「タブンネ、みんなに『いやしのはどう』だ」
「ミッミッ♪」
バトルを終えて傷ついたポケモンたち。
トレーナーからの指示を受けたタブンネが彼らに両手をかざすと、その傷がみるみる治療されていきます。
タブンネに治療してもらって元気になったポケモンたちはタブンネにお礼を言うと、トレーナーのもとに向かいます。
「みんな、今日はよくがんばってくれたね。今日はちょっと奮発してオボンの実を2個あげるよ」
普段は1日1個しかもらえないオボンの実。
それが今日は2個もらえることになり、ポケモンたちは笑顔になります。
オボンの実をもらっているポケモンたちの後ろでタブンネはポテッとすわっています。
自分がもらえる順番まで大人しく待っているのです。えらいですね。
トレーナーがオボンの実をポケモンたちに与え終わると、タブンネは笑顔で立ち上がります。
オボンの実はタブンネの大好物です。それが今日は2個ももらえるのですから笑顔になるのも当然のことでしょう。
トレーナーのところにやってきたタブンネはオボンの実をもらうために「ミィ♪」と手を差し出します。
「……ミィ?」
しかし、いつまで待っていてもトレーナーがタブンネにオボンの実をくれる気配はありません。
不思議に思ったタブンネはトレーナーの服を持つと、オボンの実を食べているポケモンたちと自分とを交互に指さします。
「あれは、バトルでがんばったみんなへのご褒美なの。タブンネはバトルに参加してないでしょ。
だから、タブンネにはオボンの実はなし。いつものカリカリで我慢しなさい」
トレーナーの言葉に、タブンネは反論しようとしましたがすぐにあきらめます。
タブンネは痛いのは嫌いです。
これまで生きてきた中で痛い思いをしたのは、このトレーナーに捕まえられたときくらいでした。
そのときの痛みは、一番嫌な思い出としてタブンネの中に残っています。
そして、バトルはそれ以上に痛い思いをするのです。
1日に何度も。それを毎日のように。
タブンネが治療したポケモンたちはたくさん傷ついていました。それだけ大変なバトルだったのでしょう。
そんなポケモンたちへのご褒美だと言われたら、安全な家の中にいるタブンネには何も言えません。
がっくりとうなだれるタブンネ。それにあわせて耳と尻尾もだらんと垂れ下がります。
しかし、タブンネは顔を上げるとトレーナーに向かって「ミッ、ミィッ!」と力強く鳴き声を上げます。
自分もバトルに参加したい。自分もオボンの実が食べたい。
タブンネの鳴き声にトレーナーとポケモンたちの動きが止まります。
やがて、ポケモンたちが「危ないよ」「やめた方がいいよ」「とっても痛いんだよ」とタブンネに優しく言います。
バトルのために鍛えられた自分たちとはちがって、タブンネは何の訓練も受けていないのです。
ポケモンたちにとってはタブンネだって大事な家族なのですから、無茶なことはしないでほしいのです。
それでもタブンネの決意は変わりません。
トレーナーの目をじっと見つめて、自分の意志が固いことを伝えます。
「……わかったよ。タブンネもバトルするんだね」
トレーナーはため息をつくと、渋々といった様子でタブンネをモンスターボールに入れます。
バトルをするにも、レベル上げて、バトル用の技をおぼえさせる必要があります。
トレーナーは何匹かのポケモンたちをボールに入れて、外に出ていきました。
「さあ、タブンネ。今日がタブンネのデビュー戦だよ」
トレーナーがタブンネに声をかけますが、タブンネから返事はありません。
沈んだ表情をしているタブンネは落ち込んでいます。
あのあと、ほかのポケモンたちと外に連れ出されたタブンネはバトルシャトーというところに連れていかれました。
そこでレベルが大きく上がったのですが、そこはタブンネにとって精神的に傷つく場所でもありました。
トレーナーは「振袖ちゃん、マジ経験値」と言いながらポケモンたちに指示を出しました。
指示を出されたポケモンたちは次々と相手のポケモンを倒していきました。
相手の手持ちポケモンである「タブンネ」を。
タブンネたちが殴られ、斬られ、焼かれて。次々と倒れていく光景に、タブンネは自分の姿を重ねてしまいました。
自分もバトルに参加したらあんなふうにやられてしまうのだろうか。
バトルへの恐怖に震えるタブンネでしたが後戻りはできません。だって、自分から言い出したことなのですから。
タブンネの元気がないことに気付いたトレーナーがタブンネに近づきます。
そして、タブンネにあるものを着せました。
「ミィ?」
「ほら、タブンネ。タブンネのチョッキ模様に合うようと思って選んだよ」
タブンネの模様に合わせた。その言葉を聞いて、タブンネは笑顔になりました。
自分のことを考えてアイテムを選んでくれたトレーナーのためにも絶対がんばろう。
着せてもらった『とつげきチョッキ』を見て、タブンネの中にどんどんやる気がわいてきました。
「さあ、タブンネ。みんなのために『ひかりのかべ』『リフレクター』それと『でんじは』をちゃんと使うんだよ」
「ミィィッ!」
「それじゃあ反省会……は必要ないね。ねえ、タブンネ?」
バトルを終えて帰宅後、トレーナーがタブンネに声をかけます。
部屋の隅で頭を抱えてガタガタと震えるタブンネ。その体は傷だらけでボロボロです。
トレーナーはポケモンたちにオボンの実をあげていきます。
自分は絶対にもらえないだろうとうなだれるタブンネのもとにトレーナーが近づいてきました。
もしかしたら自分もオボンの実をもらえるのだろうかと、タブンネはわずかに期待して顔を上げます。
「あげるわけないでしょ。タブンネがちゃんとやってくれないから負けたんだよ。わかってるの?」
「ミィ……」
トレーナーから突き付けられた言葉にタブンネはがっくりと落ち込みます。
でんじはで相手を麻痺させて、壁を貼って後続のポケモンをサポートする。
それがタブンネに与えられた役割でした。
タブンネは与えられた役割を果たそうとしました。
しかし、『でんじは』も『リフレクター』も『ひかりのかべ』もうまく出すことができませんでした。
そして、ほかのポケモンたちに負担がかかり、今日のバトルは散々な結果に終わってしまいました。
「ねえ、タブンネ。またバトルに参加したい?」
トレーナーに聞かれて、タブンネは「ミィ……」と力なく首を横に振ります。
たくさん怖い思いをして、痛いこともされて、さらに自分だけオボンの実をもらえない。
どうせもらえないなら、怖くも痛くもない今までの生活のほうが何倍もいいに決まっています。
タブンネの気持ちを確認すると、トレーナーは満足そうにうなずいて立ち上がります。
そのままタブンネのことを気に掛けることもなく部屋を出ていきました。
部屋を出てからトレーナーはつぶやきます。
「これでもうバトルに出たいなんて言わないだろうね。よかったよかった。
あれでもタブンネはレアポケだからね。大ケガでもして死んじゃったらもったいない」
『とつげきチョッキ』を着たポケモンは攻撃技しか出せない。
そのことを知ったうえで、このトレーナーは補助技主体のタブンネをバトルに出しました。
タブンネがバトルしたいと言うことがないように。
カロス地方では、野生のタブンネを捕まえる機会がなかなかありません。
そんな貴重なポケモンが死なないようにと、タブンネを戦わせないようにしていたのです。
このトレーナーは、本当はタブンネのことをすごく大事に思っているのでしょう。
「やっぱ、タブンネがショック受けてる姿はいいね。次はどうやっていじめようかな?」
…………たぶんね。
(おしまい)
最終更新:2014年06月29日 14:05