家の庭でタブンネが死んでた

「はぁ…」

住宅街の外れにある一軒家に住む青年は朝一番から深いため息をついた。
というのも、自宅の庭のど真ん中にタブンネの死体が横たわっていたからだ。
原因は家の周りに設置された対ネズミポケモン用の毒餌。
青年は前々からコラッタの被害に悩まされており、その対策のためつい先日設置したのだった。
コラッタは被害にあった場所には二度と近付かないと聞いていたので、かなり強力な毒を持った物を選んだのだが、まさかタブンネがそれを食べてしまうとは彼自身も思っていなかった。
せっかく天気の良い休日の朝だというのに、いきなり見馴れぬポケモンの死体を見た事で穏やかな陽気に対して気分は最悪だった。

やがて、いつまでもこうしていても仕方ないと死体を引き取って貰うため保健所に連絡しようとしたその時、

「チィチィ。チィ?」

青年の耳に甲高い声が聞こえてきた。その声は眼前の死体の向かい側から。
恐る恐る覗いてみると、そこには大きさ30センチ程度のベビンネ2匹の姿。
この息絶えたタブンネは子持ちだったのだ。

「チッチィ、チィ」

ベビンネ達は動かないタブンネを揺すり、何かを求めるような声で鳴き続けている。
それはベビンネ達がお乳を求める声。
2匹のベビンネはその幼さ故に既にこのタブンネが事切れている事にまだ気付いていないのだ。

「マジかよ…」

チィチィと鳴き続けるベビンネを見て、茫然とする青年。
彼自身、コラッタを駆除したかっただけでタブンネを殺すつもりは毛頭なかった。
漸く歩けるようになった程度の乳飲み子である2匹は自分達で餌を確保することも出来ず、餓死するか他の野生ポケモンの餌になるかだ。

見つけた瞬間、青年が第一に持った感情はただただ面倒臭いというものだった。
が、眼下にお乳を求め尻尾を振り、小さな手でタブンネ揺すりながらチィチィと懸命に鳴き続けるベビンネ2匹。
その姿を見る内に、間接的とはいえタブンネを手に掛けてしまった事に対する罪悪感が徐々に青年に芽生えていった。

暫くベビンネ達の声を聞きながら頭を抱え葛藤していたが、やがて意を決して自宅の中へ戻り、小さめの段ボールに不要になったバスタオルを敷いて庭に戻ってきた。
この子らが自分達で餌を取れるようになるくらいまでは面倒を見てやろう。
それがこのタブンネへの罪滅ぼしになると考えたのだ。
青年の存在にも気付かず、未だ小さい手でタブンネを揺さぶっているベビンネを青年は左右で1匹ずつ、出来るだけ優しく掴んでやる。
ベビンネ達にとっては巨人にも等しい青年の手に捕まれた事に驚き、そこで漸く青年の存在に気付いた。
上を見上げると強張った表情で自分達を親から引き離そうとする未知の存在。

「チィッ!?チィチィチィ!」

ずっと一緒だった親から引き離される事、今まさに自分達を掴んでいる存在への恐怖から今度は激しく泣き喚き始めた。
青年は突如大きくなった声に驚いて手を離してしまい、ベビンネ達は段ボールの上に図らずも叩きつけられてしまった。

「チィィ!チィチィ!チィ!ビィーー!」

バスタオルがクッションとなったものの、その衝撃を切欠に軽いパニックを起こし、一層激しく泣き出すベビンネ2匹。
青年はその声の煩さに思わず顔を歪める。

「すまない、お前達のお母さんはもう死んでしまったんだ。だから今日からここで暫く暮らすんだ」

その言葉を理解出来る訳がないと思いつつも、あやすように段ボール箱を優しく揺すりながら家の中へ戻っていった。

「チッビィィィ!チィヤアアア!」
「うるさっ…!頼むから静かにしろって…」

庭からリビングへ戻った青年はベビンネの入った段ボールを緩かに上下左右してみるも、一向に泣き止む気配がない。
人間の赤ん坊のように抱き抱えてあやす事も考えたが、じたばたと駄々っ子のように暴れており、とても掴める状況ではない。

「ビチィ!チィチィチィチィ!チィィーーーー!」

親を失ったベビンネに待ち受ける現実は死。
あのまま放置されれば半日と待たずに他のポケモンの餌食となっていたか、一晩空腹と喉の乾きに苦しんだ後に餓死していたかのどちらかだっただろう。
客観的に見れば今のベビンネ達は青年によって命を救われたのだ。その事は間違いない。

「ンチィ!ヂィィィ!!ヂィィィィイ!!」

しかしそんな事を理解する事の出来ないベビンネは、親から引き離された事に対する悲しみ、知らない存在への不安、恐怖でいっぱいになっており、力の限り親タブンネへ助けを求め続ける。
離されても、その分声を大きくすればきっと届くに違いない、そう健気に考えて。

「あー、もう…くそ…」

家中に反響する、耳をつんざくような騒音に青年はとうとう音を上げた。
いつまでも泣いている訳ではないだろうと、あやす事を諦めベビンネ入り段ボールにお盆で蓋をし、その上から毛布をかけ、様子を見る事にした。

「…チィー!ンミィ!チミィィ…!」

今度は周りを暗闇に覆われ、一層恐怖したベビンネは限界を越えて来る事のない親タブンネへと助けを求めた。
しかし、漸くハイハイを卒業した程度のベビンネ達にとって、泣き続けるという行為は想像以上にその未熟な体力を奪っていく。
やがて蓄積された疲労は眠気という形で現れ、突如としてベビンネ2匹は意志とは無関係の強烈な睡魔に襲われる。

「チィ……チィィ…」

本能的に体力を回復させようと脳から送られる指令に抗う事は出来ず、身体を丸め眠る体勢を取る。
程なくしてベビンネ達は意識を失った。
寸前、目が覚めれば目の前にきっと親タブンネがいると信じて。

「あ、静かになった…」

青年が恐る恐る毛布を上げた先に見えたのは海老のように丸くなっているベビンネ2匹。
一瞬ショック死でもしたのかとヒヤッとしたが、緩かに上下するピンクの身体を見て眠っている事を理解する。

今のうちだと青年は毛布をかけ直し、リビングを後にする。
ベビンネ達が眠っている間に親タブンネの死体を保健所に引き取って貰う為だ。
流石に目の前で保健所職員に引き取られる姿をベビンネに見せたくないと考えたのだ。

その後、インターネットでタブンネの育て方を調べようとスマートフォンの検索エンジンに「タブンネ 赤ちゃん」と入力する。
すぐに表示された結果を見て、青年は愕然とする。

「な、何だこれ…」

検索候補の上位に出てきたのは、生まれて間もないベビンネや幼い子タブンネをケージや水槽などに閉じ込め餓死させた、親タブンネの目の前でその子供達を弄んだなどというものだった。
こんな世界があるのか、とその生々しい記述に驚きつつ画面をスクロールしていき、漸くそれなりのベビンネ育成サイトを見つけた。
早速開き、その内容を確認していく。


  • 与えるミルクはポケモン用の物で良い。それを湯煎し、人肌まで冷ました物を哺乳瓶でゆっくりと与える事

  • 排泄物の処理は小まめに行う。その際、血便や血尿がないかを確認する事

  • 2日に一回程度、ぬるま湯にで身体を洗い、その後すぐにドライヤーの温風を弱風で当て体を乾かすこと

  • 周2回程度、ポケモンセンターで検診を受ける事が望ましい

  • ミルクを卒業したら、ケージからだして屋内で飼育する。このところから餌をミルクから子供用ポケモンフーズ、きのみへ変更する

  • ある程度育ってきたら適度に遊ばせ体力を付けさせる事



「はぁぁ……なんだよこれ…」

その他事細かに書かれた注意点の多さに肩を落とし、深いため息をつく。
青年は早速ベビンネを育てようと思った事を後悔しつつあった

だが、殺してしまったタブンネへの罪滅ぼしの為に引き取ったのだ。
やるだけやってみよう。
何とか気を取り直した青年は、ベビンネの眠っている今のうちにポケモン用のミルクやケージ等を買ってこようと考え上着を着た。
毛布のなかのベビンネがまだ眠っている事を確認し、近くのフレンドリーショップへ急いだ。
最終更新:2017年03月26日 20:53