今の世の中

「ミッ、ミッ、ミッ!」
森の中を1匹のメスタブンネが息を弾ませながら走っていました。そのタブンネの腕にはしっかりと、恐らく生まれて間もないであろうベビンネが抱かれています。
タブンネは今、逃げているのです。自分達の後を追ってくる黒い影から…
「チィチィ…」
触覚で母親の気持ちを悟ったベビンネは、不安そうに鳴いています。その声を聴いて、タブンネも必死に走ります。
しかしどんなに必死になって走ったところで、タブンネの短い足では到底逃げ切れるはずもなく、とうとう追いつかれてしまいました。
「ミ…ミィ……」
「グルル…」
タブンネを追っていた黒い影の正体…それはグラエナでした。
タブンネは、凶暴な肉食ポケモンを前に、ぶるぶると震えています。それでも、この子だけでも絶対に守るんだ!とばかりに恐怖に鳴いているベビンネを抱く腕にギュッと力を込めます。
そんなタブンネの様子を嘲笑うかのように、グラエナは少しずつタブンネ母子へと足を進めていきます。
「ミィィ…ミィミィ」
「ガーーッ!!」
生まれたばかりの子供がいるの、見逃して!とお願いするタブンネ、しかしそんなタブンネに容赦なくグラエナは飛びかかります。
「ミィイ!!」
それを間一髪で避けたタブンネ、ですがグラエナの鋭い爪が頬をかすめました。
頬を押さえ、そこから流れ出る真っ赤な血にタブンネは戦慄しました。グラエナは自分の爪についた血をペロリと舐め、再び飛びかかる姿勢に入ります。
「ウガーーッ!!」
「ミヒィ!」 ドテッ
慌てたタブンネは、石に躓いてしまいました。
幸いにもそれによって体制が低くなり、またもギリギリグラエナの攻撃を避けることができました。しかしタブンネに起き上がっている暇はありません、すぐに次の攻撃が来るだろう。そう予期したタブンネはベビンネを下にして、庇うようにキュッと体を丸めました。
「…ミィ?」
ですがいつまで経っても、グラエナから次の攻撃を浴びせられることはありませんでした。
不思議に思ったタブンネは、恐る恐るつぶっていた目を開けてみます。そこにはグラエナの姿はありません。
「ミ…ミィ?」
今度は、顔を上げて周りを見回してみました。

「ガウ…グルル…」 バタバタ
何と、グラエナは飛びかかった勢いでアリアドスの巣に引っ掛かってしまっていたのです。グラエナは必死になって暴れていますが、粘着性の強い糸には全くなす術もなく、かえって暴れることで糸が体に絡み付いていきます。
…今なら逃げられる…そう思ったタブンネは、ベビンネを抱いて立ち上がり、グラエナに背を向けてポテポテと走り出しました。

「グルル…ガウ…ガウ!」
しかしタブンネの足は、そのグラエナの苦しそうな鳴き声を聴いてピタリと止まります。
振り向いてみると、巣の主であるアリアドスがグラエナを糸でぐるぐる巻きにしていました。グラエナは苦しそうに唸っています。
その光景を見て優しいタブンネの心は揺れました。
このままじゃ、グラエナさんはアリアドスさんに…でも、グラエナさんは私達のことを襲ってきた相手…
でも…グラエナさん、とっても苦しそうにしててかわいそう…どうすればいいの?
こうしている間にも、アリアドスは拘束を終え、食事に入ろうとしています。グラエナはもがくことしか出来ない状態です。

「ミ、ミィィーーー!!」

アリアドスが動けないグラエナに食らいつこうとしたその時、タブンネがタックルをしてアリアドスを突き飛ばしました!
そして、グラエナを拘束している糸を引き千切り始めます。タブンネはどうやらグラエナを助けてあげることにしたようです。
タブンネのその行為に一番驚いていたのがグラエナでした。何故自分のことを助けるのか?俺はコイツのことを食べようとしたのに…
そんなような目で、必死に自分に巻きついている糸を千切っているタブンネのことを見ています。
程なくして、グラエナはアリアドスの巣から脱出することが出来ました。
何故だ?開口一番にグラエナはタブンネに訊きました。
…タブンネ、困ってる人見ると助けずにはいられないから…そうタブンネは答えました。

その時、突然タブンネの腕に糸が巻きつきました。先程のアリアドスが戻ってきたのです。
「ミ!?ミィミィ!」
アリアドスはどんどんタブンネに糸を巻きつけていきます。その早さについていけず、すぐにタブンネは拘束されてしまいました。
「ミィィ!?ミィミィミッ!!」
糸でぐるぐる巻きにされ、芋虫のようになったタブンネ。


その様子を見て、グラエナはケラケラと笑い出しました。
「ミィ!?ミィィ!」
「チュピィィィィ!!」
状況の理解できないタブンネ。今度はそんなタブンネに見せ付けるようにして、グラエナは傍らでピィピィ泣いているベビンネをグチャリと噛み砕きました。

「ンミィィィィィィィィイイ!!」

タブンネは悲鳴を上げます。
どうして?助けてあげたのに何で!?そうタブンネはグラエナに訴えます。

すると、タブンネの目の前でグラエナの姿がぐにゃりと歪み、ゾロアへと姿を変えました。
「ミィ!?」
何とグラエナの正体はゾロアだったのです!
タブンネはさらに訳がわからなくなります。しかし、そこで何者かの爪がタブンネの首筋を切り付けました。
「ミグァ……」

薄れゆく意識の中、タブンネが最後に見たものは、先程までアリアドスが居た場所にもう1匹のゾロアが居て、グラエナに化けていたゾロアに対して「この名役者めw」と小突いている姿でした。

最終更新:2014年06月29日 14:10