「ただいまー」
「ミッミィ♪」
帰宅した僕を、笑顔のタブンネが出迎えてくれた。
タブンネの頭をひとなでしてから、自分の部屋に行って、背広から部屋着に着替える。
リビングに行くと、タブンネが不思議そうな顔で、スーパーのビニール袋をのぞき込んでいた。
「それが何か気になるかい?」
「ミィ、ミッミッ」
タブンネはコクコクとうなずく。
そうだろう。普段ならみることのないものが入っているのだから。
ビニール袋の中からそれを取り出して、タブンネの目の前に出す。
「じゃじゃーん! なんだかわかる?」
「ミィ? ミィィ……?」
タブンネは首をかしげる。
目の前のものが何なのか、どうやらわからないみたいだ。
まあ、ポケモンのタブンネが人間の文化を知っているはずがないから当然だけど。
僕がタブンネの前に出したもの。それは袋に入った大豆と、紙でできた鬼のお面。
今年の夏にわが家にやって来たタブンネにとっては、初めてむかえる節分の日だ。
自分の頭に鬼のお面をつけて、タブンネには大豆の入った袋を持たせる。
「ほら、タブンネ。その豆を僕に向かって『おにはーそとー』って投げるんだよ。」
「ミッ!? ミィッ! ミィッ!」
そんなことできないと言わんばかりにタブンネはブンブンと激しく首を振る。
飼い主に向かって物を投げるなんてできないということかな。
でも、きょうはそういう日なんだから、僕としてはタブンネにやらせてあげたいんだけど。
「そういうお祭りなんだよ。タブンネがやってくれると僕はうれしいんだけどなぁ」
「ミィ……ミミッ! ミィミッ!」
タブンネは袋に手を入れて豆を取り出すと、下手投げで豆を投げ始めた。
しかし、上手く投げられないのか、豆は真上にちょこっと跳ぶばかりで、僕の方には全然飛んでこない。
タブンネは『投げつける』をおぼえないポケモンだから、これはしかたないことだろう。
ちなみにタブンネは豆を放り投げて続けている。
小さな手で2、3個ずつ豆を取り出し、時には落ちている豆を拾い上げて投げる。
よっぽど楽しいのか、ニコニコと笑顔になって、飛び跳ねながら豆を投げている。
「タブンネ、そろそろ交代しようか」
「ミフー、ミフー……ミィッ♪」
タブンネの頭に鬼のお面をつけてあげ、豆の入った袋をタブンネからもらう。
しかしまあ、息切れするほど豆を投げ続けるとは……。そうとう楽しかったんだろうなぁ。
豆、ほとんどなくなってるし。
「じゃあいくよー。おにはーそとーっ!」
「ミッキャ!? ミッヒィ!? ミィヤァァァァァァッ!」
タブンネに向かって豆を投げつけると、タブンネがあわてた様子で逃げ回る。
短い手で頭をかかえて、せまいリビングの中をポテポテと走り回る。
そのうちに、鬼のお面がずれて、タブンネの顔全体をすっぽりと覆う。あれじゃあ前が見えな……
「タブンネ、あぶない!」
「ミブッ!?」
「ほら、もう血は止まったよ」
「ミィィ~……」
新しいティッシュでタブンネの鼻を何度か拭いて、血が止まっていることを確認する。
タブンネはすっかり落ち込んでしまっており、グスグスと涙を流している。
これは元気づけてあげないといけないよね。
「タブンネ、豆を食べよっか」
「……ミィィ? ミィ♪」
しょんぼりしていたタブンネの顔がすぐに笑顔になる。うまくいったみたいだ。
さっきまで落ち込んでいたタブンネは、どれにしようかなと床に落ちている豆を選び始める。
節分では自分の歳と同じ数の豆を食べるのだ。タブンネは確か……
「あっ! タブンネ、やっぱ食べちゃダメ!」
「ミィッ!?」
口を開けて、今まさに豆を食べようとしていたタブンネの手をたたいて、豆を落とさせる。
僕の突然の行動に、タブンネは目を白黒させ「なんで!?」という顔で僕を見る。
腰を下ろし、タブンネの頭を優しくなでながら説明する。
「タブンネはまだ1歳になってないだろう? だから今年はおあずけ」
「ミィィ……」
よくわからないがダメなものはダメ。そう理解したタブンネががっくりと肩を落とす。
花のような笑顔から一転、さっきまでの落ち込みっぷり以上の落胆の色を見せている。
でも大丈夫。そんなタブンネの笑顔を取り戻すためのものが、まだ残っている。
「タブンネ、こっちなら食べていいよ。幸せになれる食べ物だよ」
「ミィ? ……ミッ!? ミミィ♪」
タブンネの顔が一瞬で笑顔に変わる。
僕が取り出したものは、豆やお面といっしょにスーパーで買ってきた恵方巻きだ。
タブンネでも食べられるように、ちゃんと小さいサイズのものを選んできた。
恵方巻きをタブンネに持たせて、食べる時のきまりを教える。
食べている間はしゃべらないこと。口から離さないようにして食べること。
それを聞いてタブンネはうなずくと、恵方巻きを両手で持って口に運ぶ。
恵方巻きがタブンネの口にゆっくりと飲み込まれて……いかない。
タブンネは何とか食べようとしているのだが、どうにも上手く食べられないようだ。
さっきの豆まきといい、タブンネは特性『ぶきよう』なのかもしれない。
まったく減らない恵方巻きに、今にも泣きそうな顔で挑み続けるタブンネ。
このまま食べれなかったらさすがにかわいそうだよなぁ。
よし、手伝ってあげよう。
「タブンネ、がんばって。ほら」
「ムッグ!? ンンン!? ゲホォッ!?」
恵方巻きを押して、タブンネが食べるのを手伝ってあげる。
すると、口の中に急激に押し込まれたことで、むせたタブンネが恵方巻きを吹き出してしまった。
涙を流しながらゲホゲホとむせるタブンネを落ち着かせるように、小さな背中を何度もさする。
「幸せ……吐き出しちゃったね」
「ミック……ミック……ミェェェェェン」
それまでも涙を流していたタブンネだったが、僕の言葉がショックだったのか、本格的に泣き出してしまった。
タブンネを傷つけるつもりはなかったんだけどな。でも大丈夫。
スーパーの袋から自分用に買っていたもう1本の恵方巻きを取り出す。
タブンネの幸せは僕の幸せ。つまり、僕が幸せなら、それはタブンネも幸せってことだ。
しかし、恵方巻きって意外と小さいんだな……って、あれ?
「恵方巻き『ミニサイズ』……」
買ってきた恵方巻きは2本。
僕用に普通サイズを、タブンネ用にミニサイズを。
つまり、さっきタブンネがうまく食べられなかったのは……
「タブンネ」
「ミィ?」
「来年は豆も恵方巻きも、ちゃんと食べられるからね」
「ミィッ♪」
(おしまい)
最終更新:2014年06月19日 23:05