はたらくお父さん

「あーい、オライ! オライ!」
ここはホドモエシティの北、ヤーコンロード。トンネルを掘り、化石を掘り、遺跡を掘り。
筋骨隆々の作業員たちが日夜、汗水流しながら穴を掘りつづける男の職場です。

「ミッミッミッ」
そんな汗と土にまみれた職場に似合わぬピンク色の生き物。
短い腕と小さな手で、小さな猫車を押しながら掘り返された土を運んでいます。
イッシュではおなじみ、タブンネです。

なぜタブンネがこんなところにいるのでしょう?
実はこのタブンネ、この発掘現場ではたらいているのです。

しかし、このタブンネは会社に雇われているというわけではありません。
ホドモエシティの西、6番道路に暮らす野生のタブンネが人間の仕事を手伝っているのです。

「ミィィッ!?」
土を必死に運んでいたタブンネでしたが、車輪を小石にひっかけて転んでしまいました。
猫車に乗せていたたくさんの土が作業現場にまき散らされます。

「何やってんだ、この馬鹿!」
現場監督の大きな怒鳴り声に、ビクリと身をすくませるタブンネ。その目にはうっすらと涙が浮かんでいます。
「グズグズしてんな! さっさと片付けろ!」
タブンネはあわてて散らばった土を集めます。小さな手で土を集めると、ふたたび猫車を押して土を運んでいきます。

タブンネは決して器用なポケモンではありません。
そのため、このタブンネに与えられる仕事は、土や荷物を運んだりといった簡単な雑用ばかりです。
しかし、そんな簡単な作業でもタブンネは失敗してしまうことが多いです。
それなのに、どうしてタブンネはここで働くことができるのでしょうか?

まず1つ目の理由として、作業員のモチベーションの向上というものが挙げられます。
失敗の多いタブンネを「叱られ役」として働かせることで、作業員たちの間には常にほどよい緊張感が漂います。
それとは逆に、タブンネが作業をちゃんと果たせたときはしっかりと褒めてあげます。
そうすることで、作業員たちの中に「タブンネに負けてたまるか」という気持ちが生まれ、より作業が進むのです。

「ミヒーッ、ミヒーッ」
お昼になり、休憩のために作業が中断するころ、タブンネは大の字になって地面の上に倒れています。
午前の間ですっかり体力を使い果たしてしまったのです。お昼からも働けるのでしょうか?

「ほら、タブンネ。これ食ってしっかり休んでろ」
現場監督がタブンネにオボンの実を渡します。
タブンネは寝転がったままオボンの実を頬張ります。そのうち、すうすうと寝息を立てて眠り始めました。
タブンネが体力の限界まで働いたことを知っている作業員たちは、休憩時間が終わるギリギリまでタブンネを寝かせてやります。

「休憩終わりだ! 昼からもガンガン掘ってくぞ!」
監督の声が現場に響き渡ると、作業現場にはタブンネが真っ先に駆け出します。
体力を使い果たしていたとは思えない姿です。

これがタブンネを働かせている2つ目の理由。
オボンの実を食べさせて少し休憩させれば、タブンネの「さいせいりょく」とあわせてすぐに元気を取り戻します。
常に全力で働かせることができる存在というのは、肉体労働の現場においては貴重な戦力になるのです。

夕方になると、日が暮れる前に作業は終了します。
作業員たちが道具を片付けるかたわら、土にまみれてボロボロに汚れたタブンネが地面の上で横たわっています。
午前中以上に体力を使い、もはや起き上がることすらできないようです。

「おい、タブンネ。今日は終わりだ。」
現場監督がタブンネを起こします。その声色は、1日頑張ったタブンネをねぎらうもので、作業中の厳しさはありません。
タブンネは体を起こすと、ヨロヨロと立ち上がります。

「ほれ、今日の分の給料だ」
タブンネの体に「給料袋」と書かれた巾着が下げられます。
中身はオボンやオレン、モモンといったタブンネの大好きな甘い木の実です。

これがタブンネを働かせる3つ目の理由、給料が安いことです。
タブンネに渡す木の実の金額は、人間の給料に比べればはるかに安上がりです。
最低賃金以下の金額で、常に全力で働くタブンネの存在はコストを抑えるのに役立ちます。
もちろん、簡単な作業しかできないということを除けばの話ですが。

タブンネはフラフラと歩きはじめました。家に帰るのです。
後ろからかけられる「明日も頼むぞー!」という声にバイバイと手を振り、ポテポテと巣に戻っていきます。
1日中働いて疲れた体に木の実が入った巾着は重いのか、その足取りはやや不安定です。

ヤーコンロードからホドモエシティを抜け、何度も転びながら6番道路にたどり着いたころには、とっぷりと日が暮れてしまいました。
タブンネは何度もあたりを見回しています。自分の後をつけている肉食ポケモンがいないかを確認しているのです。
危険な気配がないのを確認すると、タブンネは草むらの中に入っていきました。

「ミィ~♪」「ミッミッ」「ミッミッ」「ミッミッ」
タブンネが草むらの中の巣に戻ると、家族がにぎやかに迎えてくれます。
妻であるタブンネと、乳離れしたばかりの3匹の子タブンネ。
木の実をもったタブンネが帰ってくるのを心待ちにしていたのです。

タブンネが巾着から木の実を取り出します。これから家族そろっての晩ごはんです。
小ぶりな木の実を嬉しそうに食べる子タブンネたち。元気なわが子の姿を見ると、タブンネも元気をもらえます。
1日中、仕事で外にいるタブンネにとって、子タブンネたちの姿を見る機会はこのときぐらいしかありません。
遊んであげることもできないタブンネには、子供の成長を確認できる数少ない時間なのです。

「ミィ!」「ミミィ!」「ミミミィ!」
木の実食べた子タブンネたちですが、少し不満な様子。
育ち盛りの体には小さな木の実だけでは物足りません。おかわりを求めているのです。

「ミィミ♪」
タブンネは自分が食べる分の木の実をあっさりと子どもたちに差し出します。
子どもの成長とは嬉しいもの。そのためなら自分の食事など惜しくはありません。
笑顔で木の実を分け合う子どもの姿に、タブンネの顔も自然を笑顔になります。
しかし、タブンネは知りません。

子どもたちが、自分のことを「親だとは思っていない」ということを。

子どもが起きる前に家を出て、日が暮れてから巣に戻る。子タブンネたちの目が開く前からそんな生活を続けてきました。
子タブンネたちにとっては、1日中いっしょに過ごす母タブンネだけが親なのです。
子タブンネたちから見れば、タブンネは「毎日ご飯を持ってきてくれる優しいおじさん」程度の認識です。
それどころか、「なんでこのおじさんは、僕たちのおうちで寝てるんだろう?」とさえ思われています。

そんなことになっているとはつゆ知らず、タブンネは毎日きつい仕事に向かいます。
このことをタブンネが知ってしまったら、彼はそれでもがんばれるのでしょうか?

おや、子タブンネの1匹がタブンネに話しかけています。疑問に感じたことを聞いているのでしょう。
笑顔だったタブンネ夫婦の表情が、驚きと困惑を含んだものに変わっていきます。

どうやらタブンネたちは家族会議を開くようです。
明日も朝は早いのに、そんなことをしていてだいじょうぶでしょうか?
早く寝ないと、また現場監督に叱られてしまいますよ。

(おしまい)
最終更新:2014年06月24日 20:58