とある田舎町のポケモンセンターは、現在人手不足に悲鳴を上げていました。
これまでこの町には真剣にトレーナーを目指している人がほとんどいなかったので、
修行の旅をするトレーナー達のためのごく小規模のセンターがあっただけだったのですが、
町の近くに貴重な石や化石が出てくる洞窟が発見されて、この町に人が流れ込んだからです。
そこで他のセンターのようにタブンネを職員として受け入れようということになり、
早速センターで働くタブンネを育てている施設に電話をかけ、手配してもらうことになりました。
数日後、毛並みの美しい若いタブンネがセンターに届けられました。
都会の施設で厳しくしつけられたようで、きちんとした姿勢で「みぃ!」と挨拶をしています。
ブルーの瞳には若干の緊張とこれからここでがんばるぞという意気込みが感じられます。
タブンネには仕事の指導をするジョーイさんと、生活の面倒を見る若い男の職員がつけられ、
センターの2階にある空き部屋に泊り込んで働くことになりました。
職員の人たちはタブンネにとても優しく、タブンネのがんばるきもちがどんどん高まってきました。
タブンネは献身的によく働いたので、タブンネに慣れている都会から来た人はもちろん、
地元のおじいさん、おばあさんからも人気を獲得し、一躍町のアイドル的存在になりました。
仕事を終えて町を散歩していると、すれ違う人に優しい声をかけられて食べ物を貰うこともあり、
タブンネもそれに人懐っこい笑顔でこたえたので、ますます地域の評判になっていきました。
センターの中でも、『タブンネちゃんがきてくれてよかったね』という声があちこちで聞こえてます。
そんな調子で一ヶ月ほどがたったある日、生活担当の職員がポケモンのタマゴを両手に持ってきて、
「タブンネちゃん、これは無性卵で赤ちゃんは生まれないから、茹でておいてくれないかな」
と伝えてタマゴを手渡し、タブンネも『晩ご飯にするのかな?』と思いタマゴを鍋に入れて茹で始めました。
タマゴが固ゆでになったであろう頃、当番を終えたジョーイさんが台所へ入ってきました。
タブンネは『お疲れ様でした』とでもいいたげに「みいぃっ!」といつものように元気よく挨拶しました。
「タブンネちゃん、何をしているの?」ジョーイさんは鍋の中を覗き込み、悲鳴を上げました。
なんとこのタマゴは、地元のおじいさんが飼っていたビーダルが産んだものだったのです。
悲しいことにそのビーダルはタマゴを産んですぐに事故で死んでしまったので、
おじいさんがなんとかこのタマゴを孵してくださいとセンターへ持ってきたものでした。
ジョーイさんはぐつぐつ沸いている鍋の中に手を入れてタマゴを取り出しました。
タブンネは「み、みぃっ!?」と驚きの声を上げ、うずくまるジョーイさんに駆け寄りました。
「タブンネちゃん、これは大切なタマゴなのに、どうしてこんなことするの!?」
タブンネにはなにがなんだかわかりません。騒ぎを聞きつけて人が集まってきました。
人だかりのなかからタブンネは世話係の男を見つけ、問いただすようにみぃみぃ泣き喚いています。
「受精卵で赤ちゃんが生まれてくるから暖めてくれっていったのに……」タブンネは耳を疑いました。
確かに茹でておいてくれと言われたはずなのに。タブンネはまたなにがなんだかわからなくなりました。
「僕がタブンネちゃんにタマゴを預けたのがいけなかったんだ。本当にごめん」男が謝ります。
周りのみんなが男をなぐさめます。そして『悪いのはお前だ』と言いたげにタブンネを見つめるのです。
タブンネは涙を流しています。人だかりからは「何て食い意地の張ったやつだ」と声が聞こえてきました。
次の日、様子を見に来たおじいさんに事情を説明し、みんなで頭を下げて謝りました。
おじいさんがゆでたまごを見たがったので手渡すと、次第にその肩が怒りで震え始まるのが分かりました。
「いったい何をやったら最後のタマゴがこんなことに……」おじいさんは納得できない様子です。
男は自分の責任ですと再び頭を下げながらも、一瞬ちらりとタブンネの方を見ました。
それに気づいたおじいさんは、お前が悪いのかとタブンネに向かって凄みました。
「もしかして、食っちまおうとしたんじゃないだろうな!?」その場にいる誰もが否定しません。
おじいさんはタブンネをキッとにらみつけた後、涙をぬぐいながらセンターを出て行きました。
タブンネは怒られたことは勿論、それ以上に自分がタマゴを殺してしまったことにショックを受けました。
その日、タブンネはまるで仕事が手につかず、小さいミスをなんども繰り返してしまいました。
あれほどやさしかったみんなのタブンネを見る目がどことなく冷たいのは気のせいではないでしょう。
特にジョーイさんは包帯を巻いた手をさすりながら冷ややかな目でそんなタブンネを見ていました。
なんとか仕事を終えたタブンネは、やはりどうしても納得できずに男にみぃみぃと問い詰めます。
男は半ばあきれたような顔をすると、やれやれといった感じでタブンネに向き直りました。
すると男はタブンネの片方の触角をつかみ上げて、笑顔を浮かべながら耳元で優しい口調で囁きました。
「タブンネちゃん、僕はね、君みたいな勘違いをしたやつが大嫌いなんだよ。
君はね、自分がよくできて、みんなから大事にされてて、立派な良い子ちゃんだと思ってるでしょ。
でもね、君ができることなんて人間なら誰だってできることだよ。それなのにえらそうにしてさ。
『ワタシ可愛いでしょ、かしこいでしょ~』って、ほんとうに気持ち悪いんだよ、……クソブタァ!!!」
男が手を離すと同時に、そのつま先がタブンネのぷにぷにのおなかに突き刺さりました。
タブンネは吹っ飛んだその先にあったテーブルをなぎ倒して倒れ、そのまま立ち上がれません。
おなかの痛みはだんだんおさまってきています。でもこころの痛みはどんどん大きくなっています。
タブンネはここに来る前、たくさんの仲間たちと訓練を受けていた施設のことを思い出していました。
そこではタブンネたちは失敗すると大きな声で叱られて、ゲンコツで叩かれることもあったぐらいです。
でもその教官の人からは愛情が感じられました。うまくいったときは優しく頭をなでてくれました。
しかし目の前にいるこの男の人からそんな感情は一切感じられません。タブンネのことが嫌いなのです。
初めて純粋な敵意を叩きつけられたタブンネはこらえられなくなって嗚咽をこぼしながら涙を流し始めました。
そのときちょうどジョーイさんが部屋に入ってきました。「どうしたの!?」と問うジョーイさんに
男は、タブンネちゃんが癇癪をおこしてテーブルをひっくり返したので仕方なく説教していると伝えました。
タブンネはみぃみぃと必死で首を振って否定しますが、さっきのこともあって信じてもらえませんでした。
つづく。たぶんね。
最終更新:2014年09月29日 18:03