タブンネの受難

ここはユニオンルーム。交換、バトル等の様々な形でトレーナー同士が交流する場所だ。
そんな中に一匹のタブンネとトレーナーが。彼女は雌のタブンネ。野生で捕獲されて以来、いつもトレーナーと一緒に仲良く暮らしてきた。
トレーナーの手持ちとなってからはそれまでの厳しい野生での生活が一変、今ではトゲキッスとの間に遺伝技を覚えた優秀な固体を持つ子供を作り、幸せな生活を送っていた。
だが、そんな生活は長くは続かなかった。「交換」と言う形での別れが来てしまったのである。どうやら相手はタブンネが存在しない別地方のトレーナーであり、タブンネを譲って欲しいとの事なんだとか。
「お前なら何処へ行ってもきっと大丈夫だ。がんばれよ。」
トレーナーに見送られ、転送台へ歩いていくタブンネ。転送される直前、今までパートナーだったトレーナーの方を見る「ミィ・・・(ご主人様、今までありがとう。タブンネの事忘れないでね)」そしてタブンネは転送装置を通じて新たな主人の元へと旅立っていったのだった。
転送装置で移動する際、相手側からやってくるポケモンの姿を目にする。タマゴのような白くて丸い石を抱え、ピンク色のふっくらとして丸い小さな姿の、ピンプクと呼ばれるポケモンだ。
生まれて間もないベイビーポケモンのようだが、元主人のトレーナーの優しさは良く知っている。きっと大丈夫だと思うタブンネだった。

新しいトレーナーの元へとたどり着いたタブンネ。彼女は環境が変わっても、きっと幸せに暮らしていけるだろうと信じていた。
「ミッミi(こんにちは。わたしはタブンネでs)」自己紹介をしようとしたが、それはタブンネの顔目掛けて飛んできた拳によって妨害される。野生生活時代以来の激しい痛みに思わず倒れこんでしまうタブンネ。
「なれなれしいんだよっ!媚び豚が!」
憎悪のような感情を露にし、強い口調で言い切る。新しい主人は前のトレーナーとはまるで違う人だった。
「(うぐっ・・・痛い・・・ひどい・・・どうして・・・)」新しい生活がどんなものかと思えばこの仕打ちである。
これからずっとこのような仕打ちを受けて生きて行く事になるのだろうか。そう思ったタブンネは顔を地面にうずくめ涙するのだった。

新しいトレーナーの家に辿り着くや否ボールから出されるタブンネ。次の瞬間腹部にトレーナーの蹴りを受け大きく吹き飛ばされてしまう。そのまま勢い良く壁に激突し、腹への痛みが消えない内に背中にも激痛が走る。
「ミィイイ・・・(痛い・・・私はボールじゃないのに・・・)」
かつてのパートナーと別れ、新しい生活に不安を感じつつも心を躍らせていた矢先にこの始末である。
痛みと悲しみに嘆くタブンネに新たな主人のトレーナーが歩み寄ってくる。
「オラ!顔を上げろ!世界中の不幸を背負ったような面しやがって・・・」
左の触覚を掴まれ、持ち上げられるタブンネ。相手の意思を感じ取る重要な器官な為、相当の痛みを感じる。
「ミイイイイイイ!!(痛い!痛いです!止めてください!)」
必死に止めて貰うように頼むタブンネだが悲しいかな、相手の意思を感じ取ることは出来ても、自分の意思を伝える事は出来ない。トレーナーから見れば媚びたような鳴き声にしか聞こえず、それが一層トレーナーの神経を逆撫でする事となってしまった。
「黙らねえかこの糞豚アァ!」
タブンネは触覚を掴まれたまま頭から地面へ叩きつけられる。頭から叩きつけられたとあってはタブンネの短い手ではとても受身など取れる筈も無く、もろに頭から激突してしまう。
「ビャアアアアア!!!」
タブンネは頭を抱え、凄まじい叫び声を上げてのた打ち回る。暫くはその滑稽な動きを面白がって見ていたトレーナーだったが、流石に飽きてくる。
「いい加減に止まれ豚!」タブンネに踵落としを入れる。するとそれまでの激しい動きが嘘のように止まった。
「ミィブウゥゥ・・・」腹を抱え嘔吐を必死に堪えるタブンネ。何とか収まってきた矢先、トレーナーに尻尾を引っ張られ、部屋へを運ばれていく。

部屋に着いた所で、トレーナーは荒々しく扉を開け、タブンネを放り投げる。
「ミィィィ・・・(うぐっ・・・苦しい・・・)」
自分は何も悪いことをしていないのにどうしてこんな目に遭わなければならないのか。タブンネは己の不幸に涙する。そんなタブンネに対してトレーナーが語り始める
「俺は自分で言うのも何だが、カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ全てを旅したそれなりの戦歴を持つトレーナーだ。そんな俺が次に目指そうと思ったのがイッシュ地方だ。だが、イッシュには他の地方のポケモンが居ないと言う。そこで俺は事前に情報を得ようと、新型の図鑑を買ったわけだが・・・」
そう言ってトレーナーは新型の図鑑を取り出す。良く出来た代物で、立体映像が浮かび上がる物のようだ。
「まだ見ぬ新たな地方のポケモンにワクワクして図鑑を見ていたら出てきたのがお前だ!媚びた面で媚びたような動きしやがって!おかげで一気に白けちまったじゃねえか!」
トレーナーはそう言いながらタブンネのページを出す。立体映像で映し出されたタブンネは自分の触覚を掴むと少々ぎこちない動きで一回転を披露した。
「ミイイイ・・・(そんな・・・そのタブンネは私じゃないよ・・・)」
余りに理不尽な理由で暴行を受けたタブンネ。そんな理由で痛めつけられたあっては溜まったものではない。
だが、人への攻撃は出来ない。タブンネには前のパートナーと一つの約束があった。それはどんな理由があっても人への攻撃は絶対にしないで欲しいと言うものだった。
何でも以前とある町で起こったタブンネ誘拐事件の際、タブンネが誘拐犯目掛けて攻撃したのが原因で、タブンネが危険なポケモンだと言う認識が広まってしまい職を奪われ、しばらくしてその町からタブンネが姿を消す事となってしまったんだとか。
ここで手を出しては自分だけでなく、将来この地方にやって来るであろう同胞達にまで迷惑を掛けてしまう。それだけは絶対にあってはならない事だ。
そんなタブンネの思惑を他所に、今度はタブンネの耳を掴んで別の場所へ移動するトレーナー。向かった先は押入れのような場所だった。押入れとは言っても人が数人入って活動できる程の広さはあるようだ。
そこに放り込まれれるや否、扉を閉められてしまう。
「ミイイイイ!ミィイイイ!(やめて!開けてください!)」扉を叩いて必死に叫ぶタブンネだが、それで扉が開く訳が無い。トレーナーと思われる足音がどんどん遠のいて行き、辺りは無音になる。
こうしてタブンネの暗闇の中での孤独な生活が始まったのだった。

タブンネの予感は当たってしまった。新しい主人の元へ来て以来、今までの極楽な生活から一変、野生生活時代以上の過酷な生活を送るハメになってしまっていたのだ。
タブンネの食事は毎日オレンの実2つをそれぞれ朝晩に一つずつ。これだけ聞けばそこまでひどくは無いだろう。だが木の実を持ってくるトレーナーは片手にオレンの実を持っているだけでは無く、もう片方の手には必ず何らかの物を持っている。それはタブンネにとっては何の有り難味も無い代物だ。

例えば金属バット。タブンネがオレンのみを食べ終わるや否、金属バットで思い切り殴りつける。耐久に優れたタブンネと言えど、これは相当に応える。
しかも金属の棒を用いたを用いた一撃は一回だけではなく、何度も執拗にまでタブンネに襲い掛かる。それは頭、顔、腹、背中、足等様々な箇所を襲い、タブンネは全身への痛みに堪えるのに必死だ。
それだけならまだいい。だがタブンネが殴られるのは食事の直後。つまり全身への痛みだけでなく、嘔吐にも耐えなければならないのだ。もし、木の実を吐きでもしたら、その後長時間飢えとの戦いをしなければならない。
他には小型の果物ナイフ。トレーナーはタブンネを背後から掴み、自慢の触覚に白金の刃を突き立て、触覚を切り落とす。もちろん痛みを感じないように早くやるわけなどなく、ゆっくりとタブンネが少しでも苦痛を味わうように時間を掛けて長々と刃を押し当てていく。聴覚に優れたタブンネにとっては耐え難い苦痛となる。
地獄の痛みの末に切り落とされた触覚をトレーナーは掴み、タブンネに之を食べるように指示する。当然タブンネはイヤイヤと首を横に振るのだがトレーナーによって無理矢理口へと押し込まれる。日によってはイヤイヤ首を振ると、それを待っていたかの如くトレーナーはタブンネをナイフで切りつける。するとタブンネはたまらず触角を自分から口にする。自分の体の一部など好んで食べるわけがなく、タブンネは顔から溢れんばかりの涙を浮かべ、自分の体だった触覚を食べるのだった。
そんなもの二回で終わりになるだろうと思うかもしれない。だがタブンネの特性は「再生力」それもこのタブンネの特性は相当強力で、部分切断すら時間経過で治る優れものだった。そこに付け込まれタブンネは触覚を切り落とされてはそれを食べさせられると言う行為を度々繰り返させられる羽目になったのだ。
タブンネは自分の特性「再生力」を恨んだ。自分の特性を呪うポケモンなどそうそうある物では無いだろう。

何時しか、食事を運んで来る者の足音はタブンネにとって貴重な食事にありつける喜びではなく、新たな苦痛の前触れを表す恐怖の象徴となった。
さらに此処は倉庫の中。暗闇の中、外への外出等許されない。当然中は糞尿で汚れて行くが掃除など出来はしない。体を洗うことも出来ないのでタブンネの体は日に日に汗と血で汚れて行き、悪臭が漂うほどにまでなり、心身ともに痛めつけられて行ったのだった。
そんな生活が一ヶ月ほど続いたある日。いつもの様に金属バットでタブンネを殴るトレーナー。タブンネは最早抵抗する余力など無く、されるがままに弄ばれる。体中を血で汚し、その目は虚ろで触覚は切断されていた。
「そろそろか・・・」トレーナーは何かを考えるような仕草をした後、タブンネに歩み寄ってくる。
「おい糞豚。お前此処から出てバトル要のポケモンにならないか?」そう言うトレーナーの言葉を聞き、タブンネの虚ろだった瞳には光が戻ってくる。
もう苦しまなくていい。ここから出られる。そう思ったタブンネは何のためらいも無く首を縦に振る
「イ゛イィ・・・ビィイイ!(やります。やらせてください!)」掠れた声で必死に訴えるタブンネ。トレーナーはそれを良しのサインだと判断し、タブンネを連れて外へと向かう。その顔は不敵な笑みを浮かべていた。

大雑把にシャワーで体を洗われ、回復の薬を飲まされたタブンネ。するとあれ程酷かった傷もみるみる癒えていく。長期にわたる暴行を受けても瞬く間に治っていくのだから科学の力は凄まじい。
トレーナーに案内されてタブンネは地下室へと辿り着く。そこには様々なトレーニング器具があり、様々なポケモンが訓練をしていた。
「ここに居る連中は戦闘では使われない二軍だ。時々成績の振るわないと判断した一軍と取替えたりする。俺が実力があると判断したら一軍枠30の中に入れてやるからまあ精々頑張れや」そう言うとタブンネは蹴りを入れられ、トレーニングルームへと転がって行った。
何度やられても蹴りを入れられるのは痛い。だがこの一ヶ月で受けた拷問に比べれば遥かにマシだ。この機会を生かし、結果を残して名を上げよう。そうタブンネは決心した。

辺りを見回し、何かいい練習器具は無いかを探す。すると吊るされたサンドバッグにポケモンが特殊技を放っているのが見えた。これなら自分でも出来る。そう思ったタブンネは自分も仲間に入れてもらおうと近づいていった。
「ミッミッ(私も仲間にいれてくれませんか?)」そう尋ねると、先客の中のラルトスが答える。「らるぅ(いいけど順番はまもってね。今は僕らがやっているんだから。)」成る程、確かにルールは守らないといけない。後ろでタブンネは順番を待つ
すると数名のポケモンがやってきた。一軍のメンバーの一員なのだろうか?いずれもかなりの実力を持っているように伺える。
一匹が訓練中のポケモンを無理矢理どかす。岩のような緑色のゴツゴツとした肌。背中に生える無数の鋭い背鰭。まるで鎧を纏っているかのようなその外見は紛れも無くジョウト地方のバンギラスだ。
すると今まで練習に没頭していたポケモン達がバンギラスに言われるがままにどいていく。いくら何でもやりすぎである、そう考えたタブンネは怒りを露にし、バンギラスに異見する。
「ミィイイイ!ミィ!ミィ!(そこのあなた!どきなさい!順番を守らなきゃだめでしょう!)」誰であろうとマナーは守るべきであると言う正義感故の発言。だがその意見を聞くや否、バンギラスは目つきが変わる。タブンネの方を見たその表情は血の気の多い者の放つ眼光を放っていた。
思わず怯んでしまうタブンネにバンギラスが詰め寄る。「(俺の聞き間違いかな?退けって聞こえたような気がしたが?)」とぼけたような口調だが顔は笑っていない。元々刃物の様な鋭い目付きが一層険しくなる。

タブンネは理解した。とんでもない相手に異見してしまったことを。だが後悔しても遅い。バンギラスの拳がタブンネの頬に直撃する。戦闘用に訓練されたポケモンから放たれるそれは人間の拳とは比較にならない。
騒音ポケモン顔負けの大声で悲鳴を上げ、のた打ち回るタブンネの胸倉を掴み、もう片方の頬に拳を叩き込むバンギラス。たった二発の攻撃でタブンネの顔は腫れ上がってしまった。
人への攻撃を止める約束をしているタブンネだがポケモンまで攻撃するなとは言われていない。だがタブンネは攻撃をしなかった。
いや、出来ないと言った方が正しいか。一般ポケモン最高峰の実力者の内の一匹が放つ圧倒的な威圧感の前に成す術が無いのだ。
うつ伏せで倒れこみ痛みの余り体を跳ね上がらせるタブンネ。そこにバンギラスの拳が迫る。視界外からでも分かる凄まじい殺気にタブンネは死を覚悟する

だが、バンギラスの拳はタブンネに直撃することは無く、横から割り込んできた影によって止められる。青と黒の体に獣人を思わせる外見、シンオウ地方のルカリオだ。
「(そこまでだ。マスターの指示無しに殺傷沙汰を起こすな。)」冷静でいて強気な態度。だがバンギラスは激怒する事無く拳を収めた。
そこに別のポケモンが歩み寄ってくる。「(まったく君は放って置いたらやり過ぎるから困るよ。)」そう言ったのは両腕に刀を思わせる突起のついたポケモン。ホウエン地方のラルトスの特殊な進化系エルレイドだ。
「(君がマスターの言ってた新入りかい?彼は僕らの中でもかなり気性が激しくてね。あまり怒らせない方がいいよ。)」そう言ってエルレイドはタブンネに癒しの波動を撃つ。するとタブンネの傷がみるみる癒え、顔の腫れも元通りに治った。
されるがままに殴り飛ばされたタブンネだが、自分の主張が間違っているとは思えなかった。その為か自然と反抗的な目付きでバンギラスを睨み付けていた。
「(何だその目は?)」バンギラスの突然の問いにタブンネは驚く。自分でもどんな表情をしていたのか理解していなかったようだ。
また暴行を受ける事になるのかと思ったが、意外にもバンギラスは冷静だった。「(二度とそんな面が出来ないようにここで格の違いを思い知らせておく必要がありそうだな。)」そう言って壁にあるスイッチを押す。するとトレーニングにつかうサンドバッグが大きく動き出した。
「(ここで何時もやってる練習だ。目隠しをして動く的に特殊技を10発叩き込む。そしてそれが何発当たるかを競うって訳だ。俺らの内誰か一人にでも並べればお前の勝ち。お前が勝てば言う通り順番を守ってやろう。)」バンギラスはそう語りながら黒い布を持ってくる。
タブンネは思った。自分は聴力に優れたポケモンだ。目を隠していても聴力で的の動きを捉えて狙い撃てばいい。勝算を見出し、内心歓喜するタブンネ。ここで自分の実力を見せ付けて見返してやろうと意気込む。

「ミィイ、ミィ!(わかりました。まずは私がやります!)」タブンネは目隠しをし、聴力で的の動きを探る。標的が移動する際の規則的な音で的の大方の動きを探り、タブンネは冷凍ビームを放つ。目での確認は出来ないが何かに当たる音から、確かに的に当たっていると言う確信を持ち、タブンネは技を打ち続ける。
10発撃ち終わり、自信満々に目隠しを外すタブンネ。だが目の前の光景に目を疑う。自分の撃った冷凍ビームは殆どが壁に当たっており、的に当たったのはたったの2発だったのだ。
「(2発か。初めてにしては上出来だな。)」そう言って今度はバンギラスが挑戦する。タブンネは内心驚いた。バンギラスと言えば物理攻撃の強いことで有名なポケモンだ。そのバンギラスが特殊攻撃を放つと言うのか。
バンギラスは見ているだけで寒気が走るような悪意の込められたエネルギーを両手に集める。これは悪の波動だ。
1発目は外したが2発目は的に直撃した。ダブンネはきっと偶然だろうと思ったが、バンギラスはその後も的に当て続け、結局8発も命中させてしまった。
「(8発か・・・相棒の為とは言え、特殊攻撃はやっぱやり難いな。おいエルレイド!次はお前がやれ。)」バンギラスはそう言ってエルレイドに交代した。
エルレイドは乗り気ではないようだった。本来物理攻撃を得意とするポケモンな為無理は無い。だがそんなエルレイドも順調に技を当て続け、結局9発も命中させた。「(やっぱ物理向きな僕じゃどうしても全段当てられないな・・・ルカリオ、手本見せてくれよ。)」そう言ってルカリオに交代する。勝敗はルカリオの結果次第だが、タブンネは信じられないような顔をしている。
そんなタブンネを他所にルカリオは体の奥底から湧き出る波動を両手に集め、放つ。波動弾と言う技だ。そしてその波動弾は一寸の狂いも無く的の中央を射抜いた。
その後も波動弾は全く狂いを見せずに的を射抜き、10発全てが命中した。愕然とするタブンネにルカリオが近づいて言い放つ。「(おいお前。俺たちは耳で気配を察してる訳じゃない。動く気配そのものを感じ取って技を撃ってるんだ。何十、何百と技を撃っているうちにこう言った芸当が出来るまでになったのさ。)」
タブンネは言葉も出なかった。自分が必死になって聴覚で標的を探っていたのに対して、他の皆は聴覚など使う事無く気配を察知して標的に技を当てていたのだからのだから。
そんなタブンネを尻目にバンギラスたちは去っていく、どうやら興が削がれたようだ。

殴られた傷が治ったタブンネだが心は晴れなかった。文字通り実力差を思い知らされたのだ。
このような実力者揃いの中で戦っていかなければならないのか。そう思ったタブンネは言い知れぬ無力感にに打ちひしがれるのだった。

自分の無力さを思い知らされたタブンネ。だがここで戦闘を辞めて押入れ生活に戻るのは御免だ。
そう思いさっそくトレーニングを始めるのだが全く気が晴れない。威力、精度等何処を見ても自分が放つ冷凍ビームなどとてもバンギラス達と張り合える代物ではない事は自分でも分かるのだ。
「ミィ・・・(これじゃあの人たちには到底かなわないよ・・・)」タブンネは泣きたい気持ちだった。かつての飼い主だったトレーナーに捕まえてもらう事によって生きた地獄とも言える過酷な野生生活から開放されて幸せな時を過ごしていたのが、何の因果か野生生活の方がマシに思えるほどに苦しい毎日を過ごす羽目になってしまったのだ。
逃げ出す事を考えてはみたが此処はイッシュ地方ではない。逃げ出したところで路頭に迷い果てて行くのがオチだ。故にどうしてもここで安定した生活を送る必要があるのだが、自分にこの場で頭角を現せるだけの実力が無い。
そう言った苛立ちは技のキレを乱れさせるだけではなく、言いようの無い精神的苦痛に苦しまされる事となった。

そう言った虐待とも違う痛みを伴わない苦痛に苦しみながらもトレーニングを続けていく内に昼食の時間が来た。
二軍とは言え戦闘用として訓練されているポケモンはオボンの実一つだけだが朝昼晩三食しっかり用意される。もっともタブンネにとってはこの一ヶ月間の間に受けた虐待の所為で食事そのものが苦痛でしか無くなったのだが。
たが空腹には勝てない。まるで鉛を喰らうかのような気分でオボンの実を死に物狂いで食べるタブンネ。するとオボンの実を持ってきたトレーナーが言う。「お前らも知っている通り今一軍には一名の枠がある」タブンネは驚く。そんな事は初耳だ。だがそんなタブンネを他所にトレーナーは話を続ける。
「そこであと一名一軍枠があるんだが、そこのタブンネに一軍に入ってもらおうと思う。」タブンネを含めたその場に居た全員が騒然とする。そんな中トレーナーは言う「もし文句のある奴が居たらタブンネと戦え。もし勝てたらタブンネに変わって一軍行きだ。」
タブンネはきっと誰か自分と戦おうとする者が現れるだろうと思った。いきなり現れた新顔が一軍等誰も認めるはずが無いと。だがどう言う訳か中々戦おうとする者が現れない。それもその筈だった。よく見るとタブンネ以外は殆どが未進化のポケモンばかりと、とてもタブンネと渡り合えそうなポケモン等居なかったのだ。
だがそんな中一匹が名乗りを挙げる。カポエラーだ。雰囲気的にどうやらタマゴからの英才教育を受けたわけでは無いようだ。
しかしどの道タブンネにはどうでも良かった。強者揃いの一軍に入って戦っていくなど御免だ。ここは潔く負けて二軍に残ろう。
そう思っているタブンネへトレーナーが近づいてきて耳元で一言言った。「もし負けたらお前即押入れに逆戻りな」

タブンネ絶望感に襲われた。勝って一軍での過酷な戦闘をこなして行くハメになるか負けて押入れ生活に戻るかの酷な二択を迫られる形となってしまったのだから。
そんなタブンネの絶望感など知るよしも無く試合が始まった。タブンネとは対照的にカポエラーはやる気に満ちている。タブンネを打ち負かして一軍の座を得るべく闘志を燃やす。その瞳に迷いは無い。
カポエラーが開始早々マッハパンチを放つ。思わず見入るような踊っているかの如き滑らかな動きから放たれる拳はタブンネを逃さずに射抜いた。「ミィイイイ!!」新しいトレーナーの元に来てから何度目になるのだろうか。タブンネは悲鳴を挙げて飛ばされていく。
だが辛うじて受身を取る事によって顔面から地面にぶつかる事は避けられた。「(これくらいでそのザマなんて先が思いやられるぜ!)」そう言ってカポエラーはさらなる追撃を入れるべく近づく。
タブンネはまだ迷いながらも考えた。このまま押し入れに戻って幸福などあり得るわけが無い。再び幸せな生活を送る為には戦わなければならないと。
タブンネは迷いを振り切り、冷凍ビームを放つ。だが先程の痛みで集中力が乱れてしまいカポエラーには当たらない。
そんなタブンネを嘲笑うかのようにカポエラーは身軽な動きを見せる。タブンネの放つ攻撃は全く当たる気配を見せない。

ふとタブンネは振りかざした両手に冷気が集まってこないのに気付いた。PPを使い果たして技が出なくなってしまったのだ。
それを待っていたと言わんばかりにカポエラーが高速で接近してくる。タブンネは咄嗟に光を集め壁とするリフレクターを使った。これでダメージを少しでも軽減させるためだ。
だがカポエラーが高速回転しながら出した技は瓦割りだった。強烈な一撃はリフレクターを跡形も無く粉砕し、タブンネを襲った。
唖然とするタブンネだが次の瞬間激しい痛みに襲われる。カポエラーの一撃はタブンネの顔面に直撃し、タブンネは倒れこむ。
万事休すだった。タブンネは攻撃用の技は一つしかない。残りはサポートの為の技だ。サポート用の技で相手を倒す事など出来るわけが無い。

そんなタブンネの心情を察したかの如く、カポエラーが言う「(攻撃技を使い果たしたみたいだな。降参するならこれで終わりにしてやるぜ?)」タブンネは思った。こっちに勝算等無い。どうせ負けるなら潔く降参してしまおうかと。
だがタブンネの中に押入れでの生活が浮かんでくる。密室で虐待され続け食事すら苦痛だった日々。ここで負けてしまってあの地獄に戻って行くのはとても耐えられない。
タブンネは首を横に振った。「ミィイ・・・ミィ(嫌です・・・降参しません)」カポエラーは内心驚いた。攻撃する手段が無いと言うのにまだ戦いを続けると言うのか。
いや、こんなものは強がりだ。すぐに心が折れるに違いない。そう思ったカポエラーはタブンネに蹴りを入れる。腹部に蹴りが直撃し、タブンネは咳き込む。だが一向に降参する気配が無い。
カポエラーもさすがに焦る。何故このタブンネはこうまでして食い下がるのか。そこまでして戦いを続ける事に何の意味があるのか。カポエラーには一切理解できない。

タブンネの理解し難い行為はカポエラーを苛立たせる。「(くそっ!コイツめっ!さっさと降参しろよ!)」そう言って倒れたタブンネに執拗なまでに蹴りを入れ続ける。
顔に、腹に、足に蹴りを受け、タブンネは全身が赤黒く染まって行く。だが決して屈しはしなかった。「ミィ・・・ミィ・・・(嫌です・・・絶対に諦めません・・・)」
口ではそう言ってるものの、耐え続けたところで何か勝算がある訳でも無い。されるがままに蹴られ続けるタブンネ。こそへ今までと比較にならない強烈な一撃が飛んでくる。格闘タイプ最高峰の技であるインファイトだ。タブンネはバンギラスの時以来の死を覚悟する。
だがそれはタブンネの直前で動きを止めた。俗に言う寸止めだ。どう言う訳かカポエラーが攻撃を止めて去っていく。「(分かったよ・・・君の勝ちだ・・・)」去り際にそう言ってカポエラーは退いていった。一軍争いの戦闘はカポエラーがタブンネの異様なまでの執念に折れた形となった。
どう言った形ではあれタブンネは勝った。だが勝利の喜びなどない。歓喜は疲労に飲み込まれ消えていく。苦痛と疲労に支配され、タブンネの意識はそこで途切れたのだった。

タブンネが目を覚ますとそこはトレーニングルームの隅だった。練習は終わっているようで辺りは静まり返っており、体には乱暴に回復の薬が塗られていた。
相変わらずの酷い扱いに腹立たしく思っているとそこに先程のカポエラーが来た。何でも一軍メンバーとの合流地点へ案内を頼まれたのだか。何か報復を受けるのではないかと思っていたタブンネだがカポエラーは意外にも友好的な態度だった。何でも一戦交えた仲だろうと試合が終われば友と友なんだとか。
カポエラーに案内されるままに目的地へのタブンネは歩く。暫く歩いていくと前方に階段が見えてきた。カポエラー曰くあの階段を上れば目的地なのだとか。
目的地に着く手前でカポエラーは言う「(君は何か迷っていたみたいだね。概ね自分の力が一軍で通じるか不安だったと言ったところかな?まあ余り深く追求するつもりは無いがこれだけは言っておく。僕みたいに一軍と二軍を言ったり来たりしているポケモンはいつも死に物狂いで頑張り、一軍に上がったら肩を叩かれないように必死で頑張ってるんだ。もしそんなに不安なのだったら自ら一軍行きを拒否するんだね。)」そう言ってカポエラーは去っていった。
タブンネは思った。自分は何を甘えた事を考えていたのだろう。ここまで来て今更迷うわけにはいかない。決意を新たにしてタブンネは階段を上っていった。

階段を上るとそこは大きな広間だった。もう既に一軍メンバーは揃っている様子で、広場には何名ものポケモンが姿を見せていた。
その面子を見てタブンネは驚く。カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ、それにイッシュまで伝説のポケモンこそ居ないがいずれもポケモンバトル界において勇名をはせる実力者揃いだったのだ。トレーナーはイッシュには行っていないようだったが恐らく交換でイッシュ地方のポケモンを仕入れたのだろう。
そこへトレーナーがやってきた。「よし、集まったな。コイツが新顔のタブンネだ。」トレーナーが紹介してくれたのと同時に頭を下げて挨拶をするタブンネ「ミッミッ(こんにちは。わたしはタブンネです)」
緊張しつつも辺りを見回すと周りのポケモンのタブンネへの態度は大きく分けて三種類あることに気付いた。

まず一つ目はタブンネを興味深そうに見ている者。特に敵意を向けるわけでもないようだ。
その中で特に目立っていたのは山吹色の体をした蛇に四肢を生やしたような体系のドラゴン。カントー地方の「カイリュー」だった。自身への被害を軽減するマルチスケイルと呼ばれる鱗を持ち、豊富な技のレパートリーで様々な戦いが出来る器用な一面も備える優秀なドラゴンだ。
カイリューの視線は戦闘向きには見えないタブンネを外見だけで色眼鏡で見る事は無く、興味深げにじっとを見つめている。
二つ目はあからさまな軽蔑の視線を送る者。タブンネへの敵対心すら感じる事が出来る。口にせずとも分かる、お前がここに居るのは場違いだと言わんばかりの視線。あのバンギラスやルカリオもこれに該当する。
その中で一際威圧感を感じさせるのは、四本足で立つ青の体に赤い翼に鋭い眼光を放つドラゴン。ホウエン地方の「ボーマンダ」だった。物理特殊共に高い能力を誇り、脅威の突破力を誇るドラゴンだ。ボーマンダは文字通り見下すような目でタブンネを見ている。
そして三つ目はタブンネ自体に無関心な者。これは流石に何を考えているのか分からないが恐らくタブンネなどに興味を示さないのだろう。
見たところタブンネに無関心なポケモンは数匹居るが、その中でもひときわ異彩を放っている者が居た。深く青い肌、剣のように鋭い目つき、背中や腕に見える鰭のような物、頭部の左右対称な突起物。
その姿は言わずと知れたシンオウ地方の「ガブリアス」だ。ポケモンバトル界において知らぬ者は居ないと言われる程の知名度と実力を誇り、最強に最も近い存在の一つと言われている。
ガブリアスはと言うとタブンネなど目にもくれず器用に腕を組んで何処か遠くを見つめている。タブンネなど取るに足りない存在なのだろう。

「おい糞豚。お前の腕前を皆の前で見せてやれ。この中から一人選んで勝負してみろ。」トレーナーが唐突に言う。この集団の中から一人指名して戦えと言う事だ。
冗談ではない。そうタブンネは思った。この面子に入れるかどうかと言った程度のカポエラーにすら手も足も出なかった自分が戦ったところで結果は見えていると。
だが下手に逆らう訳にもいかずタブンネは渋々辺りを見回す。「 *1 」
必死に辺りを見回すが、勝てそうな相手がまるで見つからない。そもそもタブンネでは弱点を突いたところで倒す事が出来ない相手ばかりなのだ。
半ば諦めかけていた時にふとこの場に明らかに場違いなポケモンが居た。青くて丸い体をしたマリルである。進化系のマリルリは特性力持ちによる強力な物理攻撃を得意とするが進化前のマリルなど聞いた事が無い。
得体の知れない存在だが他に戦える相手など居ない。冷凍ビームは効果いま一つだがやるしかない。そう思ったタブンネはマリルを指名する。
するとマリルは黙って頷き、前へ出てきた。どうやら承諾してくれたようだ。

両者承諾の元、対戦が始まる。タブンネは自分が取るべき行動を考える。マリルがどう言う戦い方をするのかは本当に予想がつかなかった。
まず考えられるのは進化の輝石による耐久戦法だ。正直わざわざマリルに耐久戦法を取らせるなどお世辞にも効率が良いとは言えなが進化前のポケモンを使う理由など他にタブンネは考えられなかった。
考えた末にタブンネはとりあえずリフレクターを貼った。どくどくも考えられるが、単純に攻撃してくる可能性もある、そこで物理か特殊かどちらが来る確立が高いかと考えるとやはり特性を生かした物理が有力だろうとの考えだ。
だがマリルは突っ込んでくることは無く両手を前に突き出す。これは特殊攻撃の前触れだ。相手の手を読み間違えたタブンネだが相手の攻撃を受ける体制に入る。手を突き出す動きは波動の技、つまりマリルは水の波動を撃つのだろう。だが自分の耐久力ならマリルの攻撃を受けきれると考えての行動だ。
だがマリルの手から放たれたのは青い水の波動などではなく黒い悪の波動だった。悪意の込められた漆黒の波動が直撃し、タブンネは倒れこむ。そこに自分の両手の手首から先が落ちてくる。悪の波動を受けて両手の肘から手首までが霧となって消えてしまったのだ。
「!?!?!?!?」状況が理解できないタブンネ。何故マリルが悪の波動を撃てるのか。何故それがたった一撃で自分にここまで重症を負わす事が出来るのか。
考えているうちに耐え難い痛みに襲われる。腕のあった箇所の断面からは鮮血がほとばしりタブンネは痛みのあまり体をよじるように暴れる。

そんなタブンネを見てマリルは思わず笑い出す。それをきっかけに周りのポケモン達も笑い始めた。爆笑、失笑、嘲笑、苦笑・・・いずれもタブンネの自尊心をこれでもかと言うほど傷付ける。中には呆れ果てた顔をしている者まで居る始末だ。
そんな中堪えきれずに笑い続けるマリルだがその声はマリルとは似ても似つかない物だった。するとマリルの体はゆっくりと変形していく。他のポケモンへの変装を得意とする黒と赤の色のポケモンは間違いなくイッシュ地方の「ゾロアーク」だ。
「(おいおいwこんな所に場違いな雑魚が居たらイリュージョンを疑うだろう普通w)」ゾロアークは心の底からこの浅はかで間抜けな敗北者を笑っている。それ以外にも四方から聞こえてくる笑い声にタブンネに向けられる侮蔑とも哀れみとも取れる視線。これらはタブンネを心的に痛めつけるこれ以上に無い物だった。
その後トレーナーの回復の薬と自身のさいせいりょくで回復したタブンネだが傷ついた自尊心までは治せないのであった。

回復の薬と自身のさいせいりょくで回復したタブンネは癒えない心の傷を感じつつも辺りを見回した。するとさっきまで三種類あったタブンネへの視線は二種類に減っていた。
タブンネへの明らかな軽蔑の視線を向けるものとタブンネ等興味がないと言わんばかりに無関心なものの二種類だ。
自己紹介が終わって解散し、各自思いのままに過ごしているがタブンネは誰にも話しかけられなかった。タブンネが近付こうとするとまるで汚物でも見るかのような目で見られるか、タブンネ等そこに存在しないかのように全く気にも留められないかの二種類しかない。
どうすれば良いのか分からないタブンネにボーマンダが話しかけてきた「(イリュージョンすら警戒しない軽率な判断、悪の波動一撃で沈められる貧弱な肉体、下級のドラゴンすら落とせそうに無いひ弱な技・・・よくもまあ今まで生きていけたものだ。その天運に感謝するがいい)」
そう言うだけ言ってボーマンダは去っていった。タブンネは悔しく思った。ボーマンダに冷凍ビームの一撃でも放ってやりたいと。
だがそれが出来ない事はタブンネ自身がわかっていた。自分が冷凍ビームを撃とうとするよりも早くボーマンダの逆鱗がタブンネを引き裂であろうと。タブンネから視線を外してはいても、殺気は常に向けられているのだ。

タブンネが立ちすくんでいるとトレーナーが全員集合するように呼びかけた。これから試合があるのでメンバー3名を指名するとの事だ。
どうせ自分は選ばれないだろうと考えていたタブンネだが、どう言う訳かメンバーに選ばれてしまった。後の2名はあのバンギラスとガブリアスで、タブンネは先鋒で可能な限り敵を消耗させると言う役割らしい。トレーナーが気合の襷を渡してタブンネにそう言説明した。
周りのポケモン達は意外にも反対する気配が無い。タブンネにはそれが何故なのか分からなかった。自分が弱くても後の2名でカバーできると言う事なのだろうか?何れにせよ断る事は出来ない。タブンネは何にせよ自分の役割を果そうと意気込むのだった。

目的地までの移動中ははモンスターボールの中で過ごす。しばらくすると、どうやら目的地に着いたらしく、双方同意の下、試合が始まったようだ。タブンネは予告どおり先鋒として呼び出される。
相手方のポケモンは頭部から炎を燃やし、腰には金の装飾品のような物を付けている猿のようなポケモン、ゴウカザルだった。俊敏性に優れ、物理特殊問わず高い攻撃力且つ豊富な技のレパートリーを誇り、その器用万能さから多くのポケモンの立場を失わせている罪作りな存在でもある。
ゴウカザルの手札は豊富で何をやって来るのか分かり難い、そしてそれが強みでもある。だがタブンネは大方ゴウカザルの手を予測出来ていた。格闘タイプ最高峰の技であるインファイトが来るだろうと。
ポケモンの技にはタイプ一致と言うものがある。餅は餅屋と言う言葉があるように、ポケモンと技のタイプが同じなら威力が上がる仕組みだ。タブンネは耐久力には優れているが、流石にタイプ一致の弱点を受けるとひとたまりも無い。故にゴウカザルはタブンネにインファイトを撃って来るだろうと言うのがタブンネの予想だ。
そこでタブンネは電磁波を使う事にした、自分は気合の襷を持っているので一発は耐えれるだろう、そこで相手を麻痺させてゴウカザルの利点の一つである機動力を低下させておこうと言う判断だ。

素早さが勝るゴウカザルは当然の如くタブンネの先手を取る。そして拳には凄まじい勢いが付いていた。予想通りのインファイトだった。
タブンネは思わず目をつぶりそうになるが、引かなかった。自分には気合の襷がある。大ダメージを受けようとも倒れる事は無いだろう。一発耐えてせめて電磁波だけでも叩き込もう。そう思い、タブンネは攻撃を受ける。
次の瞬間ゴウカザルの拳がタブンネの腹部を直撃、ふっくらした肉に拳がめり込み、タブンネに激しい痛みが襲う。だがタブンネは必至に踏み止まろうとする。「(きあいのタスキがあるのよ。一発は耐えれる筈)」
そう信じていたタブンネだがどう言う訳か踏み止まる事が出来ない。「(え・・・なん・・・で・・・?)」自身の状況が理解できないタブンネ。きあいのタスキを持っている筈なのに、耐える事が出来ず、意識が遠のいていく。
錐揉み回転しながら吹き飛ばされるタブンネにトレーナーの顔が視界に入る。その顔は笑いを堪えるのに必死だった。
タブンネはようやく理解した。気合の襷と言うのは、ポケモンが攻撃を耐えると、破壊されてしまう物だ。だがこの襷は破壊される気配が無い。タブンネは偽者を掴まされていたのだった。

タブンネが意識を取り戻すと、既にトレーナーの家だった。試合はトレーナー曰くタブンネが倒れた後、バンギラスが砂を起こしつつゴウカザルを麻痺させ、その後ガブリアスが相手のポケモン全員を倒してしまったのだとか。
目が覚めたタブンネは自分に偽者の気合の襷を掴ませたトレーナーへの怒りなどよりも、サポートすら出来なかった事への激しい罪悪感に襲われ、思わずバンギラスとガブリアスの元へ急ぎ、謝罪する事に決めた。幸いにも二人はまだ寝ておらず、戦利品なのか木の実を食べていた。「ミィ・・・ミィミィ(ごめんなさい・・・私何の役にも立てませんでした。)」そう言って頭を下げるタブンネ。試合に勝ったとは言え、自分は明らかに足を引っ張ってしまった。また袋叩きにされても文句は言えないだろう。
そう思っていたタブンネだが、意外にもバンギラス達が攻撃してくる気配は無い。タブンネが顔を見上げるとバンギラスは今にも吹き出しそうな顔をしていた。「(いやw・・・別にお前になんか期待していなかったしw・・・なあ相棒?)」そう言ってガブリアスの方を向く。
「(・・・・・・)」ガブリアスは黙ったままタブンネを見つめている。そしてふとタブンネに詰め寄ってこう言った。「(・・・気にするなこれがプロとアマの差だ。)」
そう言ってガブリアスは去っていった。その後にバンギラスも続く。タブンネは最早戦闘用ポケモンとすら見られていなかったのだった。
最終更新:2014年08月13日 12:54