見えない敵

とある郊外の草むらの中にタブンネの一家が住んでいた。
「チィチィ♪チィチィ♪」
「はーい、こっちだミィ、あんよは上手だミィ」
最近はいはいから、立ってよちよち歩きできるようになったベビンネを
パパンネが笑顔で手招きしている。
ママンネが3個の卵を温める横では、長男と次男の子タブンネがじゃれあっていた。
幸せそのものの光景だった。

「そろそろご飯にするミィ。今日はオボンの実がたっぷりあるミィ」
「わーい♪」「ミッミッ♪」
長男ンネと次男ンネがうれしそうにはしゃぐ。
パパンネとママンネが集めてきたオボンの実を、草むらの一角から取り出そうと
ママンネが卵の側を離れた時だった。
パンッ!という乾いた音と共に、1個の卵が突然破裂した。

「ミッ!?」「ミィーッ!!」
何が起こったのかわからぬタブンネ一家が見たのは、割れた卵から放り出されたベビンネの姿だった。
まだ誕生には程遠かった未熟児ベビンネは、血だらけで死んでいる。
「ミヒィィィィ!!!」
泣き声を上げながらママンネが卵に駆け寄ろうとした時、残りの2個も立て続けに破裂した。
1匹は胴体が裂け、もう1匹は首が吹っ飛んでいる。

それだけでは済まなかった。
「ミギッ!!」「ピャァァ!!」
長男ンネの腹から血が噴き出し、次男ンネは足を押さえて転げ回っていた。

一家は、何者かによって狙撃されていたのである。

しかし、人間の銃で撃たれるどころか、肉食ポケモンに襲われた経験すらないタブンネ一家にとっては
そのようなことなどわかるわけもなかった。

姿の見えない何かによって、子供が次々と餌食にされていく状況にパニックになりつつ、
パパンネは手近にいたベビンネをぎゅっと抱きしめて守ろうとする。
そしてママンネは卵に後ろ髪を引かれつつも、長男ンネと次男ンネの方へ駆け寄ろうとした。

その時、パパンネとママンネの耳に聞いたことのない音がかすかに聞こえた。銃の発砲音である。

それが2回立て続けに聞こえた次の瞬間、長男ンネと次男ンネはころころと転がった。
長男ンネは額を撃ち抜かれて即死していた。次男ンネも胸に穴が開いて虫の息だ。
「痛い…ミィ…マ……マ……」
次男ンネの首ががくりと垂れた。

「ミッヒィィィーー!!」
泣き崩れるママンネにベビンネを手渡し、パパンネも涙を流しながら立ち上がって叫んだ。
「卑怯者!出てくるミィ!!姿を見せるミィ!!」
その声に対して返ってきたのは数発の銃弾だった。
耳を吹っ飛ばされ、胸や腹に弾丸を食らったパパンネはがっくりと膝を突く。
「ミィィガァァァァァァ!!!」
その叫びもすぐに途絶えた。最初は右目を、次は左目を撃ち抜かれたパパンネはバッタリ倒れて絶命する。

「ミィィィィィィ!!」
ママンネは喉も裂けんばかりに号泣した。しかし見えない敵は、悲しむ暇すら与えない。
「ミギッ!?」
ママンネの腕を銃弾がかすめた。泣いている場合ではないのだ。
ただ1匹生き残ったこのベビンネだけは、命に代えても守らなくては……
「チィィィ!!チピィィィ!!」
怯えて泣き叫ぶベビンネを抱きしめながら、ママンネはポテポテと走り始めた。

後方からは容赦なく銃弾が飛んでくる。
耳に穴が開き、肩を撃たれてもママンネは走った。しかし膝を撃ち抜かれてはさすがに体勢が崩れる。
「ミイイッ!!」
草むらのはずれの斜面から、ママンネはゴロゴロと転げ落ちた。意識が一瞬遠のく。

「チピィィ!!チュピーーーィ!!」
ベビンネの泣き声でママンネは我に返った。ベビンネは無事のようだ。
しかし立ち上がろうとすると、足に激痛が走った。さっき撃たれた膝のあたりが真っ赤に染まっている。
これではもう逃げられない。誰か、この子だけでも……

ママンネが転がり落ちてきたところは、遊歩道であった。アスファルトの舗装路が左右に伸びている。
いつもならジョギングをしたり、自転車に乗る人間の姿が見られるのだが、
あいにくこんな時に限って誰も通らず、周囲には助けを求められそうな相手の姿は見当たらない。
「ミーッ!!ミイイー!!」
こうしている間に見えない敵が襲ってくるかもしれない。ママンネは必死に叫んだ。

その声が天に通じたのか、1台の自転車がこちらに向かってくるのが見えた。
子供のようだが選り好みをしている場合ではない。ママンネは叫びながら手を振った。
その自転車はママンネの前でブレーキをかけて止まった。小学5、6年くらいの男の子だった。

男の子に向かって、ママンネは這いつくばったまま、抱きかかえていたベビンネを差し出した。
「ミッミッミッ!ミーッ!」
恐ろしい敵が迫っているから、この子を連れて逃げてちょうだいとママンネは必死に訴える。
それが伝わったか否か、男の子は笑顔を見せた。

そして彼は、背負っていた細長いバッグから、奇妙な形の筒を取り出した。
その筒の先端をベビンネに突き付ける。
「チィチィ…?」

パンッ!
意外なほど小さく乾いた銃声と共に、ベビンネの頭部が消滅した。

「ミビャアアアアアアア!?」
ベビンネの血で顔面を染め、ママンネは絶叫する。
そう、この男の子こそがタブンネ一家を皆殺しにした狙撃者だったのだ。
彼はママンネが草むらから転げ落ちたのを見て、狙撃地点からさほど遠くないこの遊歩道まで
自転車で追跡してきたのである。

「残念だったねえ、ぼくより先に他の人に見つかればよかったのにね」
「ミヒッ!ミヒイイイイイ!!」
男の子は屈託のない笑顔を浮かべ、狂ったように泣き叫ぶママンネの額に一発撃ち込んでとどめを刺した。


※ ※ ※ ※ ※


その夜、男の子は両親に付き添われて警察に出頭した。
設計技師の父親が自宅で使う3Dプリンターをこっそり動かし、ネットで入手した設計図を基に
ライフル銃を作り上げたのだという。弾丸もネットの情報で自作したのだとか。
試し撃ちとしてタブンネ一家を標的とし、興奮して撃ちまくってはみたものの、
いざ家に帰って冷静になると、次は人間相手に撃ってしまうのではないかと怖くなってしまい、
両親に打ち明けて自首したというのであった。

非行歴もなく大いに反省していたので、その銃は破棄して二度と作らないようにと、
お灸をすえられただけで男の子はその晩の内に釈放された。
そして翌日、警察がタブンネ一家の巣を調べたところ、近隣の農家や畑から盗んだ大量の木の実が発見された為、
男の子は害獣を駆除したとして表彰状をもらったのであった。

(終わり)
最終更新:2014年07月26日 00:39