タブンネさんの歴史2

数百年も昔の話である。当時は飛行機などはなく、海で隔てられた国と国とを行き来するのに船が使われていた。
船旅には時間がかかる。特に、当時の主要な二つの国の間を移動するのには、かなりの長い期間が必要だった。
時間がかかればその分コストとリスクが付いて回るため、船乗りや商人たちは考えた。なんとかこれを短縮できないか。
ある時、研究によって逆廻りの航路を利用すれば大幅にその移動時間を短縮できるということが分かった。
その二つの国も、逆廻りで旅を成功させたものに莫大な賞金を出すとしたため、多くの船乗りがこれに挑戦した。
しかし、当然その航路に関する情報はなく、出発した船のほとんどがすぐに帰港するか、そのまま行方知れずになった。
やがて挑戦する船乗りは誰もいなくなり、この航路は数十年もの間封印されていたのだった。

ある時、新進気鋭の若い船長がこの逆廻り航路のことを知り、僅かな船員を連れてこれに挑戦することとなった。
このことは大きなニュースになったが、世間の目は達成できるはずなどないと冷ややかなものだった。
しかし、若者の船は同じ時期に出発した順廻り航路の船が向こうへ到着する前に、交易品を積み込んで戻ってきた。
挑戦は大成功を収めたのだ。若者は一躍英雄となった。彼は莫大な賞金を受け取り、世間では成功を讃える歌が流行した。
彼が言うには、今回の挑戦が成功したのにはあるピンク色の生き物の存在が大きかったらしい。

船は出発してから陸伝いに補給を続けて進んだが、それも数週間で途切れてしまい、海を突っ切ることになったらしい。
とはいえそこで陸地が途切れることは知られていたので、それからは予定通りひたすら伝え聞いた方角へ進んだそうだ。
彼は食糧の確保に細心の注意を払っていたが、なんと最後に立ち寄った港町で仕入れた缶詰には、木屑が詰められていた。
戻るのにも十分な食糧は残っておらず、彼には進むしかなかった。船員は栄養失調に罹り、病に臥せるものもでてきた。
もはやここまでかと思った時、目の前に陸地が見えた。目的地に到着したのかと思ったがそうではないらしい。
どうやら無人島のようだ。上陸してみると、そこは温暖で様々な果物がたわわに実る天国のような島だったという。
しかし何より船員たちの興味を惹いたのは、今まで見たこともないピンク色で丸々と太った奇妙な動物だった。

身の丈およそ1m。人間に対する警戒心は持っていないようで、人間か近づいても気にせず木の実を貪っていたという。
理由は不明だが、この生き物はタブンネと名付けられた。天敵がいないからだろうか、タブンネは簡単に捕まえられたそうだ。
試しに捕まえた一匹を殺し、その肉を食べてみると、上等な牛肉にも勝る舌が蕩けるほど素晴らしい味だったらしい。
そのため若者はこの生き物を集めて絞め、保存がきくよう干し肉を作った。同時にここで水と果物を補給したそうだ。
更に、長い船旅の間、獣欲を発散するために何匹かのメスのタブンネを捕えて積み込んだそうだ。これが正解だった。
タブンネは縛って床に転がしておくたけで、全く抵抗できずに涙を流して弱々しい鳴き声を上げることしかできなかったそうだ。
また、それらは生命力が強く、果物の皮や芯を与えるだけで生き続け、果物が腐りだしてからはその腐った果実も貪るように食べた。
これによって、乗組員たちは本来の目的に加え、向こうにたどり着くまで新鮮なタブンネの肉を口にすることができたという。

彼の成功を知った両国は、これまでの航路を使った交易を取りやめて逆廻り航路を利用するようになった。
航海中の補給にはこの島が利用された。当然タブンネは狙われるようになり、次々に殺されていった。
タブンネは傷ついた仲間を見つけると、助けようと集まってくるそうだ。特にメスが傷つくとこの行動は顕著になるらしい。
そのためメスのタブンネを見つけて棍棒で頭を叩き割って放置しておけば、効率よくタブンネを集められるということだ。
こうして捕えられたタブンネは加工されたり縛られたりして船に積み込まれ、船乗りの蛋白源や欲望の捌け口になるのだった。
また、のろまなタブンネを殺すことが船乗りにとっての娯楽になった。一日で何百匹ものタブンネを仕留めたという記録も残っている。
タブンネが狩りつくされるのにそう時間はかからなかった。最後に目撃されたのは今から200年も前のことである。
ひと組のつがいが数個の卵を温めていたところを見つけたので、卵を奪い取って残らず踏みつぶし、親を絞め殺したというものだ。
これ以降の目撃情報はない。島中にいたタブンネは、最初に人間に発見されてから僅か数十年で絶滅したと考えられている。

タブンネがいなくなってからもこの島の重要性は変わらず、多くの船乗りがこの島で水や食料を補給していた。
そして次第に人が住みつき、作物を作るようになる。以降この島は補給基地として大いに発展していくのだった。
しかし、飛行機械の発達に伴ってついにはその役割を失い、今はリゾート地としてバカンスには多くの観光客を集めている。
補給基地として栄えていた時代に、当時の人間が建てたタブンネの立派な銅像は、現在でもしっかりと海岸に佇んでいる。
だが今となっては訪れる観光客のほぼすべてがその由来を知らない。
最終更新:2014年06月22日 22:07