私はタブンネ。
人間のトレーナーさんといっしょに暮らしているの。
トレーナーさんはポケモンとバトルするのがお仕事なんだって。
私たちはトレーナーさんためにほかのポケモンと戦うの。
とても痛くて怖いんだけど、トレーナーさんのためにがんばってるの。
トレーナーさんは私に『えいちえすぶい』って名前をつけてくれたのよ。
私のことをわかりやすく表現した名前なんだって。
私のために考えてくれたかと思うと、自然と笑顔になっちゃう。
うれしいなぁ。
トレーナーさんは最近、お仕事をおやすみしているの。
なんでかって?
それは、私がタマゴをあたためているから。
この前お見合いしたトゲチックさんとの間にできたタマゴ。
トレーナーさんの知り合いの人のポケモンだからいっしょには暮らせないんだって。
トゲチックさん、とてもたくましくて素敵だったからいっしょに暮らしたかったな。
何日かタマゴをあたためているとタマゴにヒビが入ったの。
みんなが見守る中、どんどんヒビが大きくなって…あっ!
タマゴが割れてちっちゃなタブンネが生まれたの。
かわいいかわいい女の子。
チィチィ鳴いてお母さんのことを呼んでるよ。
…そっか。私、お母さんになったんだ!
トレーナーさんは赤ちゃんに『えいちしーでぃーえすぶい』って名前をつけてくれたの。
私の名前に似るようにトレーナーさんが考えてくれたんだよ。
おっぱいをたくさん飲んで、赤ちゃんはすくすく育っていったの。
いまでは自分で歩き回ることもできるし、木の実だって食べれるよ。
もう赤ちゃんとはいえないね。まだまだ、ちっちゃいからチビちゃんかな。
あ、ライチュウさんが抱っこしてくれてる。ミィミィって楽しそうに笑ってる。
マリルリさんの体にのぼろうとしてる。マリルリさんは落ちないように支えてくれてるの。
エルフーンさんにぶつかっちゃった。くすぐったかったのか小さなクシャミが聞こえるね。
みんな笑ってる。みんな、チビちゃんのことが大好きなんだね。
私、とっても幸せだよ。
ある日、トレーナーさんがチビちゃんを貸してほしいって言ってきたの。大事な用事なんだって。
チビちゃんが私から離れるのは不安だけど、トレーナーさんといっしょなら安心かな。
トレーナーさんにどうぞってしたら、ありがとうって言って私の頭をなでてくれたの。
チビちゃんはしっぽをパタパタさせてよろこんでる。すっかりトレーナーさんになついてるね。
トレーナーさんはチビちゃんといっしょにお出かけしていったの。…やっぱり少し不安だな。
だって、トレーナーさん、チビちゃん以外にオニゴーリさんといっしょにお出かけしちゃったんだもん。
オニゴーリさんは悪いポケモンじゃないとは思うけど、顔は大きくて怖いし、何を考えてるかよくわからないのよね。
チビちゃんを怖がらせてないといいんだけど。
ライチュウさんたちとお話ししてたらあっという間に夕方になっちゃった。トレーナーさん遅いなぁ。
あっ! トレーナーさんの足音が聞こえる!
私は急いで玄関にお迎えに行ったの。笑顔でただいまって言うトレーナーさんの後ろには……
ものすごく不機嫌そうなオニゴーリさんと、なんだか落ち込んだ様子のチビちゃん。
チビちゃんどうしたの!? オニゴーリさんにいじめられたの!?
あれからチビちゃんを抱きしめるとチビちゃんはくうくう寝息を立てて眠り始めたの。
なんだ落ち込んでたんじゃなくて疲れてただけなんだね。安心した。
トレーナーさんはチビちゃんにポケモンバトルを見学させたって教えてくれたの。
ポケモン同士が戦うの初めて見たからビックリしちゃったんだろうって。
そっか、オニゴーリさんにいじめられたわけじゃないんだね。
オニゴーリさんが不機嫌そうなのはオニゴーリさんも疲れたからなのかな?
それから何日かして、トレーナーさんはお仕事を再開したの。
戦うのは嫌だったけど、トレーナーさんがお仕事をしないと私たちが生活できなくなっちゃうって言われたらしょうがないよね。
それに、私のかっこいいところをチビちゃんに見せてあげることができると思うとやる気が出てきたの。
お仕事を再開して最初のバトル。
ライチュウさんが相手の1匹目をあっという間にたおしてしまった。
すると次はカイリューさんが出てきたの。ライチュウさん大丈夫かなと思っていたら交代で私の出番がきたの。
チビちゃん見てて。お母さん、がんばっちゃうから。
痛い、痛いよ!
私が交代で出た瞬間、カイリューさんが暴れながら襲いかかってきた。
暴れまわるカイリューさんの足や尻尾が、私のからだに容赦なくたたきつけられる。
めちゃくちゃに殴られて自分の体力がどんどんなくなっていくのがわかる。
痛いよ。怖いよ。もう倒れてしまおうか。
……チビちゃんが見てるんだから、しっかりしないと!
持っていたオボンの実を食べてなんとか気力をふりしぼる。
とにかく痛くないようにリフレクターをはろうとしたら、その前にカイリューさんが攻撃してきたの。
何もできずにカイリューさんにかみつかれ、殴られ、投げ飛ばされ、私の視界はどんどん暗くなっていく。
私まだ何もしてないよ。痛いよ。痛いよ。…助けてよ。
結局、そのバトルは負けちゃったみたい。しょうがないよね、相手が強かったんだから。
でも、チビちゃんががっかりしたような顔で私を見てるのはイヤだなぁ。
見てて! 次こそはかっこいいところを見せてあげるんだから!
そのあとも何度か私の出番はあったけど、何もできなかったの。
最後にはバトルに出してもらうこともなくなっちゃった。
うぅ……チビちゃんの私を見る目が冷たい気がするよ。しかも、ライチュウさんといっしょに寝てるよ。
確かに今日のライチュウさんは大活躍だったけど、お母さんだってがんばったんだよ。
痛いのも怖いのもがまんして戦ったんだよ。
いいんだ。明日がんばればチビちゃんも私のこと見直すよね。
よし! それなら明日のために今日はもう寝ないとね。
おやすみチビちゃん。
それから何度も何度もバトルに参加したの。
だけど全然活躍できなかったの。
何度も何度も失敗して、ぜんぜん上手にできなくて、どんどんチビちゃんが私から離れて行ってるような気がするの。
体も心もズキズキするの。もうイヤだよ。
ある日、トレーナーさんが戦うのは好きって聞いてきたの。
戦うのは痛いし怖い。嫌い、もう戦いたくないって答えたの。
そしたら、もう戦わなくていいよって頭をなでながら言ってくれたの。
そっか、もう戦わなくていいんだね。
痛い思いも怖い思いもすることがないし、
かっこわるいとこ見せることもないからチビちゃんもわたしのこと好きになってくれるよ。
それから私はずっとお留守番。
みんながお仕事に行ってるあいだ、ボーっとしてみんなが帰ってくるのを待ってるの。
帰ってきたみんなはボロボロだけど、すごく充実した顔をしてる。チビちゃんもにこにこしてる。
チビちゃんが楽しそうでよかった。
でも、ご飯の時間になると、みんな浮かない表情になる。こんな空気だとご飯がおいしくないよ。
そんなことが何日か続いて、トレーナーさんから私だけ別の場所でご飯を食べるように言われたの。
あんな空気の中でご飯を食べてもおいしくないもんね。私に気を使ってくれてるのかな?
うれしいんだけど、1匹で食べても楽しくないよ。みんなといっしょに食べたいな。
そしたら、バトルの反省と対策を考えるから、関係ないポケモンにはいないほうがいいって言われたの。
関係ない。その言葉がすこしチクリとしたけど、私はもう戦わないんだからしょうがないよね。
1匹でご飯を食べるようになってずいぶんと時間がたったある日。
お出かけしよう。
トレーナーさんにそう言われて久しぶりに外に出たの。
少しの間に季節はすっかり変わっていたよ。
トレーナーさんの自転車に乗せられて、知らない人のところに連れてこられた。
この人は、私が覚えてる技を忘れさせることができるらしいの。
その人が私の頭に手を置くと、どんどん技を忘れていくのがわかった。。
トレーナーさんといっしょに戦った思い出も消えていくみたいで少し悲しくなっちゃった。
家に帰るといつも1匹でご飯を食べている部屋に連れて行かれたの。
……えっ? 今日はオボンを食べていいの!?
いつもはカリカリのポケモンフーズしか食べられないからうれしいなぁ。
……おかわりもしていいの?
今日は好きなだけ食べていいんだって。やったね。
おなかいっぱいになるまで食べるとすぐに眠くなっちゃった。
横になるとトレーナーさんが私の体をやさしくなでてくれるの。気持ちいいよ。
そういえば『サイゴノバンサン』って言ってたけどどういう意味だったんだろう?
体を揺らされて目を開けるとトレーナーさんがいたの。
部屋の中が薄暗いってことはまだお日様がのぼってないのよね。こんな時間にどうしたのかしら?
トレーナーさんの後をついていくとよく知ってる場所に出たの。
ここはトレーニングルーム。実際に戦うことで私たちを鍛える場所。
どうしてこんなところに?
あ! チビちゃんが向こうにいる!
うわぁ、大きくなったねぇ。もう立派なタブンネだね。お母さん、嬉しいよ!
私が喜んでいるとチビちゃんが向こうで何か動いたのが見えたの。
何をして……キャアアアアッ! 何これ!?
急に体がしびれて動けなくなってしまった。チビちゃんがこれを? どうして?
チビちゃんの方を見るとチビちゃんの前に大きなエネルギーがたまっているのが見えたの。
その技は…
チビちゃんのはかいこうせんが何度も何度も私の体に飛んでくる。
耳は片方なくなっちゃったし、目もほとんど開けられない。
私の体はすっかりボロボロ。もう動くこともできない。
痛くて痛くて、訳が分からなくて、どんどん涙があふれてくる。
チビちゃん、なんでこんなことをするの? ママだよ。忘れちゃったの?
「トレーナーさんの言ったとおりね」
チビちゃんはそう言うと床に転がる私を見下ろしてきた。
その目は私が知ってるチビちゃんじゃなかったの。
とっても冷たくて、とっても怖い目。
そんなのチビちゃんじゃないよ。思い出してよ。みんなで楽しく遊んでたあの時を。
お願い!
「バトルでは何の役にも立たず、みんなの足を引っ張る。
役に立ってないくせにご飯だけは当たり前のように食べる。
こんな状態になっても現状を理解できないほど頭は悪い。
その上、目の前の敵に立ち向かおうともしないで命乞いをする」
チビちゃん何を言ってるの。
お願いだから、昔のかわいかったチビちゃんに戻ってよ。
お母さん、チビちゃんのこと大好きなんだよ。
「情けなくて、格好悪くて
何もできないあなたのことが
昔から…そして今も、大嫌い」
大嫌い…
そっか、わたしはチビちゃんに嫌われてたんだね。
情けないから。格好悪いから。
嫌われて当然だよね。
チビちゃんは私に向かって最後のはかいこうせんを撃とうとしてる。
もうよけようとも思わないよ。
チビちゃんに嫌われちゃったら私が生きている理由はないから。
さよなら、チビちゃん…
(おわり)
最終更新:2014年06月19日 23:02