「チィチィ♪」
ああ、おはようベビちゃん・・・・・・ってコラァ!!
トイレはそこじゃないっつーの、何度言えばわかるんだ!
「チィ?」
首をかしげながらおしっこするんじゃないよ、全くもう・・・
捨てられていたベビンネを拾って1週間、可愛い盛りではあるのだが、
野生である事と幼い事が重なって、トイレという概念がわからないらしい。
もよおしてくると床の上だろうが、座布団の上だろうがお構い無しだ。
どうすれば覚えてくれるのか。
それを除けば可愛い事には変わりない。ベビンネを連れて公園の散歩に行った。
「チィチィ♪」とよちよち走り回る姿を見ると心がなごむ。
ところがここでいつもの悪癖が出た。
ぷるっと体を震わせると尻尾を持ち上げ、片足を上げて用を足し始めたのだ。
それも事もあろうに、公園のシンボルであるアルセウス様の銅像に向けて。
「こらっ!何て事するんだ!」
俺は慌ててベビンネの頭をぺちんとはたいた。
「チィ!?」
どうして叩かれたのかわからないベビンネは、頭をさすって不満顔だ。
「どうもすみませんねえ、アルセウス様」
謝りつつ、俺はティッシュでベビンネの粗相の跡を拭き取った。
罰が当たっても知らんぞ、もう。
ところが何とその夜、アルセウス様が俺の夢に出てきた。
「困っているようですね」
「そうなんです、ご迷惑をかけてすみません。どうにかならんものでしょうか」
「よろしい、あなたの代わりに私がベビンネをしつけてあげましょう」
「ありがとうございます!」
「少々手厳しいものになるかもしれませんがね・・・フフ・・・」
アルセウス様が意味ありげな微笑を浮かべたところで目が覚めた。
変な夢だったな。夢のお告げとかいうものがあるのだろうか。
俺がいろいろ考えていると、目を覚ましたベビンネが「チィチィ♪」と話しかけてきた。
起きて早々「遊んでちょうだい」と言っているのだろうが、こっちもいろいろ支度がある。
「ちょっと大人しくしててくれよ」
抱っこしてテーブルの上に乗せた。だがそれでもじっとしていられないようだ。
「チィチィチィ♪」
電車ごっこでもしているつもりなのか、テーブルの端っこに沿ってよちよち走り回る。
おいおい危ないぞと声をかけようとした途端、ベビンネはカーブを曲がり損ねて足を滑らせた。
「チビィッ!!」
床に転げ落ちたベビンネは、股間を押さえて転げ回っている。
落下した時に、テーブルの角に打ち付けたのだろう。赤ん坊でもさすがにこれは痛い。
「だから大人しくしろって言ったのに」
でも気の毒だが俺はその姿に吹き出してしまった。
「さあ、できたぞ」
朝飯の支度をした俺はベビンネを呼び寄せた。
「チィチィ♪」
痛みが収まったらしく笑顔のベビンネを、俺は抱っこして哺乳瓶でミルクを飲ませた。
「チィ、チィ、チィ♪」
実に可愛い。こくこくと音を立ててミルクを飲むベビンネの顔を見ると、父性本能がくすぐられる。
「チィップ♪」
げっぷをして飲み終えたベビンネを、俺は床に降ろし、自分の朝飯を食い始める。
だがベビンネはもう遊びたくて仕方ないらしく「ねえ早く」と言わんばかりに、俺の膝をゆさぶる。
全く可愛い奴だ。でも落ち着けよ、飯が食えないじゃないか。
それでも待ちきれないようで、なおも俺の膝をゆするベビンネ。
その揺さぶりで俺の手が滑った。左手に持った茶碗が、ベビンネの股間に落下した。
「チギャァー!!」
またも痛恨の一撃を食らったベビンネは、床の上をのた打ち回る。
また股間か、妙な偶然もあるもんだ。待てよ、もしかしてこれって・・・
「チィチィ♪」
それでも痛みから回復すると、なおもベビンネは「早く遊びに行こうよ」とばかりに俺にせがむ。
まあ遊びたい盛りだからしょうがないが、飯くらい食わせてくれよ。
「もうちょっと待ってな、すぐ食うから」
と言い聞かせると、それでもうずうずするらしく「チィチィ♪チィチィ♪」と部屋の中を走り始めた。
「おとなしくしてなさいって、本当に懲りないなー」
俺が飯をかき込む間も、よちよち走り回るベビンネ。その勢いで、部屋の隅に置いてあった雑誌の山にぶつかった。
適当に積んであったので、雑誌の山は傾きドサドサと崩れた。ベビンネは下敷きになる。
「チィーッ!」
「ほうら、言わんこっちゃない!」
俺は慌ててベビンネを救出した。本の角が当たったか、ベビンネはやはり股間を押さえてジタバタしている。
もうわかった。これは夢でお告げのあったアルセウス様の天罰なのだ。
だらしないベビンネの下半身を懲らしめるために、集中的に罰を下しているに違いない。
いやー怖い怖い、アルセウス様を怒らせないようにしよう。
しかしこの天罰はいつまで続くやら、ベビンネのアレが使い物にならなければいいが。
「チィ・・・チィ・・・」
それでもベビンネが散歩に行きたそうだったので、少々おっかなびっくりながら出かけることにした。
さすがに3回のダメージは大きいようで、ベビンネはいつもほど元気がなく、股間をさすりながら歩いてゆく。
だが近くの公園に着くと、ベビンネの顔がぱあっと輝いた。
「チィチィ!チィ♪」
指差した先はソフトクリームの屋台だ。これが食べたかったのか、現金なやつだ。
一昨日、この公園に来た時に食べさせてあげたので味を占めたらしい。
ま、いいか。朝から酷い目に遭いっぱなしだったから、お見舞いとして食べさせてやろう。
俺は自分の分と、ミニサイズのソフトを1個ずつ買い、ミニをベビンネに与えた。
「チーィ♪」
芝生にちょこんと座り、ベビンネは満面の笑顔でソフトクリームをぺろぺろ舐め始める。
俺もその姿を微笑ましく眺めながら、横に座って食べる。
ようやく一息つけたかな、アルセウス様のお怒りも鎮まったようだし。
だが甘かった。
俺が自分の分を食い終わり、コーンの包み紙をゴミ箱に捨てに行っている間に、
ベビンネの周りを1匹のミツハニーが飛び回っていた。
近くの木に巣が見える。どうやらソフトクリームの匂いにつられてやって来たらしい。
「チィッ!チィ!」
ベビンネはせっかくのソフトクリームを取られまいと、ミツハニーから遠ざけようとする。
ところが、勢いよく動かし過ぎてソフトがべちゃりとベビンネの股間に落ちてしまった。
ミツハニーはそれを逃さず、ベビンネの股間にダイブすると、クリームを一掬いしつつ、針で刺した。
「チギャァァー!!」
その声に呼び寄せられたかのように、巣から数十匹のミツハニーが飛んできた。
入れ替わり立ち替わりソフトクリームを奪っては刺しての繰り返しで、ベビンネの体はミツハニーで覆われてしまう。
「ヂィィー!!ヂィー!」
やめたげてよぉ! それは ベビンネの きんのたまだ!
俺は大慌てで、持っていたタオルを振り回してミツハニーを追い払った。ベビンネは半死半生で泡を吹いている。
ベビンネを抱えた俺は救急ポケモンセンターに走った。死ぬな、ベビンネ!
結論から言うと、ベビンネの命に別状はなかった。
不思議な事に、あれだけ大勢のミツハニーに取り囲まれたというのに、
顔や胴体は全然刺されておらず、被害は下腹部だけで済んだのだ。
やはりアルセウス様の天罰だけあって、下半身以外には危害を加えなかったのだろう。
しかしその集中攻撃された部分は惨憺たるもので、睾丸がメロンくらいに腫れ上がっていた。
その部分に包帯を巻かれ、氷嚢で冷やされたベビンネは、涙を流し虚ろな表情で横たわっている。
「わかったか、アルセウス様を怒らせるからこういうことになるんだぞ」
「チィ・・・」
「退院したら、公園のアルセウス様の像に謝って、掃除しにいこうな」
「チィ・・・」
わかったのかどうか、ベビンネは虚ろな顔のままこくこくうなずくのだった。
やっぱり神様を粗略に扱ってはいけません、くわばらくわばら。
(終わり)
最終更新:2014年09月12日 01:40