安月給ポケモンブリーダー

俺はポケモンブリーダーだ。バトルは倒される前に倒す。つまり俺は馬鹿なのだ。高火力、そして紙耐久。
だから、よくポケモンセンターの世話になる。
ポケセンでの待合室でいつも見ていたあのポケモン―― タブンネ。
…そうだ!俺もタブンネを捕まえれば、片道1時間もかけてポケセンに通わなくてもいいのでは?
交通費とタブンネの食費を考えたら安いものだ。それにポケモンにとってもすぐ
に治療出来るのはいいだろう。

そうと決まれば実行だ。ショップでモンスターボールを…。いや、タブンネに似
合いそうなヒールボールを購入し、草むらへ。


「タブンネ、タブンネ…っと。…居たっ!」
ガザガサと揺れる草むらに目立つピンク色のポケモンを見つけた。1m強、思ったよりでかいんだな。
「ミッミッミッミッミッミッミッミッ。」
俺は“ぽけじゃらし”を駆使してタブンネを誘導していく。

「ミィミィミィミッ!」
「んでもって次は…、餌で信頼を得ると…。」
ポケモンブリーダーを舐めないで頂きたい。野生のポケモンを手懐けるのもお手の物なのだ。
俺は自分の鞄から普段使っているポケモンフーズを取り出し、タブンネの前に差し出す。タブンネはポケモンフーズに鼻を近づけた…が、
「ミィッ!」
なんとポケモンフーズを引っくり返したのだ。タブンネの行動に俺は驚きを隠せなかった。
…確かにコレは対戦用ポケモンに作られた物であまり旨くない。一番安いから当たり前だが。

「ミィィィ!!」
他の食べ物を出せと?…仕方がないから、俺はきのみをタブンネにあげた。
「…全く。それはバトルで活躍してくれたメンバーにあげる奴なんだぞ?」
「ミィミィミィ。」
夢中で貪るタブンネ。食べ終わったのを確認し、ヒールボールを投げる。
デザインが気に入ったのかすんなりとボールに入ってくれた。
「…なになに、性格はおっとりで食べるのが好き…か。」
俺は7体目のポケモンを連れてアパートに帰った。


すっかり日が落ちて辺りが暗くなった頃、俺は家の前にある公園にいた。
「皆、出てこい!」
手持ちの顔が揃う。そして俺はヒールボールからタブンネを出した。
「今日から入ったタブンネだ。バトルはしないが皆を回復してくれる仲間だ。仲良くしろよ。」
「ミィミィミィ!」

「さて、飯にしようか。今日もお疲れ様。」
俺はバックからポケモンに大きさにあったエサ皿を取り出し、あのフーズを入れていく。
…おっと、タブンネの皿を買っていなかった。紙皿を二枚取り出す。1つは俺の分、もう1つはタブンネの分だ。

「ほらよ、タブンネ。」
「ミッ!!」
紙皿が中に飛んだ。ひっくり返った中身がコジョンドを襲う。ポケモンフーズをもろに浴びたコジョンドは俯いてワナワナしている。
一応♀だし、いつも綺麗にしている毛並みを茶色のベタベタで台無しにされたら怒るだろう…。

「キュォーン!!」
コジョンドがタブンネに飛び掛かる。
「コジョンド、stop!!…タブンネ。このフーズが嫌いなのはわかる。俺の家にはこれしかないから…。」
…やっぱコレは不味いのかと思いながら、フーズを口にする。

「ミィミィ!」
「…えっ?さっきのきのみが欲しいって?…ダメだよ。まず、俺の話を――
「ミィィ!!」
タブンネは俺の分のフーズを放り投げた。俺のフーズはコジョンドを宥めているフライゴンに当たる。
「ミッミッミッww」
ケタケタと笑っているタブンネに怯え、フライゴンは逃げ出した。アイツは臆病な♀だ。なにがあるかわからない。
ペンドラーに連れ戻すように命じ、台無しになった夕食を片付けてアパートに戻った。
タブンネの入ったボールを玄関に置くと、俺はフライゴンを探しに暗闇へと走っていった。

公園に着くとペンドラーとフライゴンが待っていた。流石112、仕事が速い。
俺はフライゴンをボールに戻し、ボールの表面をそっと撫でた。
「…ごめんな、恐い思いさせて…。」
そして、ペンドラーに股がりR-9を目指した。


R-9フーズ売り場にて

「…高い。」
俺は財布の中身と値札を見比べ溜め息をつく。いつものフーズの1.35倍の値段がする…。
「…まぁ、いつものフーズとブレンドして使えばそこまで高くないかな…。」
ブツブツと呟いていると服の袖が引っ張られる。振り向くと、ルカリオがなにか言いたげな様子で立っていた。
「…平気だよ。アイツもすぐに慣れるさ。」
彼の頭に手を置いてそう言うと、一番安い愛玩用のフーズを購入した。

出口へと向かうと1人の女性が嬉しそうに近寄ってきた。…右手に新製品の試食品を持ちながら。
タブンネにやられたせいで晩飯を食えなかった俺にだろう。わざわざ♀に化けて…。…生活の知恵か?
「…あ、ありがと。…ゾロアーク?」


夜風に吹かれ、家に帰る。玄関にあったはずのボールが開いていた。俺はボールの開き方を教えた覚えはなかったが…。
台所は缶詰が散乱し、壁に投げつけた跡もあった。リビングにはお気に入りのボロ毛布にくるまって寝ているタブンネがいた。
タブンネをボールに戻して俺はソファーに横になった。


朝、公園で朝食としてタブンネには昨日買ったフーズをブレンドした物をあげた。
「ミィミィ…ミィ。」
タブンネは顔をしかめて、ちびちびと食べ始める。…なんなんだコイツ。

「あら、そのタブンネ…。」
朝食をとっていると、散歩中の近所のおばさんが声をかけてきた。
「…?コイツを知ってるんですか?」
「…あっ、なんでもないわ。その…可愛いなって思って…。」
「そうですか。…良かったな、タブンネ。」
「ミィ!」

飯を食い終え、バトルをしに出掛ける。俺たちの生活費を稼ぐ場所だ。
今日はなかなか好調だった。二回負けたが、四回も勝ちを拾った。
負けた二回もタブンネに回復して貰ってタイムロスなく、いつもより多く試合が出来た。

「ありがとな、ペンドラー。」
夕食の時間、俺は今日の撃墜王にオボンをあげる。
「ミッミッ!!」
タブンネが“私にも頂戴!”と、言っているように鳴いている。
「ダメだ。これは頑張ったヤツにあげるんだ。」
「……ミィ。」
あれ?やけに素直だな…。やっとこの生活に慣れたといったところか…。


翌日からタブンネも隣で応援してくれるようになったが、黒星が続いた。前半はリードしているのだが、後半で急に遅くなり負けてしまうのだ。
俺の心は財布の中身とともにすり減った。これ以上は負けられない…。そう思ってスタミナ不足を補うために、夕食前のランニングを始めた。

夕食。だが、その内容は以前より薄くなっていた。負ければ財産が減るのだから、フーズの量を少なくせざるを得ない。
「ミッ!ミィミィ。」
タブンネは俺の鞄を指差す。今日は四連敗したからタブンネだって回復させるのに疲れたのか。しょうがない…。
俺はタブンネにオボンを渡すと嬉しそうに鳴き、オボンにかぶりついた。
黙々と食べるタブンネを、目を細めたルカリオが睨み付けていた。

今日も惨敗。遅いシュバルコの動きさえ見切れずに負けてしまった。持ち金が尽きたので、最近は換金アイテムを売って生活していた。
手持ちのポケモンもピリピリし、俺への不信感もいだき始めたようだ。
俺の方も何かの違和感を感じていた。

バトルを止め、朝から晩まで特訓をするようになってからタブンネの姿を見ない。
昼間はどっかに行っているようだが、夕食には帰ってくるのでほっといていたが…、


「ミィミィ。」

ある日の夕食の時、タブンネは両手にタマゴを抱えてやって来た。最近はどっかに行っていると思ったらまさか…。
「タ…、タブンネ…?それは君のかい?」「ミィ!」
タブンネは勢いよく頷く。よりによって、この財政ピンチで首が回らないときに…。
捨ててこい!と、言おうとした時、俺の脳裏に、
“そんな言葉を言ったら俺のポケモンは、不要ならば捨てられると思うのか…。”という考えが浮かんだ。

「タブンネ…。」「ミィ?」
「俺は忙しい。ちゃんと自分で世話をするんだぞ?」
「ミミィミィ!」
元気よく返事するタブンネを見て、俺は溜め息をついた。

ポケモンは二週間の特訓し、その間俺はトレーナー用の本で勉強したはずだった…が、バトルの内容は以前より酷くなっていた。
ここのところは頑張りが空回りしていたのかもしれない。だから、しばらくはポケモンを自由に遊ばせることにした。
…これでダメなら、俺はブリーダーを引退する。そう決意していた。

一方でタブンネの方はオボンで肥え、背丈ではほとんどの変わらないルカリオよりも一回り大きく見えた。
母親になるのだから当たり前だが、極度な運動で痩せていく仲間と比べると、なんだか腹が立ってきた。
…怒っても現状は変わらない。気晴らしに明日はピカチュウを連れてミュージカルに行こうか…。

「今日はミュージカルに行くけど、お前らは来るか?」
朝飯の時に問う。ルカリオとコジョンド、ゾロアークは外で遊ぶらしく、タブンネはタマゴがあと少しで孵るらしいので行かない。
「…じゃあ、家に居るのはタブンネだけか。鍵はしめておくから、誰が来ても開けちゃ駄目だぞ。」
ミィミィと返事をしてタブンネはタマゴの置いてある部屋に行ってしまった。

「それじゃ、行ってくるから喧嘩はするなよ。」
三匹にそういうと、フライゴンに乗り、ライモンへと向かった。


公園の茂みにタブンネ―― ゾロアークがいた。ゾロアークは声マネをして、あのタブンネの夫を呼び出す。
「ミィミィミィ。」
夫ンネが飛び出してきた。木の上で待機していたルカリオが夫ンネの背後に回り羽交い締めにし、
素早くコジョンドが顎に跳び膝蹴りをお見舞いして失神させる。
“準備は整った。策は昨日話した通りだから…。”
『了解っと…。』
“……コジョンドは?”

コジョンドは失神した夫ンネにマウントポジションをとり、腕を鞭のように振るっていた。
「ミギャァ!ミグッ!」
内出血を起こした顔は青紫に膨れ上がっていた。
「ミィィ!」
夫ンネがコジョンドに手をかざすと、コジョンドが仰け反った。タブンネのサイコキネシスだ!!
夫ンネはマウントポジションから脱出すると痛む顔を押さえて一目散に草むらに逃げ出した。
「キュォォーン!!」
コジョンドは響き渡る雄叫びをあげ、タブンネを追いかけた。

『あっちはオコジョに任せて、俺たちは本丸を潰しますか。』
“………。”

俺はミュージカルを終え、休憩室にいた。ファンからもらったものを物色していると、見覚えのある人が近付いてきた。
「あ、貴方は…!」
俺の前にいるのは、俺の大先輩でイッシュで名をあげたトウコさんだった。
「最近スランプね。…どうかした?」

俺はトウコさんに最近の事を一通り話した。
「…それはおかしいわね。」
「えっ?」
「バトルビデオは撮ってあるかしら?」
俺はバックからバトルビデオを取り出し、映像を流す。

「…やっぱり。この始めの部分で映像が乱れてるでしょ?」
ほんの一瞬、普通ならば気づかないが確かに乱れている。
「これは時空が歪んでいる証拠よ。」
「時空が…?それってまさか…!」
「そうよ…。」
「「トリックルーム!!」」

「…あのタブンネはね、前にね誰かに愛玩されてたから悪知恵がついて、他の人も被害に遭ってるの。」
「…そうか!だからあの時、おばさんがあんな…。…俺、帰らなきゃ…。帰って皆に謝らないと…。」
俺はトウコさんにお礼を言って立ち去った。…嫌な予感がする。フライゴンに乗って家を目指した。

タマゴを並べて嬉しそうに見守っているタブンネ。
『ミィミィ、ミィミィ!』
ドアの外から声がする。…あの人だ!そう思ってタブンネは玄関に行き、ドアを開ける。後からドアを閉めればバレないだろう。
「ミィミィ!ミッ!!」
夫ンネを部屋に招待する。タブンネはタマゴの前にしゃがみこみ、隣に夫ンネを誘う。
…幸せな時間。うっとりとしてタマゴを見つめている。

グシャッと音がして、生暖かい液がタブンネの顔を汚す。夫ンネの陰から伸びた黒い足が端にあるタマゴを踏み潰した。
“今までのよくも弄んでくれたな…。”
ルカリオが声を低くして呟く。タブンネは夢から現実に引き戻された。

‘…タ、タタタタマゴが!いきなりどうして!?’
タブンネはミィミィ叫びながら無事なタマゴを持って部屋の隅に逃げる。
‘貴方!その野蛮な獣を倒して!!早く!!’
夫ンネは気合い玉をため始める。普段なら当たらないが、狭い屋内なら…。
『ミィィ!!…クキュルルルww!!』
夫ンネはくるりと反転し、化けの皮を剥がした。放った気合い玉はタブンネに向かう。
‘ミッ…、ミミィ!!’
タブンネは辛くも逃げ出すもタマゴを一つ落としてしまった。気合い玉はタマゴに当たり、砕け、蒸発した。
『あーあ、割れちゃったww。残りは三個だね。』
‘…なんで!?アタシは何もして無いよ!ニ対一だなんて…。卑怯者!雑魚!!負けてばっかだからってアタシに当たるだなんて…’
波導弾がタブンネの顔を掠めて壁に当たり爆発する。タブンネは、ヒュッと息を飲んだ。
“…反省してるなら痛め付けるくらいだったのに。”
『サシでやるんだろ?タマゴが潰れんのが嫌なら、そこに置いとけよww。』
ゾロアークの指示に従うのは癪だったが、タブンネは素直に従いボロ毛布にくるんで窓の側に置いた。

「ミィィィィ!!」
タマゴの恨みと言わんばかりにルカリオに捨て身タックルを繰り出す。
今では体格がタブンネの方が圧倒的に大きかったのでいけると踏んだのだが、あっさり回避される。
続けてタブンネは火炎放射を出そうと息を吸い込む。吐き出す瞬間に小型の波導弾が口に着弾した。
暴発した火炎放射はタブンネの口を焦がす。

‘ミヒィィィ…’
涙目でゲホゲホと咳込んでいる隙に、ルカリオはタブンネに接近。タブンネの腕は掴みかかるも空を斬り、
すれ違いざまに右腕を殴られ脱臼した。
‘こんなはずじゃ…。ミィッ!!’
背中に波導弾を撃ち込まれながら台所に逃げる。
‘…形勢逆転だミィww!!’
タブンネは勝ち誇りながら、耳に力を集めてトリックルームを発動する。
‘勝てる…!’その勢いで手を振りかざすもスルリと神速でかわされ、後ろをとられる。
‘―― どうして!?’
“……痛いだろうけど、恨まないでね。”
タブンネの背中を足で押しながら触角を引っ張る。
ブチブチと繊維が切れる音がして触角が千切れ、鮮血と共に中に舞う。
時空が元に戻る。タブンネはルカリオに蹴られ、シンク台に叩きつけられた。
“切り札はもう使えない。お前の負けだ!”

‘…ひどいミィ!たかがバトルでムキになるなんてガキだミィ!!’
ガチャ…と、ドアの開く音がした。タブンネは急に強気になる。
‘こんな事をして怒られるのはお前たちだ!ミヒヒヒヒ…ww!!’
タブンネはゾロアークとルカリオが怯んだ隙に玄関に走る。
「ミィィィ、ミーン!」

三秒後、タブンネがぶっ飛んで壁にぶつかった。暗闇から純白の毛を血で染めたコジョンドが現れた。

‘痛い痛いミィ!アタシみたいに可愛くない凶暴な雌なんて最低だミィ!!’
タブンネはそう言うと、側に落ちていたフルーツナイフを振るった。
ナイフはコジョンドの太股を切り裂き、腕の毛を裂いた。バランスを崩したコジョンドに刃を向けて突進する。
ゾロアークがタブンネをコジョンドいるの反対方向に蹴り飛ばした。タブンネがぶつかった窓には大きくヒビがはいった。


部屋の隅に追い詰められ、唯一の武器も天井に刺さっている。タブンネにはもう絶望しか無かった。
…いや、まだ希望ある。
タマゴを持って逃げ切れば夫と暮らせる。だから…!!

トドメを刺そうと近づくルカリオにタマゴを投げつける。ドロドロしたものが彼の視界を覆う。
タブンネは隙を突いて、窓を突き破り逃げ出した。
散乱したガラスとタマゴの殻。だが、タマゴの殻の量とタマゴの数が合わない…。

夕暮れ。落ちかかった日に照らされながら目を閉じる。アレだけは幸せにさせない…。全ての元凶に…!
目に憎悪を宿し、彼もまた夕闇の中に飛び降りた。


アパートの前に着くと、俺はフライゴンから降りて自分の部屋を目指した。ドアノブに手をかけると鍵がかかってなかった。
ドアを開けると血の臭いが鼻についた。まさか…!
悲惨な状態になってあるリビングには、ぐったりしたコジョンドと、半泣きでコジョンドの怪我を圧迫しているゾロアークがいた。
コジョンドの最低限の処置をすると、他の二匹を探しに寝室に行った。
そこに在ったのは無残に砕けたタマゴの残骸と割れた窓。二人の姿は無かった。
コジョンドとゾロアークをボールに戻し、ヒールボールを掴むと、ドアを開けっ放しで飛び出した。
階段で大家さんの悲鳴が聞こえたが無視して、フライゴンに飛び乗った。
「間に合ってくれ…。」
呟いた言葉は風に掻き消された。


‘ミィ…、ミィ…。’
捕まえられてから一度も運動してないタブンネは既に息を切らしていた。
だが、早く夫を見つけて、逃げきるという思いがタブンネを動かしていた。
遠くでガラスが割れる音がした。背筋が凍る。左手に抱えたタマゴをぎゅっと抱き締め、タブンネは草むらを掻き分けて逃げた。

心臓が締め付けられるような不安から逃れるために早く夫に会いたい…。そんな事を考えて走っていると、足を掬われ転ぶ。
タマゴを庇って背中を打ち、苦しそうに咳をする。目を開けると、そこには既に死んでいる夫の姿があった。
‘ミィッ!!’
息を飲むように悲鳴をあげる。――― 殺気。唯一残っていた野生の勘で感じ取り反射で横に跳んだ。

全方位から夫ンネに尖った岩が刺さる。一瞬にして夫ンネは岩の塊となった。
岩の欠片は茂みの奥に戻っていく。夫ンネはただの肉片になっていた。気付くのが少しでも遅かったら…血の気が引く。

茂みの奥には、宙に浮く無数の岩に囲まれたルカリオがより鋭くなった目をタブンネに向けていた。
―― 逃げなきゃ!そう思った時には岩が翔んできていた。耳を抉る痛みに耐え、反対側に走り出した。


岩は全方位からあらゆる軌跡でタブンネを襲う。火炎放射では焼石に水、タブンネにはただ逃げることしか出来なかった。

‘ミィィ…、ミフゥ…。’
“どうだ!?一方的な暴力に為す術無く命磨り減らしてく気分はぁ!!”
岩は現在のタブンネの速さに合わせて襲ってくる。
彼なら簡単に串刺しに出来るはずだ。自分がいたぶられている事くらいタブンネでさえ理解出来た。
それでも迫りくる死のプレッシャーから逃げなければならなかった。

もう何メートル走ったかわからない。足の感覚は無くなってきた。最後の力を振り絞り、タブンネはルカリオにタックルする。
攻撃が届く前に、踵落としを喰らい地面に這いつくばった。コロコロとタマゴが転がる。タブンネがタマゴに伸ばした腕に岩が刺さる。
タブンネは虚ろな目でルカリオがタマゴを空に投げたのを見た。
“これでお前の希望は枯れ果てたな…。”
心の痛みも、体の痛みも感じない。小さくミィ…と鳴きルカリオの後ろに弾ける花火を見た。―― 花火?
“…さよなら。”

流星群はタブンネに向かう岩を撃ち落とした。


俺は片腕にタマゴを抱え、フライゴンに乗りながらピカチュウの電撃でルカリオの動きを封じ、
ボールのレーザーポインタで狙いを定めて捕獲した。

フライゴンから降り、タブンネの前に立つ。
「…もう永くない。」
「ミ…、ミ……。」
「俺はポケモンブリーダーだから、最後は看取ってやるよ。…例えお前がどんなポケモンでもな。」

しばらくしてタブンネは息を引き取った。近くの茂みに埋め、墓前にオボンを供える。
「次はまともなポケモンに転生するんだな。…安心しろ、お前の子供は俺が責任持って育ててやるよ。」
そう言い残し、久し振りのポケモンセンターに向かう。

コジョンドの傷は浅く、すぐ治るようだ。ルカリオも溜まった精神的な疲れが暴発しただけらしい。
俺は、良く言えば気分をリフレッシュさせるべく新たな土地を目指すことにした。悪く言えば夜逃げだが。


ポケモンセンターで一晩過ごし、早朝にアパートを訪れて出発の準備をした。…タブンネのタマゴを持って。
「…あれ?」
荷物は全てペンドラーに積んだタマゴ用の保管器を置き忘れたようだ。
「ペンドラー、ちょっと待っててくれ。」
タマゴはバックから取り出した適当な代用品の中に置き、部屋に保管器を取りに返る。
階段の途中で他人に譲ってしまった事を思い出した。困ったな…と、思いながら踵を返すとその必要は無くなっていた。

「…ぺ、ペンドラー…さん?」
ペンドラーは寝惚け眼で、こくんと頷く。
「まさか…。」
こくん
「…おいしかった?」
こくん

『ペンドラァァァァ!!』

俺の雄叫びが早朝のイッシュの空を裂いた。

―― end ――

Thank You for reading

ルカリオの岩は、エッジ+キネシス。某アニメのファングやらのイメージで。
タブンネの事件は、ペンドラーだけ出番がなかったのです。
最終更新:2014年08月15日 13:27