恐怖のお留守番

「じゃあ行ってくるよタブンネ」
「ミッ!!」
玄関のドアを開けようとしたご主人にタブンネはひしと抱きついて離そうとしない。
彼の腹部に顔を埋め、服の裾をその短い手でキュッと掴んで縋りつく。
大好きな主人と離れたくないのだろう。
「ごめん、でも今日から大事な遠征なんだ」
このタブンネの主人はイッシュでも有数の腕利きトレーナーだ。
カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ……
あらゆる地方から大会出場のオファーを受けており、家にいないことも少なくない。
その間バトルメンバーではないタブンネは家で留守番をすることになるのだが、
それが嫌なのか更に強く抱きつきイヤイヤと首を振る。
「いい加減にしろよ!タブンネ最近ワガママだぞ!」
いつまでも離そうとしないタブンネに業を煮やした主人は声を荒げる。
するとタブンネはビクリと驚き、身体を離す。
暫く主人を見つめ目を見開いていたが、やがてうるうると目に涙が浮かんできた。
主人は俯き泣くタブンネの頭と同じ位置に目線を合わせ、優しく撫でてやる。
「一週間したら戻るから、それまで預かり屋さんの言うことを聞いていい子にしてるんだぞ。な?」
「ミィ…」
優しく撫でてくれた主人を見上げ、精一杯の笑顔で答えるタブンネ。
遠ざかっていく主人の姿が見えなくなるまで、タブンネは手を振り続けていた。

主人の姿が見えなくなると、タブンネは足早に部屋に引っ込んでいった。
何やら慌てた様子で右往左往している。
その表情は青ざめ、まるで何かに怯えているようだ。
ガチャリ
玄関の方から聞こえたドアを開ける音に、タブンネの身体は大きく震えた。
そして、慌てて手近のベッドの陰に隠れる。
「預かり屋でぇーす。来たよー、タブンネちゃーん」
その声を聞かないように、タブンネは耳を塞ぎ、縮こまっている。
しかし聴力に優れる上、ここは一軒家。
否が応でも耳に入ってくる。
徐々に大きくなってくる声と足音にタブンネの身体はガタガタと震える。
「早くでておいでよー!お兄さん困っちゃうよー」
タブンネは、ただただ見つからないことを祈る。
しかし留守の間ポケモンの世話を任される預かり屋。
家内の構造を知らぬ筈がない。
まして留守にしがちな主人の担当なら尚更だ。
更にタブンネは自らの尻と尻尾が、ベッドからはみ出ていることに気付いていなかった。
「みぃーつけた」
真後ろからの声にビクンと飛び上がるタブンネ。
振り返った先には嫌らしい笑みを浮かべる預かり屋の男。
「尻尾がベッドからはみ出てたからすぐ見つかったよぉ。頭隠して尻隠さず。本
当タブンネちゃんはお馬鹿さんだね」
そう言って預かり屋は笑うが、タブンネの表情は真っ青。
歯をガチガチ鳴らし、震えながら後ずさる。
預かり屋は、そんなタブンネの頬目掛け拳を繰り出した。
「ミギュ!?」
タブンネの悲鳴と拳のぶつかる鈍い音が室内に響く。
痛みに涙ぐむタブンネを見て男は息を荒げ笑っていたが、その表情は突然凶悪なものへと変わる。
「んの糞豚がぁ!!てめぇの主人がいない間は俺がてめぇの主様なんだよ!家畜が主に挨拶もなしに隠れてんじゃねぇぞオラァ!」
突き出された爪先がタブンネの柔らかな腹にめり込み、その身体を吹き飛ばす。
壁に激突して止まったタブンネは苦しそうにえづき、朝食の木の実を嘔吐した。

「汚ねぇな。ほら、舐めて綺麗にしろよ」
預かり屋の理不尽とも言える命令に、タブンネは弱々しくも首を横に振る。
瞬間、預かり屋の足がタブンネの後頭部に落ちた。
踏みつけられる形で顔面から吐瀉物に突っ込んだタブンネは、自分のものながら
その臭いに咳き込み、更に胃の中身を吐き出した。
逃げようにも預かり屋の足がぎりぎりと食い込み、それを許さない。
「早く舐めろってんだよ!このまま頭かち割られてぇのか!?」
男の恫喝にタブンネは恐怖し、泣きながら舌で汚物を舐め始めた。

主人が留守の一週間、タブンネはこの預かり屋に徹底的に痛めつけられる。
先程の汚物掃除の他、食事は残飯や腐った木の実。
普段使う毛布入りバスケットの寝床は没収され、剣山のベッドでの就寝を強要。
無論少しでも預かり屋の機嫌を損ねようものなら、全身が腫れ上がる程に暴行を加えられる。
正に地獄の如き苦しみ。
しかし主人が帰ってくる日には預かり屋のポケモンによる癒やしの波動で傷を治され、証拠を消される。
更にこの預かり屋、表向きは非常に優秀な好青年で通っており、タブンネの主人
とも関係はとても良好だった。
その為決して留守中の虐待がバレることはなく、主人のいない間タブンネは絶望とも言える日々を過ごす。
勿論タブンネも主人に助けを求めようと思った。
しかし、預かり屋はタブンネに「お前が俺のことをバラしたら、俺はお前の主人を殺す。主人、お前を恨むだろうなぁ?」と告げた。
無論大部分はハッタリだが、良く言えば純真、悪く言えば馬鹿なタブンネはすっかり信じ込んでしまい、先程のように出掛けていく主人に縋りつくくらいしか出来ずにいた。

一週間後、預かり屋から解放され、帰ってきた主人にタブンネは抱きつき目一杯甘えた。
主人もそんなタブンネに応え、土産の木の実でシチューを作ってやると、タブンネは心底嬉しそうにシチューを食べた。
その夕食の席で主はタブンネに告げる。
「ごめんタブンネ。明日からまたシンオウでリーグがあるんだ。今度は2週間いないけど、預かり屋さんと仲良くね」
タブンネの表情が凍り付く。
またあの日々が始まる。
逃げることは勿論出来る。
けど大好きなご主人とは離れたくない。
その一心でタブンネは再び死ぬほどの苦しみを味わうのだ。
主人と過ごす、かけがえのない時間の為に…
最終更新:2014年07月02日 01:41