俺とタブンネの暮らし

「ほら、タブンネ。食っていいぞ」
「フュッフィ~♪」

特売で買った大量のオボンの実。
果物ナイフで細かく切って皿に山盛りにして、タブンネの前に置く。
笑顔のタブンネが目を輝かせながら鳴き声を上げる。
耳を大きく広げ、尻尾をバタバタと振り、全身で喜びを表現している。

「うまいか?」
「フィッフィッ♪」

小さく切られたオボンの実を、タブンネは1つ1つ口の中に入れていく。
口の中でコロコロと転がし、久しぶりのオボンをしっかりと味わってから飲み込む。
笑顔でほっぺたを押さえる仕草を見ていると、こっちの気分もウキウキしてくるというものだ。

「たくさんあるからな。腹いっぱい食っていいぞ」
「ヒャフュ~♪」

よっぽど嬉しかったんだろうな。食べてる間ずっと、嬉しそうに「フィィ♪」って鳴いてやがる。
……ん? タブンネなのになんで「ミィミィ」って鳴き声じゃないのかって?
ああ、しょうがないだろう? だって、こいつの口の中には

「歯が1本もない」んだから。

歯がないせいでこんな間の抜けた鳴き声しか出せないんだ。
飼い主である俺としてもタブンネ本来の「ミィミィ」って鳴き声が聞きたいさ。
でもまあ、これはこれで個性ってやつだろうし、こんな鳴き声しか出せないこいつを結構かわいいと思ってるんだ。
親バカならぬ、飼い主バカってやつかね。

それから1時間近くかけて、タブンネは皿の上のオボンの実を食べきった。
俺が皿を片付けている間、タブンネはタブンネ用のタオルマットの上でうつぶせになってテレビを見ている。
なにか面白い番組でもやっているのか、パタパタと揺れる尻尾にあわせて「フィッフィッ♪」という楽しげな鳴き声が聞こえてくる。
足の裏にある、ピンク色のハートの形をした肉球が俺の方を向いている。
……やばい、ムラムラしてきた。

オボンの実を向くのに使った果物ナイフを丁寧に洗う。
汚れひとつ、曇りひとつ残さないように、何度も何度も洗う。
きれいになったナイフを、清潔な乾いたタオルで丁寧に拭き上げると、まるで鏡のように俺の顔がうつる。
いい笑顔をしている。これから起こることに隠しきれない期待が浮かんでいるのがわかる。

テレビに夢中で完全にリラックスしている状態のタブンネ。俺に対して何の警戒心も抱いていないのだ。
無防備に俺に向けられた足の裏。その中心にあるぷっくりとしたピンク色の肉球。
果物ナイフを逆手に持ち替え、愛らしいハートのど真ん中に思いっきり突き立てる。

「フィッ!? ……ファァ゛ァァァァ゛ァァ――ッ!」

ナイフを刺した瞬間、タブンネが一瞬だけ驚き、それから一拍遅れて絶叫が部屋の中に響き渡る。
全身を使って力いっぱいもがき、短い手足を必死に動かして何とか今の状況から逃れようとする。
タブンネと言えど、やはりポケモン。本気で暴れられたらかなり面倒だ。おとなしくしてくれるなら楽だったんだが。

「わかってんのか? 歯はもう残ってないんだぞ?」
「フィヒッ……」

俺の言葉にタブンネの動きが止まる。どうやら脅しが効いたようだ。
今まではタブンネが抵抗するたびに歯を1本1本奪ってきた。
金槌で力まかせにたたき折る。ペンチでねじるように引き抜く。ナイフで歯茎を切り裂いて根元からはずす。
やすりでゴリゴリと削っていったときは、こちらが耳を塞ぎたくなるような悲痛な叫び声を上げた。

歯がすべてなくなっている以上、つぎは耳か尻尾、もしくは触覚を奪わなければならない。
しかし、俺としては大好きなタブンネの体を必要以上に傷つけたくはないのだ。
歯を奪ったのだって、タブンネが抵抗するからしかたなくやっただけだ。
そもそも俺の目的はタブンネを痛めつけることではない。

「肉球だけでいいんだよ。そしたら何も痛いことはしないから。だから大人しくしててくれよ。な?」
「フィッ……ヒィ。フィィィ……」

俺の言葉にタブンネが暴れるのをやめる。
目をギュッと閉じ、小さな指を必死に握り込んで痛みに耐えている。よし、いい子だ。
タブンネが抵抗するつもりがないのを確認し、果物ナイフを握り直す。

果物ナイフをいっそう深く突き刺し、切っ先を中心にして、円を描くようにして傷口を広げていく。
ナイフを引き抜いて、ハート形のラインに沿ってナイフを動かし、肉球のふちに赤い溝をつくる。
できた赤い淵に指を強引に突っ込み、無理やり引っ張るとプチリプチリと音を立てながら、裂け目が徐々に大きくなっていく。
新しい傷が増えるたびに、タブンネの体がぶるっと震え、それに合わせて「フィッ、フィッ」という鳴き声が上がる。

これが俺の目的。タブンネの肉球を傷つけることだ。
俺はタブンネの肉球を見ると、それを滅茶苦茶にしてやりたいという衝動に襲われてしまうのだ。
普段は極力見ないようにしているのだが、今日のように偶然視界に入ってしまうこともある。
そんなときはこうやって、タブンネの肉球を存分に傷つけることにしているのだ。

我慢すればいいじゃないかと思う人もいるかもしれない。
しかし、あまりにも我慢してしまった結果、前に飼っていたタブンネを死ぬまで殴り続けたことがある。
俺はタブンネの肉球をどうこうしたいだけで、別にタブンネをどうにかするつもりはないのだ。
なので、衝動に襲われた場合は、我慢することなくタブンネの肉球を傷つけることにしているのだ。死体を埋めるも面倒だし。

さて、タブンネの肉球を抉りつづけること数十分。
あれほどにかわいらしかったハートはグチャグチャになり、タブンネの足の裏は真っ赤な血に染まっている。
あまりの痛みにタブンネが漏らした尿が、タブンネの体の下のタオルマットを濡らしている。
タブンネの血で血まみれになっているのだ。どうせ処分するのだからいくら汚してもかまわない。

「ごめんなタブンネ。」
「フフィッ……フフィッ……」

謝りながらタブンネの足の裏に「すごい傷薬」を塗り、その上から包帯を巻いてやる。
タブンネは再生力という特性を持っている。こうすることで、グチャグチャになった肉球も一晩で元通りになるのだ。

青色吐息のタブンネを寝床にしている毛布まで引きずっていく。
自力では動けないタブンネの体を、毛布で優しく丁寧にくるむ。
頭を優しくなでてやると、弱々しい笑顔で「フィ……」と返してきた。
うむ、嫌われてはいないな。おやすみタブンネ。









「じゃあ言ってくるよ、タブンネ」
「フィッフィッ♪」

朝になり、仕事に出ていく俺を、笑顔のタブンネが手を振りながら見送ってくれる。
昨日ズタズタにされた肉球はすっかり回復したようで、玄関まで歩いて見送りに来てくれた。
あれだけのことをされても俺のことを嫌わないのだから、本当に人間……いや、ポケモンができている。

「……タブンネ、ちょっといいか?」
「ヒュヒィ?」

タブンネを座らせて、包帯ごしに足の裏の肉球を触る。
タブンネの体がビクッと竦み、不安そうな表情を浮かべるが、俺が肉球を触っているだけだとわかると途端に笑顔になる。
楽しそうに「フィフィ♪」と歌うような鳴き声まで上げている。

タブンネの肉球の感触を楽しんで、今度こそ家を出る。これ以上触っていたら遅刻してしまう。
タブンネが手を振る様子を見ながら、俺も手を振りながらドアを閉めて鍵をかけて仕事に急ぐ。
道すがら、さっきまでのタブンネの肉球の様子を思い出す。
肉球はプニプニとした感触で、痛みもないようだった。完全に回復したのだろう。

昨日の夜の謝罪の意味も込めて、またオボンの実を買ってやるか。
そう考えながら、俺は急いで仕事に向かった。

(おしまい)
最終更新:2014年06月24日 20:59