そのタブンネはごく平凡に過ごしていた
野原で転がり、蝶を追いかけ、気ままに木の実を食べて、のんびりとした毎日
父や母、そして群れのタブンネたちと遊ぶ毎日
だが、それは突然、悪夢によって覆われた
一人の人間が巣穴に訪れたその日から
「ヒャッハァー! 汚物は消毒だ~!!!」
火炎放射器。人間同士の戦争の歴史から産まれた殺戮兵器
その業火にによって、タブンネの巣穴は煉獄へと形を変えた
『ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!!!!!』
『ミッ!ミッ! ・・・ビャアアアアアアアア!!!!!!!!!!』
激しい炎に犯され、群れのタブンネが一匹、また一匹と焼かれていく
火達磨となり、絶叫を響かせながらのたうち回り、やがて崩れ落ちていく
逃げるタブンネ、怯えるタブンネも皆、等しく炎に包まれた
『ミィィ!!!』
そのタブンネは巣穴の中を必死で走っていた
足裏には血が滲み、全身に打ち身を負って、それでも尚、巣穴から脱出しようと走っていた
腕には、まだ幼い妹が抱かれている
まだ目も開けられず、周囲から響くタブンネたちの断末魔に、チィチィと泣きながら怯えている
「わはは! 土下座しろ~、消毒されてぇか~!!!」
人間の声を近くに聞いたタブンネは、足を止め、息を潜める
そろり、そろりと歩き、出口までの別のルートに向けて退路を変えようとしたそのとき、不意に小石を蹴飛ばしてしまった
「お・・・みぃ~つけたぁ~!」
狂気を放つ人間の笑みが眼前に突き出される
その一瞬だけで、タブンネの心は絶望の色に染まった
「んー、タブンネの焼ける臭いは本当にいい! いつもは炎ポケモンにやらせるんだけどねぇ」
まるで親友にでも語り掛けるように、人間はタブンネに笑いかける
「パパに頼んで火炎放射器をね、特注で作らせたんだよ! タブンネちゃんたちでグリルパーティをしたいって言ったら、すぐに作ってくれた!
ああぁぁぁ~・・・・・! 一度やってみたかったんだっ!」
新しい玩具ではしゃぐ子供のように興奮している男の姿は、絶望に固まるタブンネの心に、恐怖という感情を呼び戻した
身体がまるで電気ショックを受けたかのように、ガタガタと震える
本能からくる怯えだろうか。タブンネは、逃げ出したいのに、身体を一歩も動かすことができなかった
「んー、丁度キミたちで最後なんだよね。パパやママもいたかもしれないけど・・・みんな仲良く真っ黒焦げのトーストさ!
今頃、お外にウヨウヨいたシャンデラさんたちのお腹の中じゃないかなっ!」
父も、母も焼き殺された
その言葉を聞けども、タブンネは泣き叫ぶことすらできない
余程のショックなのか、滝のように涙を流し、糞尿を垂れ流して、硬直していた
「ここまで逃げ延びたし、キミたちのどちらかは生かしといてあげようかなっ!」
そう言うと、火炎放射器の先端から、何か刃のようなものが突き出た
「ただ、お兄ちゃんの方は身体が大きいし、少しハンデだよ・・・・・・それっ!」
刃が金切り声を上げ、高速で回転を始めた刃が、タブンネに振り下ろされた
『・・・・・・!! ミッ! ミアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!』
恐怖と絶望で硬直したタブンネの思考が、痛みによって呼び起こされた
右腕の付け根に焼き焦げたような痕があり、そこから下が完全に切り落とされている
その熱に苦しみながら、タブンネは地面を転げ回った
「熱を帯びたチェーンソーってとこかなぁ。細胞ごと肉を焼き切るんだぜ!
再生力だろうと、二度と治せないだろうねぇ~ コンパクトなその身体も可愛いよ!」
人間は鼻歌混じりに、タブンネの残った左腕をも両断した
「それじゃ、生存競争といこうか」
人間はそう言うと、マスクのような器具を口に嵌めて、火炎放射機で周囲を燃やし始めた
「おててを切り落とされたお兄ちゃんタブンネは息も絶え絶え。そして妹ちゃんはまだ赤ちゃん!
どっちが先に酸欠で死ぬかなぁあ~♪」
先程まで両腕の生えていた場所から、身を裂くような熱による痛みにもがき苦しむタブンネ
目の見えない妹タブンネは、薄くなってきた酸素が息苦しいのか、か細い呼吸をしていた
『カヒュ・・・カヒュー・・・ ミィ・・・!ミィ・・・!』
熱と酸欠に苦しみながらも妹の元へと駆け出そうとするタブンネだが、腕を切られているため、バランスが取れていない
何度も、何度も、熱された岩盤の上へと転がり、火傷を増やしていった
タブンネは前へ、後ろへと転び、最終的にはズリズリと芋虫のように身体を這わせ、ようやく妹のもとへと辿りつく
『・・・・・・・』
しかし、既に妹は事切れていた
『ミギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!』
怒りか、悲しみか。様々な感情が入り混じった慟哭だった
白目を剥き、糞尿を垂れ流し、全身の穴という穴から血を噴出しながらも、タブンネは叫び続けていた
人間は、モンスターボールからブルンゲルを呼び出すと、周囲の炎を全て消し去り、タブンネに向き直った
「おめでとう! いやぁ、素晴らしかったよ
死ぬ間際の美しい兄妹愛! そこいらの芸術品に劣らない美しさじゃないか!」
狂喜乱舞する人間の声を最後に、タブンネの意識は落ちていった
第一部、完
最終更新:2014年09月22日 20:21