とある森にかわいい女の子のタブンネがお父さんと2人で住んでいました。
お母さんはタブンネが今より小さかったころに死んでしまったらしいのですが、
タブンネは献身的なお父さんの愛情を一身に受けて何不自由なく暮らしていました。
しかし、この恵まれたタブンネにはどうしても我慢できないことがありました。
それは、お父さんが森のポケモンにペコペコしていることです。
タブンネはまだ子供なのであまり体はおおきくありませんが、
お父さんは大人なので森に住むポケモンの中ではそれなりに大きい方です。
でもお父さんは森で他のポケモンとすれ違うと頭を下げたり道を譲ったりして、
タブンネにもそうするように必死に横目で合図するのです。
それを見るたびタブンネはお父さんに失望し、腹立たしく感じるのでした。
この森で頂点にいるのがローブシン一家です。
ボスのローブシンはお父さんより大きく、強そうなことはタブンネも分っています。
しかし、配下のドテッコツはだいたいお父さんと同じぐらいの大きさで、
下っ端のドッコラーに至ってはその半分ぐらいの身長しかありません。
それにも関わらず、お父さんはドッコラーにさえもペコペコして、
唾を吐きかけられてもニコニコ笑って反抗しようともしないのです。
昔はタブンネもお父さんのことが大好きで尊敬していたのですが、
外を歩くたびにこんな光景を見せられて今ではすっかりお父さんを嫌っています。
タブンネはお父さんから一人で出歩くことを禁止されていたため
木の実集めなどの仕事はお父さんにまかせっきりでしたが、感謝などしていませんでした。
たまに叱られることがあっても心優しいお父さんのおしおきなどたかがしれていたので
反省などする様子はまるでなく、お父さんのことをますます軽蔑するようになるのでした。
ある日、タブンネは言いつけを破って一人で外へ出て、夜になって戻ってきました。
するとお父さんはこれまでとは打って変わってタブンネを厳しく叱りつけたのです。
タブンネは内心びっくりしたのですが、お父さんを舐めきっていたので聞き入れません。
必死で訴えかけるお父さんを無視して木の実を食べて眠ってしまいました。
その日からタブンネは説得するお父さんを無視して一人でどこかへ出かけるようになりました。
しばらくすると、タブンネの体つきが少しずつしっかりしてきました。
どうやら巣を抜け出してどこかでトレーニングをしているようです。
お父さんはそんなタブンネを心配して色々問いただそうとしましたが、ダメでした。
強引に聞き出そうとするとタブンネは暴れ出して巣じゅうのものを壊してしまうのです。
いつの間にかタブンネはお父さんの手には負えなくなっていました。
それにしてもタブンネは一体何のためにトレーニングなんてしているのでしょう。
ある日の夜中、タブンネがのそのそと寝床を抜け出し巣から出て行きました。
これまでになかった新しいパターンです。どこへいくのでしょうか。
森のなかをドスドスと歩くその顔には随分と気合が入っているようです。
たどり着いたのはこの森で一番強いと言われるローブシン一家のすみかでした。
なんと、タブンネはローブシン一家をやっつけるつもりだったのです。
入口では見張りのドッコラーが立ったままでうとうとしています。
タブンネは自信満々な表情でドッコラーを一瞥すると、渾身の力を込めたパンチを
ドッコラーの顔面に打ちこみました。が、ドッコラーにはまるで効いている気配がありません。
それどころか、ドッコラーはいまだ夢の世界にいるようでした。
タブンネは一瞬焦ったような表情になりながらも鼻をフンとならして距離をとりました。
どうやら突進するつもりです。体を丸くして重心を低くし、みぃぃと叫びながら走りだします。
ドン、と大きな音がして直撃を喰らったドッコラーが後ろにごろりと一回転しました。
タブンネは肩で息をしつつ得意げな顔をして、倒れているドッコラーに対してなにやら喚いています。
しかし、ドッコラーは何事もなかったかのようにのそっと起き上がりました。
そしてタブンネを睨みつけます。今ので完全に目が覚めたみたいですね。
一方タブンネは信じられないといった表情で呆然としています。
それもそのはず、タブンネは水を混ぜた砂でドッコラーより大きい山を作って
体当たりでその山を崩す練習を何日も何日も繰り返していたのです。
きっと、ドッコラーも砂の山のように粉々になると思っていたのでしょう。
よっぽどさっきの攻撃に自信があったんですねぇ。馬鹿ですねぇ。
ドッコラーは地面にペッと唾を吐いて眉間にしわを寄せながら近づいてきます。
タブンネは一瞬たじろぎながらもみぃみぃと声をあげて威嚇している様子。
このタブンネは子供とはいえドッコラーよりは少し背が高いようです。
それにしても、タブンネがすごんでも全然怖くないですねぇ。ドッコラーも半笑いです。
タブンネはそれが気に食わなかったらしく、さらに不満そうに何やら喚いています。
次の瞬間、ドッコラーの強烈なパンチがタブンネの顔面にめり込みました。
ミギャーーーーーーーーーーーッ!!!
タブンネは大きく吹き飛び、耳をつんざくようなどぎつい悲鳴を上げながら
顔を押さえてゴロゴロとのたうちまわっています。
きっと今までこんな痛い目にあったことなんてないんでしょう。
顔面からありとあらゆる汁を垂れ流しながらうぎぃうぎぃと醜く鳴き喚くタブンネちゃん。
あんなに大きく振りかぶったパンチを喰らうなんてノロマすぎますねぇ。
本当に戦うつもりで来たんでしょうか。
しばらくして悲鳴がやみました。タブンネは顔を地面に伏せたままです。
きっと頭の中で今の状況を整理しているのでしょう。頭の回転が悪いですねぇ。
それとも練習でつちかった自信(笑)とやらを粉々に打ち砕かれて絶望しているのでしょうか。
その間にもドッコラーはタブンネとの距離をどんどん詰めていきます。
自慢の聴覚(笑)が足音を捕えたのでしょうか。タブンネははっと顔を上げます。
そんなタブンネちゃんの視界に真っ先に入ったのはドッコラーのつま先でした。
パチンッと爽快でなんとも心地よい弾ける音が夜の森にこだましました。
タブンネは不思議そうにみっ?みっ?と鳴いています。突然右目が見えなくなったからでしょう。
痛覚が麻痺しているのでしょうか、必死で右目を両のおててでまさぐっています。
赤黒い血でべとべとになった両手を左目で確認したタブンネが再び悲鳴を上げました。
ドッコラーはそれを見て腹を抱えてゲラゲラ笑っています。
パニックに陥ったタブンネが大きな悲鳴を上げて暴れまわったものですから、
すみかで眠っていたドテッコツとローブシンが目を覚まして出てきてしまいました。
ドッコラーはすぐさま近寄って兄貴分の彼らに何かを伝えているようです。
事情を把握したのか、ドテッコツがタブンネの胸倉をつかんで持ち上げてしまいました。
タブンネは必死で抵抗するのですが、足は空回りし、手はドテッコツに届きません。
ドテッコツはそれを見てにやにや笑っています。その気持ちはよくわかりますねぇ。
タブンネの顔がみるみる真っ赤になってきました。首が絞まっているのでしょうか。
違いました。これはどうやらタブンネが怒っているようです。まるで立場が分ってない様子。
なんとタブンネがドテッコツに向かってペッとツバを吐きかけました。強気ですねぇ。
怒ったドテッコツはタブンネの顔面に頭突きを喰らわせたうえ地面に叩きつけます。
哀れタブンネ、ものすごい勢いで顔面から地面にぶつかったようでそれはもうひどい有様です。
顔じゅうに小石がめり込んで傷まみれ、歯は半分以上抜け落ちています。
声にもならない悲鳴を上げて転がりまわるタブンネをドテッコツが踏みつけます。
文字通り必死で手足をばたつかせるタブンネの小さな体からミシミシと音が聞こえてきます。
お父さんと同じぐらいの大きさだからとドテッコツを侮っていたのでしょうか、
残った左目を見開いてまたもや信じられないという表情をしています。
たまにお父さんに叱られたときのビンタなんかとは全然威力がちがいましたね。
それにしても、うつ伏せの状態で背中を押しつぶされては息ができないのではないでしょうか。
その通りでした。タブンネの抵抗も次第に弱まり、ヒューヒューと苦しそうな音が聞こえます。
ドテッコツはにやりと笑みを浮かべてさらに力を込めていきます。
遂にバキッと何かが砕ける音がしました。背骨でしょう。
同時にタブンネの頭と両の手足が一度ビクンと持ちあがり、ドサリと地面に落ちました。
タブンネは完全に意識を失っており、顔面がピクピク痙攣し口からは泡が出ています。
次に頭を踏みつぶしてタブンネに止めを刺そうとするドテッコツを、ローブシンが一喝しました。
どうやら、このローブシンはふんべつがあるポケモンのようです。強者の余裕でしょうか。
ドテッコツはしぶしぶ上げた足を下ろし、ローブシンについてすみかにもどって行きました。
ドッコラーも、タブンネにおしっこをひっかけてから、どこかへ行ってしまいました。
タブンネが目を覚ますと、そこは見慣れた自分の巣の中でした。
さっきのはタブンネの夢だったのかというと、そうではありません。
いなくなったタブンネを心配して探しに来たおとうさんが、倒れているのを見つけてくれたのです。
タブンネの有り様と言ったらそれはもうひどいものです。
背骨は完全に砕けており、寝返りすら打つことができません。
また、右目はぐちゃぐちゃに潰れ、もう二度と開くことなんてできないでしょう。
あんなに可愛らしかった顔もぱんぱんに腫れあがって完熟トマトのようになっています。
自分が間違っていたことを知ったタブンネは涙を流してお父さんに謝りました。
同時にお父さんがこの森の上下関係をよく理解していることも知りました。
そしてこれまで一人で歩いているときに彼らに出会わなかった幸運にも感謝しました。
あれほど勝気で自分勝手だったタブンネもすっかりしおらしくなってしまったんですね。
お父さんはそんなタブンネの頭を優しくなでて慰めてあげています。
しばらくして、いつのまにかお父さんはいやしのはどうを使えるようになっていました。
きっと可愛い娘のために一生懸命練習したんでしょうねぇ。
お父さんの献身的な介護にタブンネも心から感謝しているようです。
右目はもうどうしようもありませんが、他は日に日に良くなっている様子。
タブンネもなくしていたお父さんへの尊敬の気持ちをとりもどしたのでしょう。
でも、これにて一件落着、というわけにはいきませんでした。
お父さんは動けなくなったタブンネのためにこれまで以上に頑張って木の実を集めていました。
介護疲れもあるでしょうが、かわいい娘のため。お父さんは全く苦に感じていませんでした。
しかし、先日の一件でこの親子は森じゅうからすっかり目をつけられてしまったのです。
これまではローブシン一家とすれ違っても、頭を地面にこすりつけておけば唾を吐きかけられる
ぐらいだったのですが、あの日以来徹底的に痛めつけられるようになってしまいました。
他のポケモンたちもそれを見てお父さんタブンネを見かけるたびに暴力を振るうようになったのです。
また、せっかく集めた木の実を横取りされたり、踏みつぶされたりもするようになりました。
お父さんはやめてくれと涙ながらに懇願するのですが、昔のように見逃してなどもらえません。
抵抗するそぶりをみせようものならローブシン一家に告げ口され、ドテッコツに暴行されるのです。
そもそも抵抗しようとしたところでタブンネが勝てる相手を探すほうが難しいぐらいですが……。
もうどうしようもありません。お父さんに出来ることは黙って暴力を受け入れることだけです。
しかしどうしようもないとはいえ、娘のために木の実集めをやめるわけにはいきません。
お父さんは寝る間も惜しんで木の実集めをするようになりました。
毎日毎日木の実集めと娘の介護。そのうえ他のポケモンたちから浴びせられる暴力。
お父さんはどう考えても一杯一杯だったのですが、娘の前ではそんなそぶりはみせません。
しかし、夜中にあまりの痛みと疲れに耐えかねて一晩中うめき声を上げ続けたりすることがあります。
それを聞いてタブンネはまた涙を流して心の中でお父さんに謝り、反省するのでした。
タブンネはタブンネらしく生きていかないとだめなんだ。
もしも元気になってまた外を歩けるようになっても、絶対に他のポケモンには歯向かわない。
頭を地面にこすりつけて生きることを許してもらわないとだめなんだ。
わたしたちはこの世界で一番価値のないポケモンなんだ―――
タブンネはすっかりタブンネの生き方を理解したみたい。
相手に媚びるわざを次々に覚えるのもそれゆえなんでしょう。
でもどうやらこの心得、普通はもっと小さい頃に痛い目にあって覚えることらしいです。
甘やかされて育ったせいでしょうか、普通よりずいぶん気づくのが遅くなってしまいました。
そしてそのせいで普通よりずっと痛い目にあったみたいですねぇ。
ま、もしまた外を出歩くようなことがあったら、苦労すると思うけど、頑張ってね。おしまい。
最終更新:2014年08月04日 00:00