ヤグルマの森の奥にタブンネの集落があった。
彼らは天敵に襲われることも無く、木の実を食べて幸せに暮らしていた。
束の間の幸せだということも知らずに……。
ある朝。自警団の役割を持つ若いオスタブンネ達は近辺のパトロールに出かけた。
凶暴なポケモンやトレーナーは見当たらないようでタブンネ達は退屈そうに見回りを続ける。そんな時、一番前のリーダータブンネが足の下に違和感を感じた。
違和感の正体は10センチ程の小さなフシデだった。踏まれたフシデは身を守るために毒針を出してリーダータブンネの肉球を刺す。
「ミギャッ!」
リーダータブンネの肉球に小さな穴が空いたが、再生力で見る見る内に治っていく。
しかしリーダータブンネの怒りは収まらない。手の先に赤い光を集め、火炎放射を放った。
まだ幼いフシデは高温の炎に耐えきれず、もがきながら消し炭になってしまった。
「ミィィ、ミッミッ!」
リーダータブンネはフシデの死体を足で粉々に散らすと仲間を引き連れて集落に帰っていった。
集落に戻った自警団タブンネ達は長老タブンネにパトロールの結果を報告し、それぞれの巣に帰っていった。
事件は夜に起こった。
全てのタブンネ達が寝静まった頃、集落中に絹を裂くような絶叫が響き渡った。
叫び声はリーダータブンネの巣から聞こえた。目を覚ました他のタブンネ達は何事かと思い、リーダータブンネの巣に集まる。
そこに広がっていたのは正に地獄絵図だった。
家一軒ほどもある巨大なペンドラーがリーダータブンネの巣にのし掛かっていた。口には子タブンネが紫色の泡を立てながらくわえられている。既に死んでいるのかピクリともしない。
リーダータブンネは巣の前でペンドラーに「もうやめてくれ、僕達が何をしたと言うんだ」と泣きながら叫んでいた。妻のメスタブンネは巣の屋根に登って「子供を離して!」と火炎を放つ。
ペンドラーは何も言わなかったが、その憤怒の表情は「私の子を殺しておきながら何をほざくか」と言わんばかりだ。
その内にペンドラーは巣の上で丸くなると勢いよく跳ね上がり、妻タブンネを巣ごと滅茶苦茶に踏み潰した。
他のタブンネ達は皆、凍りついたようにその場から動けなかった。
「ンミィィィ!!」
リーダータブンネの悲痛な叫びが響く。ペンドラーは怒りを抑えられず、尻尾の先から紫色の針をリーダータブンネ目掛けて撃ち出した。
「他のタブンネ達は見逃してやる、しかしその人殺しのタブンネには死より恐ろしい罰を与えた。二度とふざけた真似はするな!」
ペンドラーは恐怖で動けない他のタブンネ達に言い放つと草むらの陰に消えていった。
「リ、リーダー!大丈夫ですかミィ!?」
自警団に入っていたタブンネが訪ねる。
「うん、でも妻も子も家も無くしてしまっ…ウッ!」
返事を言い終わる前にリーダータブンネは突如苦しみ出した。それと同時に口からドス黒い血が流れ出す。
「ギ、ミギギィィ……!苦しい、ミィ……」
リーダータブンネは喉を押さえて呼吸を整えようとした。が、その時リーダータブンネの手から何かが溢れ落ちた。
紫の煙を上げるそれは、リーダータブンネの喉の肉だった。
リーダータブンネは白眼を剥き、コヒューコヒューと荒い息を血と共に吐きながら倒れた。すぐに医者タブンネ達が癒しの波動を撃つ。
すると喉の肉が再生し、顔色が良くなり、リーダータブンネは元気になった。
「よかったミィ、あと数分遅れていたら死んでいたかもしれないミィ」
医者タブンネが言う。
「うん、本当にありがとうミィ!今日は長老の家で休んで、明日からパトロールを強化しようミィ」
リーダータブンネは茶色に変色した歯と涎をボトボト垂らしながら答えると地面に倒れ臥した。
「ミィィィ?まだ治ってなかったミィ!?」
医者タブンネが慌てて癒しの波動を撃つ。
すると白い新しい歯が生え、リーダータブンネは元気になった。
「ふう、きっとさっきのは猛毒だったんだミィ。今度こそ大丈夫ミィ」
医者タブンネが言う。
「うん、何度もすまないミィ。ところで何だか体が……ピリピリする……ミィ」
リーダータブンネの腹から煙が上がり、腐った内臓がドロドロと流れ落ちた。全身の皮膚が赤黒くなり酷く膿み出す。
「ギィイイイイ苦しいミィィィ」
目、鼻、舌。溶けたパーツを噴き散らしながらリーダータブンネが叫んだ。
医者タブンネ達が戦慄する。
これこそがペンドラーの言った死より恐ろしい罰、ベノムショックである。
ベノムショック……普通ならただ痛いだけの技なのだが、事前に毒を受けていた場合はその限りではない。
フシデを踏んだときに毒針で刺された肉球。再生力で傷口がすぐに塞がったため毒の排出ができず、まだ微量な毒が体内に残り続けていた。
ペンドラーはそれを知っていたから敢えてリーダータブンネを踏み殺さずにベノムショックを使ったのだ。
「大変だミィ!これは猛毒より厄介だミィ…癒しの波動を撃ち続けないと死んでしまうミィ!」
医者タブンネは一斉に癒しの波動を撃つ。リーダータブンネの損傷が綺麗に治っていく。
しかし二秒も経つとすぐに腐肉と黒い血が地に落ちる。鼻が溶けて穴ができ、その穴は後頭部まで通っていく。腐って灰色に変色した脳が穴からトロトロと流れる。
大きな耳は端からジワジワ溶けていき、クルクル巻いた黄色い触角は今や醜く捻れた茶色い紐のようだ。
だがそれも癒しの波動を受けるとあっという間に再生していく。
リーダータブンネは再び元気になり立ち上がろうとするが地面に突いた両腕が音もなく砕ける。バランスを崩して倒れた背中には床擦れを悪化させたような異常な大穴が幾つも空いた。
「ミビャイイイいたいミィィいたいミィィいたいミィィいたいミィィ」
体をすり減らしながらのたうつリーダータブンネに癒しの波動が撃たれ、傷は全て治るが次から次へと毒による腐敗が進みまるでキリがない。
医者タブンネの内の一匹が疲労とストレスで倒れると他の医者タブンネも次々に倒れていった。
他のタブンネ達も治療に加わった。
癒しの波動が使えるタブンネは絶え間なくリーダータブンネに使い続け、食料調達係のタブンネは貯蔵庫からありったけのヒメリとオボンを持ち出し医者タブンネ達に与える。
リーダータブンネの再生回数が1000を超えたころ、夜が明けた。
夜明けと同時に何かがタブンネ達に襲いかかった。
それは大量の野生のミネズミやヨーテリーだった。リーダータブンネの治療で慌ただしくなっていたタブンネ達は彼らにとっては目立つ餌場だったのだ。
長老タブンネも医者タブンネも自警団タブンネも幼いタブンネ達も、皆リーダータブンネの目の前で食い殺されていく。
リーダータブンネは泣きながら止めてくれと懇願するが、以前からタブンネ族に木の実を半ば独占されて飢えていた彼らが殺戮と食事を止めるはずが無い。
一時間も経たない内に集落のタブンネは全滅した。リーダータブンネただ一匹を除いて。
ミネズミやヨーテリー達は腐臭を放つ不味そうなリーダータブンネには目もくれず集落を去っていく。
辺りには生き物は誰もおらず、ただリーダータブンネが泡を吐きながら転がっているだけである。
癒しの波動を撃たれずに苦しむタブンネだが、彼が死ぬことは無かった。
特性の再生力と仲間が残した癒しの波動のエネルギーが傷を治していく。
だがすぐにまた身体中から腐った血肉が噴き出しタブンネを苦しめる。
しかし再生力と癒しのエネルギーによって自動的に治っていく。
「ミギィ…いたいミィ……いた、いミィぃ……だれか、たすけ…て、くれみぃ」
タブンネは仲間が土に還っていくまでの長い間、ずっと腐食と再生を繰り返していた。
巣が風化し、集落が崩れ落ちてもタブンネは死ねずに腐っては治り、腐っては治りを繰り返した。
その後、タブンネがいつまで苦しみ続けたかは誰も知らない。
おわり
最終更新:2014年10月07日 22:38