焚き火

庭に落ち葉がだいぶ溜まってきた。箒で掃き集めてみると結構な量になる。
ゴミの日に出せば簡単なのだろうが、灯油缶に入れて焚き火にすることにした。
冬の天気のいい日に、落ち葉で焚き火をするのも風情があっていいものだ。
焼き芋でも焼きたいところだが、今日は代わりの物を用意してある。
3日ほど前に拾ってきたベビンネだ。

物置からベビンネの入ったケージを引っ張り出してくる。
「チィ…」「チィチィ…」「キュゥ…」
3匹のベビンネはぐったり横たわって、弱々しく鳴いていた。
それはそうだ、拾ってきてから水一滴すら与えていないのだから。
寒さと飢えでそろそろ限界だろう。

灯油缶ではパチパチと音を立てて、落ち葉が炎を上げている。
俺が手をかざして温まっていると、ベビンネ達がよろよろとケージの柵にすがりついてきた。
「チィ…チィ…」
僕達もあったかくさせて、とでも言いたさそうだ。
では、お望み通り暖かくしてあげよう。かなりホットにね。

1匹のベビンネを掴み出した。仮にこいつをAと呼ぶことにする。残った2匹はBとCだ。
「チィッ!?」
用意しておいた長い竹串を手に取り、Aの尻尾あたりから一気に突き刺す。
「チギャァァーーー!!」
頭から竹串が飛び出したAは手足をばたつかせて、苦しげにもがいている。
BとCは恐怖で腰を抜かしてしまったようだ。
俺はそのまま竹串を焚き火にかざした。

「ヂギャァァァァ!!」
ふわふわした尻尾がたちまち燃え尽き、全身に火の回ったAは悶絶する。
だがその体から次第に香ばしい匂いが漂い始めた。
「ヂィッ!!ヂィィーーー!!」
Aが苦しむほどミィアドレナリンが分泌され、その肉は美味なものとなる。
俺は丹念に、裏も表もじっくりと火を通す。
肉汁が滴り始めた頃には、さすがにAは絶命していた。
「チィィ……チィィ……」
おそらく兄弟であろうAが火炙りにされる様を、BとCは抱き合って涙を流しながら見つめていた。
ギュルル…グゥゥ……
そして、その2匹の腹が鳴る音を、俺は聞き逃がしはしなかった。

Aはこんがりと焼き上がっている。俺は一番上等な腹の肉の部分、ハラミにかぶりついた。
実に美味い。噛めば噛むほど味が染み出てくるようだ。
グルルゥ……
また2匹の腹が鳴った。口からは涎も垂れている。
兄弟の仇である俺を悔しげに睨んでいるが、肉の匂いや、美味そうに食べる俺の姿に、
本能が抗えずにアラームを鳴らしているというわけだ。

俺はAの両足をもいだ。その肉汁が滴る2本のモモ肉を、ケージの中に放り入れる。
「食えよ、美味いぞ」
「チィィ…!」
BとCは唾を飲み込んだ。しかしその表情は複雑だ。
いくら空腹と言っても、兄弟の肉を食ってよいものか迷っているのだろう。
「チ…」「チ、チィ!」
ふらふらとモモ肉に手を伸ばそうとするBを、Cを引き留めようとする。
だがBはそれを振り切り、肉に齧りついた。
「チィ!……チィ!……チィィ!」
Bは泣きながらモモ肉を貪り食っている。数日ぶりに食事にありつけたうれしさと、
飢えに負けて兄弟を食っている自分の情けなさがごっちゃになっているのが、ありありと見て取れる。
「チ…チィッ!」
Cももはや抗し得なかった。もう1本のモモ肉を手に取って猛然と食べ始める。
いい食いっぷりだ。俺はAの両腕ももいで、2匹に与えた。
もうBもCもためらう事なく、腕肉に食らいついた。肉親の情愛も食欲には勝てなかったのだ。
俺もその様子を眺めながら、Aの肉をあらかた平らげる。

「チィップ…」
ゲップをして2匹はころんと転がった。しかし満腹になったはずなのにその表情は晴れない。
やはり生きるためとはいえ、兄弟を食った罪悪感は振り切れないと見える。
さて、その罪悪感はいかほどのものか。

「さあ、満腹になったらごちそうさまって言いな、こいつにな」
俺の声で、寝転がったままのBとCはこっちを向いた。そしてぎょっとなる。
ケージの外には、俺が食べ残したAの首が転がっており、2匹を見つめていた。
口は叫び声を上げた状態の開いたままで、青かった瞳は黒くくすんで、虚空を睨んでいる。
2匹にとって、それは絶大な効果があった。
「チボッ!!「チゲェェーー!!」
BもCも激しく嘔吐した。さっき食べたものはほとんど吐き出してしまったようである。
そしてあらかた吐き終わると、顔を覆って「チィチィ…」と泣き出してしまった。
空腹は一時的に満たされたが、罪悪感を刺激されたことで結局プラスマイナスゼロになってしまったわけだ。

俺はAの生首と、食べかすの骨等を焚き火にくべた。
弱まっていた火の勢いが、脂分を投入されたことで再びぱっと燃え上がる。
ベビンネのリアクションも楽しめたし、腹も一杯になって満足だ。
あとはケージの吐瀉物を軽く洗って、再び物置にぶち込んでおこう。
3日後、またこいつらが飢えの絶頂に達した頃に出して、同じように1匹焼こう。
残った1匹がどういう反応をするか、今から楽しみだ。


(終わり)
最終更新:2014年06月29日 13:41