ホドモエシティの街の一角に、タブンネ親子が飼われている家がありました。
そのタブンネは大層可愛がられているようで、あったかそうな手編みのセーターを着させられています。服の中央には、ご主人様が付けてくれた大きな花のアップリケが咲いています。
タブンネの子供は10匹程いて、どの子も可愛い盛りでママが大好きな甘えん坊です。
タブンネは自分に抱きついている子タブンネの内の一匹を愛おしそうに抱き上げると、子タブンネのポヨポヨの柔らかいお腹に頬ずりします。子タブンネもとっても嬉しそうにミィミィと喜びます。
その下では、わたしも抱いてほしいよう、といった甘えた目でタブンネを見上げてミィミィと鳴いています。
とても幸せそうな親子です。その横では、ご主人様が仕事に行くための身支度をしています。
「じゃあタブンネ、良い子にしてるんだぞ。」
そう言うとタブンネは少し寂しそうながらもミィ!と鳴いて返事をします。
ご主人様が家を出ると、タブンネはちっちゃな椅子を出してきて窓際に置き、それに乗って窓から外を見ています。タブンネはご主人様が大好きで、いつもご主人様が見えなくなるまでご主人様を見送っているようです。
しかし今日は何故だか家の前で誰かと話しているようです。
ご主人様は二人の男と話していて、二人のうち一人の男から厚い封筒を受け取ると「毎度あり。」と言っていつものように出掛けていきました。
タブンネは不思議に思いましたが、子タブンネ達がまだ甘えたりないのかミィミィと母親を呼んでいます。タブンネはとことこと子タブンネ達に歩いていき、ストンと腰を下ろすといつものように子供達に愛情を注ぎ始めました。
タブンネが子タブンネを抱き上げると、子タブンネはとってもうれしそうに笑っています。そしてタブンネがチュッと子タブンネにキスをすると、子タブンネはミィミィ鳴いて喜びます。
その下ではまたもや子タブンネ達が「自分にもシテシテコール」をしています。
しばらくするとなにやら子タブンネ達がタブンネのお腹に顔をうずめて何かをチウチウ吸っています。
どうやら母乳を吸っている様子。タブンネも子タブンネも、とっても幸せそう。
しかしそんな幸せも、乱暴に開けられたドアの音にかき消されてしまいました。タブンネ達が一斉にドアを見ると、見慣れない男二人が立っています。
さっきの二人だ!タブンネは思いました。子タブンネ達は男が怖いのかタブンネの後ろに隠れて怯えながら様子を伺っています。
すると男がずんずんと部屋に入ってきて、タブンネに抱きついている子タブンネを引き剥がすと持っていた大きな布袋にポイと入れてしまいました。子タブンネ達は危険を感じたのか男から逃げ出しました。
タブンネはいきなりのことにビックリしています。しかしそうこうするうちにどんどん子タブンネ達は袋に入れられていきます。
タブンネはハッとすると、次々に子タブンネを袋に入れていく男達に「やめて!子供を返して!お願い!」といったようなミィミィ声をかけています。
しかしそんな願いは通じず、子タブンネ達は全員袋に入れられてしまいました。中では子タブンネ達がミィミィと母親を探してもがいています。
家を出ようとする男達の足にタブンネはしがみつき、子供を返してと必死に鳴いています。
「ミィ!ミィミィ!ミギィッ!?」
するとタブンネの顔に強烈な後ろ蹴りが炸裂。タブンネは無様にも後頭部を床に打ち付けてしまいます。
男達は乱暴にドアを開き、カギをかけるとミィミィうるさい袋を背負って冷凍コンテナの方向へと行ってしまいました。
突如として現れた男二人に子供達を奪われてしまったタブンネ。まだ状況が飲み込めないのか、座り込んでポカーンとしています。
あんなに響いていた子タブンネ達の声はキレイさっぱりと止み、常に感じていた子タブンネ達の温もりは暴力とともに消え去ってしまいました。
タブンネはやっと状況を飲み込めたようで、オロオロとパニック状態に陥っています。
「ミッミッミッ………!」
タブンネは不安のあまり部屋中をグルグルと走り回っています。
「ミッ……ミィーーーーッ!!」
するとタブンネは何かを悔やむような、子供達においすがるような叫び声を上げると、自分が何をすべきかわかったようでドアノブへと一直線に向かっていきました。
「ミィ!ミイッ!ミイー!」ガチャガチャ
しかしドアノブは開く訳ありません。またもやタブンネは部屋中をグルグル回っています。
するとタブンネはさっきご主人様を見送った窓を思い出しました。一目散に窓に向かい、椅子に上がり窓を乱暴に開けるとタブンネは窓によじ登り始めました。
そしてタブンネは、久しぶりに外の世界の土を踏みました。しかしそんなことはどうでもいい。子供達を助けなきゃ!!タブンネは短い足を必死に動かして冷凍コンテナの方向へと走ります。
しばらくすると、子タブンネ達のママを呼ぶ声が聞こえてきました。タブンネはそれを頼りに必死に走る、走る。子供達をもう一度抱きしめたい。それだけがタブンネの原動力でした。
道中、何度も街行く人にぶつかったりゴミに足をとられて転びましたが、タブンネは力を振り絞って走り続けました。
そしてタブンネは、やっと愛する子供達の姿を見る事が出来ました。
子タブンネ達は何やら台車の上の大きな檻に入れられ、涙を目に浮かべミィミィと必死に母親を呼び続けていました。その檻はゆっくり、ゆっくりと冷凍コンテナへと入って行きます。
タブンネはひとまず子タブンネに会えた事が嬉しくて、思わず涙ぐんでしまいます。
子タブンネ達がタブンネに気付きました。みんなママに会えた事がうれしくて、ミィミィと喜びの声を上げています。
早く子供達の所に行ってあげなきゃ!タブンネは檻に向かって走り始めました。
すると急にタブンネの視界は真っ暗になり、何かに体をぶつけてしまいました。
どうやら作業員が荷物を運んでいたようで、詰まれた荷物はバラバラと音を立てて崩れてしまいました。
「ふざけんな!邪魔なんだよ豚!」
タブンネは子タブンネ達の目の前でサッカーボールのように蹴飛ばされ、ゴミ袋の山に派手に突っ込んでしまいました。
子タブンネ達は蹴飛ばされてしまったタブンネを心配するような声で鳴いています。
そして子タブンネ達の入った檻が、冷凍コンテナの中に完全に入ってしまったのを捉えました。
タブンネは痛む体にムチを打ち、ゴミ袋の山からのそのそと脱出し、汚くなってしまた手編みのセーターをポンポンとはたくと痛む体をひきずって冷凍コンテナへと歩み始めました。
子供を救うため、痛む体を引きずりフラフラと冷凍コンテナへと向かうタブンネ。
途中、何度も荷物を運んでいる作業員にぶつかったり、ぶつかりそうになってしまい、その度に虫のように蹴散らされてしまいます。
タブンネがやっと冷凍コンテナについた頃にはもう子タブンネ達はかなり奥深くに行ってしまったようで、ミィミィとママを呼ぶ声がしんしんと響いていました。
タブンネはその声を聞き、早足でコンテナの中へと入っていきました。
すると、いきなり強烈な寒さがタブンネを襲いました。タブンネは余りの寒さに一瞬ビクッとしましたが、立ち止まる事無く子タブンネ達の鳴き声を頼りに走っていきます。
幸いなことに、このセーターとタブンネ特有の厚い脂肪があったおかげで、死に至るような寒さではないようです。
タブンネは向かっている途中、ご主人様に何度も感謝しました。
しかし子タブンネ達の鳴き声を聞いているうちに、タブンネはあることに気づきました。
子タブンネの声はどんどん奥に行く度に弱っているのです。そしてブルブルと震えながらも必死に絞り出しているような声だと感じとったのです。
タブンネはより一層急ぎます。早くしないと、手遅れになっちゃう!白い息を吐きながらタブンネは走ります。
そして、やっとの事でタブンネは子タブンネ達の檻に辿り着きました。
どうやら肉を冷凍させるためのエリアのようで、子タブンネ達はカチコチの肉に囲まれ一箇所に集まりブルブルと震えていました。
「ミィ!ミィミィ!」「フィ、フィィ…」「ミィ…」
タブンネがお母さんはここにいるよ、大丈夫だよ、と言うと子タブンネ達は弱々しくも喜びの声を上げます。しかし、今にも消えそうな声です。
ここにきてタブンネは、ある重要な事に気づきました。それは、この檻を開ける事が出来ないということです。
考えもしなかったことに焦るタブンネ。しかし現実は残酷で、そうこうするうちに子タブンネ達はどんどん弱っていく。
タブンネは、檻の前を通る作業員達になにやら呼びかけています。
「お願い!子供達を助けて!」
そう言っているようです。しかし、作業員達はそんなタブンネに目もくれず、自分の持ち場に行ってしまいます。
しばらくすると、タブンネ達がいる所を担当する人がやってきました。
「ミッミッ!ミィ~ミィミィミィ!」
タブンネは必死にお願いしています。
「う~ん、ごめんなあ。おっちゃんにはその檻、開けられんのだわ。」
タブンネは落胆しますが、どうしても諦めることはできません。作業を続けるおじさんに、タブンネは必死にすがりつきミィミィと目に涙を浮かべお願いします。
始めは申し訳なさそうにしていたおじさんでしたが、さすがのしつこさにイライラしている様子。そしておじさんの怒りが爆発。
「しつこいぞ!何度も言った通り、俺にはこれを開けられん!あとお前、ゴミ臭いんだよ!」
しかしタブンネは諦めません。これしか子供達を救う方法が無いからです。
流石の優しいおじさんも、自分の仕事を邪魔する者には容赦はしません。
とうとう怒りは暴力に変わりました。
タブンネは、子供達の目の前で二度目の暴力を味わされるハメになりました。
耳を引っ張られ、顔を殴られ腹を蹴られ…やがてボロ雑巾のようになってしまったタブンネは自分の非力を憎みながら凍てつく地面にひれ伏しています。
フンと鼻をならし仕事を片付けていくおじさん。その横では、子タブンネ立ち上げたが鉄格子の間から必死に母親に呼びかけています。
しばらくするとおじさんは行ってしまいました。タブンネは寒さと痛みに耐えながら立ち上がり、愛する子供達の目の前まで来て、バタリと倒れてしまいました。
ぼやけた視界の中に、なにやら見慣れた顔の人間が、こちらに歩いてきます。
その正体がわかった時、タブンネの心はパアッと太陽が頭を出したかのように急に暖かくなりました。
その人間は、ご主人様でした。タブンネは全てが救われるような気がして、ご主人様にミィミィとお礼を言うように呼びかけています。
しかし次の瞬間、タブンネの心はまたもや凍てつく風に覆われた。
ご主人様の隣に、あの男二人がいるのだ。
自分の子供達をこんな所に置き去りにして、タブンネの心をたくさん痛めつけた張本人だ。
それでも、それでもタブンネはご主人様の足に力無くしがみつき、ひたすら助けと情けを求め鳴き続けます。
するとご主人様が防寒着のポケットから取り出した封筒から札束を広げ、男達とビジネスの話をしています。
タブンネは、自分の声が届いていないんだと思って、さっきより強めに鳴きます。でも、いくら鳴いてもご主人様は自分を見てくれない。
チラリと横を見ると、目を閉じブルブルと震え続ける愛しい子タブンネ達が見えます。タブンネは必死になって鳴きます。喉が潰れるまで鳴きました。
すると、男のうち一人が口を開いた。
「こいつさっきからうるさいんだが、どうするよご主人。」
すると、ご主人様がタブンネを見下ろして言いました。タブンネは、やっと自分に気付いてもらえたと思って安堵の表情を見せます。
しかし、次の瞬間タブンネの心は深い闇の底へと落ちていった。
「こいつはもう使い物にならなそうだ。お前らで処分しておけ。」
「ミィッ!?ミィ!ミィミィミィ!ミッミィ!」
タブンネは、そんなの嘘だよ、有り得ないといった顔で声を張り上げます。
すると、タブンネの視界はご主人様の靴で覆われた。鼻血を吹き出し、じたばたともがくタブンネ。
ご主人様だった人は、何度も何度もタブンネの顔を蹴りつけます。
「ふん!この媚びたような顔を見る度ヘドが出そうだったんだよ!今日まで生き延びられて幸運だったな豚ァ!」
言葉ひとつひとつが、タブンネに突き刺さっていった。そう、全ては罠だったのだ。一人の人間が至福を肥やすための罠だったのだ。
タブンネはそれに、まんまと引っかかっただけ。タブンネはご主人様に拾われた日の事を思い出した。
群れからはぐれ、ひとりぼっちで泣いていたタブンネに、差し伸べられた手…それが全ての始まり。
顔を血まみれにしたタブンネは、男の手によって冷凍コンテナからつまみ出され、近くの草むらへと乱暴に投げられた。
もう日は沈みつつあり、オレンジ色がタブンネを包み込む。
タブンネの記憶はここで途切れた…
ご主人様に顔を踏みつけられ、顔を血まみれにされたタブンネ。その表情は絶望と悲しみだけで構成されています。
しかし、なおもタブンネはご主人にすがりつきます。一方ご主人は汚い顔を近づけるタブンネをゴミを見るような目で見ています。するとご主人が口を開きました。
「おい、檻の中にいる子タブンネ共が泣いて喜んでいるぞ。お前ら、もっと楽しいショーを見せてやれ。」
男二人がニヤリと微笑み「了解。」と言うとご主人の足にすがりつくタブンネを思いっきり蹴り飛ばしました。
「ミギャァァッ!!」
タブンネはコンテナに背中から激突。子タブンネ逹はミィッ!と悲鳴を上げました。
そして男がぐったりとしているタブンネを掴むと、檻の前の地面にビターンと叩きつけました。
「ミガッ!ミィギィィィィ!!」
タブンネは痛みのあまりのたうち回ります。そして男二人による容赦ないリンチが始まりました。
「ミギッ!ミグィィイ!ンミィッ!ンギィィイ!!」「ミィ!ミィミィン!ミッミィ!!」
タブンネの短い絶叫と子タブンネ達の悲鳴が見事な合唱を奏でています。
どれくらい時間がたったでしょうか、もはやタブンネは芋虫のように丸くなりピクピクと痙攣するのみになってしまいました。
体も足跡だらけ、タブンネがあんなに大事にしていたセーターは完全にボロボロです。
「なんだ?お前タブンネのくせにお洋服なんて着ちゃってるのかぁ?」
男がボロボロの薄汚れたセーターに手をかけると、タブンネはさっきまでの弱りようからは想像も出来ない程に暴れ始めました。
「オラッ!」
男が力を入れるとセーターはビリビリと音を立てて破け、タブンネから離れていきました。
「ミィイイイイイイイイ!!」
タブンネがやかましく喚き散らしながらじたばたと暴れています。
すると男はハッとしてご主人に申し訳なさそうに尋ねます。
「あー、すまん。これいくらだ?」
ご主人が答えました。
「いい。それは安物だ。それにタブンネの毛皮で出来ている。値段などたかが知れているさ。」
「そりゃ大安心だ!」
そして男はセーターをめちゃくちゃに踏みつけます。タブンネがそれをかばおうとしますが、一緒に蹴られてしまいます。
セーターは完全にボロ切れになってしまいました。
追々と泣くタブンネ。子タブンネも、タブンネの泣く姿には耐えられないのでしょう。
子タブンネ達はタブンネにおいすがるあまり、鉄格子に手を付き立った姿勢のままでミィミィとかすれた声で鳴いています。涙は滝のように流れています。
しかしそんなことをしていては体温を逃すばかりで、鉄格子も冷気でカチカチです。
「おい見ろよ!あいつらの手、凍っちまってるぜ!」
タブンネが視線を移すと、子タブンネの手がカチカチと音を立てて凍っていきます。しかしそんなことには気付かず子タブンネ達は鳴き続けます。
そしてその時はやってきてしまいました。子タブンネ達は足から徐々にカチカチと凍っていき、ついには凍った手と合流してしまいました。
それでもタブンネ達は涙を流して鳴いています。首が完全に凍ってしまった時、子タブンネ達は絶望と悲しみに歪んだ顔で凍ってしまいました。
最後まで母親を求め続けた子タブンネ達は、最期の時まで母親の温もりに溺れることなく死んでいきました。
「ミッ…?ミィ…?ミィ…ミィ…?」
どうしちゃったの…?といったような声で凍ってしまった子タブンネ達に呼びかけているタブンネ。
男達は笑いをこらえながら檻の中で絶望の表情のまま凍っている子タブンネを取り出しタブンネに投げました。
子タブンネの小さな胸に、タブンネは今にも千切れそうな触覚を当てます。
しばらくの静寂の後、タブンネの顔はみるみるうちに青白くなっていきました。
「ミィィァァァアアアアアアアア!!!!」
タブンネの絶望に染まった叫びが、冷凍コンテナの冷たい空気に響き渡る。
男達はもういいだろう、といった顔をしてタブンネの首の後ろを掴むと、発狂し暴れまわるタブンネを担いで出口へと向かっていきました。
タブンネはその間、子タブンネ達の檻から目を離す事はありませんでした。
そしてタブンネを近くの草むらにゴミのように投げ捨てると、暴れ続けるタブンネに強烈なストンプを食らわせ冷凍コンテナへと戻っていきました。
タブンネはどこまでも青い空と、自分の無力さを憎みながら気絶しました。
タブンネは夢の中にいました。
暖かい部屋の中、タブンネとその子供達はご主人が寝ていた布団の上に寝転がり幸せな気分に浸っていました。
外には雪が降っていて、子タブンネ達は初めて見る雪に目を輝かせ、窓から手と顔をムニュッとつけたまま離れようとしません。
タブンネは幸せに身を任せ寝転がっている子タブンネ達を抱き寄せ一匹一匹丁寧にペロペロと舐めています。
子タブンネはちょっとくすぐったそうですが、すぐに可愛らしい笑顔が咲き、両手をバンザイして喜びを体で精一杯表現します。
窓に張り付いていた子タブンネ達も、それを見るとちいさな椅子から降りてママの所に向かっていきます。
部屋中にミィミィという喜びや愛情を催促する声が響きます。タブンネはその声を聞く度に幸せでした。
しばらくするとご主人が美味しそうな木の実と甘い甘いホットミルクを持ってきました。
タブンネ達は木の実を受け取ると大きく口を開けてかぶりつき、しゃくしゃくと幸せそうに木の実を頬張っています。
タブンネ達は木の実を食べ終わるとホットミルクをぺちゃぺちゃと飲み始めました。みんな口の周りを白くして、ミッミッ♪と幸せの声を上げ飲んでいます。
そして食べ物は無くなり、お腹いっぱいの子タブンネ達はタブンネに抱きつきミィミィと甘え始めました。
タブンネ達は布団の上でいつまでもいつまでも寝転がったり、抱き上げたり抱きしめたり…いつの間にか子タブンネ達は甘え疲れて眠ってしまいました。
タブンネはそれを見ると幸せそうに目を閉じて、子タブンネ達と夕方になるまで眠っていました。
でも、目を覚ましても子供達はいませんでした。それどころか体中が痛くて、心がズキズキとしています。
タブンネはさっきの物が夢だとわかると、涙を流してえぐえぐと泣き始めました。
夢の中のタブンネは、今のタブンネに無いものを全て持っていました。
タブンネが空を見上げると月と星がキラキラと輝いていました。そしてタブンネは昨日のうちに起こった事を全て思い出しました。
タブンネは長い間気絶していたようで、既に街からは光が消え、人は一人も歩いていませんでした。
タブンネはのそのそと草むらから立ち上がると、寝静まった街にトボトボと歩いていきました。
タブンネのお腹はペコペコで、お昼に食べた木の実以外何も口にしていませんでした。
タブンネは子タブンネ達が死んだ瞬間をこの目で、この触覚と肌で、イヤというほど感じてしまいました。今もあの不気味な冷たさが手に残っています。
柔らかくて暖かいポヨポヨのお腹はすっかり凍って固く冷たくなっていて、まんまるでくりくりの大きな目は白く濁っていて、そこからは涙がつららのように垂れていました。
タブンネはもう、全てを諦めた様子でした。肩はガックリと下がり目は虚ろで、あんなに良かった毛並みもボサボサです。
そして何よりタブンネは身も心もズタズタでした。タブンネは1日で全ての幸せを奪われ、ただの汚い豚へと成り下がってしまいました。
タブンネはいつのまにかご主人の家の前にいました。無意識に家へと帰っていたのでしょう。
ここがタブンネの唯一の居場所です。もうここ以外帰る場所は無いのです。
タブンネは固く閉じられたドアを力無く叩いたり、引っ掻いたりしていました。いつまでも、いつまでも…
気が付くと太陽が頭を出していました。タブンネはそれを虚ろな目で見つめ続けていました。
すると、街の家から次々と人が出てきました。作業服を着ています。タブンネはそれを見ると、思わず着いていってしまいました。
もしかしたら…そう思いタブンネは冷凍コンテナへと歩みを進めます。
タブンネは冷凍コンテナが開くのを一人でずっと待っていました。作業員達がタブンネを指差して何かを喋っています。
「あいつ、昨日のタブンネだよ…」
「まだわかってないのか…もうとっくに凍っちまってるのに」
タブンネはそんな言葉を生気の無い顔で聞いています。そして無表情なのに、涙が流れてきました。
もうタブンネの精神はボロボロです。子供を奪われ主人に捨てられ、帰る場所すら無いのです。タブンネはわずかな希望にすがりつくしかありませんでした。
でも、タブンネはわかっていました。目の前で死んでいった子供達は、鮮明に記憶に残っています。
それでもタブンネは諦めきれませんでした。ただひたすら、またあの幸せを求めているのです。
タブンネはずっと待っていましたが、いつのまにか眠ってしまいました。
しばらくすると、冷凍コンテナの周りが賑やかになっていました。
タブンネを耳をピクッと動かして、目を開きました。
何やら漁師のような人達がコンテナで冷やしたマグロや肉を広げ、スーツ姿の人達に売っているのです。
タブンネはそれを見て、自分の子供達がどこにいるのか、必死になって探し回りました。
そしてタブンネは、冷やされて冷気を発している檻を見つけました。
その横には、あの男が椅子に座って料理人と話しをしていました。タブンネは料理人の後ろで、怒りに震えていました。
やがてその料理人は紙に何かを書き、それをあの男に渡して子タブンネを受け取りどこかに行ってしまいました。
男がタブンネに気付きました。男は憎しみと恨みのこもった顔で睨み続けるタブンネを見て、ニヤリと微笑みました。
「よお、昨日のママさんじゃねぇかwwこんなに美味しいお肉を提供してくれてありがとなwww」
タブンネはますます顔を怒りで歪めます。
「まあ、今のお前はママでもなんでも無いただの汚い豚だけどなww」
男がそう続けると、タブンネはもう我慢出来ない!といった顔で息を荒くして怒りに身を震わせていました。
「ミフーッ!ミフーッ!」
「おぉっと、そんなに怒ってもダメだぜ。何しろコレは超高級の…」
男がそう言って檻の中の子タブンネ達に手をかけました。タブンネはその瞬間、子供達を守らなきゃ!という気持ちが心の奥から吹き出ました。
「ミィーーーーーーッ!!!」
タブンネは男に、見よう見まねの全力の捨て身タックルを食らわせようとしました。
しかし男はそれをひょいと避け、タブンネに足を引っ掛けました。
ものすごい勢いで顔から転倒し、地面を滑るタブンネ。顔から傷口が開き、血がにじみ出ます。男は大爆笑しています。
どこまでも惨めな気分のタブンネは、地面にひれ伏したまま歯をギリギリと鳴らし地面を殴り続けるしかありませんでした。
男はそんなタブンネを無視して商売を続けていました。
「ミギギギギギ……ミフーッ!ミフーッ!ミィィィイ………!」
ぶつけることの出来ない怒りと憎しみ体を悶えさせ、わなわなと震え続けるタブンネ。
しかしそうこうするうちに子タブンネ達は飛ぶように売れていき、タブンネの目の前でまた一匹、また一匹とどこかに運ばれていきます。
タブンネはこのままではいけないと思い、男の前まで来て顔と手を地面に付き、ペコペコともう勘弁して下さいといったふうに頭を下げています。
怒りをこらえ、今にもどうにかなりそうなのに、その諸悪の根元にペコペコと頭を下げるのはとても耐えきれませんでした。
「ダメダメ、そんなことしても返してあげないよ。」
男はそう言いますが、タブンネはそれをやめません。よく見れば、地面が涙で濡れています。
「そうだ!タブンネちゃんがサンドバッグになってくれれば、子供達を返してあげるよ!」
タブンネはサンドバッグという言葉がわかりませんでしたが、顔をバッと上げ「何でもします、やらせて下さい!」といったふうにペコペコと頭を下げミィミィ鳴きました。
「ようし決まりだ!タブンネちゃんはこれからタブンネじゃなくてサンドバッグだ!」
男はそう言うと、檻の中でエビのように丸くなり凍っていた、売れ残りの一番小さな子タブンネを取り出すと、タブンネの口に詰め込みました。
「ンムィッ!?ムゥー!ムグゥーッ!」
男はそんなタブンネを押さえつけ、口に強力なガムテープを貼りつけました。
男はそれを喉のほうへと送り込もうとしています。
タブンネは必死になって飲み込まないようにしていますが、息が出来なくなり喉の力を緩めた瞬間にブチブチと喉がなり、子タブンネを飲んでしまいました。
お腹の中で、冷たくて大きな物がゴロゴロとしている感覚はとても気持ち悪く、それが子タブンネだと思うと今にも吐き出したくて仕方ありませんでした。
この子タブンネは、兄弟の中で一番小さくて、一番甘えんぼうで、まだ乳しか飲めない可愛い子タブンネでした。
「ムムム、サンドバッグにはこんな媚びた尻尾はついていないぞ!」
男がわざとらしく言って、尻尾を握り力を入れ始めました。
ブチィッ!フサフサの尻尾は血にまみれながら千切れました。
「ンンンンムゥィィイギィィィイイイイ!!」
声にならない悲鳴を上げ、痛みに苦しみ暴れ回るタブンネ。
男はひきちぎった尻尾をタブンネの肛門に詰めると、またもやあのガムテープで肛門を完全に塞ぎました。
そして耳と耳を縄で縛りつけ、冷凍コンテナのすぐ横にあるフェンスにくくりつけられてしまいました。
タブンネは尻尾をちぎられた激痛に耐えきれず、涙をポロポロ流して泣いています。
「ようし、これでタブンネちゃんはめでたくサンドバッグになれたね!じゃあまず手始めに…オラッ!」
男は無防備なタブンネの腹に右ストレートをくらわせました。
ボコォッという鈍い音のあと、タブンネの声無き悲鳴が上がり、お腹の中で何かが潰れた音がしました。
「じゃあタブンネちゃ…いやサンドバッグちゃん、死ぬまで頑張ってねー!」
男は高笑いと共に去っていきました。
タブンネはというと、鼻でプゴプゴ赤い泡を立てて必死に呼吸をしています。
そして冷凍子タブンネによりキンキンに冷やされてしまったお腹は、何やらギュルギュルと鳴っています。
通りかかる作業員達が、不思議そうな、興味津々な目をして通り過ぎていきます。
タブンネは惨めで惨めで、恥ずかしくて恥ずかしくて…
そして助けを求め鳴いていると突然凄まじい腹痛に襲われました。
タブンネはお尻をクイッと上げ排泄を試みますが、肛門が完全に塞がれているので排泄が出来ません。
お腹の激痛に体をよじらせ悶えるタブンネ。するとタブンネの前に人が立っています。
タブンネはこの人が助けてくれるのだと思って、鼻でプゴプゴ必死に呼吸して、フガフガと鳴いて自分の可哀想な姿をアピールしています。
するとまたもやタブンネは内臓が破裂するような激痛を感じました。タブンネはなにが起きたのかわかりませんでした。
タブンネは鼻から血をブシュッと吹き出し白目になって手足をじたばたさせています。
すると周囲からどっと笑い声が聞こえてきました。
タブンネがまばたきして目を開けると、拳を構えた作業員がいました。そしてそれを見た直後…
「ムグィギィィッ!プッ!プゴッ!プゴゴッ!プヒュー!プヒュー!」
タブンネの腹に拳がズバンとめり込み、タブンネの内臓は破裂してしまいました。
タブンネは必死に呼吸をしていますが、血と鼻水が邪魔をして、赤い鼻ちょうちんが出来ています。
間髪入れずに次の拳が襲いかかりました。
それはタブンネの腹を上から突き上げるようなパンチで、タブンネは胸の辺りに溜まっていた内臓の破片や血ヘドが一気に逆流してしまいました。
しかし口から吹き出す事は許されず、鼻から勢い良く飛び出しています。さながらギャグマンガのようです。
タブンネは口に溜まっている血ヘドが気持ち悪くて、何度も吐きそうになりました。
「あースッキリした。また今度頼むわサンドバッグちゃんww」
作業員はせいせいした様子で去っていきました。
気が付くとタブンネは大勢の作業員達に囲まれていました。皆ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべています。
タブンネは今から自分がされる事がなんなのか、一瞬で理解出来ました。
「ムィッ……ムー!ムィムィムムーッ!ングーッ!!」
タブンネは必死になって命乞いしていますが、そんな態度は逆効果です。
ドゴン!ズバァン!そこら中に音が響き、男達は次々とタブンネの腹に強烈なパンチをくらわせています。
タブンネは目をギョロギョロさせ、ただ体の中身が潰れていく感覚に耐えていました。
腸や大腸、さらには膀胱までが潰れ、タブンネの体内に糞尿が染み出します。
「こいつでとどめだ!」
最後と思われる作業員が、タブンネの背中が突き破れそうなほどのパンチを食らわせました。
「ングギミィィイイイイイイイ!!」
タブンネは絶望と苦痛に染まった叫びを上げました。
「ミブボォッッッ!!」
するとタブンネの口を固く閉じていたガムテープが謎の赤黒い液体とともにタブンネから放出されました。
「うわ!汚ねぇ!おい逃げるぞ!」
タブンネは赤黒い液体を放出した後、茶色い液体をドボドボと吐き出しました。
「ミボォオエエエエエエエエエエ!!」ビチャビチャ
タブンネの吐き出した茶色の液体はタブンネの体内に溜まっていた糞尿でした。
するとタブンネの喉がいきなりベコンと盛り上がり、何か大きくてピンクの汚れた毛玉を吐き出しました。
それは、子タブンネでした。汚物の中から、白く濁った2つの目がタブンネを見つめていました。
「ミギィィィィァァァァアアアアアア!!!」
タブンネが絶叫を上げると、縛られていた耳がちぎれ、タブンネは汚物の中にどしゃりと落ちてしまいました。
汚物の中に、汚い小さな毛玉の上にアザだらけのタブンネが乗っかっています。
タブンネは、やっと子供を抱きしめる事が出来ました。
そしてタブンネは呼吸も出来ぬまま、醜く汚れたまま死んでいきました。
その死に顔は絶望に歪みきっていて、この世の物とは思えないほどでした。
そしてもう、ホドモエシティからは子タブンネ達の甘える声は聞こえなくなってしまいました。
終わり
最終更新:2014年08月03日 23:49