俺の家では一匹の♀タブンネを飼っている。
このタブンネ、どういうわけかつがいでいるわけでもないのに卵をポコポコ産む。大体一週間に一つくらいのペースだ。
家には他にポケモンはいないし、そもそもこのタブンネは生まれてこのかた一度も家の外に出したことがない。
だからこの卵はいわゆる無精卵だ。
タブンネの方は毎週のように自分の腹から出てくる謎の物体に困惑しつつも、なんとなく「大事なもの」だと分かるのか、産んでから数時間はいつも大事そうに抱えていた。
しかしそれもすぐに飽きて放り出してしまう。まあ、飼いならされて野生の本能を失っているなら仕方のないことだろう。
俺は見捨てられて寂しそうに転がっている卵を、タブンネが見ていない隙にこっそり処分していた。
処分するといっても、無精卵とはいえポケモンの卵だ。堂々と生ゴミに出す訳にも行かないだろう。
捨てているところを近所の住民に見られると面倒なことになりそうだし、俺はこのタブンネのおかしな体質に頭を抱えていた。
ある朝のこと、目が覚めるとタブンネの寝床に卵が転がっていた。
またか、と俺は溜息をつく。
産んだ本人はもう卵のことなど忘れている様子で、おはよう、朝ごはんはやくちょうだい♪とでも言うように俺の後を嬉しそうな顔でぽてぽてと付いて歩いている。
俺は朝飯のことを考えながらぼんやりと卵を見つめているうちに、あることを思いついた。
「なあ、タブンネ」
「ミッ?」
「この卵、食べてもいいか」
「??」
タブンネは一瞬考えこむような仕草を見せた後、寝床に転がっている卵を拾い上げ、どうぞ、と笑顔で俺に手渡した。
半分冗談のつもりで言った俺はあまりにあっさりと卵をくれたタブンネにちょっと面食らう。お前、それ大事な卵じゃなかったのか。
中から子どもが出てくることはないとはいえ、タブンネの産んだ卵を食べてしまうのは少々気が引ける。
しかし一旦言い出したことは後に引けないな。今日の朝飯は、ふわふわの甘い玉子焼きだ!
出来上がった玉子焼きは予想通りかなりの量になった。
鶏卵の何倍もの大きさのある卵を使ったのだから当たり前だ。
食べてみると味はなかなかのものだった。産みたての新鮮卵は実に美味い。
ふと横を見ると、タブンネが俺の顔をうらやましそうにじーっと見上げている。
こいつには人間の食事を欲しがる悪い癖があった。根負けして毎度毎度おかずを分け与えてしまう俺も悪いのだが・・・
俺はいまにもヨダレの垂れそうな間抜け面で食卓を見つめているタブンネに、面白半分で玉子焼きを食わせてみる。
甘いものが大好きなタブンネは、疑いもせずにはぐはぐと玉子焼きを頬張った。あっという間に平らげると、よっぽど美味かったのかもっと!と目を輝かせて催促している。
「そうかそうか。自分の生んだ卵がそんなに美味かったか」
俺はタブンネ用の皿に玉子焼きをたくさん盛ってやった。なんだか物凄く間違ったことをしている気がするが、深く考えないことにする。
玉子焼きは到底一人で食べきれる量ではないのでタブンネに手伝ってもらうのもいいだろう。タブンネ本人が幸せそうだから良いのだ。
卵を捨てる方法に頭を悩ませることも無くなった上、味も量も文句なしのこのタブンネ卵の玉子焼きは、こうして週一回の我が家の定番となった。
それからと言うもの、タブンネは卵を産むと嬉しそうに自分で持ってくるようになった。
卵を食べてもらうことで俺が喜ぶのが嬉しいらしい。首元の果実の房を主人に与えるトロピウスのような心境といったところだろうか。
それに何より、甘くてふんわりの玉子焼きはタブンネにとっても最高のごちそうなのだ。
いつしかタブンネは俺が玉子焼きを作り始めると、毎回台所までやってきて俺の手元をじっと見つめるようになった。
ぱかりと卵を割って、中からまん丸の黄身が出てくると、タブンネは決まって「ミッミッ♪」と嬉しそうな声を上げた。
かすかにタブンネの中に存在していた母性本能というものは、食欲によって完全にかき消されてしまったようである。
ある日、友人にこの事を何気なく話してみると、思いの外話に食いついてきた。
友人は面白がって、
俺のタブンネの母性本能がどこまで残っているのか、卵から実際に子供が生まれてきたらどういった反応をするのか見てみようと言う。
俺も面白そうだと思ったので二つ返事で同意した。この友人とは昔から一緒にくだらない悪戯や実験をして遊んできたのだ。
久々にわくわくした俺は、友人から♂のピクシーを借りた。
夜、タブンネが寝ている隙にボールから出してこっそりかけ合わせる。
ホルモン投与をされて人工的に発情状態になっているピクシーは、すやすやと寝息を立てているタブンネの腹を掴んで高速で腰を振り始めた。
交尾は一瞬で終わってしまった。ポケモン同士の性行為に興味があった俺は少々拍子抜けした気分だ。
タブンネは相変わらずぐっすりと眠り込んでいる。俺は満足した様子のピクシーをボールに戻した。近いうちにきちんと中身の入った卵が生まれることだろう。
翌朝、タブンネの様子を見に行った俺は驚いた。
卵が三つも産まれていたのだ。
タブンネは俺の顔を見ると、卵の前に立ってえへんと胸を張った。こんなにたくさんの食材を産み出した自分を褒めてもらいたいらしい。
「凄いじゃないかタブンネ!早速玉子焼きを作るからな。いっぺんに三つは多くて食べられないから、今日は一つだけにしよう。あとの二つはお前が持っていてくれ」
「ミッ!」
俺はタブンネから卵を一つ受け取ると、早速台所に向かった。
卵を割ってみると、案の定黄身の横に有精卵特有の小さな血の塊のようなものが付着していた。どうやら上手くかかったようである。
ということは残りの卵を温め続ければ、タブンネの子どもが孵化するということだ。タブンネがどういう反応をするのか楽しみだな。
振り返ってタブンネの様子を見てみると、なんとタブンネが残りの卵を以前のように寝床で抱えて温めているではないか。
俺はタブンネの意外な行為に感心した。やはり野生の本能は失われていなかったのだ。
しかしタブンネは玉子焼きが出来上がった途端に卵を放り出して、いつもと変わらず幸せそうに自分の生んだ卵を頬張っていた。
やはり自分の産んだものが何なのか本当に理解はできてないようである。
その次の朝、俺はタブンネの鳴き声で目が覚めた。
慌てて様子を見に行ってみると、タブンネがミィミィ大声を上げて俺の足にすがりついた。
寝床をよく調べてみると、昨日タブンネが産んだ卵から、チィチィという声や内側から殻を叩くコツコツという音がかすかに聞こえてくる。
タブンネは今までただの食材として見ていた卵のただならぬ様子に困惑しているようだ。
「大丈夫だよ。さあ、すぐに美味しい玉子焼きを作ってやるからな!」
俺は二つの卵のうち一つを台所に運んだ。タブンネは俺の手元を不安そうに見ていたが、卵の中身を見たとたん毛を逆立てて後ろに飛び退いた。
二つに割れた殻の中から透明な水と共に落ちてきたのは、自分とそっくりの姿をしたピンク色の生き物だったのである。
生まれたばかりで目も空いていない子タブンネは、ふるふる震えながらピィピィと必死に母を呼んでいる。
「今日の卵も美味しそうだね!」
俺はわざといつもと変わらない調子で子タブンネのいるボールの中に砂糖や醤油をドバドバ入れた。
鼻や口に醤油が入ったのか、子タブンネが悲鳴に近い鳴き声を上げる。調味料のプールの中で、子タブンネは苦しそうにもがいていた。
自分以外のポケモンを一度も見たことがないタブンネは混乱している様子だ。耳を塞いで自分の寝床に駆け戻ってしまった。
俺はボールの中でモゾモゾと蠢いている子タブンネを取り出して袋詰めにすると、冷蔵庫から鶏肉を出して調理を始めた。
勿論子タブンネを食べる気など全然無い。体についた調味料を洗った後、友人に預けておくつもりだ。
その後友人が子タブンネをどうするかは聞かされていないが、おそらく友人の手持ちポケモンの餌となるのだろう。
そうこうしているうちに鶏もも肉の照り焼きが完成した。
「おまたせタブンネ!朝飯だぞ」
俺は自分用とタブンネ用の皿にそれぞれ盛り付けをし、リビングへ向かった。
最終更新:2014年08月13日 12:53