魔改造

人里離れた深い森の奥に、平和に暮らすタブンネの集落があった。
木々には沢山の木の実が実り、草の寝床は柔らかくてふかふか、泉の水は綺麗に澄みわたっており、何不自由無く幸せに暮らせるまさに天国の様な場所だった。

ある日、タブンネの集落に一人の男が訪れる。
人間など見たことも無いタブンネ達は、何の警戒心も無く男を取り囲み興味津津でまじまじと観察している。
男は周りに群がってきたタブンネ達の頭を撫でてやり体のあちこちを探るようにスキンシップする。
くすぐったそうにミィミィ笑うタブンネ達は、野性ではお目にかかれない人間の作った美味しい食べ物を与えられると、すっかり心を許して男を歓迎するのだった。
この男が自分達に破滅をもたらすことなど知らずに…

タブンネ達の熱烈な歓迎から逃れた男は、貰った木の実を腕に抱えながらここで暮らすタブンネ達の様子を観察している。
一見善良なこの男、実はとある悪の組織に属するマッドサイエンティストだった。
何か組織に役立つ面白いサンプルはないかと森を調査していたところ偶然この集落を見つけたのだ。男は木の実を齧りながら、一匹のタブンネに目を付けにやりと笑った。
遊んで怪我をした子タブンネ達にせかせかと癒しの波動をかけて回る優しく献身的なタブンネだ。夜、タブンネ達が寝静まると、男は目を付けたタブンネに念のため麻酔を打ち、こっそりと研究施設に持ち帰った。

数日後、ある手術を済ませた男はタブンネを集落に連れて帰った。タブンネは何故群れから連れ出されたんだろう?
と不思議そうにしていたが、疑うことなど知らない環境で育ってきたため、特に気にかけることもないようだ。
集落のタブンネ達も同様で、居なくなったタブンネを心配していたようだが、タブンネが男と共に戻ってくると嬉しそうに尻尾を振りながら集落に迎えいれた。
男は甘えてすり寄ってくるタブンネ達を軽くかわしながら、少し離れたところに移動して手術を施したタブンネを見つめる。これから起こる惨劇に期待して胸を弾ませながら。
しばらくすると、転んで怪我をした子タブンネにいつものように例のタブンネが駆け寄る。ピィピィ泣く子タブンネをあやしながら、タブンネが癒しの波動をかけようとする。
しかし、タブンネの手から発せられたのは、傷を癒す優しい光ではなく、悪意に満ちた恐ろしいオーラだった。
「ピィィィ!」
子タブンネは悲鳴をあげて倒れ、苦しそうにヒューヒューと喉を鳴らしていたが、ぶるぶる痙攣すると、ぴくりとも動かなくなった。

タブンネは何が起こったのか分からず唖然として動かなくなった子タブンネを見つめるばかり。そうこうしている内に騒ぎを聞きつけて集落中のタブンネ達が集まってきた。
沢山のタブンネ達に囲まれたタブンネは涙目でおろおろとうろたえながら弁明するかのようにミィミィと訴えている。
囲まれたタブンネが他のタブンネ達から向けられる表情には恐れ、困惑、驚きなど様々なものが入り混じっていた。
平和に暮らしてきたタブンネ達が経験したこともない事態なだけに当然である。
そんな中タブンネの群れから一匹のタブンネが躍り出て、倒れた子タブンネを抱きかかえる。この子タブンネの親らしい。
揺すっても動かない子タブンネの胸に触角を当ててみるものの、どうやら心臓の音は聞こえてこなかったようだ。震えながら泣き崩れる親タブンネ。
しばらく悲しみにくれて泣いていたが、その顔は次第に我が子の命を奪ったタブンネへの怒りの表情へと変わっていく。
「違う、違うの!」とタブンネ達に仲間づくりをして必死に説得しているが
親タブンネの怒りはおさまらない。タブンネを押し倒して馬乗りになると小さな拳で顔を殴打し始めた。傍から見ると滑稽だがタブンネ達は至って真剣だ。
涙と血でぐちゃぐちゃになった顔で謝罪し許しを請うタブンネを庇おうと、数匹のタブンネが暴れる親タブンネを取り押さえてなだめボロボロになったタブンネを介抱する。
助けてくれたタブンネに弱々しい鳴き声でお礼を言うタブンネ。
介抱したうちの一匹が傷だらけのタブンネに癒しの波動を使おうとした時、再びタブンネの群れに悲鳴が起こる。
「ミ゛イ゛イィィッ!!」
なんとこのタブンネが放ったのも悪の波動である。ボロボロになったタブンネはその体にさらに攻撃を受け、もはや虫の息だ。苦しげな目で介抱したタブンネを見つめる。
この介抱したタブンネも先のタブンネと同じようにうろたえ、弁解している。しかしタブンネ達はもうパニック状態だ。
皆自分の癒しの波動が悪の波動になっていることに気づき、怯えてミィミィと泣き喚いている。

男がタブンネに施した手術は癒しの波動を悪の波動に変え仲間づくりによって他のタブンネの癒しの波動も悪の波動に変えてしまうというものだった。
こうも上手くいくものかと男は笑いを堪えながら、パニックに陥ったタブンネの群れに大声で呼びかける。
「タブンネ達は今病気にかかっている、だが私に着いてくれば治してあげることが出来る」と。
絶望して泣いていたタブンネ達は徐々に静かになり、その表情に希望が湧いてくる。
人の言葉を理解出来るとはいえ、元々のんびりした気性の上に幸福しか知らずに暮らしてきたタブンネ達である、単純な真っ赤な嘘を疑いもせず聞き入れた。
悪の波動を受け瀕死のタブンネは、元気の欠片を与えられたおかげで一命を取り留め、男を諸悪の根源とも知らずに何度も何度も心からのお礼をするのだった。

すっかり男を信じきったタブンネ達は、言われるがまま男に着いて行き、森の外に用意してあったトラックに揺られながら、期待を胸に街へと向かう。
街にある組織の研究施設に着くと、タブンネ達は広い部屋へと集められた。
改造された体を治してもらうのをそわそわと待っているタブンネ達の元に、男は穏やかな笑顔を湛えて現れ「これを飲めばすっきり元に戻るよ」と言いながらある飲み物をタブンネ達に渡していく。
タブンネ達はミィミィお礼を言いながら飲み物を受け取り、安堵に満ちた表情で美味しそうにごくごくと飲み干した。
何だか体に活気が溢れてきたような気がしてタブンネ達はすっかり満足したようだ。
男が笑顔の裏にどす黒い悪意を隠していることも知らず、タブンネ達は皆感謝の気持ちを切に表している。
男は込み上げそうになる笑いを必死で押さえ「街に出れば人間は皆優しくしてくれるから、好きな所へお行き」と優しく告げた。

その後、散り散りになったタブンネ達は、ある者はトレーナーに拾われ、ある者は野性に帰り、またある者はポケモンセンターに勤務するなどそれぞれ新しい暮らしを満喫していた――
というわけにはいかず、勿論男が正直にタブンネ達を治してあげたはずもなくその束の間の幸せはすぐに絶望へと変わることになる。
男がタブンネ達に飲ませたものは、何の事は無い、ただのリゾチウムで特攻を上げただけだった。
元通り癒しの波動が使えるようになったと思い込んだタブンネ達に、悲劇はすぐに訪れた。

男が最初に改造したタブンネは、命を救われたことに対する感謝を胸に抱き、子タブンネを殺してしまったことへの罪滅ぼしとして「これからは出来るだけ多くのポケモンを助けよう!」、
そう意気込んでポケモンセンターで働くことになった。当然、事件はすぐに起こった。
患者として運ばれてきたポケモンを治そうと癒しの波動を放ったが最後、ポケモンセンターは大惨事となった。
タブンネの心の声が聞けたとしたらこんな風に思っているのだろうか「なんで…?どうして…?元通りになったんじゃないの?ただ沢山のポケモンを助けたかっただけなのに…」
自分のやってしまったことが信じられず、タブンネは再び絶望のどん底へと叩き落とされる。

事態を引き起こしてしまったポケモンセンターは、責任持ってタブンネを処分するとし、正常なタブンネ達までまとめて処分されてしまうこととなった。
「どうして処分されちゃうの?私達どこにも悪いところなんて無いよ…」そんな風に目に涙を浮かべて処分場の檻の外へ訴えている正常なタブンネ達の中で、
例のタブンネは、子タブンネを殺し、患者のポケモンを傷つけ、そして何も悪くない多くのタブンネまで巻き込んでしまった激しい罪悪感に苛まれ、虚ろな目でただ死の時を待っていた。
それから、街のあちこちで、タブンネの悪の波動によって被害者が出るという似たような事件が次々と起こった。人やポケモンを助けたい、
そんなタブンネ達の優しい心が悪の波動として人やポケモン達を傷つけているのだ。純真なタブンネ達にとって自分が傷つけられるより耐え難い苦痛であろう。
この悪の波動を放つタブンネの事件は一世を風靡する大ニュースとなり、関係の無い多くのタブンネも巻き込んで、危険な害獣として駆除する作戦が実行された。
改造されたタブンネ達は、あの男が自分達や多くのタブンネの運命を狂わせたことなど知る由もなく、犯してしまったことに対する自責の念に囚われながら無情に処分されていくのだった。
最終更新:2014年07月30日 23:39