タブンネ晒し場

俺はタブンネ晒し場の夜警だ。
タブンネ晒し場とはイッシュ地方の某所にある、悪い子のタブンネを十字の板にはりつけにして一昼夜晒しものにしておく場所のこと。
あまりに言うことを聞かなかったり、盗み食いなどの非行に走ったタブンネを、それぞれの飼主がおしおきとしてはりつける。
飼主にもよるが、主に両耳と尻尾が釘で板に留められる。
釘を打たれる瞬間タブンネは「ミィッ!」と鳴いて痛そうだが、同じようにはりつけになっている他のタブンネがいやしのはどうで傷を治してくれるので、痛みはすぐに消えるらしい。
しかし、釘が抜けるわけではないので、はりつけされたままだ。
「手ぬるいおしおきだ」という意見も聞くが、この処置の後、一ヶ月くらいはタブンネがいい子になるので、けっこう効果はあるのだ。
タブンネにとっては、痛みよりは晒しものになる恥ずかしさがこたえるらしい。
何しろ晒し場は緑豊かな広場なので、昼間は家族連れがピクニックに来たり、小学生が遠足に来たりするし、夕暮れはカップルがデートに訪れる。みんながタブンネを見て笑ったり写真を撮ったりする。
夜は夜で夜行性のポケモンがタブンネを嘴で突つくなどのイタズラをする。
この頃はタブンネの羞恥心を煽っていちだんとおしおきの効果が上がるように、逆さまにはりつけたり、触角で手をバンザイの恰好になるように縛ったり、おなかに落書きをしたりするのが流行っている。

夜警の俺は夜間相棒のヘルガーを連れて晒し場を見回る。
もし虚弱体質のタブンネが弱りすぎていたら十字板から下ろして手当するし、ポケモンや忍び込んだ人間からひどすぎる暴行を受けていたら助けるのだ。
その夜も定時の見回りをしていたのだが、ある場所で「ミィ…」と呼びかけるような鳴き声がした。
足を止めて声の方を照らすと、そこには触角で両足をくくられ、体が丸まった恰好ではりつけにされた小柄なタブンネがいた。
苦しい姿勢なので弱っているのかもしれないと思い、近づいて覗き込むと、そのタブンネは世にも愛らしい純真そのものの目で俺を見上げた。
まるで「何にも悪いことしてないのに、ひどい目に遭ってるの」と訴えているようだった。
俺の胸は不覚にもキュンとした。このタブンネは俺が見たことのあるタブンネの中で最も可愛らしい。
ふと気がつくと、タブンネの尻には「ほしい方は連れて行ってください」と書かれた紙がガムテープで貼られている。
俺はまず足をくくった触角をほどき、タブンネに優しく話しかけた。
「うちに来て一緒に暮らすかい?」
タブンネは目をうるませ、無邪気な笑顔を浮かべてうなずいた。
俺はポケットから釘抜きを出してタブンネに刺さった釘を抜き、ピンク色のやわらかい体をそっと抱きかかえた。
「ウゥゥ…グルルル」ヘルガーが足下で唸った。
「おや、ヘルガーどうしたんだ、やきもちか?バカだな。おまえのことが大好きなのは変わらないよ」
そのタブンネがとんでもないタブンネだと知ったのは、一緒に暮らし始めてしばらくしてからのことだった。

タブンネはとてもきれい好きで、寝床の毛布は自分でまめに干すし、餌皿も毎食後自分で洗った。
「偉いね、タブンネちゃん」俺は目を細める。可愛くてたまらない。
でも、残念なことにまわりにはあまり注意が行き届かなくて、ヘルガーの餌皿をついでに洗ってくれることはなく、自分の寝床のゴミをヘルガーの寝床に捨てたりする。
また、タブンネは美食家で、俺とヘルガーが仕事に行った後、早めに夕食を与えているにもかかわらずオボンの実をあさり、いちばん食べ頃に熟れたおいしい実だけを1人で食べてしまう。
しかたなく、オボンの実は庭の食料庫に隠した。
いちばんの悩みの種はヘルガーとの仲がよくないことだった。普段はお互いに不干渉だからまだいい。
しかし、寒くなり始めた頃、俺がうっかり暖炉に火を入れるのを忘れて食事の支度をしていると、タブンネはヘルガーの首の所をつかんで暖炉の前に連れて行き、頭をゴッゴッと殴った。かえんほうしゃをさせようとしたのだ。
「こら!だめだよ。ヘルガーが痛がってるよ」
ちょっと強く言い、チャッカマンで火をつけるやり方を教えた。

ある朝仕事から帰った俺を出迎えたタブンネは、ヘルガーがうっかり泥のついた足でタブンネの足を踏んだことに血相を変え、「ミィィッ!」と鳴くとヘルガーに手ひどいおうふくビンタをかました。
「ケンカはだめだ!」俺は2匹の間に割って入った。
ヘルガーは身を震わせながら怒りをこらえている。俺はタブンネをソファーにすわらせ説教をした。
「ヘルガーはすごく温厚なんだ。タブンネもまわりの人やポケモンに寛大にならなきゃ…」
急にタブンネがテレビのリモコンを取り上げ、俺に向かって押した。
「?」と黙ると、タブンネは満足そうな顔になり、今度はテレビをつけてのんびりと見始めた。
こいつ、もしかして俺をリモコンでスイッチを入れたり消したりできるロボットみたいな物と思ってるのか?
俺に愛情はなく、住む所と食べ物を与えてくれる便利な寄生相手としか感じてないのか?
こいつは仲間を愛する温かい心を持たない、何かが欠落した異常なタブンネなのか?
ヘルガーを見ると、「その通り」と言うようにウォンと吠えた。

とうとう俺とヘルガーの怒りが爆発する日が来た。
朝方家に戻ると、何と庭の食料庫の扉が壊され、オボンの実を始めおいしい木の実がほとんど食い荒らされていた。食べられていない木の実は床にぶちまけられ、踏みつぶされている。
家に入ると太鼓腹になったタブンネが気持ちよさそうに寝ていた。顔を覗き込むと、口からオボンの実の香りがする。間違いない。こいつのしわざだ。
俺はタブンネの口元をギュッとつかみ、引っぱり起こした。「ミィッ?」いやしい口を両側から引っぱってやる。「ミヒヒィ!?」口の伸びたマヌケ面からマヌケな鳴き声が漏れる。
ヘルガーがタブンネの足に噛みついた。「ミャァァ!」タブンネは俺から身を振りほどき、テーブルの所まで走ると、「ミッ!」と気合いを入れてテレビのリモコンを俺に向かって押した。バカめ。
俺はそのリモコンを叩き落とし、タブンネを四、五発殴った。「ミィ!ミィ!ミィ!ミィ!」
床に伏せたタブンネの両耳を両足で踏み、ヘルガーに「やれ」と指示する。ヘルガーはタブンネの尻をガブガブと噛み始めた。「ミィン!ミィン!ミィン!ミィン!」
こいつの性格は最悪だが、顔と鳴き声だけはものすごく可愛い。

晒し場の十字板にタブンネの耳を釘づけにする。
「ミィミィ!ミィミィ!」タブンネは涙を浮かべ、必死で「やめて。許して」と媚び鳴きをする。
「うるさい!」と一喝し金槌で頭をゴン!と叩いてやる。「ミギュ…」タブンネは鳴くのをやめる。
初めて会った時のように、タブンネの足を触角でくくる。体が丸まり、尻の穴が正面を向く。尻はヘルガーに噛まれて血だらけだ。だが、傷は他のタブンネのいやしのはどうで見る間に治って行く。
尻尾も釘づけにすると、タブンネの口に特殊な器具を装着する。口をミョ~ンと横に引き延ばす器具だ。
「ヒフ…」タブンネは恥ずかしそうに顔を赤くして「イヤイヤ」と首を振る。
最後に尻の穴に金槌の柄を押し込む。「ビヒィィィムム!」
このタブンネを誰かに譲ることはしない。どこに行っても迷惑をかけるだろうから。
殺すこともしない。だって顔と鳴き声があまりにも可愛いから。
このタブンネは永遠にこの晒し場に晒される。たぶん死ぬまで。餌は毎晩俺が大好物のオボンの実を与えるさ。姿勢は毎日いろんな恥ずかしいポーズに変えてやる。引き綱をつけて散歩もさせてやろう。
「タブンネちゃん、これからもよろしく頼むよ」
そう言い残して、俺はヘルガーとともにその場を去った。
最終更新:2014年07月02日 01:52