ここはとある食肉加工場。
主な働き手としてタブンネを採用している工場だ。
賃金を与える必要がなく、人件費がかからない。
働けなくなったタブンネはそのまま肉にできるという2つの点が主な理由だ。
1日の仕事が終えたタブンネたちは、みな死んだような目をしている。
1日に18時間の労働。娯楽などなく、寝床と工場を往復するだけの生活。
そのうえ、仲間であるタブンネを食肉へと処理するのだから当然だろう。
もしかしたら、その中には自分の親兄弟や、親友が含まれているかもしれないのだから。
この劣悪な環境に対し、反抗心を持つタブンネも少なくはない。
かつてはタブンネによるストライキが何度も行われていたという。
そして、工場側はタブンネたちの反抗心を折るために、定期的にイベントを開催することにした。
そのイベントとは――
「ただいまより、<タマゴ割りゲーム>を開始します!」
今は使われていない工場に9組のタブンネ夫婦が集められた。
タブンネたちの耳には穴があけられ、『1番』から『9番』の番号が書かれたタグがつけられている。
どのタブンネの表情も、これから処刑台に送られるかのように沈んでいる。
泣き声も上げずに、どのタブンネも一様にうつむいている。
当然だろう。
18時間の労働を終えて疲労しているうえに、これから行われることを考えれば。
「おやぁ~? あまり盛り上がってませんねぇ?
仕方がないので、みなさんのテンションが上がるようにしてあげましょうか」
工場内の前方にあるステージに並べられた9つのタマゴ。
このタマゴには『1』から『9』の番号がマジックで書かれている。
集められたタブンネたちのタマゴだ。
近くにいた作業着の男がステージに上がり、手に持った金づちでタマゴをコンコンと叩き始める。
「「ミィィィィィ!?」」
タブンネたちが驚き、抗議の声を上げる。
自分たちの大切なタマゴが割られようとしているのだ。
きつい労働と劣悪な環境に耐えながら育んできた、大切な夫婦の絆の証。
それだけは何としても守らなくてはならない。
「はい! みなさん、テンションが上がって来たようですね。
あまりにもテンションが低かったらどうなるかわかりましたか~?
それでは、もう1度。ただいまより、タマゴ割りゲームを開始します!」
「「ミィッ! ミィッ! ミィッ! ミィッ!」」
タブンネたちが無理やり歓声をあげる。
手に逆らうとどうなるかは、これまでの経験でわかっているのだ。
やがて、作業着姿のスタッフに促されて、『1番』のタグをつけたタブンネ夫婦がステージに上がる。
そして、タブンネ夫婦の前に、てっぺんに穴の開いた四角い箱が出される。
「さあ、それでは早速ですが、くじを引いてもらいましょうか」
この四角い箱には『1』から『9』までも数字が書いてある紙と、『あたり』と書いてある紙の
合計10枚が入っている。
タブンネたちはそれを引いていく。要はくじ引きだ。
ただし、当然のことながら、これが普通のくじ引きであるはずがない。
そして、タブンネが引いたくじの番号は『7』と書いてある。
『1番』のタブンネ夫婦に、『7』と書かれたタマゴが手渡される。
「おーっと、これはラッキーセブン! 幸先のいいスタートですよ~。
……さて、それじゃあ早いとこタマゴを割っちゃってください」
タマゴを見つめて、何かをためらうようにしていたタマゴを見つめる『1番』のタブンネ夫婦。
しかし、目をギュッと閉じると、タマゴを床に思いっきり叩きつける。
グシャリ
『7』と書かれたタマゴが鈍い音を立てて床に激突すると、中から半透明の液体がどろりと流れ出す。
「ミィヤァァァァァァァァ!」
悲鳴を上げているのは『7番』のタブンネ夫婦だ。
ここまで大切に育ててきたタマゴが、一瞬でダメになってしまったのだ。
タブンネの愛らしさなど全くない、鬼のような形相で『1番』のタブンネ夫婦をにらみつけている。
続けて『2番』のタブンネ夫婦が引いたのは『4』の数字。
しかし、『2番』のタブンネ夫婦は嫌がってタマゴを割ろうとしない。
タブンネは本来、心優しいポケモンだ。
自分たちのではないといえ、同じタブンネのタマゴを割ることなどやりたくはないのだ。
しかし、このゲームでそれは許されない。逆らった以上は……
「あーっと、ここで時間切れ! ルール違反! ルール違反だぁー!
スタッフのみなさーん、『2』のタマゴを割っちゃってくださーい」
『2番』のタブンネの目の前に、『2』と書かれたタマゴが叩きつけられる。
自分たちのタマゴが目の前で砕け散る光景にショックを受け、『2番』のタブンネ夫婦が失神する。
これが<タマゴ割りゲーム>。
くじを引いたタブンネが、くじに書かれた番号のタマゴを割る。
タマゴを割らなかった場合は、自分たちのタマゴが割られてしまう。
ゲームを終了させる方法は3つ。
1つ目が、すべてのタブンネがくじを引き終わること。
2つ目が、箱の中に入っている『あたり』を引くこと。
そして、もう1つの方法が――
「おやおやぁ? ……これはラッキーチャンス到来!
全員が助かる、スペシャルチャンスがやって来たぁぁぁ!」
くじを引いたのは『3番』のタブンネ。くじの番号は『3』。
これがゲームを終了させる3つ目の方法。自分のタマゴを自分で割ることだ。
それが達成された時点でゲームは終了し、タブンネたちは解放され、タマゴも返してもらえる。
しかも今回はかなり早い段階でそのチャンスがやって来た。
すでに『2』と『7』のタマゴが割れたとはいえ、ほとんどのタマゴが残っているのだ。
タブンネたちの期待のこもった視線がステージ上の『3番』のタブンネ夫婦に向けられる。
しかし『3番』のタブンネ夫婦は首を振る。こんなことできない、と。
一瞬、工場内の空気が固まる。
そして間をおいて、タブンネたちの怒りに満ちた声が『3番』の夫婦に浴びせられる。
みんなが助かるチャンスを捨てる気かと『3番』の夫婦を責め立てる。
すぐに『3』のタマゴがスタッフによって床に叩きつけられる。
完全に生気を失った表情でステージを降りてくる『3番』夫婦をタブンネたちが罵倒する。
ただ1組、『4番』のタブンネ夫婦を除いては。
「それじゃあ、『4番』のタブンネちゃんはステージに上がってください」
ステージに上がった『4番』のタブンネ夫婦は堂々とステージに立っている。
それもそのはず、『4』のくじは『2番』のタブンネ夫婦がすでに引いてしまっているのだから。
これから先、自分たちのタマゴがくじで出てくる可能性はない。
あとはくじで出た番号のタマゴを割れば、自分たちとタマゴの安全が約束されるのだ。
箱の中に手を入れてくじを引く。書かれている番号は『2』。
「……ミィ?」
タマゴを割ろうとした『4番』のタブンネ夫婦だが、『2』のタマゴはすでに割れている。
「うわー、珍しいパターンが来ちゃったな。まあ、これもルールだからね。
かわいそうだけど『4番』のタブンネちゃんごめんね?
スタッフさーん、『4』のタマゴやっちゃってー」
床に叩きつけられる『4』のタマゴ。
『4番』のタブンネ夫婦は「ミィッ!?」と困惑している。
安全であったはずの自分たちのタマゴが割られてしまった。
しかし、これもルールの内だ。
くじの番号のタマゴを割らなければ自分たちのタマゴが割られてしまう。
たとえ、事前にその番号のタマゴが割れていようとも、だ。
呆然とした様子の『4番』夫婦。
そんな彼らをスタッフが引きずりおろし、ゲームが再開される。
<タマゴ割りゲーム>の真の狙い。
それは、タブンネたちの結束を破壊することにある。
タマゴを割られたタブンネは、タマゴを割ったタブンネを恨む。
タマゴが割れてしまったタブンネは、タマゴが無事だったタブンネに嫉妬心を持つ。
そして、今回の『3番』のタブンネ夫婦のように、全員が助かるチャンスをのがしたタブンネは、
参加したタブンネ全体から、憎しみの感情を向けられる。
こうすることで、反抗心を持ったタブンネがいても、全体がまとまることができずに、
大きな脅威になることはない。
反抗されたところで、タブンネ数匹ならどうとでもできるのだ。
「はい、終了で~す。明日……いや、今日も朝早いんだから、みんな早く休んでね~」
今夜もたくさんのタマゴが犠牲になった。地獄のイベントはようやく終わりを告げる。
しかし、タブンネたちにとっての地獄はまだ終わらない。
ゲーム開始から終了まで3時間近くが経過している。
労働時間と合わせれば、24時間のうち、すでに21時間が経ってしまっているのだ。
眠る時間など、ほとんど残されていない。
タブンネたちは肉体的にも精神的にも疲労した状態で仕事をしなくてはならない。
それこそ、反抗する気力さえも起こらない状態で。
(おしまい)
- 面白そうだな -- (名無しさん) 2017-02-09 07:36:22
- これ面白いwww -- (名無しさん) 2017-06-12 06:18:48
最終更新:2015年12月21日 16:54