タブンネとポチエナ

姉に小さなタブンネをもらった。生後二ヶ月、体長は三十センチいくかいかないか。
よく鳴くが、うるさいというほどでもない。むしろ愛らしい。タブンネの綺麗な鳴き声を
聞いていると、まるで心が洗われるような感覚に包まれる。少し前にもらったポチエナとも
仲良くしているようだし、順風満帆だ。
と思いきや、ある日事件がおきた。
皆で仲良く食べようととっておいたケーキが無くなったのだ。
泥棒も入っていないし、家内があがりこんだ形跡も無い。とすると、犯人(?)はポチエナか
タブンネ?
そんなはずは。頭を振ってその邪悪な思考を振り払う。ふと足に目をやると、左足に何か白いもの
が付いていた。調べてみると生クリームだった。
帰宅したとき、タブンネとポチエナがそれぞれの足に擦り寄ってきた。左は確か……
ポチエナ。すぐにポチエナの口を確認すると、しっかりと証拠が残っていた。悪いやつめ。
私はポチエナを注意し、軽く小突いた。悲しそうに鳴き、眉を下げて上目使いになるポチエナ。
ごめんよポチエナ。でもしつけのためだ。


しかし次の日もまたケーキが消えた。
そして、というかやはりポチエナが食べていた。こら、と昨日より大声で叱る。
そこで一つ、妙な行動に気づいた。ポチエナがチラリとタブンネのほうを見たのだ。
タブンネはソファーに座ってテレビを見て笑っている。こちらのことは気にも留めずに。
タブンネはどうしてこんなに無関心なんだ? 普段ポチエナとよく行動を共にしているだけに、
このそっけなさは違和感を生んだ。


三日目。とうとうタブンネが馬脚を現した。
この日、私は友人にカメラを借り、リビングの監視をしていた。
タブンネとポチエナには仕事に行くふりをして家を出て、外の車で監視。フィルムカメラで
頭が止まっている私は、科学の進歩に思わず感心していた。
私の前でのタブンネと、自然体のタブンネはまったくもって違うものだった。
まずは餌。私は自動餌やり器を使っている。時間になると餌を出してくれるという
優れものだ。なので、ポケモン達は自分で餌の量を決めることは出来ない。タブンネ
腹が減っていたらしく、嬉しそうに餌を食べるポチエナを体当たりで吹き飛ばし、
餌を横取りしてしまった。泣きそうなポチエナに手を伸ばしそうになる。我慢だ。
すまんポチエナ。
その後もポチエナへの暴行は続いた。ポチエナが何かをするごとにタブンネが邪魔をし、
略奪する。
その内ポチエナは部屋の隅から動かなくなった。その様子を見てようやく満足したのか、
タブンネはソファーに座り、テレビをつけて見始めた。
三時を回る頃、不意にタブンネはソファーから離れ、冷蔵庫の前に立った。体全体を使って
冷蔵庫の戸を開け、ケーキを取り出し犬のようにがっつき始めた。
全て食いきった後、ゆっくりと顔に付いたクリームを舐め、その中から少し取り、
ポチエナの頭に塗りつけた。
タブンネがケーキを食っていた。ポチエナは被害者。私は車の中で後悔の涙を流した。


四日目。
今までと同じく、今度は自分で作ったケーキを冷蔵庫にしまう。そして外に出るふりをして、家の中で
身を潜めた。
三時頃、ミギャアという悲鳴が聞こえた。にやつく表情筋をどうにか抑えてリビングへの扉を開ける。
タブンネは顔中をクリームだらけにしながらのた打ち回っていた。クラボの実をすり潰した物をたくさん入れた
特製ケーキを堪能してくれたらしい。わたしに気づかず、嬉しいのか踊り狂っている。
「タブンネ、どうかしたのかい」
ヒーヒーと息を吐きながら振り向いたタブンネの驚いた顔といったら、形容し難いくらいに
滑稽だった。
「ミッミッ、ミッミッ」
すぐに無理矢理笑顔を作り、私の足に駆け寄ってきた。
「そうか……おなか減ってのか。でも、ポチエナのせいにしたりするのはいけないな」
厳しい顔で言ってやる。するとタブンネは、自分の尻尾をゴソゴソとあさり、何かを
取り出した。
オボンの実だった。しかも、おやつ用の戸棚に入れておいた。盗んだのか。
私はニッコリとタブンネに微笑む。
「ありがとうタブンネ。オボンの実を見つけてきたのかい、偉いね」
そしてタブンネを抱き上げる。許されたと思ったのか、手足を動かして喜んで見せた。


ミッミッと笑顔で鳴いているタブンネ。私は急にそれを逆さまにして、あらん限りの力をもってケーキに叩き付けた。
タブンネは足の根元までケーキに埋まっていた。
「お前いい加減にしろよ。罪を他に擦り付けて自分は逃げて、あげく盗品で謝罪? このクソ豚が!」
恐らく聞こえていないだろう。それでもいい。ただ叫びたかった。自分のポケモンを信じていなかった、そのことを忘れたくて。
突き出た足が狂ったように動いている。ミーミーとくぐもった鳴き声。呼吸困難と目にクラボの辛さが染みて苦しんでいるのだろう。いい気味だ。
足が鈍くなってきた。もうそろそろか。片方の足を掴み、紐をくくりつけて引っ張る。
ヒューヒューうるさいタブンネを、思いっきり指で弾く。ミヒィと一声、そして涙を流した。
「すっかり汚れてしまったね、綺麗にしてあげよう」
熱湯を沸かし、ゆっくりと近づける。湯までの距離が縮むと、比例的にタブンネの震えも
激しくなった。
「ミボボボボボ」
顔だけ、五秒浸けてすぐに離した。タブンネの顔は真っ赤になり、耳がブランと垂れていた。
だが、まだ死んでいない。死なせるはずが無い。
「綺麗になったね。顔まで赤らめて、そんなに嬉しかった?」
ミィ……と辛うじて鳴くタブンネ。


「よかった。よーし、食べた後は運動だ」
ベルトに挿しておいた金槌を握り、振り上げて、
「しっかり避けろよ」
降ろす。一発目は威嚇なのでわざと外す。床が凹む程の威力を見て、タブンネは慌てて
逃げ出した。
足の紐を踏みつけ、移動範囲を絞り、二発目。すぐ横に落ちた鉄の塊に驚いて腰が
抜けたのか、へたりとタブンネは座り込んだが、すぐに這って逃げ出した。醜い。
そこに三発目を打つ。
「ミィギャアアア、アアアアアウギヤア!」
金槌は、タブンネの足を見事に捕らえていた。足があらぬ方向へ折れている。
「ああ、何だか見栄えが悪いからおそろいにしようか」
もう片方の足も叩き折る。骨が突き出し、出血した。それでも、弱弱しく鳴きながら
逃げ続ける。
生に執着し、自分の行いを省みない醜いゲス豚め。もう我慢できない。
体中の怒りを発散する勢いで、金槌を振り上げ――


「ワン」
タブンネと私の間に、ポチエナが立ちはだかった。もうやめてくれといわんばかりに潤んだ目を見て、私はわれに帰った。
そうだ。私はなんて馬鹿なことをしていたんだ。ごめん、ポチエナ。
ポチエナを抱きしめて、涙を流す。その涙をポチエナが舐めとってくれた。
「ごめんよポチエナ。君を信じてやれなくて……」
「ワン」
「許してくれるのかい?」
「ワン」
この日、私とポチエナの間にかけがえの無い絆が生まれた。
あれから数年、ポチエナはグラエナに進化し、心強いパートナーになった。
強く、そして優しさも持つ彼となら、誰にも負ける気はしない。
豚はあの後適当に止血をしてゲージに入れて飼育した。
ある程度育った辺りから、暴力を加え始めた。
ブクブクに太り始めて来たので、そろそろ地下に移動させようかと思っている。
足がろくに使えないタブンネは、逃げることも出来ずに今日も殴られ続けている。
最終更新:2014年06月24日 20:52