おねしょ

うちのタブンネはもう立派な大人だと言うのに寝小便のくせが治らない。
当然タブンネが自分で汚れた寝床の片づけなど出来るはずもなく、
寝小便した次の朝はおずおずと俺の足元へやってきては申し訳なさそうな顔で
上着の裾をちんみりとつまんで「みぃ~、みぃ~」と鳴くのだった。
とうとう我慢の限界が来た俺は縮こまっているタブンネの首根っこをひっつかみ

「いつまで寝小便垂れるつもりなんだデブ、次やったら叩き出すから覚えとけ」
と説教してやった。タブンネは俺の態度に怯えてこくこくとうなずいていた。

次の朝、いつまでたってもタブンネが起きてこないのでもしやと思った俺は
朝食を作る手をとめ、タブンネの寝床(毛布入りのカゴ)を置いてある部屋へ向か
った。
俺が乱暴に部屋のドアを開けると、既に寝床から起き上がっていたタブンネは
びくっと体を震わせ、寝床を体で隠しつつ恐る恐る俺の方へ向き直った。

「お前まさかとは思うけど昨日の今日でもう寝小便垂れたんじゃないだろうな」
そう怒鳴りつけるとタブンネは視線を右へ左へと飛ばして明らかに動揺している。
これはもう間違いないだろう。俺が寝床の方へ足を進めるとタブンネが走ってきて
俺の腰に抱きつき、必死な顔をして「みっ、みっ」と何やら訴えかけてくる。
寝床を見るなということだろう。「邪魔だ、どけ!」とタブンネを引きはがして
カゴの中を覗き込む。毛布がしっとりと濡れていた。この野郎、やりやがったな。

「昨日寝小便垂れたら叩き出すって言ったよな」そう伝えると
タブンネは両目をキュッと閉じてイヤイヤと首を振っていたが、
俺があまりに冷たい態度をとるものだから終いにはひっくひっくと泣きだしてしまった。
「泣いたって許すわけないだろ。しばらく外で反省しろ!」
俺は許してもらおうと必死なタブンネを両手で抱えて家の外へ連れて行き、
小便の始末をしてから急いで作った朝食を採っていつものように仕事へと向かった。
タブンネは庭で子供のようにピーピーと泣いていた。

仕事から戻ってくるとタブンネが足を前に投げ出しドアにもたれて座っていた。
タブンネは俺の姿を見つけると「みぃ!」と嬉しそうに駆け寄ってくる。
いくらタブンネでも説教され叩き出されたことを忘れたなんてことはないだろう。
いつも通りにしていればいつも通り可愛がってもらえるとでも思ったのだろうか。
俺はそんなタブンネをあえて無視して鍵を開け、ドアのノブに手をかけた。
タブンネは焦って俺とドアの間に体を滑り込ませて許しを乞うた。
「寝小便が治らないお前はしばらく家の中には入れないよ」と伝えると、
タブンネは絶望した表情になって『お腹がすいたよ』のアピールをしてきた。

「間違えた、お前はしばらくうちの子じゃない。飯も自分でなんとかしろ」
俺はそう伝えると固まっているタブンネをどけて家へと入った。
しばらくすると、タブンネがドアをカリカリとひっかく音といつもの「みぃ~、みぃ~」
と許しを乞う鳴き声が聞こえてきた。俺はあまりのワンパターンぶりに腹が立って
「うるせぇぞブタ!これ以上騒ぐようなら保健所に連れて行くからな!」
と窓から怒鳴りつけた。タブンネはシュンとした顔をしてうつむいてしまった。
「それと、今夜は雪が降るらしいからせいぜい気をつけるんだな」
俺はそう言い残して窓をピシャッ!と閉めた。ドアの向こうは静かになった。

次の朝、家の周りにはきれいに雪が積もっていた。
ドアを開けるとすぐそばでタブンネが丸くなってぷるぷる震えており、
主人である俺を見て「みぃぃ……」と弱弱しく鳴き声を上げている。
俺はドアを開けたままタブンネに向かって「来い」と短く伝えた。
タブンネはびくびくしながらもよろよろと家の中へ入ってくる。
そのまま暖房のきいた暖かい部屋に入ると、ぱぁっと明るい表情になり、
『許してくれてありがとう』とでもいいたげに「みいっ!」と頭を下げるのだった。

俺は関心なさそうにフンと鼻を鳴らすと朝食の準備に取り掛かった。
タブンネは暖房の風がちょうど当たるところに寝転がって幸せそうにしている。
俺は朝食をささっと作ると、タブンネにも乾燥フードを盛ってやった。
タブンネは一日半ぶりの食事に喜び、いつも以上にがっついている。
フードを食べ終えると、タブンネは『お水がないよ』とでもいいたげに
水を入れる器を口にちょこんとくわえてトコトコと俺の元へとやってきた。
「水をやったらお前は寝小便するだろ」俺は食事の手を止めることなく言った。
タブンネはカシャーンと器を落とし、「みっ、みっ、みっ……」と鳴いている。
手早く身支度を整えた俺はタブンネに「じゃあな」とだけ伝えて仕事へ向かった。

帰ってくるや否や、タブンネが涙を流しながら足元へすがりついてきた。
タブンネを無視して居間へ入ると、花瓶が倒されていたり棚を漁ったりした跡があった。
どうやらよほどのどが渇いていたのだろう。残念ながら花瓶にも棚にも水はない。
夕食を作ろうと台所へ行くと、ここでもタブンネが悪戦苦闘したらしく
水場の床に敷いてある絨毯が大きくずれていた。シンクに向かって跳ねまわったようだ。
丸二日も水分をとってないうえに乾燥したメシばかりガツガツ食ってるからだろう。
高い温度設定でつけっぱなしにしておいた暖房も影響しているかもしれない。

俺が水を出して手を洗うと、音を聞き付けたタブンネが駆け寄ってきて
「みいっ、みいいいっ!」と必死で『お水をちょうだい!』と訴えてくる。
そんな要求はもちろん無視して俺は夕食を作り、タブンネにもフードを与えた。
いつもは夕食にみずみずしい木の実を添えてやるのだが、今日そんなものはない。
タブンネは乾燥フードを食べると強烈にのどが渇くことは理解できるようで、
なかなかフードに口をつけようとはしなかったが、ついには空腹を堪えられず、
ガツガツとフードを食べ「げほっ、げほっ、ふみぃぃ~……」と水を欲しがるのだった。

次の朝もタブンネが起きてこないので、またやったのかと思いタブンネの部屋へ向かう。
ドアを開けるとタブンネは大型ポケモン用の室内トイレの中に寝転がりドヤ顔をしていた。
どうやら昨日はカゴの中でなくここで寝ていたようだ。毛布もトイレに引きこんでいる。
この顔は『ここで眠ればお漏らししても大丈夫だよ!早くお水ちょうだい!』といったところか。
目覚めても下へ降りてこなかったのは自分の画期的なひらめきを見せつけるためだろう。
タブンネがトイレを飛び出し俺の方にぺたぺたと近寄ってきた。足音が妙に湿っている。
トイレで眠りこけていたので当然か。タブンネの体や毛布も糞尿まみれになっていた。

毛布がクソだらけになったら寝小便しようがしまいが同じだというのに……!!。
今度こそ完全にプッツンした俺は嬉しそうにこちらへ来るタブンネに回し蹴りを喰らわせ、
「このクソブタ!そんな汚ねぇナリでうちの中を歩きまわれると思ってるのか!」と叫んだ。
俺は初めて直接的な暴力を受け愕然としているタブンネを問答無用で米袋にぶち込んで
バットで何度もぶん殴ってから車に乗せ、まだ人が少ない街の中心部へ連れて行き投げ捨てた。
袋から息も絶え絶えにの這い出し、『どうして……』という様な顔をしているタブンネに向かって、
「他の誰かに可愛がってもらえ。まあ無能で糞まみれ、寝小便垂らすウジムシには無理だろうがな!」
と言い残して家へ帰った。それからタブンネがどうなったかは知らない。おしまい。
最終更新:2014年08月11日 22:57