「さあ、タブンネ。お兄さんがたっぷり遊んでくれるからね」
「ミィィッ! ミヤァッ!」
金網でできた檻のなかには1匹のタブンネ。僕の飼っているタブンネだ。
涙を流しながら、金網越しの僕に向かって必死になって手を伸ばしている。
そのタブンネの背後には1人の青年。今回のお客さんだ。
どこか思いつめた表情で、いくつものモンスターボールが入った袋を手に提げている。
「ごめんなぁ。タブンネちゃんには何の恨みもないんだけど……」
青年はそう言うと、袋からモンスターボールを取り出して大きく振りかぶる。
タブンネはイヤイヤと首を振りながら青年を見て、金網の隙間から、ここから出してという視線を僕に送ってくる。
おびえた様子のタブンネを見ながら僕は大きな声で宣言する。
「それじゃあ、15分コース開始です! 毎日のストレスをここで発散しましょう!」
「ミィィッ! ミミッ……ミッキャア!? ミッヒィ!? ミィヤァッ!?」
僕の宣言と同時に、青年はタブンネに向かってモンスターボールを力いっぱい投げつけはじめる。
ボールが次々とタブンネに当たり、そのたびにタブンネが悲鳴をあげながら必死に逃げ回る。
しかし、そこは金網の中。タブンネがどれだけ逃げ回ったところで安全な場所はない。
大切な耳や触覚を守るためか、タブンネは頭を両手で抱えながら金網の中を逃げ回る。
そんなタブンネに向かって、青年は「馬鹿にすんな!」「何様のつもりだ!」と言いながら次々とモンスターボールをぶつけていく。
よろけて、こけて、ときには金網にぶつかりながらもタブンネはヨタヨタと逃げ回る。
ん? ポケモンであるタブンネにモンスターボールをぶつけてなぜ捕まらないのかって?
それは、あのタブンネが僕の捕まえたタブンネだからだ。
人に所有権があるポケモンはたとえマスターボールであっても捕まえられない。
そういうわけで、タブンネは延々とモンスターボールをぶつけられ続けるはめになっているわけだ。
ジリリリリリリリ!
そんなこんなしている間にタイマーが鳴り、10分が経過したことを告げる。
青年はタブンネにボールを投げるのをやめると、「フゥ」と息を吐く。
その顔はとても晴れやかなもので、10分前とは別人のようだ。
「いやーありがとう。おかげでスッキリしたわ。タブンネちゃんも痛かったろう? ごめんなー」
青年はそう言ってタブンネの頭をなでると、金網の檻から出てきて僕のところにやってくる。
ポケットから財布を取り出し、そこから紙幣を出して僕に手渡してくる。……まいどあり。
このときタブンネは、金網の中に散らばっているモンスターボールを拾い集めて袋の中に入れている。
次のお客さんが待っているのだから、さっさと終わらせてほしいものだ。
タブンネがモンスターボールをすべて集め終わったのを確認すると、僕はタブンネをボールの中に収納する。
僕のタブンネの特性は『さいせいりょく』だから、ボールをぶつけられたぐらいのダメージならこれで回復する。
次のお客さんにボールの入った袋を持たせて金網の中に入ってもらう。
タブンネをボールから出すと金網の中に蹴り込んで、すぐに入り口を閉めて鍵をかける。
「お客さんは10分コースですね。それじゃあ、日頃のストレスをタブンネにぶつけちゃいましょう!」
金網の中では逃げ回るタブンネと、そのタブンネにボールをぶつけるお客さん。
そして時間が来れば、ボロボロになったタブンネとスッキリした顔のお客さん。
これは僕がやっている小遣い稼ぎだ。
毎日の生活の中のストレスをタブンネにぶつけて発散する。
ストレスをぶつける相手としては、表情が豊かなタブンネは非常に効果的らしく評判がいい。
もちろん、タブンネを殴るなどの直接的な暴力行為は厳禁だ。
ストレスを発散してもらうのが目的であり、タブンネを傷つけるのは別の話。
そういう目的のお客さんには、虐待愛好会の場所を教えてそちらに行ってもらうようにしている。
「タブンネ、よくがんばったね」
「ミィ♪」
タブンネといっしょに家に帰る。
もともとモンスターボールをぶつけられたダメージなど大したことはないのだろう。
タブンネは笑顔を浮かべ、僕の歩く速さにトテトテとついてくる。
「タブンネが頑張ってくれたおかげでけっこう稼げたよ。何かおいしいものでも食べて帰ろうね」
「ミッミィ♪」
小遣い稼ぎとしてはなかなかの金額を稼ぐことができた。
その功労者であるタブンネをねぎらってあげるのは、飼い主として当然のことだろう。
どこかいい店は……ああ、あそこがいいな。
今日のおすすめメニューにはタブンネもきっとビックリしてくれることだろう。
タブンネを連れて店に入る。
店員さんは少し驚いたようだが、すぐに笑顔をつくって僕とタブンネを席に案内してくれる。
僕がおすすめメニューを注文すると、店員さんは怪訝そうな顔をしながらも注文を受け付けてくれた。
タブンネは、早くおいしいものが食べたいなと、ワクワクした様子で料理が来るのを待っている。
しばらくして料理が運ばれてきた。
テーブルの上に置かれた料理を見てタブンネは目を丸くしている。
僕の予想通り、ビックリしてくれたようだ。
僕が入った店。それは……
<タブンネ専門料理店>『ミィゼリア』
<本日のおすすめメニュー>『子タブンネの活造り 孵化直後のベビンネを添えて』
「ミィヤァァァァァァァァァ!?」
最終更新:2014年06月29日 14:07