箱詰め子タブンネSS




「チィチィ…」「チィ…」
とある公園の片隅に、段ボール箱が1つ放置されていました。
その中では生まれて1週間くらいの赤ちゃんタブンネが2匹、よちよちと這っています。
箱には『可愛がってあげてください』とマジックで書いてありました。
きっと飼い主に捨てられたのでしょう。
しかしこのご時世、なかなか拾ってあげようとする者はいませんでした。

その内、小学校高学年くらいの男の子が2人、箱の前で足を止めました。
「おっ、タブンネだ。かわいいなー」
赤ちゃんタブンネは捨てられてから半日以上何も口にしておらず、
「チィチィ…」(おなかすいたよう)と、箱をのぞきこむ人間に必死にアピールします。

「飼いたいけどなあ、うちはママがポケモン飼っちゃダメっていうんだよな」
「おれのところもだよ、理解ないんだよ」
「それより、降りだす前に帰ろうぜ。じゃあな、いい人に拾ってもらえよ」
2人はバタバタと走って行ってしまいました。
赤ちゃんタブンネはがっかりしましたが、誰かに聞こえるようにと「チィィー!」と必死で声を張り上げます。

次に通りかかったのは、自転車に乗った高校生くらいの少年でした。
「ありゃ、先客がいたか。元気だなあ、お前ら」
赤ちゃんタブンネは元気なわけではなく、お腹が空いたことを懸命に訴えているのですが、
少年にはその違いなどわからないようです。

「ま、いっか。仲良くやれよ」
そう言うと少年は、自転車の籠からポリ袋を出すと、段ボール箱の上で逆さにして振りました。
「チィチィッ!」「チピィーッ!?」「チヒィ!」「チュイッ!」
なんとその中から段ボール箱に転げ落ちてきたのは、4匹の子タブンネでした。
赤ちゃんタブンネより、一回り大きいくらいですが、まだまだ子供のタブンネです。

「チュピィー!」
2匹の赤ちゃんタブンネはびっくりして泣き出し、かといって新参の4匹も
ここがどこなのか、赤ちゃんをどうしてよいかもわからず、おろおろしながらチィチィ鳴いています。
「じゃ、達者でな」
少年はその騒ぎを尻目に、とっとと自転車を漕いで去ってしまいました。
彼もまた、持て余した子タブンネを捨てに来たのでした。

空はだんだん暗くなってきて、人通りもなくなってきました。
箱の中の6匹は、空腹と不安でチィチィと叫ぶしかありません。
すると、また誰かが箱の中をのぞきこみました。人間の男性のようです。
「チィチィチィ!!」
6匹は救いを求めて、その人影に精一杯手を伸ばします。

「やれやれ、どこもかしこも同じようなもんだな」
ところがその男は助けるどころか、箱の中にドサドサと何かを投げ込んできました。
「チィィーッ!?」「チッヒィイイーー!!」
なんとそれも子タブンネでした。それも1匹や2匹ではありません。
20匹あまりの子タブンネが、狭い段ボール箱の中に投げ込まれたのです。

「チヒィィィ!!」「チュギィィーッ!!」(くるちいよう!)(たちゅけてえ!)
段ボール箱にぎっしりと詰め込まれた子タブンネ達は、口々に悲鳴を上げますが、
もはや手足をろくに動かすこともできません。
子タブンネを投棄した男は、その様子を眺めながら冷ややかな表情でため息をつきました。

「ったく、あの馬鹿タブンネが。考えもなしに卵ばっかり産みやがって。
 おい、お前ら。恨むんだったらお前らの母親を恨めよ。
 俺はあいつに何度も『うちのチームにはタブンネは1匹しかいらない』って言ってたんだからな」
男はポケモンのトレーナーでした。飼っているタブンネがどこかで交尾しては卵を産み、
いつの間にか20匹を超えたのことで頭に来て、まとめて捨てに来たというわけです。

しかし子タブンネ達にとってはいい迷惑です。どうしてこんな目に遭うのかもわからず
「「「チィィィィィ!!」」」
苦しい苦しいと泣き叫ぶばかりですが、男はせいせいしたと言わんばかりの表情で、
子タブンネ達を解放したモンスターボールを全部拾い集め、立ち去ってゆきました。


「チィーッ!チィィィーッ!」(たちゅけて!たちゅけてぇ!)
箱の上部で、顔や体の一部が外に出ている子タブンネは必死でもがきますが、
みっちりと詰め込まれたおかげで、とても脱出できそうにありません。
一番最初に箱の中にいた赤ちゃんタブンネ2匹は既に圧死しており、
箱の下方で呼吸もままならぬ子は、どんどん心臓の鼓動が弱くなっていきます。

そうしている内に、いつしか真っ暗になった空から激しい雨が降ってきました。
それだけでなく、猛烈な風も吹き荒れています。
大型の台風が接近していたのでした。
子タブンネ達が詰め込まれた段ボール箱にも、容赦なく暴風雨が襲い掛かります。

「チィィィ!フィッ、フィィィ!!」(こわいよう、おかあさあん!!)
声を限りに泣き声を張り上げても、台風の中、誰も救いの手を差し伸べるわけがありません。
それどころか、雨水がダンボールの中へどんどんたまってきました。
「チビッ!チビィィ!ゴボゴボ…」
哀れ、過半数の子タブンネは、窒息するより先に溺死してしまいました。
「チィィィィィィィ!!」
死の恐怖に怯えながら、残りの子タブンネ達は絶叫しますが、台風が全てかき消してゆくのでした。

そして翌朝。台風一過の晴れ渡った空の下、段ボール箱はまだ原形をとどめていました。
普通の薄手の段ボール箱だったら、暴風雨に耐えられずに破れ、
子タブンネ達の何匹かは脱出できていたかもしれません。
しかし、なまじ頑丈な箱だったばかりに、解体することもなく、子タブンネ達の棺桶となってしまったのです。
「チ…チィ……」
いえ、1匹だけは奇跡的に生き残っていました。

「チィ……チィィ……」
生き残った子タブンネは、冷え切った頭をわずかに動かし、周りを眺めました。
まさに死屍累々。顔を出している子は、みんなぐしょ濡れで苦しそうな顔で息絶えており、
逆さまに箱に突っ込まれた子は、足も尻尾もガクリと垂れ、微動だにしません。
自分以外の心臓の音も聞こえません。みんな死んでしまったのです。

「チヒ…フィィ……」
子タブンネは涙を流しながら、残ったわずかの力を振り絞って助けを呼びました。
すると、それが天に通じたかのように、翼を広げたシルエットが、段ボール箱の側に舞い降ります。
「チィ!チィ…!」
うれしそうな声を上げかけた子タブンネの表情が硬直しました。
その瞳に映ったのは、自分めがけて鋭いくちばしを振り下ろす、バルジーナの姿だったのです。


「あの赤ちゃんタブンネ、やっぱりいないなあ」
「台風の後だしな。誰かいい人に拾われてればいいんだけど」
昨日、箱をのぞき込んでいたいた小学生の男の子2人が、公園を通り過ぎてゆきます。

彼らの背後では、清掃員のおじさんが台風の後の散乱したゴミを片付けていましたが、
「まったくバルジーナめ、こんなに食い散らかしやがって」
とぶつくさ言いながら、20数匹分の骨を掃除している事には気づきませんでした。

(終わり)
最終更新:2014年07月06日 18:03