「チィィィィ!」「チュピィー!」
ベビンネの悲鳴が上がると、観客がどっと沸きます。
この神社では毎年こどもの日恒例の「泣かせ相撲」がおこなわれているのです。
赤ちゃん同士をにらめっこさせて、先に泣いた方が負けという「泣き相撲」は、
全国各地に古くから伝わっている行事ですが、この神社は一風変わっています。
赤ちゃんの取り組みの相手はベビンネなのです。
「チィチィ…」
縄で縛られて怯えた表情のベビンネがちょこんと座らされます。
その向かいに、親方役の人に抱っこされてやってきた赤ちゃんが座ります。
「はっけよい、のこった!」
行司が軍配を返すと、親方が赤ちゃんの手を動かしたりしてけしかけ、
ベビンネを触らせようとさせます。
ほとんどの赤ちゃんは初めて見るポケモンに興味津々で、
ベビンネの耳や触角をつかんで引っ張ります。
「チヒィーー!」
泣き声を上げさせれば赤ちゃんの勝ち。家族や観客は歓声を上げるのでした。
次の赤ちゃんはなかなかきかん坊のようですね。触角をぐいぐい引っ張っています。
「チビャァァァ!」
たまらず泣き喚くベビンネに、行事も軍配を上げて赤ちゃんの勝ちを告げますが、
この子はそれでも物足りないらしく、目に指を突っ込もうとしています。
「チギィーーッ!!」
親方がようやく引き離しました。きゃっきゃと笑う赤ちゃんに、観客もうれしそうに笑っています。
「だぁ…やぁ……」
おやおや、その次の赤ちゃんは人見知りの激しい子のようです。
親方にしがみついたまま、ベビンネに触ろうとしません。
「のこった、のこった!」「ほうれ、ほれほれ」
行司と親方がなんとか取り組ませようとしますが、こういう内気な子は嫌がるばかりです。
「この勝負、引き分け」
一定時間経ってもベビンネを泣かせられない場合は引き分けとなります。
ただし行司が、懐から木槌を出してベビンネの頭を殴りつけました。
「ピビャアアアーーーー!」
頭にたんこぶができてベビンネは泣き出します。これで一応赤ちゃんの顔も立つのでした。
しかし中には怖がりの子もいます。ピンク色の見知らぬ生物が怖かったのでしょう。
「うぅ…うぇ……ああーーん!!」
大泣きしてしまいました。さすがにこの場合は赤ちゃんの負けとなります。
「チィ…」
他の仲間たちが酷い目に遭わされるのを見てきたベビンネは、泣かされずに済んでほっと息をつきました。
ところが次の取り組みのベビンネと入れ替わりに、係りの人はそのベビンネを縛った縄を掴み、
最初にいた控室ではなく、境内の方へ連れてゆきます。
境内には古いお札やお守りを燃やす、どんど焼きの火が焚かれています。
係りの人はその燃え盛る炎の中にベビンネを放り入れました。
「チギャァーーーッ!!」
もがき苦しむも荒縄で縛られていては如何ともしがたく、火だるまになったベビンネは動かなくなりました。
これは、赤ちゃんを泣かせるベビンネには鬼が憑いているとされ、邪気除けとして、
炎で焼き清めることによって赤ちゃんの厄を払うという意味合いがあるのです。
こうしてベビンネの悲鳴と絶叫と引き換えに、赤ちゃんたちはすくすくと育ってゆくのでした。
(終わり)
最終更新:2014年06月29日 14:11