へ辿り着いたところだった。
這いずる度に地に血の痕が残る。連日の繁殖行為や産卵にまだ成熟しきっていない体が耐えられるわけがない。
この態勢で動いた事からか、膣内の傷ついて裂け目が走っていた部位から出血を起こしたようだ。
その悪臭を放つ血液は化膿までしているようであった。
それでも娘を動かすのは「家族のため、ベビのため」という意思力。
シングルマザーンネが劣悪な状況でもしぶとく生き残るのは、この意思の強さなのかもしれない。
寝室で待ち受けていたのはもはや性欲の怪物と化した かつてパパと呼んだオスンネ。
怪物は転がるように娘に近づくと直ぐ様行為を始めた。
「ギゲッ!?グッ…!?」
やはり傷のせいか痛みに声をだす娘だが、それもお構い無しといった具合に
「ボオオン!バッフォウウ!シャアアアア!ミォッーオッ!オンッー!」
とパパはひたすら行為のみに思考を使っていた。
そのせいか部屋に入ってきた存在に気づかなかったようだ。
「なにじでぅミギィィッッ!!!」
怒声に気づいた時既にパパは突き飛ばされ、絶頂したのか白液を撒き散らしながら壁に激突した。
娘の窮地を救ったのはママだった。
息子の亡骸を抱きかかえ肩で息をしながらパパを睨むその目は怒りと悲しみ入り交じる目。
息子の死をどう伝えようか苦しみ抜いてようやく決意し、訪れたのにこの有り様。
「オッオゥオゥオウ」
ダラダラの手足をバタバタさせながらもがく姿にママは音がするほど歯軋りしつつ、娘に駆け寄った。
「チビお姉ちゃんしっかりしてミィ!あなたまでどうしてこんなことになったのミィ!?ミオオッ!!パパはお兄ちゃんにあやまれミギャアア!?」
ママは息子の遺体をパパに無理矢理だかせると、四つん這いのまま痙攣する娘を抱き上げた。
「怖かったミィね!もうだいじょミィからね!」
「………ヒ…………」
娘は小さく息を吐くとその虚ろな目から涙をあふれさせた。
「息子とベビにあやまれええミィ!!」
涙と鼻水と唾液をまきちらしながらママは娘を抱き締め寝室を後にした。
娘を子供部屋に寝かせしばらくたち、現在ママは必死に娘の看病をしているところだ。
「おまたから血が止まらないミィ…」
ぼろ布で拭いても拭いても血は止まらず、すでに布三枚は真っ赤に染まっていた。
草のベッドも緑の葉についた血がどす黒く見えるのは錯覚だとママは信じたかった。
血に汚れた草をよかした時にそれを見つけてしまう。
「……卵…ミィ?」
ベッドの下に掘られた空間に安置されていたのはまぎれもない卵
。
「もしかしてチビお姉ちゃんはパパの相手をさせられていたのかミィ!?なんて…なんでごどオ゛オ゛オオ!?!」
抱かれた際に触角から伝わる母の怒りと悲しみの感情に、娘は心が締め付けられたような感覚にかられた。
『ちがうミィ、ミィはベビを返したくてパパに手伝ってもらってるミィ、パパは悪くないミィ!』
そう言いたく必死に声を出そうともかすれた息にしかならない。
そもそもベビを死なせてしまった罪悪感からきたものだが、
たとえ「新しいベビ」が生まれてもその「新しいベビ」は「死んだベビ」ではない。
その事実を娘が理解することはできなかったのだ。
そしてその想いが母親に伝わることもない。親とはいえ、触角に頼りすぎた分失えばこの有り様だ。
ママにとっては、パパが娘をレイプしてこうなったとしか見えない。
普段から触角に頼るのがあたりまえなタブンネが触角を失うことの意味は深く重い。
もし残されていたとすれば少なくとも息子を死なせずにすんだかもしれないのだが。
数分後。
落ち着いたのか静かに寝息をたてる娘の傍らでママは卵を一つ抱え、じっ…とそれを見据えていた。
以前パパがケンホロウつまりはマメパトの卵を狩って(実は蹴りおとされた無精卵を拾っただけ)きてそれを食べたことがある。
つまりは卵は食料という認識があり、今のママは自身が産んだ卵ではないぶん意識は無いが心にひっかかるものはある。
しかし今の食糧難、狂ったパパ、弱った娘、そしてアバラが浮き出した自身はある決意をさせた。
ママは卵を一つ抱えたままキッチンスペースに向かい、木の実を砕くための石を手に取る。
「ミハーッ、ミハーッ、ミッ…ハアアァッ!!」
荒い息継ぎをしながら何度も石を振り上げて卵に叩きつけようにも寸前で力が抜けてしまう。
やはり同族、さらに娘の産んだ卵という認識に躊躇してしまうのは当然か。
だが母親が娘を守るためには決断するしかない。
「ミフュゥ…ミフュウ…ウッ!ウグッ!?………ミンッッ!」石を叩きつけられた卵は中身を吐き出すように砕け散った。
「ミアハァァーン!ミィィアアアッ!ミィアハハーン!!ミッ、アッ、アッ、アァァ……ミヒィィンヌゥ!ヌギッ!ヌウウンンー」
ママは尻餅をつきながら号泣したのはやはり仲間、身内を殺した現実が強烈な罪悪感。
泣きわめきながらカップ(盗品)で黄身を掬おう手が震え、何度も何度もこぼれ落ちては崩れて広がっていく。
ようやく掬いあげ、それをこぼさぬよう両手で抱えながら娘の元へ向かった。
何度も深呼吸し落ち着いてから意を決し、娘に歩み寄る。
「チビお姉ちゃんこれ飲んでミィ」
もし今娘が健常であったならママの顔を見て叫んでいただろう、そのくらいママの顔は酷い有り様だった。
口移しで少しずつ娘に卵黄を飲ませていく。弱々しいが喉をならす様子にママは少しだけ気分が和らいだ気がした。
「………ぉぃ……ち……ぃ…」
娘が小さな声でそう言ったのが聞こえると、ママは口に含んだままの卵黄を胃液ごと吐き出してしまった。
いくらタブンネには食糧難がつきものでも共食いに発展しない。するなら種が絶滅の危機に瀕した時くらいだろう。
娘が再び寝息をたて始めたことを確認するとママはキッチンへ向かった。
再びカップに一杯分すくうと、自身も地に広がった卵を舐めとりはじめた。
目をギュッと閉じ、ザラザラと砂ごと舐めとっていく。
涙を堪えながら何度も「ごめんなさいミィごめんなさいミィ」と心を繰り返しながら。
舐め終えたママが次に向かうはパパの寝室。
自身も禁忌を冒したからかパパに対する怒りも少しはうせたのかもしれない。
だが現実はそんな甘さを吹き飛ばした。
「バフン!バッフン!」
「………パパ……?」
パパは息子の死体に性行為を行っていたのだが、その陰茎を挿している場所は息子の眼球。
腰を動かす度に、ブリュブリュと目玉が出入りしている様子に先程の卵を吐き出しそうになる感覚を堪えながら叫んだ。
「もうやめてミィ!!元のパパに戻ってミィ!!」
抱き締めるように身を寄せるも激しいピストンに突き飛ばされてしまう。
擦りむいた肘を押さえながらママはその場から去った。
カラになったカップを眺めながらしばらくママは娘の枕元で涙を流していた。
この一週間で世界は大きく変わった。あの幸せな日々はあの人間により破壊された。
狩りが盗みと認識できない野生のタブンネが達する結論は怒りや悲しみ。
息子もそれらに殺されたのだ。そしてママは今と、「あの時」の自分の不甲斐なさにさらに涙を流した。
タブンネが自分達が太刀打ちできない強者にする最終手段は媚び。
ママはパパが壊されてる間、自分はただひたすら人間に尾を振り、笑いかけ、必死に媚びて許しを請うた。
自身もボロボロにされた怒りを堪え必死に人間に媚びるのはとてつもない屈辱だった。
その姿に理由はあれどもきっとパパも幻滅したのであろう。だからこそパパからの仕打ちは必然なのかもしれない。
ここまで陥り、さらに自己嫌悪にまみれてもママが潰れない理由はやはり傍らでまだ生きている娘の存在。
「この子だけでも助けてみせるミィ。……おうちなら助けてくれるミィよね…」
おうちとは幼少時に住んでいた森の奥にある巣のことだ。
勝手に生える木の実と綺麗な川、そして秘密の力による巣の隠蔽は完璧で外敵の侵入を許してなかったあの場所。
外界と隔絶された安住の地だが種の保全のためか自由は無い世界。
ママ姉妹もそこで生まれ育ち、成熟後どうしても外が知りたいと決められた♂を捨てて外へ出た。
そして姉妹はそれぞれのオスと出会い今の暮らしがはじまった。
ママは静かに娘を抱きかかえるとパパに何も言わず巣を後にした。
あそこなら娘も元気になれる、自身のパパママも受け入れてくれる。
「チビお姉ちゃんだけは必ず守るからミィ」
優しく抱き寄せそう呟いた。娘から伝わる心臓の鼓動がママに安堵を与える。
娘もいつぶりかに優しく母に抱かれたからか、身を母の胸に寄せた
ママは後ろを振り返らず巣を後にした。息子が命を賭けて集めた菓子に気づかぬまま。
タブンネは決して家族を捨てない。しかしここに居ては娘は確実に死に、自身も危ないのは明白。
ママの決断は正しいのかもしれない。
森の中を身をかがめるよう走り抜けていくママ。集落はそんなに遠くはない、走りきればすぐだ。
ママは自分にそう言い聞かせ歩みを進めた。その先に待つ幸せのために。
「やっと動いたわ」
ママは木の上から自分達を追う鋭い視線に気づかずにいた。
脱出編 終わり
最終編に続く
最終更新:2017年03月26日 20:50