ある愛護団体員の散策

ある晴れた日曜日。
俺の所属しているタブンネ愛護団体はタブンネたちの生息地である森に来ていた。
タブンネの生息状況の調査を行うためだ。

「それでは3時間後にここに集合です。野生のポケモンや虐待愛好会に注意して散策を行ってください。
 なにかあったらすぐに私の携帯に連絡を入れてくださいね」

愛護団体のリーダーがそう言うと、団体の人間は近くにいた者同士で声をかけあいグループを組んでいく。

グループ行動が苦手な俺としては、誰かといっしょに行動することは避けたい。
そのため、周りの人間に声をかけられる前にさっさと森の中へと入ることにした。


散策開始から約1時間。
途中で見つけたタブンネの巣や群れの位置を、GPSの位置情報と照らし合わせながら地図に書き込んでいく。
はっきり言うと面倒くさいのだが、タブンネたちの調査のためならば仕方がない。

前回までの調査との変化はほとんど見られない。これといって何も起こっていないのだろう。
今日はさらに奥の方を調べてみてもいいかもしれない。
これまで調査していない方へと足を向けてみることにした。

「…………ん?」

歩きはじめて数分。
俺の耳が子タブンネ特有の「チィチィ」という鳴き声をとらえた。
どうやら、この先にもタブンネが生息しているらしい。

鳴き声のする方向に向かってみると、そこにはタブンネの巣があった。
巣の真ん中に横たわる子タブンネが1匹と、子タブンネが大事そうに抱えているタマゴが1個。
子タブンネは弱っているようで、丁寧に編み込まれた草のベッドの上で弱々しい鳴き声を上げている。

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俺の存在に気付いたのか、子タブンネの鳴き声がピタッと止まる。
キョロキョロとあたりを見回して俺の姿を見つけると、タマゴをキュッと抱えて「チィ、チィ」と再び鳴きはじめた。

その鳴き声の調子はさっきまでとは微妙に異なる。
助けを懇願しているのか、それとも、巣に近づいてきた外敵に対する威嚇か。

「ふむ」

そのままの位置にしゃがみ込み、遠目に子タブンネの様子を観察する。
子タブンネの体はかなり小さく、まだ離乳はできていないことがわかる。
おそらく排泄物であろう。タブンネ特有の白い尻尾は茶色く汚れてしまっている。
毛並みは整っておらずに色つやも悪い。手入れはされずに栄養状態も悪いようだ。

「ふーむ」

タブンネというポケモンは仲間意識が強く、家族への愛情はさらに強い。
離乳すらできていない子タブンネと、温める必要のあるタマゴを残して親タブンネが巣を離れるとは思えない。

子タブンネの様子からすれば、親であるタブンネは何日も巣に戻って来ていないのだろう。
つまり、この子タブンネの親であるタブンネはもう……

そこでハッと気づく。
集合時間が近づいてきている。すぐに戻らなくてはならない。

あわてて集合場所に戻る途中、森の少し奥まったところにあるものを見つけた。
木にぶら下げられた2匹のタブンネ。いや、タブンネの死体だ。

両手を縛り上げられた状態で並べて吊られている2匹のタブンネ。
顔面はひどく腫れ上がり、口や鼻、目の周りに茶色く乾いた血がこびりついている。
全身にはいくつもの切り裂かれた痕があり、腹からは腸がだらりとこぼれている。

2匹とも尻尾は切り取られており、肛門や陰部には木の枝が何本も刺さっている。
さらに観察してみると、ハート形の肉球や青い瞳はえぐり出されており、それがあるべき場所はぽっかりと穴が開いている。
切り取られた尻尾や、えぐり出された瞳、肉球はタブンネの死体の真下にあり、2匹の漏らした糞尿にまみれている。

何日もこの状態なのか、タブンネの死体からは腐った肉の臭いがしている。

おそらくこの死体を見てタブンネだとわかる人間はほとんどいない。

タブンネの死体を見慣れている人間でもない限り。
虐待されたタブンネを見たことがある人間でもない限り。
虐待された末に死んでしまったタブンネの姿を知ってる人間でもない限り。

2匹のタブンネの死体を見るのをやめて、急ぎ足で集合場所へと向かう。
集合場所にもどると、先に戻っていた愛・護団体のみんなが笑顔で俺を出迎える。

愛護団体のリーダーのもとに行き、今日の調査結果を報告する。
前回までと変わりなし、と。

全員が集合するまで適当なところに腰を下ろして休憩しておく。
俺は道具の入ったリュックサックに目を向ける。正確には、その中に入っているタブンネのタマゴに。

愛護団体というものはいい隠れ蓑だ。
そこに所属しているというだけで、タブンネを虐待している人間だとは思われなくなる。
真面目の活動に参加したうえで、報告を少しだけ捻じ曲げれば、誰にも疑われることなく今回のような役得もある。

生まれた瞬間から虐待を開始できることを思うと思わずにやけてしまう。
生まれたその時から、生まれてきたことを後悔するタブンネの日々が始まるのだ。

愛護団体の活動を続けるその裏で、誰にも疑われることなくタブンネを虐待する。
リスクは低いのに得るものは大きい。これだから愛護団体の活動はやめられない。

「今度は3ヶ月くらい生かしておこうかね……。じっくり楽しまないと、ね」


日が暮れはじめた森の中を1匹の子タブンネが這いずっている。
徐々に下がっていく気温に震えながら必死に這いまわる。

何日か前に人間に連れて行かれた両親は帰ってこない。
さらに、今日は別の人間が子タブンネが大事に抱えていたタマゴを持って行ってしまった。
自分の弟か妹になるはずの大事なタマゴだ。

両親にもう1度会うために。
大事なタマゴを取り戻すために。

ほとんど力の入らない手足を必死に動かして、子タブンネは森の中を這っていく。
目的地もわからないまま、暗くなってしまった森の中をのそのそと這いまわる。

子タブンネの動きは一晩中止まることはなかった。
執念のみで動き続け、必死に両親とタマゴを探す。
そのとき、森が明るくなり始めた。夜が明けたのだ。

徐々に明るくなっていく森の中。子タブンネはふと顔をあげる。
子タブンネの瞳が捉えたのは、木から吊るされた2匹のタブンネ。
それは、子タブンネが子タブンネが探し続けた両親の姿だった。

子タブンネは笑顔を浮かべ、残った気力を絞り出しながら両親のもとへと進んでいく。

(おしまい)

  • 子タブンネ結局どうなったんだろう… -- (名無しさん) 2017-03-16 07:28:16
  • 『生まれたその時から、生まれてきたことを後悔するタブンネの日々』実に素敵なフレーズ。 -- (名無しさん) 2017-11-04 17:48:08
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最終更新:2014年06月19日 23:19