ライモンシティの外れ。
誰も寄り付かないような薄暗い裏路地で、不釣り合いなピンクの塊を見つけた。
それは時折もぞもぞと動き、微かにミィミィという鳴き声も聞こえてくる。
覗いてみれば案の定タブンネだ。親のタブンネが1匹に子タブンネが6匹。
より優秀な個体が見つかり、不要となった親とその子供達といった所か。
皆黒く薄汚れており、親タブンネはそんな子タブンネの汚れを少しでも落とそうと、
子タブンネを1匹ずつペロペロと舐めてやっている。
健気で可愛い、連れて帰ろう。
そう思い背を向けているタブンネ達に近付いていくと、親タブンネの大きな耳が
ピクリと動き、こちらを振り向いた。
流石にこの距離では気付くか。
親タブンネは多少警戒しているらしく、子供達を後ろへやり私を見つめている。
しかし、私に向けられたその視線は、
“捨てられたことによる人間への不信感”と、元来タブンネが持つ“皆と仲良くしたいという感情”
それらが綯い交ぜになった、実に中途半端なものだった。
いける――
確信した私は鞄からオレンの実を2、3個取り出しタブンネ達の前へ放り投げる。
すると背後にいた子タブンネ達がミィミィと喜びの声を上げ、オレンの実へ群がってきた。
我先にと実を食べている子供達と私を親タブンネは交互に見ているので、親タブンネの手元にもオレンの実を放ってやる。
暫く呆けて見つめていたが、やがて実を手に取りしゃくしゃくと頬張り始めた。
食べる勢いからして、相当腹が減っていたようだ。
少ない食べ物を子供達に与えていたのだろう。
食べているうちに溜まっていたものが吹き出したのか、親タブンネの瞳からポロポロと涙が溢れてきた。
私は親タブンネの頭を撫でてやり、お前が泣くと子供達が心配しているぞ?と告げる。
事実、子タブンネ達は突然泣き出した親タブンネを
「おかあさん、どこかいたいの?」といった様子で心配そうに見つめている。
親タブンネは鼻を啜り、笑顔で子タブンネ達を抱き寄せてやる。
安心したのか母親のふわふわなお腹に顔を埋める子タブンネ達。
そして、何かを求めるような目で私を見つめてきた。
答えなど、決まっている。
「ウチへ来るか?」
タブンネ達のつぶらな瞳がぱぁと輝く。
私は親タブンネの手を引き、近くにある車へと案内した。
その後ろをちょろちょろと付いてくる子タブンネ達。
タブンネ達は何の疑いもなく、私の車の助手席へ乗り込んだ。
運転席に座りエンジンを掛けた私は思わず笑みが零れた。
計画通り――!
これからじっくりと可愛がってやろう。
いい玩具が手に入った私の心は躍った。
家に連れ帰ってきたタブンネ親子を数日間は手厚くもてなし、私への信頼を得る。
毎日シャワーを浴びせ、身体を綺麗に。
食事は木の実のスープやケーキなど、腕によりをかけた品々。
寝床は大きなバスケットに、ふわふわの毛布を詰めたもの。
汚い路上生活から一変した豪華な暮らし。
タブンネ親子が私へ全幅の信頼を置くのに、時間はかからなかった。
下準備は完了だ。
後はその幸せな表情を絶望へ染め上げるだけ。
そしてある日、いつものようにじゃれついてきたタブンネ親子の内、
親タブンネを思い切り蹴り飛ばした。
「ミギュウ!?」
妙な声を上げ、倒れ込む親タブンネ。
何で?どうして?
そう、その絶望感溢れる表情が堪らない――!!
私は親タブンネの背中を踏みつける。
そして苦しそうに喘ぐ親タブンネのお尻に、有針鉄線で作った鞭を一切の容赦なしに叩き込む。
「ビャアァァアァアァアアアァア!!」
有り得ない程の絶叫が迸り、打ち据えられたお尻は皮が痛々しく向け、ピンクの身体や純白の尻尾を赤黒く染めていた。
しかし私に攻撃の手を緩める気は全くない。
有針鉄線の鞭を腕、足、耳、お腹、あらゆる所に打ち付けてやる。
その度親タブンネは絶叫し、身体をくねらせのた打ち回る。
いつの間にかピンクと黄色のふわふわの身体に、赤と黒の模様が追加されていた。
子タブンネ達は暫く唖然としていたが、はっとしたように私の足元に纏わりつくと、
「やめてやめて!」とミィミィ喧しく鳴き始めた。
聞く耳を持たずに親タブンネへの私刑を続けていると、ついに親タブンネの表情が虚ろになってくる。
すると母親の危機を感じたのか、子タブンネのうち1匹がキッと私を睨み、体当たりをしてきた。
しかし、全長25cm程の体躯から繰り出す体当たりにどれほどの威力があろうか。
一切動じず、体当たりしてきた子タブンネに嫌らしい笑みを浮かべてやる。
親タブンネを痛みつけるのを一時中断し、愕然としているその子タブンネの首根っこをつまみ上げる。
すると残りの子タブンネ達が一斉に縋りつき、泣きながら制止を求めた。
それらを無視し、手の下でじたばたしている子タブンネの尻尾をナイフで切り落とした。
「ピャアァアァアア!!」
今度は子タブンネの絶叫。
尻尾があった所からは大量の血が吹き出し、手足をじたばたさせて泣きじゃくる。
ここは見せしめが必要か。
思った私は未だ暴れる子タブンネをテーブルに抑えつけ、今度はハンマーでその
小さい手を文字通り叩き潰した。
グチャ、という不快な音と共に骨でドレスアップされた血の花が咲いた。
この世のものとは思えぬ叫びが響き渡る。
続いてふわふわの耳を片方、手で強引に千切る。
子タブンネはもう喉が枯れたのか、全開の口からはヒュー、ヒューという乾いた
息遣いが聞こえるだけだった。
足元の子タブンネ達は耐えきれなくなったのか、気付けば部屋の隅で丸くなり、耳を塞いで震えていた。
見せしめとしては十分だが、ここまで来て中断など出来る訳がない。
ピクピク痙攣している子タブンネの身体を見定めていると、股関にあるものに気がついた。
そうか、コイツはオスか。
私はハンマーを手に取り子タブンネの睾丸に狙いを定めると、一気に振り下ろした。
今日一番の絶叫が室内に反響し、子タブンネは息絶えた。
死んだ子タブンネの下半身は、そこから排泄されるであろうあらゆる体液で汚れていた。
ひとまず満足した私は、未だ虚ろな親タブンネをガラス張りの部屋に隔離した。
子タブンネ達はそのガラスに張り付き、ミィミィと親タブンネに呼びかけている。
分かたれた親子――
今後どちらを痛ぶろうが、もう片方は何も出来ない、という愉快な状況を作り出すことが出来た。
しかし私は、あえて親タブンネを痛めつけさせて貰おう。
最愛の親が痛めつけれているのに何も出来ない。
特に子タブンネだ。
その無力さはピカ一と言っていい。
漸く始まった最高の日々に興奮し、その日私は一晩中親タブンネを痛めつけていた。
まだ辺りが暗い早朝、昨日の痛みに疲れて眠っている親タブンネを、鞭の一撃を以て叩き起こす。
昨日までは好きなだけ眠らせてやったのだから、これからその分楽しませて貰う。
身体を痙攣させ飛び起きた親タブンネは、私の姿を確認すると弱々しく這いながら距離を取ろうとする。
しかしこの狭い部屋に、逃げ場所などある筈はない。
恐怖を増す為、ギリギリ追い付かない程度の速度で近付いてやる。
すぐに壁際に追いつめられた親タブンネ。
震えた瞳で私を見つめていたが次の瞬間、ギュッと私に抱き付きミィミィ鳴き始めた。
気でも触れたか?いや、違う。
未だ私の本性を信じず「私のふわふわの身体に触れて、優しいご主人様に戻って!」
とでも考えているのだろう。
ぶくぶくに肥えた身体の温もりが、腹の辺りに伝わる。
実に健気――同時に実に馬鹿だ。
この一握りの希望を粉々に打ち砕くのが私の至福。
今それを教えてやろう。
私は抱き付いている親タブンネの触覚を掴み、ありとあらゆる残虐な殺害方法を想像した。
「ミッ……ヒィ!?」
瞬間、顔を青ざめ私から遠ざかろうとするが、触覚を掴んでいるので当然叶わない。
次々に脳に送られてくる恐怖や痛みに頭を左右に激しく振っている。
そんなことなら考えを読めなければいい――
私は掴んだ触覚を、そのまま力任せに引きちぎってやった。
ブチン、という音と共に触覚が身体から離れ、血とリンパ液が床へ散らばる。
「ミギュアァア゛アァアアアアア゛ァア゛!?」
最後の方はよくわからない奇声となった悲鳴が狭い部屋を越え、家中に反響した。
優れた聴力故に神経が大量に通っていたのだろう。
想像を絶する痛みだったに違いない。
その親タブンネの絶叫が目覚ましとなったのか、隣の部屋ですやすやと眠っていた子タブンネ達が目を覚ました。
寝ぼけているらしく、暫くは呑気に辺りを見回していたが、
隣から聞こえる親タブンネの悲鳴に気付くや否や、ガラスに張り付きミィミィ鳴き始めた。
しかしそんな呼び掛けは何の意味もなさない。
私は俯せに寝かせた親タブンネの片腕を掴み、関節とは真逆の方向に折り曲げる。
「ピィ…ァアァアアァアアァア!!!」
骨が砕ける音のすぐ後に親タブンネの悲鳴が、更にその後を子タブンネの泣き声が追走する。
見事な二部合唱だが、この程度では終わらせない。
間髪入れず仰向けになるよう蹴り飛ばし、ぼてっとしたふんわりお腹にナイフを突き立てる。
「ミギャアァアアアアアアアア゛ア゛!?」
1本、2本、3本4本5本…
バースデーケーキの蝋燭のように親タブンネの腹にナイフを増やしていく。
但し致命傷は絶対に避ける。
簡単に死なせては面白くないし、何よりタブンネ達には極限の苦痛を味あわせたいからだ。
自分でも歪んでいるとつくづく思う。
しかし可愛いタブンネの表情が苦痛や絶望に歪む様は、私を惹き付けて離さないのだ。
気付けば腹には十数本のナイフが刺さり、親タブンネは虚ろな表情でピクピクと痙攣していた。
この位にしておくか――
私は最低限、死を回避する程度の治療を親タブンネに施し部屋を出た。
部屋を出て、手を洗う私の足に軽い衝撃が走った。
「ミィ!ミィ!」
「ミッ!ミィーー!」
見下ろしてみると残り5匹の子タブンネのうち2匹が、私に向かって体当たりをしていた。
残りの3匹は部屋の隅に集まり、怯えた眼で私を見ている。
2匹の子タブンネの顔は涙でくしゃくしゃだ。
大好きだった私が、大好きな親タブンネを傷付けた。
怒りと哀しみがごちゃごちゃになった激情に身を任せ、2匹の子タブンネは体当たりを繰り返している。
そんな所か。実に涙ぐましい。そして、滅茶苦茶にしてやりたくなる!
暫くの間、私は敢えて子タブンネに何もしなかった。
それどころか時折わざと痛がる素振りすらしてみせる。
「ミィ?ミィミィ!」
「ミッ!ミィッ!」
すると子タブンネはもう少し頑張ればコイツを倒せる!と思い始めたらしい。
可愛らしい鳴き声で自分達を鼓舞し、更に体当たりをしてくる。
そんな状況に希望を見出したのか、隅にいた3匹の子タブンネも2匹を応援しだした。
そろそろ頃合いか――
私は大袈裟な断末魔を上げ、実にわざとらしく床に倒れ込む。
子タブンネ2匹は動かない私に近付き、頬の辺りを短い手でペチペチと叩いている。
動かないのを確認すると、私に背を向け応援していた3匹に対してミィ!と勝利のポーズを決めた。
すると応援していた子タブンネ達も嬉しそうに近付いてくる。
今だ――――!
私は完全に無防備になっていた子タブンネ2匹を両手で1匹ずつ掴み、立ち上がる。
瞬間、駆け寄っていた3匹の子タブンネの表情が凍り付き、両手で捕まえた2匹はその表情を驚愕の色に染める。
勝利を確信した瞬間の絶望感はいかほどのものかは、想像するまでもない。
3匹はミィミィ泣きながら再び部屋の隅に引っ込んでいった。
私は3匹を一瞥し、腕の中でもがいている子タブンネ2匹に視線を移す。
するとつい数秒前の抵抗が嘘のように静かになり、小刻みに身体を震わせる。
私は2匹に軽い笑みを浮かべ、机へ向かう。
机の上にはミキサー2つと七輪1つ。
そして片方をミキサーに入れて蓋をする。
ミキサーの用途の分からない子タブンネは、壁を叩きながらミィミィ鳴いている。
そちらは後回しだ。
私は炭火で十分に熱された七輪にもう1匹の子タブンネを近付ける。
登ってくる熱気にむせかえり、涙を流している子タブンネ。
その様を見てミキサー内の子タブンネは再びミフーッ!ミフーッ!と威嚇しだした。
無視して子タブンネに塩、胡椒を振りかける。
胡椒が鼻に入りミシュン!と嚔をする子タブンネが可愛い。
そして脇にあった串を肛門からプスリと突き刺す。
「ミヒャ!?」
悲鳴を上げてじたばたするが、無情にも串はずぶずぶと沈んでいく。
半身程入った所で止めると、子タブンネは身体をひくつかせている。
そしてその子タブンネを七輪の上に乗せた。
「ミビュアァアアアガガガガガガ!!!!」
短い手足を上下左右四方八方に振り回し、七輪から逃げようともがく子タブンネ。
しかし、串に刺されて軽く浮いた身体ではどうしょうもない。
文字通り身を焼かれる痛みに子タブンネの絶叫が止まることはない。
しかし香ばしい香りが立ち込め出すと、子タブンネの抵抗も弱くなっていく。
「ミ……ィ………」
天を仰いでいた手ががくりと落ち、子タブンネの串焼きが出来上がった。
「ミィィィィィィィィィィイ!!」
ミキサーの中の子タブンネが吠えた。
その表情は今にも私の喉元に食いつかん勢いだ。
それでいい。これから君にも絶望を与えるのだから――
私はポケットからオレンの実とオボンの実を取り出し、隣のミキサーに詰めていく。
子タブンネは無視するな!とミィミィ鳴き声を大きくするが、気にせずミキサーに木の実を詰める。
子タブンネの怒声を背後に木の実を詰め終わると、私は子タブンネに向き直りミキサーの
スイッチを入れる。
金切り声のような甲高い音を上げ、木の実を砕いていくミキサー。
数分もしない内においしいおいしい木の実ジュースが出来上がる。
子タブンネはというと、先程までの怒りはどこへやら。
恐怖に身体を震わせ、失禁までしている。
そして再び大声で鳴き始めた。
但し先程のような怒りではなく、ミキサーから出してもらうことを懇願して。
私は微笑みながら、ミキサーを胸元に押し当てる。
そして泣き叫んでいる子タブンネに触覚を壁に当てるよう指差す。
もしかしたら助かるかも!
僅かな希望を胸に子タブンネはミキサーの壁に触覚を当てた。
美味しいジュースになってね―――
「ミャアァァアアアァアァァァア!!」
伝わった私の意志に、断末魔のような叫びを上げる子タブンネ。
全ての希望が失われた所でスイッチオン。
「ビャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
下半身から身体が砕け溶けていくという普通に生きていては考えられぬ死に方に、凄まじい声が響き渡る。
その音色は私の歪んだ心を満たしていく。
やがて赤黒い中に所々ピンクが混ざった子タブンネエキスが完成した。
私はそれを串焼き子タブンネにかけると、そのままゴミ箱に放り込んだ。
再会出来て良かったね―――
皿に盛ったオレンの実を、私は子タブンネ達の前に置く。
やはり目の前で調理された兄弟や、今なお痛めつけられている親タブンネを思い出すのだろう。
私が部屋にいる間は、隅に集まりガタガタと震えている。
しかしタブンネも所詮は獣。空腹には勝てないようで、私が部屋から出て暫くすればよちよちと皿に向かいオレンの実を食べ始める。
2匹の子タブンネを調理してから、私は子タブンネ達には虐待は加えていない。
1日に1回、少量の木の実を与えるだけだ。
かといって「もういじめられないんだ!」と、子タブンネ達を安心させてはいけない。
この対策として、私は日課となった隣部屋での親タブンネ虐待を、子タブンネ達にこれでもかという程見せ付けた。
こうすることによって“いつ自分もああなるか分からない”という潜在的恐怖と
“大切な肉親が傷つけられていくのを黙って見ているしか出来ない”という無力感を植え付けるのだ。
同時に、極度のストレスに晒された子タブンネ達を具に観察する。
表情、仕草、鳴き声、瞳の動き、耳の動き、食事量、、排泄量、睡眠時間、起床時間………
ありとあらゆる行動を注視し、如何にしてタブンネ達に恐怖と絶望に満ちた死をプレゼント出来るかを見定めるのだ。
恐怖に震える可愛い子タブンネ達に手を出さない事は、大変な忍耐力を要した。
しかし、そのおかげで子タブンネ達の大切なものが見え、良いやり方を見つけることが出来た。
漸く準備を終え、これから実践するところだ。
ドアノブに掛けた手が、全身が歓喜に震える。
やはり、この瞬間はいい――
タブンネの表情を苦痛と恐怖に歪める前の心地良い時間は――
その感覚に酔いしれつつ、私は子タブンネ達の元へ向かった。
ドアを勢い良く開けると、3つの小さいピンクの塊が飛び上がる。
私の姿を確認するや否や、3匹の子タブンネ達はミィミィ鳴きながら逃げていく。
年増もいかぬ子タブンネが、よちよち走りで逃げ惑う様は実にいじらしい。
やがていつもの壁際に集まり、震えている子タブンネのうち2匹を掴んで籠に入れる。
残った1匹は未だ耳を掴み震えているので、放置して我の強い2匹を調理した机へと向かう。
「ミィ……」
「ミ…ミィ……」
以前の2匹とは違いこの2匹は抵抗することはなく、籠の中で互いの身体を寄せ合い怯えている。
観察の結果、この2匹は大層仲が良いのが分かった。
残りの1匹と不仲という訳ではないが、この2匹の仲の良さは目を見張るものがあった。
少ない食事を互いに分け合い、片方が恐怖で眠れない時は、もう片方が必死に励まし身体を抱き合って眠る。
この状況下、より強固となった絆を引き裂くことこそが、この子タブンネ2匹には最上の絶望となることだろう。
向かった机にあるのは巨大なアクリルケース。
間に仕切りがあり、それぞれ子タブンネを収めるには丁度良いサイズで作成されている。
私が籠から子タブンネを取り出し、それぞれアクリルケースに入れると、予想通り仕切りのアクリル板に張り付きミィミィ声を掛け合っている。
さぁ、ゲームスタート。
君達の絆が試されるぞ――
私は左側の穴からペットボトルに入れた“ある液体”をゆっくりと流し込んでいく。
「ミィ?」
「ミッ…!ミィ~~」
少し黄ばんだぬるぬるの液体を頭から被り不快そうに身体を弄る子タブンネを、もう1匹の子タブンネが心配そうに見ている。
子供だからか、このアクリルケースに逃げ場がないことにはまだ気付いていないようだ。
最も、それも時間の問題だろうが。
「ミッ!?ミッミィー!」
液体が腰の辺りまで登ってきて、漸く気付いた子タブンネ達。
アクリルケースの壁に小さなおててを当ててよじ登ろうとジャンプするが、掴む
箇所もなく身体を濡らした液体はぬるぬると滑る。
アクリル板を滑り尻餅をついてしまう。
そんな間にも液体は注がれ続け、既に子タブンネの胸の辺りまで到達していた。
「ミィ!ミィミィミィミィミィミィミィーーー!」
反対側の子タブンネが私の方を向き必死に鳴いている。
おねがい!あのこをたすけてあげて――!
そんな叫びが聞こえてくるようだ。
私はこの間と同様、胸元にアクリルケースを寄せ、触覚を触れるよう指示する。
タブンネの気持ちを読み取る能力は、こういう時には実に便利だ。
言葉は通じなくとも大方の意志を伝えることが出来る。
助けたかったら、自分でその触覚を引きちぎってよ――
伝わった意志に子タブンネは愕然として後ずさる。
この間の親タブンネからも分かるように、タブンネの最大の特徴にして長所である触覚。
細かな音を聞き取るために通った大量の神経。
文字通り死ぬ程の痛みを味わえ。と暗に言われ、子タブンネは首を振りイヤイヤをする。
じゃあ、君のせいであの子は死ぬんだね――
ハッとした子タブンネは、アクリル板の反対側へ向き直る。
そこには首まで液体に満たされ、顔を上に向けて必死に酸素を吸おうとする子タブンネの姿。
「ミッ……ブ!ミバッ………ハッ!」
しかし更に増えた水嵩にとうとう顔まで覆われてしまい、身体をばたつかせるだけの、泳ぎとは到底言えない動きで必死にもがいている。
「ミッミィ!ミィ!」
もう子タブンネの呼び掛けも聞こえていない。
助ける方法が一つしかないということを、これでもかと見せ付けられた子タブン
ネは、震える手で自らの触覚を掴むと、一気に引っ張った。
「ミィーーーーーーーーー!!」
子タブンネは味わったことのない痛みに絶叫し、思わず手を離してしまう。
再び触覚を掴もうと試みるが、先程よりも大きくなった震えから上手く掴めない。
よしんば掴んだとしても、触覚を通して流れてくる
イタイよ、いやだよ、イタイのヤだよ――
という心の奥底に潜む自らの意志が邪魔をして、再び触覚を千切ろうとすることが出来ない。
「ミ…ッ………ブィ…」
そんな子タブンネの耳に、容赦なく聞こえる子タブンネが溺れていく声。
頭と身体の相反する意志に、子タブンネは混乱の極みに達する。
「ミ゛ィィィイィイィイイイィィイ!!」
発狂したかと思う程の奇声を上げ、子タブンネは自らの触覚を引きちぎった。
子タブンネは呼吸困難になるまで、口を全開にして叫び続けていた。
私は何も言わずにアクリルケースに穴を開け、液体を外へ排出した。
何とか生き延びることが出来た子タブンネはまだ弱々しい呼吸ながら、懸命に触覚を失った子タブンネに手を伸ばす。
アクリルの仕切りに触れたおててが、丁度かつて触覚があった位置へいくと、ゆっくりと揺らしている。
仕切り越しだが、なでなでしてあげているようだ。
そんな様子に、痛みで泣いていた子タブンネの表情も綻ぶ。
そして2匹は「やくそくだよ?」と上目使いで見上げてきた。
とても可愛らしい。
勿論、頑張ったご褒美に再開させてあげるよ――
但し、あの世でね――
私はマッチに火を付けると、それを濡れた子タブンネの方へ投げ入れた。
「ミ゛ッギャア゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛!!」
直後、子タブンネの全身が一瞬で燃え上がり、先程までの弱々しい息づかいからは考えられないような絶叫が発せられた。
あの液体の正体は油。
全身が浸かり、しっかりと油が染み込んだふわふわの毛皮は、ウールのようによく燃えた。
燃えている子タブンネは仕切り板に張り付き、ひたすらに助けを求める。
反対側の子タブンネも板に張りつこうとするが、その前に子タブンネの燃え盛る
身体がアクリル板を溶かしてしまった。
漸く再開出来た子タブンネ達。
相当嬉しいのか、燃えた子タブンネは最早タブンネのものだと分からない叫びを
上げながら、触覚を失った子タブンネに抱き付いた。
「ミヒィ!ミッ…ィィィ!!」
しかし余りの熱さに子タブンネは火達磨の子タブンネを思わず突き飛ばしてしまった。
一瞬の間を置き、自らの行いに気付いた子タブンネだが、時既に遅し。
燃え盛る炎に焼かれ、子タブンネは黒こげになっていた。
あーあ、やっちゃったね――
私は呆然と立ち尽くす子タブンネの残った触覚を掴み、気持ちを送り込んでやる。
あの子は君に助けを求めてたんだよ――?
なのに君はそれを突き飛ばしたんだ。たすけて!なんて笑わせるよ――
「ミッ!ミィミィ!」
私が次々に送り込んでやる言葉に、子タブンネは頭を抱えてちがう!ちがうよ!と言わんばかりに激しく左右に振っている。
だったらどうして受け止めてあげなかったの――?
どうして火を消そうとしなかったの――?
簡単だよ。君は単に熱いのが嫌であの子を突き飛ばしたんだ―――
たったそれだけの理由で、あの子を殺したんだよ――
否定する間も、言い訳する間も与えず子タブンネを糾弾し続ける。
この家族殺し――!
「ミィーーーーーーーーーーーー!!」
天を仰ぎ、絶叫し、子タブンネはその場にくずおれた。
その目からは光が消えていた。
精神が壊れ、今度こそ本当に発狂したのだろう。
私はその子タブンネと黒い消し炭を掴むと、この間同様ゴミ箱に放り込んだ。
約束は守ったよ――
最終更新:2014年07月21日 16:39