白い町の妖精たち

真っ白く雪に覆われた道路、そこには口紅のように赤い小さなハートの模様が点々と続いていた
其のハートを尖っている方の方向へ辿っていくとピンク色の何かが震えながらトボトボと歩いている
それは一匹のタブンネ。やつれた成体の♀タブンネだ
普通の野生タブンネならば毛布のようなふわふわの毛皮に覆われているはずなのだが
このタブンネの毛は油や埃でベトベトに汚れてしまっていた
おなじく、歩くたびにチラチラとピンクのハートの肉球を覗かせる可愛い足も
あかぎれで出血して真っ赤に染まり、ちらりと見える肉球も血が流れ出すヒビに覆われ痛々しい
人間、いやまともなタブンネなら数歩歩くのもままならないほどの裂傷だがこのタブンネは歩みを止めない
彼女の瞳はまぶたが凍り、涙が枯れ果てたように乾燥し切っており、その輝きを完全に失っていいた

ここは「白い町」と呼ばれる地方都市、
本当の名前は別にあるのだが美しい白い石畳の道路、漆喰を多用した白い建物が非常に多い
そして冬になると何もかも真っ白になるほど雪に覆われるなどさまざまな理由からそう呼ばれている
しかしこの町には「白い」ということ以外の特徴もある
それは町の中に「野良タブンネ」というものがたくさんいるということだ
もちろん野良タブンネがいるのはこの町だけではない
確かにペットとして飼われていたのが捨てられたり、食肉用の家畜が逃げ出したりしたなどの由来で野良タブンネは色々な町や村にいる
しかし白い町の野良タブンネのルーツは遥か昔にある
この町はちょうど農業地帯と首都圏との境目にあり
昔から大都市の商人と農村の農民とが野菜や穀物を取引し合う商業の町であり
大量の野菜の運搬や積み込みに近辺に多く生息していたタブンネを利用したのが始まりである
タブンネたちは労働と引き換えに売れ残りや野菜の人間が食べない部分などを貰い頑張って働いていたのだが
フォークリフトなどの機械の導入、
他の地方から連れてこられたゴーリキーやドッコラーなどの力が強いポケモンの採用などによって仕事を失い、人間たちに捨てられていった
しかし捨てられたタブンネたちはこの街から出ていく事はなかった
なぜなら、周辺の元々住んでいた草むらに他の地方から連れてこられて逃がさたた肉食ポケモンが住み着いて繁殖してしまい
それに恐れをなしてタブンネたちはは街から出ることが出来なくなってしまったのだ
そして彼らは、街から大量に出てくるゴミや残飯で命をつなぎ、そして子を成していきやがて今に至る
かつては街を支えていた野良タブンネたちは今では完全に人々から邪魔者扱いされている

――これは、そんな町に生きるタブンネたちの、ごくありふれたお話である

白い町のタブンネたち
第一話『赤いハート』


        続く







それでは、あの歩き続けているタブンネのお話をしよう
ちょうど一週間前、小さな中華料理屋の通りに面する裏手にタブンネの母子が住んでいた
日に日に寒くなる冬の初め、室外機からの温風に惹かれてここに住み着いたのだ
「チィチィ、チィチィ…」カリカリ
「ミィ…」
冬の朝の遅い夜明け、ベニヤ板で蓋をされたゴミ箱から子タブンネの鳴き声と板を引っ掻く音が聞こえてくる
その音に呼応するようにゴミ箱の隣にある包帯の代わりににビニールを巻いたミイラのような塊がもぞもぞと動き出した
中から出てきたのはタブンネ、このタブンネが、冒頭で道を歩いていた♀タブンネである
特大のゴミバケツを倒してズタズタのごみ袋を被せた物は母子のお家。しかし母タブンネは体が大きすぎて入ることができない
ごみ袋を何重にも重ねてそれにくるまり子タブンネが眠るゴミ箱の横で震えながら寝るという毎日だ
「チィチィ…チィチィ」『オナカスィタヨゥ…マンマ…』
「ミィミィ」『まっててね、いまもってきてあげるからね
こんしゅうはどんなごはんがあるのか、たのしみだね』
このタブンネは中華料理屋から出る生ゴミのごみ袋をごみ捨て場持ち去ってそれを1週間分の食料としていた
中には溶けかかった中華麺に黄色くなったご飯、キャベツの芯や固い葉っぱ、チンゲン菜の根元
元はあんかけ料理だったドロドロの何かや各種残飯などが真っ黒になるまで酷使されたベトベトの揚げ油にまみれて袋に詰められている
書いていて気味の悪い最低の残飯なのだがタブンネ母子にとっては貴重な栄養源
母タブンネは油にまみれながら袋に頭を突っ込んで中を探りって食べられそうな物を選別する
比較的まともな物は子タブンネが食べ、腐ってたり辛かったりする物は母タブンネが涙を堪えて胃に流し込む
(まえのはなかみがすくなかったけど、こんしゅうはたくさんはいってるといいな
ちびちゃんがすきなしろくてあまいぷるぷる、はいってるといいな)
母タブンネは人間に見つからないよう気をつけてごみ捨て場へ向かう
ちなみにしろくてあまいぷるぷるとは杏仁豆腐の事である
ごみ捨て場に着いたタブンネはある異変に気づいた
目当てにしていた黒いベトベトがたくさんこびりついたごみ袋が無いのである

なぜゴミ袋が無いのかというと、中華料理屋は改装の為ここ10日間店を開けていなかったからだ
大量に出ていた生ごみも今週は店を開けていないから出ない。当然の事であった
(どうしてごはんがないの?・・・ ちびちゃんもわたしもすごく、すごくおなかがぺこぺこなんだよ・・・!)
母タブンネは必死の思いで地面にすこしだけ積もった雪をかき分けてベトベトのゴミ袋を探す
しかしいくら探してもゴミ袋は出てこない。出てくるのはアスファルトの黒い地面だけだ
(そんな・・・ いつもここにあるのに・・・ なんで・・・)
母タブンネは中華屋の事情など知るよしもなく、ただ茫然と立ち尽くすほかなかった
これからの事を考えると背筋が凍る。ただでさえ冬の早朝でしっぽが凍るほど寒いというのに
なにせ今の季節生ごみ以外の食料はほぼ手に入らない
ちょっとした空き地に生えている実を食べられるイネ科の植物や柔らかくて毒の無い草は既に枯れ
民家の庭で地面に落ちている柿や無花果の実を拾おうにも実は全て家主が収穫ずみ
スーパーや八百屋の商品に手を出すなど自殺しに行くようなものだ・・・
結局母タブンネは手ぶらのまま子タブンネが待つゴミバケツの家へと戻る事になった

「ミィ~!」
「フィィ・・・」
家に帰ると待っていたのは子タブンネの熱烈な歓迎
目を輝かせ、大きな耳を小さく上下にぱたぱたと動かしながら
待ってましたと言わんばかりの笑顔で母タブンネにとてとてと駆け寄ってくる
しかしそれを出迎える母タブンネはまるで明日が死刑執行の囚人であるかのように暗い表情だ
そしてそっと目を閉じ、自分の身体で唯一きれいな部分と言える両手で子タブンネをそっと持ち上げると
油の固まった粒がまるで樹液のようにこびりついている胸に子タブンネの触手をちょんとつけた
「ミッ・・・」
蝶の羽のように広げていた子タブンネの耳がゆっくりと下がっていく
表情も暗く沈んでいき、まるで風船から空気が抜けていくように一気にしょんぼりとしてしまった
母タブンネがそっと地面に下ろすと子タブンネはゴミバケツハウスの一番奥まで引っ込んでいき
出口に背中を向けてごろりと丸まって寝ころんでしまった
普通の子タブンネだったら泣きわめいたり、駄々をこねたりしただろう
しかしこの子タブンネはそれをしない。
何をやっても食べ物は出てこないのを身に滲みるほど理解しているから

「ミィ・・・」
母タブンネは諦めるわけにはいかない
小さくため息を付くと、2日間何も食べてない身体に鞭打ってまた他の場所へ食べ物を探しに行く
一つだけ心当たりがある。自分が前に所属していた野良タブンネの集まりだ
この集まりは空き地に生える野草やドングリを食料にしていたのだが、
秋のある日、町内会の草むしりとやらを行われ、
空き地の雑草を根こそぎ取られて更地同然になってしまったのである
さらに運の悪い事に、ドングリもポケモンの餌に丁度いいからとみんな取られていってしまった
地面と擦れる箒の不快な音、草たちが抜かれていく音、焼き芋の美味しそうな匂い
そして空き地を覆い尽くすようにあったドングリと野草が一日にして消えていたショックは今でも忘れられない
その後、食料が無くなった事でタブンネの群れは一匹、また一匹と空き地を去っていき、
母タブンネもまた幼いわが子を連れて餌場を求め旅立っていったのだ
「ミッミッミッミ…」
新聞配達のバイクの音に耳を立てながら、母タブンネは駆け足で故郷へと向かう
少しは希望があった。
空き地は冬になって草が取れなくなっても、春になればまた美味しい草をごちそうしてくれるから
もしかしたら離れている間にまた草を生やしてくれているかもしれない

「フィ・・・」
しかし現実は想像よりも非情であった。草どころか、空き地は雪と氷でまっ白に覆われていたのだから
母タブンネは途方に暮れた。疲れと空腹が一気に身体を襲い、その場にへたり込んでしまった
しかし10分もすると再び歩き出し、今度は住宅と住宅の間のせまい隙間に入っていく
そこには中の良いママ友の家があるのだ
甲斐性のあるタブンネで、一匹で子供を3匹抱えても飢えさせる事無く育てていたのだから
子供3匹、一匹は生まれたばかりの赤ちゃんタブンネを連れては移動する事が出来ず、ここに留まっていた
彼女ならひょっとして新しい餌場を見つけているかもしれない・・・ 一か八かタブンネは段ボールの家に訪ねてみる
『かえって!ここにたべものなんかないわよ!』
ママ友タブンネは変わってしまっていた
あばら骨が出るほどやせ細っていて、毛は抜け落ち汚くまばらになり
腐った生ごみのような体臭を放ちながら皮膚病に侵されたおしりをポリポリ掻いていた
しかし何よりもショックだったのは、茶色く汚い歯を剥き出しにして母タブンネを威嚇してきた事だ
ダンボールハウスの中では、骨と皮だけのような2匹の子タブンネたちが
しなびたナスのヘタを取り合って奇声を上げながら取っ組み合いの喧嘩をしている
そして片隅にポツンと置かれたビニール袋の中には
少しのピンクの毛を肌に残して緑色のミイラになったベビンネの死体が・・・
母タブンネは絶望しきり、フラフラと子タブンネが待つ巣へと帰っていった

「ミッ!ミィ!!」
「チィ・・・」チュパチュパ
なんとか家にたどり着いた母タブンネを待っていたのは、
空腹に耐えかねてゴミ袋についていた黒い油の粒を嘗め取っている子タブンネだった
袋の切れ端を口の中に入れ、くちゃくちゃとガムのように噛みながら油を舐めとっている
寒い中、何が何でもカロリーを接種するというこの行動は間違ってはいないだろうが
母タブンネにとってはみじめな気持ちでいっぱいだった
自分がしっかりしていればこんな事はさせなかったのに・・・と
「ミッ」クチュクチュクチュクチュ
「フィィ?」
雪を口に含み、それをよく噛み砕き溶かして水にしてから子タブンネに口移しで与えてやる
油で口がベトベトして気持ち悪かったベビンネは喉を小さくコクコクと鳴らしながら飲んでいく
「ミィ~」
「ミッ、ミッ」
少し照れくさいのと、お腹が膨れたのとで子タブンネはケラケラと笑った
その笑顔をみて、「自分はまだママの資格があるんだな」と母タブンネは心が少し軽くなった
そして何としてでもこの子を育て上げてみせる。と固く決意をした

しかし、決意とは裏腹に母タブンネがどんなに頑張って食べ物を探しても、
少しの食べ物しか見つける事ができなかった
マヨネーズ付いたのたこ焼きのパック、スナック菓子の袋、グチョグチョのティッシュ・・・
なぜなら、母タブンネは人間に目撃される事を非常に恐れているからだ。
母タブンネに限らずこの街のタブンネはみなそうなのだが
生ゴミなどが多い住宅地は深夜から早朝にかけてのわずかな時間帯しか餌集めができず、
昼間でも餌さがしができる人通りがあまりない裏通りなどは食べ物がほとんどない
結果満足に餌が取れないという訳だ。この街で食べ物を満足に食べれているタブンネはいない

「ミィ・・・」
「ピ・・・チ・・・」
あれから5日後、子タブンネは酷い下痢を患っていた
当然だ
この5日間に食べた物と言えば雪を溶かした冷たい水とふやけた新聞紙
そして台所の排水口のドロドロが詰まっていたビニール袋の中から取り出した米粒と野菜クズくらいなのだから
それでも母タブンネが命がけであちこちのゴミ捨て場を必死に漁って手に入れた物だ
しかし少しでも時間が遅れると他の野良タブンネが食べられそうな物はあらかた持っていってしまう
捨て場に遠征して食べ物を取りに来る母タブンネにチャンスは少ない
「キ…ピ…」プチュルルルチュピッ
子タブンネは頻繁に薄いドロ水のような糞をチョロチョロと排出した
排泄というのは思いのほか体温が奪われる行為である。
そのせいで寒さによる震えが止まらない、
ゴミバケツの家の中は外よりかなりマシとはいえ寒いのには変わりがない
母タブンネは寒いのも、自分が糞で汚れるのも気にせずに子タブンネを抱きしめて暖めている
(ちびちゃんしんじゃう… なにかいいたべものをたべさせてあげないと・・・)
眠れぬ夜が過ぎ、明け方が近づくと母タブンネは覚悟を決めた
自分が暖をとっていたゴミ袋、濡れてない新聞紙、チラシ
使い古した雑巾やふきんと思われるぼろきれ、使用ずみティッシュペーパー・・・
防寒に使えそうな巣にあったあらゆる物を総動員し、子タブンネの体を分厚く覆っていく
それが済むと母タブンネは無数の鞭のような霰混じりの強風が吹く中、
あてもない「いいたべもの」を探しに行った

もちろん、いい食べ物などそう都合よく見つかるものではない。
勇気を出して店の商品に手を出そうにも早朝でシャッターが固く閉じられている
ゴミ捨て場は運悪く今日はビンとカンの日だ
結局母タブンネは、いい食べ物どころか生ゴミすら見つける事もできずに
失意のまま巣へと帰っていく事となった
「・・・ミィ!?」
中華料理屋の近くを通りかかった時、
小型トラックのエンジン音がするので物陰に隠れながら慎重に移動していると
車の荷台の中身がちらりと目に入った・・・そこには
そこには見た事が無くても遺伝子は覚えているタブンネのソウル・フード、最高のご馳走
「オボンの実」が大量に並べて積まれている
タブンネは思い出した。
オボンの実を食べればどんなに弱ったタブンネでもたちまち元気を取り戻すという話を
そして決心した。ちびちゃんに食べさせるの「いいたべもの」はこれしかない・・・と

「ミッミミィィ・・・」
しかしその決意に反して、恐怖が母タブンネの身体を固く縛った
恐怖に身を任せるのはある意味正しい判断と言えるだろう
この街のタブンネというのは身体が小さい。大人でも身長80cmくらいが普通で
子タブンネに至っては大きさだけ見ると赤子タブンネと見分けがつかないなどザラだ
このタブンネ母子も例にもれず小さい体つきをしていた
それに普通のポケモンなら覚えているはずの「技」もほとんど覚えていない
おまけにここ最近ろくに食べ物を食べてないので体力もかなり落ちている
そんな身体で人間から食べ物を奪うのは無謀ですらなく自殺に他ならない
「ん?そこに何かいるよ」
「え?」
男たちが母タブンネの方を向いた時、母タブンネの全身を凍った稲妻が走るような怖気が襲う
そのまま急いで建物の隅に隠れ、迷路のような裏路地を抜けて慌てて巣に逃げ戻った
「ミィ・・・」
恐怖から解放されて一息ついた後、ゴミバケツの家の中の子タブンネの様子を見てみる
(なにももってきてあげられなくてごめんね・・・)
何度も心の中で詫びながら、また抱きしめてあげようと子タブンネを覆っていたゴミの布団を剥がしていく
そこには、母タブンネが予想もしていなかった悲惨な光景が広がっていた

子タブンネは全身が自らが垂れ流した血混じりの下痢にまみれ、ピクリとも動かない
空腹に耐えられなくて口にした物の、弱っていて飲みこめなかったのか、
口には大量の糞がしみ込んだ新聞紙が歯や舌の裏に挟まってている
まぶたと唇は乾き、触覚は張りを無くして紐グミのように垂れ下がっていた
「ミミミ!?!、ミィ!」
母タブンネは子タブンネを抱き上げて口の中の新聞紙を掻きだし、
雪を口に含んで溶かして水にしてから口移しで子タブンネに飲ませようとした
しかしその水は子タブンネの喉を潤す事もなく、口の端からダラダラとこぼれ落ちていく
そして「フィ…」と母タブンネに弱々しく声にならなかった息を吹きかける。
その後、ゆすっても鳴きかけても、何の反応も示す事もない
冬の朝の風は母タブンネの腕の中の子タブンネを急速に物言わぬ冷たい塊へと変えていった

「ウバアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!ミガアアアアアアアアアアア!!」
母タブンネは後悔した
自分は最低の母親だ。あの時、口に含ませたのがオボンの実だったら助かっていた
何故あの時人間にかかってっていかなかった、どうして戦おうとしなかった!?
助かる道はたしかに、たしかにそこにあったんだ!
「ギィ・・・」
喉を引き裂く慟哭、そして血の涙、数分も続いた叫び声が止んだ後
母タブンネの足元の雪は赤く染まっていた
何か吹っ切れたような顔でゴミの布団の汚れた部分を取り除き
子タブンネを舐めて綺麗にしてからそこに寝かせてやる
そしてあの人間たちがいた中華料理屋の前に何の迷いもなく向かっていく
オボンの実の力を以てすれば死んだ子タブンネを生き返らせる事も出来るはず
母タブンネの壊れた心はそう信じ込んでしまっていた
「ギュ・・・」
中華料理屋の前に着いた時、男たちの姿は既に無く
オボンの実を摘んだ車もいなくなっていた
しかしタブンネは分かっていた。雪に残されたタイヤの跡
これを辿っていけばあの車に辿りつけるという事を
母タブンネは何の迷いも無く轍に沿って歩き出す
既に車は遥か遠く、どこに着くかもわからない
身体は弱り切り、いつまで持つかわからない
しかしタブンネは歩き続ける
この長くて白い道の先に、明るい未来が待っていると信じて

「おい~す、頼まれてた奴が出来たよ」
「おお?、わざわざ届けてくれるなんて悪いネ」
「なに、小売りに納入の途中で通りがかったもんだからさ
 それにこう、なんたって手間暇かけて作った特注品だしね」
「フフ、このホワイトラーメンは新装開店に向けて開発した目玉メニューだからな、
 食品サンプルの出来は重要ですぜ
 ・・・ところで、木の実のサンプルばっかいっぱい積んでいったい何処に売るつもりだい?」
「ああ、クリスマスが近いからツリーの飾りにどうかと思ってそういう店に持ちかけてみたら、
 綺麗だってんで意外と沢山買ってくれてな」
「まったくオレと違って商売がうまいですな・・・ ん?そこに何かいるよ」
「え?」

      • たとえどんな道を選んでも後悔しかない
この街のタブンネはそういう運命なのであろうか

妖精はめったに人前に現れない
人知れず生まれ、また人知れず消えていく

―――妖精は人前に姿を現すことは無い
だが、時として清らかな心の持ち主の前に姿を現すという
そしてこれは、そんな妖精たちと出会った人間の物語である


+ 途中で終了している部分です
『ミヒィーッ!!ビーッ!』
私は「白い町」のポケモンセンターに勤めているジョーイです
昼間の仕事も毎日忙しいのですが、
それにも増して夜の仕事(いやらしい意味じゃないですよ)はさらに大変なのです
いえ・・・仕事というよりかは「やらなくてはならないこと」と言った方が正しいでしょう
『ミィーッ!!ピャァァァァァ!!』
夜も10時を過ぎ、トレーナーさんの出入りがまばらになる頃、
そのトレーナーさんたちと入れ替わるようにどこからともなくタブンネ達が集まってきます
深い傷を負ったり、重い病気に罹ったりしたタブンネとその家族たちです
『ウミィーッ!! チギュピィー!!!』
私はそんなタブンネたちを専用の裏口で診察してあげるのです
裏口の前、まるでピンク色のじゅうたんのようにひしめき合っているタブンネの集団の中から抜け出し、
最初に裏口に入って来たのはタブンネの夫婦と子供
よっぽど不潔な環境で暮らしてきたのでしょうか
お父さんタブンネは片耳が壊死して完全もげ落ちてしまっていて
両目は目やにが糊のようになって完全にくっ付いてしまい開けられないでいてかわいそう
お母さんタブンネは全身にまだら模様のように毛がごっそり抜けおちている個所があり
そこに皮膚病やかさぶたができていて見ているだけでこっちまで痒くなりそうです
そして両親とも、生ごみのあのモワっとした体臭を放っています
『ミィッ!ミィッ!ビィィーッ!!』
しかし両親タブンネ達が来院した目的は自分たちの治療ではありません
母タブンネの腕に抱えられている赤ちゃんタブンネを治してほしかったのです
赤ちゃんタブンネは汚れきった両親とは対照的にピンク色のフワフワできれいな毛皮のままでした
ただ一点、黄色いお腹を横切って趣味の悪い蛇の刺青のように走る自転車のタイヤの跡を除いては

抱いている母タブンネの腕の間から力無く両手をぶらんと垂れ下げていて、
母タブンネが動くたびに力無く首がぐらぐらと揺れ動きます
股間が血で赤く染まっていてお尻からは大腸がむにょんと飛び出していました
『ミィ・・・』
両親タブンネを落ち着かせて、赤ちゃんタブンネを受け取ります
その子はまるで、例えるなら自動販売機から出てきたてのジュースように冷たくて、
母親から離れたというのに何の反応もありません。ふつうの赤ちゃんタブンネなら泣いたり叫んだりで大変なのですが
それでも不安げに見守る父母タブンネの前で赤ちゃんタブンネを触診しました
触ってもぴくりとも動きません。脈もありません、心臓の鼓動もありません
その瞳は完全に潤いを無くし、その輝きを無くしていました
わたしはまた、タブンネ達を泣かせなければいけないようです
「この子はもう、天国へと旅立ってしまっています・・・ ポケモンセンターでも治すことは不可能です」
母タブンネに赤ちゃんタブンネを返して、私の胸に触角をそっと当ててその旨を伝えました
『ヴ・・・ヴミィ・・・!!!ミ゙ィィ~!!ミ゙ィィ!!』
母タブンネはガクガク震えながら首を激しく横に振りました
父タブンネも何を言われたのか理解したのかがっくりとうなだれています
『ヂビャァァァァァァァ!!!ウバァァァァァァァ!!!!』
そして母タブンネは突然叫び出し、赤ちゃんタブンネを抱えながら裏口から突然飛び出して
泣きながらどこかへ走り去ってしまいました
父タブンネもフラフラとそれを追いかけていきます
轢いた人が自転車でセンターへ連れてきてくれれば赤ちゃんタブンネは助かったかもしれないのに・・・

この街の人々はタブンネにあまりにも冷酷すぎます
父タブンネの目ヤニも、そんな人々に流しすぎた涙が固まってできた物なのかもしれません
せめて、顔を洗って眼やにを取ってあげるだけでもやってあげたかったな・・・
悲しむ間もなくタブンネたちは次々とやってきます
骨が飛び出す骨折、息もできない程の肺炎、血がにじむ打撲、ピンク色の肉が見える裂傷、滝のような下痢・・・
膿に覆われたすり傷、見るに堪えない皮膚病、不潔からの感染症・・・
そんな傷ついたタブンネたちを診察していき、集まって来た全てのタブンネを診おわる頃には夜の1時を過ぎてしまっています
本当なら10時に夜勤のジョーイさんがセンターの仕事を引き継いでくれるのですが
このジョーイさんは町のタブンネに好意的ではなく、裏口での診察などは一切やってくれないのです
そういえば、夜勤のジョーイさんもこの街出身でした・・・ だからタブンネが嫌いなのでしょうか
診察が終わった後は心と身体がとても重く感じます
今日診たタブンネ達の中で治る見込みのある子は半分もいなくて、
それでも必死にセンターへやって来るタブンネ達の事を思うと
治療の途中なのにセンターに来なくなる子はとても多いです。それも重症の子に限って
病魔に負けて力尽きてしまったのか、それとも来る途中で事故にでもあったのか・・・
「あら、まだ残ってたの? 毎日そんなムリしてると~、身体壊しちゃうよ」
コートを羽織って出口へと歩いていく途中、夜勤のジョーイさんに引きとめられました
そして私の冷たくなった肩をぐりぐりと揉みほぐしながら、自販機のモーモーミルクを手渡してくれました
「私は大丈夫ですよ、自分で始めた事ですから・・・」
夜勤のジョーイさんのちょっと乱暴なマッサージで、少し身体が軽くなった気がします
そして「お疲れ様です」の挨拶を交わした後、地吹雪の吹く冬の深夜の街を歩いていくのです
この寒風で、また多くのタブンネ達が苦しみ、倒れてていくのでしょう・・・


白い街の妖精たち 第二話『お馬鹿さんね』



        続く
最終更新:2014年12月26日 02:05