おかあさんごっこ

俺は卵の頃から大事に育ててきた♀のタブンネと暮らしている。
タブンネは毎日のように擦り寄ってきたり、甘えてきたりするので俺も大変可愛がっている。
他のポケモンが俺に触ろうとすると敵意を剥き出しにして威嚇するくらいだから、相当俺になついているのだろう。少し問題はあるがかわいいペットだ。

散歩に出かけたときのこと、ちょっと目を離した隙にタブンネがどこからか卵を持ってきた。
どこから持ってきたんだ、勝手に持ってきたら駄目だろうと叱りつけたが、何故自分が叱られているのか理解できずきょとんとしている。
それでころか、2人で大事に育てようね、とでも言いたげな顔で卵を俺に見せようとする。
このタブンネは殆ど外に出さず大事に育てすぎたせいで、あまりにも世間知らずなのだ。やって良いことと悪いことの区別も付いていない。
元の場所に戻すこともできないので、仕方なく俺は卵の世話をタブンネに任せることにした。

それからというものタブンネは以前にも増して甘えた目で俺に擦り寄って来るようになった。
その上、例の卵を自分で拾って来たくせにことあるごとに俺に預け、世話をさせようとする。
タブンネの態度は飼い主の俺から見ても異様だった。そして俺は気づく。
こいつはもしかして、俺のことを主人としてでなく、恋人のような存在として見ているのではないか。
卵を拾って来たのは俺の気を引くため、あるいは女房を気取って「家族ごっこ」をするためか。
そう考えた途端、目の前で幸せそうに卵を抱いているタブンネが急に疎ましく思えてくる。
どんなポケモンが生まれてくるかは知らないが、タブンネの自分勝手なごっこ遊びで親から引き離されてしまった卵の中身が哀れだった。

案の定、生まれてきたポケモンの世話をタブンネは殆どしなかった。
卵から生まれてきたのはタブンネだった。本当にどこから持ってきたのだろうか・・・
小さなポケモンの世話は大変だ。数時間毎のミルク、トイレの世話、よちよち歩きの子タブンネが危険な事をしないように見張っていなければならない。
自分で持ってきたにも関わらず、飼いならされ野生の本能を失っている上、元々世間知らずな俺のタブンネはほぼ役に立っていなかった。
本人は俺と協力して子育てをしているつもりだろうが、タブンネのやることといえば眠っている子タブンネを抱きながら俺に擦り寄ることくらいだ。(当然子タブンネを寝かしつけたのも俺)
俺の予想通り、タブンネはこの子タブンネをダシにして俺と夫婦になったつもりでいるようだった。

子タブンネの世話に翻弄され、俺は疲れきっていた。
相変わらずタブンネは何もしない。忙しく動き回っている俺に対し、当然のような顔で自分の飯を要求してきたりする。
可愛い子タブンネだけが唯一の癒しだった。
俺のタブンネのせいで親から引き離されてしまった子タブンネを幸せにしてやらなければならない。俺はそう思った。

いつしか俺はタブンネを無視するようになっていた。
当然といえば当然だが、子タブンネもタブンネではなく俺の方によくなついた。むしろ、タブンネを俺の愛情を横取りしようとする敵として見ているようだ。
俺と子タブンネが仲良く暮らしている中、タブンネだけが孤立していた。
新入りの子タブンネばかり可愛がられる。俺と一緒に子タブンネを可愛がろうとしても、子タブンネはタブンネを嫌い、噛み付いたり威嚇したりする。
なまいきな子タブンネをこらしめようとすれば、俺からこっぴどく叱られる。
皮肉なことだ。俺の気を引きたくて卵を拾って来たのに、今はその卵のせいで俺から疎まれている。
焦ったタブンネは毎日しつこく俺に甘えようとしていたが、その行為は逆にますます俺を萎えさせた。

ある日のこと、外出から帰ると子タブンネの姿が見えない。
タブンネに聞いても知らないの一点張りだ。
ここぞとばかりにべったり擦り寄って来るタブンネを振りほどこうとしたとき、俺はタブンネの口の周りや手にわずかに付着している赤い色に気づいた。
殺して食ったのだ。あの天使のように可愛かった子タブンネを。
毛づくろいして証拠を消したつもりになって、何も知らないというような顔で撫でろと要求してくる。

目の前の獣がただただおぞましかった。俺は懇親の力を込めてタブンネを殴った。
床に倒れ込んだタブンネは、何故殴られたのか解らないのか、起き上がって再び俺に近づこうとする。
俺はもう一度その腹に拳を叩き込んだ。
口から血を流しながら仰向けに寝転がっているタブンネに近づくと、どうしたの、何でこんなことするのとでも言うようにピィピィと騒いだ。
こいつは、自分が何をしたかなんてまるで分かっていないのだ。
俺はそのまま、何度も何度もタブンネの腹を力いっぱい踏みつけた。

それからというもの、俺は暴力を振るいこそしなかったが、徹底的にタブンネを無視して暮らした。
いなものとして扱われ、擦り寄ろうとすれば俺におぞましいものを見るような目で見下される。
あれだけ殴られたにもかかわらず、まだタブンネは俺の気を引こうと必死だった。
本当に、何故俺に嫌われているのか、自分がどういう事をしたのか分かっていないようだった。
俺はそんなタブンネを哀れだと思ったが、どれほど必死に擦り寄られようと、もはや構ってやろうという気は一切起きなかった。

その後、俺に無視され続けたタブンネは発狂して死んだ。
最終更新:2014年06月20日 00:19