幸せな家族

ある日散歩をしていると、見慣れない穴を見掛けた。
恐らく何らかのポケモンの巣である事と思われるのだが、迂闊に近付くのは得策では無い。
そこで何時も持ち歩いている双眼鏡を使い遠くから中を覗いて見ると、そこに数匹のタブンネの姿が確認できた。
成体と思われる雄と雌の固体が一匹ずつ、それに子供と思われるタブンネ達。これは親子と見て間違いないであろう。

そのまま巣の中を見渡す。秘密の力を使って穴を掘ったのか、モグリューやドリュウズに頼んだのかは分からないが
タブンネの一家が生活するには申し分無い程度の広さはあり、よく見ると床にはオレンの実の食べカスが散らばっていた。
どうやら食後のひと時を過ごしているらしい。つがいのタブンネが子守唄を歌って子タブンネを眠らせていたり、
子タブンネ同士でじゃれ合って遊んでいる、実に幸せそうだ。

子タブンネ達の毛並は意外にも整っており、野生にしては中々綺麗な体をしている事に気付いた。
定期的に舐め合ってるのか?それとも行水でもしてるのだろうか?
だが、よく体を見てみると、つがいのタブンネの体にはいくつもの生々しい傷跡が残っていた。
打撲の後だけで無く、明らかに刃物の物と思われる切り傷の跡も見られる。
どうやら単なる野生のポケモンからの攻撃に留まらず、人間からも玩具のように弄ばれたのだろう。
ある程度知識のある人なら承知の事だろうが、タブンネが野生で生活していくのは決して楽ではない。
攻撃に使える鋭い牙や爪も持たず、短足故に俊敏な動きも出来ず、翼を持たない為空を飛ぶ事も出来ず、
体の色故に目立ち、さらにはトレーナーからの狩りの対象となっている。まさに生きた地獄と言うに相応しいだろう。
あの一家の幸せな時間はそんな生きた地獄に屈すること無く、耐え忍び、乗り越えて生きてきたからこその努力の賜物である。
タブンネとは言え、その努力は敬意に値するものだと思う。

だが敬意を示す一方で、私の中にある欲望が浮かび上がってきた。
別に私はタブンネを嫌っている訳では無いのだが、あの一家の幸せを奪いたい。
幸福が続くと信じて疑わないかの様な顔を絶望に染め上げたい。手入れされた綺麗な体を無残な姿に変えたい。
と思ったのもまた揺ぎ無い事実だ。 気が付くと私はモンスターボールの入ったポケットに手を当てていた。

私は手持ちのポケモンであるトゲキッスを繰り出し、ある指示を出す。
トゲキッスはそれにコクリと頷くと翼を広げタブンネの巣へと飛んでいった。
トゲキッスはタブンネの巣に辿りつくや否やエアスラッシュで巣の外側から攻撃し始めた。
突然の出来事に平和な一時から一変、一家がパニックに陥る。
先程までの満面の笑みから打って変わり泣き叫ぶ子供達とそれを必死になだめるつがい。
双眼鏡を通じて分かる巣の中の光景に思わず見入ってしまう。巣の中など知った事では無いかのようにトゲキッスの攻撃は続く。
すると中からつがいの雄パパンネが出てきた。その瞳は自分らの巣を攻撃するトゲキッスを見据える。
攻撃を仕掛けるのだろうか?

だが、次の瞬間パパンネは意外な行動に出た。なんと短い足で器用に正座をし、そのまま手をつき頭を地面につけたではないか。
何処で覚えたのか土下座という奴だ。
「ミィ・・・ミィ~・・・」懇願すると言ったような声でパパンネはトゲキッスに語りかける。
攻撃を止めてくれるよう頼んでいるのだろう。
これは思っても無い展開だ。てっきり住処を荒らさた怒りに任せて突っ込んでくるものかと思ったが・・・
無駄な戦闘を避けようとしているのか分を弁えているのかは知らないが中々賢明な判断と言えよう。
「ヂィィイイ!!」「ビィィイ!!」子供達はパパンネの姿に怒りを隠せない。
恐らく「そんな奴早くやっつけてよ」とでも言ってるのだろう。
あくまで平和的に解決しようとするパパンネだが、そんな姿も子供達には悪者に頭を下げる格好悪くて情けない姿にしか見えないのだろう。

トゲキッスはパパンネの姿が目に入ったのか攻撃を止め、パパンネの元へと降りてくる。
パパンネは音で攻撃が止んだの理解し、安堵したのかほっと一息つく。だがその時、パパンネの頭上にある物体が振ってくる。
明らかに湿っているので土砂ではない。では木の実かと言うとそうでもない。パパンネも何なのか気になったようでそっと手を頭に当てる。
妙に柔らかい感触に違和感を覚えたのか、それとも悪臭がしたのかパパンネが顔をしかめる。
戻した手に付いていたのは、トゲキッスの糞だった。パパンネがプライドを捨て土下座をしてまで懇願した事への返答がこれである。

「ンミィィィィイイイイイイ!!!」とうとうパパンネが堪忍袋が切れた。頭にこびり付いた糞を振り払い、声を荒げて叫びを上げる。
まあ突如住処を荒らした上に糞までぶつけられたとあっては当然だろう。
「ミィイ!」「チッチィ!」「チィ!♪」ママンネとベビンネ達がパパンネに何か言っている。
差し詰め「パパ頑張って」とでも言っているのだろう。
意を決したパパンネがトゲキッスへと突進する。だが、虚しく空を切り勢い余って転げ落ちてしまう。
それでもめげずに立ち上がり、往復ビンタを仕掛けるパパンネ。だがパパンネの手が触れるか触れないかの高さで全て避けられてしまう。
当たらないギリギリの距離で煽るように回避を続けるトゲキッス。それはパパンネの神経を一層逆撫でした。

「ミィィイ!ビィィイ!ンミィィィイイ!!!」怒りのあまり狂ったように手を振り回すパパンネ。
だがいずれも空を切るばかりでトゲキッスに当たる気配を見せない。
自慢するような形になるが、私のトゲキッスはバトルサブウェイのジャッジに4つの箇所に最高の力を持ち、
素晴らしいと言わしめた天才的な才能を持つ固体である。
さらに徹底した英才教育を施したのだ。さしずめ神の領域とでも言ったところであろうか?
こればかりは努力と言う程度のもので超えられる壁ではない。
怒りと言うのは確かに力を引き出すかも知れない。だが怒りに任せた攻撃などそれこそ天才の思う壺だ。
だがパパンネにそれは分かるまい。

しばらくするとパパンネの動きが鈍ってきたのが見て取れた。明らかに手の動きが遅くなり、肩で息をしている。
次の瞬間トゲキッスがエアスラッシュを放った。真空の刃はタブンネを逃すこと無く射抜く。
勢い良く飛ばされたパパンネの腹部が割れ、中から噴水の如く鮮血が溢れ出す。
「ビャァァアアアアア!!!」先程の疲れは何処へ行ったのか、パパンネの悲痛な叫び声が響く。
その顔には苦痛だけでなくあり得ない程の出血量に対する驚きも見えてる。

改めて言う事でも無いかも知れないが、ポケモンと言うものは本当に凄まじい潜在能力を誇る。
鍛えたバトル用ポケモンが放つ一撃は悪餓鬼の悪戯で用意したカッターナイフ等とは訳が違う。
その一撃は大木すら切断する程だ。
しかしおかしい。奴のエアスラッシュなら出血どころか一発で切断出来る筈だが・・・まあとりあえず様子を見守るとしよう。

腹部を切断されて藻掻くパパンネに尚もトゲキッスの追撃は続く。
立ち上がることすら許さぬ勢いでエアスラッシュを連打する、その顔は玉転がしでもして遊んでいるかのようで、実に愉快そうに
止まることの無い真空の刃の応酬にパパンネはなす術も無く転がり続ける。
体から噴出す血が地面を赤く染め、まるで赤いカーペットでも敷いているかのような状態になっている。
「チィィイ!!」「チィチィ!!」パパを虐めないでと言わんばかりにベビンネ達が泣き叫ぶ。
だが幾ら泣き叫ぼうが攻撃は止まない。

暫くすると、唐突にトゲキッスが攻撃を止めてしまった。
一瞬ママンネが妨害入ったのかと思ったがママンネはベビンネとともに呆然と立ち尽くすだけだ。
パパンネは攻撃が止んだのを幸いとばかりに体を捩りママンネの元へ向かう。恐らく癒しの波動でもしてもらおうとしてるのだろう。
体を鞭打ちキャタピーのように進むその外見は最早タブンネと呼べるのかどうかも疑わしい程に原型を留めていなかった。
手足があり得ないような方向へ曲がり、顔が陥没し、そこから目が浮き出ている。

少しずつではあるが着実にママンネの元へと進むパパンネ。トゲキッスは何をやっているんだ?このままでは回復されてしまうが・・・
当のトゲキッスは特に追撃を加える気配を見せず、じっとパパンネを見つめている。何か考えでもあるのだろうか?
まあ計画の都合上今は見守る事しか出来ないわけだが。

さて、ついにママンネの元へと辿りついた。パパンネはそっと顔をあげ、助けを懇願する。
顔が殆ど陥没して表情が分からないが苦痛の中にも何処か安堵のような感情が混じったているような気がする。
だがそのパパンネの前に映ったのは得体の知れない怪物に恐怖し、今にも逃げ出しそうなベビンネと、
まるで汚物でも見るかのように嫌悪感に満ちた表情をして後ずさるママンネだった。
「ビィ・・・ガァ・・・」守ろうとした家族からの拒絶。パパンネは全てに絶望しそのまま息絶えた。

「ミッ・・・」ママンネ瞬間我に返ったようだ。取り返しのつかないことをしてしまったと言わんばかりの罪悪感に満ちた顔。
急いでパパンネの元に駆け付け、癒しの波動を使う。
「ミィィイ!!ミィィイイ!!」涙をボロボロこぼして癒しの波動を続けるママンネだが、死者を蘇らせる事など出来る訳が無かった。

「ミィイヤァァアアアア!!!」泣き崩れるママンネ。自分の所為で夫を殺してしまったような罪悪感に囚われているのだろう。
そんなママンネを見てもトゲキッスは表情一つ変えずベビンネの方を見る。「
チッ・・・チャァァ!!!」目が合ったベビンネが、恐怖に耐えられず逃げ出す。
ママンネはベビンネの悲鳴を聞いて状況を把握したのか、涙を拭いて立ち上がり子供達の前に出て大の字で立ちふさがる。
子供達は命に代えても守ろうと言わんばかりの顔。
対してトゲキッスは目の前に立ち塞がるママンネへと、野球のボールより少し小さい程度の小型波動弾を二発打ち込む。

咄嗟に手を十字に交差させ、防御しようとするが、トゲキッスが狙ったのはそこではなく足元だった。
双眼鏡を通して見ている私の元にまで届く骨が砕けた音。ママンネの体は宙を舞い、次の瞬間顔面から地面へと勢い良く叩きつけられた。
そのままピクリとも動かない。おいおい、まさか死んだのか・・・?このままでは計画が・・・いや、微かだが動いた。
まだ死んではいないようだ。

トゲキッスは倒れたママンネを一瞥しただけでベビンネの元へと降り立つ。当のベビ達は腰を抜かし、立つことすら出来ない。
目からは涙腺が崩壊しかねない程の大量の涙を流し、失禁までしている。
トゲキッスは右の羽に本来エアスラッシュに用いる原理と同じように真空の刃を作り出した。
そしてそれをそってベビンネに近づける。
「チギャアアア!!!」ベビンネの悲鳴と共に綺麗に左手が手が切断される。
あの小さい的の左手のみを正確に切り落とす技術、持ち主ながらその実力に畏怖の念を抱かずにはいられない。
続けざまに右手も切り落とす。その痛みは一層ベビンネを叫ばせる。
他ののベビンネはすっかり怯え、目をつぶって両手で耳を押さえている。足を潰されたママンネはただ泣き喚く事しか出来ない。
しかしようよく考えて見れば手は無事なはず。両手で這って行けばベビンネを助けに行けるだろうに・・・冷静さを欠いているのだろう。


その後ベビンネは僅か数秒の間に体中を切り刻まれたバラバラ死体と化してその生涯を終えた。
残りの固体も一瞬の安息すら許されず同じような末路を辿った。
よし、一つ目の目的である『ママンネを残したまま他の家族を皆殺しにする』を達成だ。

愕然としたまま動けない残ったママンネ。するとトゲキッスの体に異変が。突如その外見に似合わぬ巨大な性器がそそり立ったのだ。
次の瞬間ママンネへと覆い被さり、今にもはち切れんばかりにそそりたったそれをママンネに挿れた。
これが二つ目の目的だ。一時的にだが『一家を壊滅させたトゲキッス自身にママンネとの間に子を宿させる』と言う事だ。
「ミッ・・・ミィィィイイ!!」苦痛だけではない、自分の家族を奪った者との性交など認められる筈が無い。
だが幾らもがいても逃れられない。

発情したポケモンの勢いは留まる事を知らずあっという間に性交が完了。これでいい。明日には怪我も治り、卵も産まれているだろう。
目的は達したので今日は一事撤収するに限る。トゲキッスもそれが分かっているらしくビクビク震えるママンネを巣の奥へ弾き飛ばし、此方へ戻ってきた。

平穏とはあっけなく崩れるもの。つがいのタブンネの努力の賜物である幸せは、私に発見された時から僅か数十分で崩壊した。


翌日仕事帰りにあのタブンネの巣を確認しに行った所、無事に卵が産めている事を確認。
だがママンネの姿が見えない。餌でも探しに行ってるのだろうか?
卵だけを残して出掛ける等本来なら信じられない行為だが、子供への愛が無いのなら話は別だ。
何にせよ明日からは長期の休暇。この家族の行く末を楽しませてもらうとしよう。

次の日の朝。卵からベビンネが孵った。純粋に母を求める甘えた目。だがママンネに喜びの表情は無い。
むしろ汚らわしい物でも見ているかのような顔だ。
それから暫く様子を見ていたが、ママンネはやはりと言うべきか、生まれたベビンネ達を自分の子供とは認めはしなかった。
当然だろう。今まで生きた地獄とも言える過酷な環境を生き抜いてやっとの思いで手に入れた愛する家族と苦しいながらも幸せな日々。
それは全て奪われてしまった。
変わりに手に入れたものと言えば自分の幸せを奪った憎きトゲキッスとの間に生まれた汚らわしき子供達。
ママンネにとっては愛せる存在な訳が無い。

ママンネは擦り寄ってくるベビンネ達に迫害し始めた。自分が取ってきた木の実を一切分けてあげず、自分だけで食べている。
ベビンネがねだっても全く聞く耳を持たない。
それだけではない。自分に懐いて来るベビンネ達を死なない程度ではあるが、ビンタで叩き、体当たりで吹き飛ばした。
ベビンネが号泣しても悪びれるようすは無い。それどころかベビンネを怒鳴りつけている。
正直何を言っているのか分からないが恐らく表情や口調からして汚い言葉でベビンネ達を罵っているのは理解できた。
そこまでされてなおベビンネ達は本能で自分の母親への愛を必死に訴えるのだが、ママンネの心が揺れ動くことは無かった。

そんな調子で数日が経過。このままベビ達が餓死して終わるのも面白くない。
そこで私はママンネが食べ物を取りに行ってる頃合を見計らって巣に近づいた。
中には痩せ細ったベビンネ達が。元のふっくらした体が見る影も無い。もう泣く元気も無いのだろうか?
まったく動こうとはせず、しかしその瞳は恐怖を訴えている。
私は無言でそっとベビンネの口にオレンの実を運んだ。
「チィ・・・チィ!♪」恐らく生まれて初めての食事、ベビンネはその甘みに酔いしれ、存分に堪能し、歓喜の声を上げる。
餓死寸前のベビンネにとってはまさに天にも昇る気分だろう。


「「チィ!チィ!チィ!」」
先程の全く動く気配も見せずに死んだコイキングのような目をしていたベビンネ達が一変。
余りに美味しそうに木の実を食べるベビンネを見て他の固体もオレンの実を欲しがっている。
当のオレンの実を食べた個体も一つだけで満足出来なかったのか、おかわりを催促してくる。

「あわてない。あわてない。木の実はまだ沢山あるよ。」そう言って私はオレンの実を差し出す。
「「「チィィィイイ♪!!」」」ベビンネ達は我先とそれに群がっていく。
「さて、ママンネが帰ってくる前に撤収とするか。」私はオレンの実に夢中になってるベビ達を尻目に巣を後にした。


こんな調子でまた数日が経過した。必死にママンネによるベビンネ虐待を鑑賞しつつ、時々餓死しないように私自ら木の実を渡す日々。
ママンネはベビに餌を与えていないのに何故か死なない事に関して疑問を持っていない様子だ。所詮タブンネはタブンネと言う事か。
さて、何時の間にかベビンネ達はすっかり私に懐き、今では巣に近づいただけで甘えた声で擦り寄ってくるようになった。

そんなある日そろそろ頃合と判断した私は、ママンネが在宅時に巣へと訪れた。
「ミィ!?」ママンネは私の存在を確認するや否やベビンネ達を表に放り投げ、自分は巣の奥へと逃げ隠れて行った。
だが、ベビンネ達は全く怯える気配を見せない。それどころか私へ擦り寄ってきた。
「ミ・・・ミィ?」ママンネは全く状況が理解できない様子だ。まあ当然だろう。だが今は無視する。
「よし、お前達。オレンの実だぞ。」「「チィィイイ♪!」」私は袋からありったけのオレンの実を取り出し、ベビンネ達に配った。
ベビンネ達は実に美味しそうに食べ始める。
「「チィ♪チィ♪」」此方を向いて満面の笑みを浮かべるベビ達。恐らくお礼を言ってるのだろう。
「ミィィィイイ!」隠れていたママンネもオレンの実を確認したのか、凄まじい勢いで表に出てきて、ベビを押し退けて木の実を強請り始めた。
よく見るとベビ達が何か不快そうな顔をしている。ある意味当然と言えるが一旦黙認して、ママンネにオレンの実を渡す。


「そうだお前達。私の家で一緒に暮らさないか?木の実も沢山あるぞ。」木の実を食べるママンネ達に対し、私は唐突にこう言った。
だがここで問題が。ポケモン図鑑によるとラティオス等の高度な知能を持つポケモンは人の言葉を理解するようだが、
タブンネに人の言葉は理解できるのだろうか?
「ミィミィ♪!」自分に都合の良い事と判断したからだろうか、ママンネは喜んでいる。
「じゃあ皆で行こう。さあこっちだよ。」そう言って私は皆を誘導する。
ママンネも共に行くと言う事になった為か、ベビの顔には笑顔が無い。
さあ、ママンネちゃん、辛い過去にはバイバイバタフリー。これからは新しい家族との幸せな暮らしを送ろう。
まあその前に自分のした事のツケを払うのが先だけどね。

ママンネ達を引き連れて私は自宅に帰還。そのまま居間に上がる。
予めトゲキッスやその他の手持ちはボールにしまっておいた上で、彼らと鉢合わせしないようにしている。
そして思う存分ママンネ達に木の実をご馳走した。今は皆眠っている。その隙に私は皆を別の部屋に移動させた。

翌日。「ミィ・・・ミィ?」目覚めたママンネが違和感に気付いたようだ。
昨日と全く別の部屋。それだけではない。自分とベビンネの間には透明なガラスの壁。
ママンネは巨大な水槽に閉じ込められている状態なのだ。
「やあ、おはよう。さあ朝ごはんだよ。」私はそんな壁の存在など忘れてるかのようにオレンの実を渡す。
ただしママンネには一つもあげずに全てベビンネ達にだ。

「ミィ・・?ミィ!?」ママンネが私に何か訴えてくる。恐らく私の分は?と尋ねているのだろう。
「お前の分かい?ベビ達に分けてもらいなよ。」そう言って私は部屋を後に。
そのまま別の部屋に移動し、隠しカメラから部屋の様子を見る事とする。

さて、部屋の様子を見てみると、木の実一つ貰えずに呆然と佇むママンネ。
対して沢山のオレンの実をもらい、食べるベビンネ達。
実は水槽にはタブンネの片手が通る程度の小さな穴が開いており、そこから木の実を入れて貰えば食事にありつけるのだ。

「ミィィイ!!ミィィイ!!」水槽の壁をガンガン叩いて叫ぶママンネ。ベビンネに木の実を分けるように命令してるようだ。
随分と威勢がいい。まるで自分の立場が分かっていないようだ。
恐らく自分に擦り寄ってくる子供達だし命令すれば従うと判断したのだろう。

だがベビンネ達は答えなかった。狙い通りだ。
親から虐待される中で、私から食べ物を貰う事により、何時しか本能的な親への依存や愛と言ったものは全て消えうせてしまった。
そして残ったものはと言うと自分達をこれでもかと言うほど迫害し続けた親への晴れることの無い憎しみのみだ。
「ミィイイイイイ!!!」ママンネは言うことを聞かないベビンネ達に対し、一層声を荒げるが、ママンネはガラスの壁の向こう。
攻撃も届かず、ただ叫ぶだけの存在に恐れなど抱く筈も無く、幾らママンネが叫ぼうがベビンネ達が耳を傾ける事は無かった。

それから数日が経過。ベビンネ達はもうすぐ成体となる程にまで成長した。
一方ママンネはと言うと食事も出来ない極度の空腹状態で刻一刻と死に近づいている。
最初は威勢よく命令していたママンネだが、ここのところ終始明後日の方向を見つめて何やら思いつめている。
おそらく自分が生きる為にはどうすべきか理解したのだろう。
だが理解はしていてもそれを行動に移す事が中々出来なかった。
相手は子供、それも自分の家族を奪った憎き敵との間の子供だ。流石にプライドが許さないのだろう。

もっとも、このママンネも私に発見される前まで愛する家族と幸せに過ごしていたのだ。
その域まで達するタブンネが果たしてどれ程いるのだろう。
恐らくタブンネの過半数はそこに達する事は無く、その生涯を終える。それが「野生」と言う世界だ。
ママンネもそんな同胞の惨めな死に様を嫌と言うほど見てきただろう。それだけに、かつて手に入れた幸せな家族は野生の厳しい環境を生き抜いた末にようやく手に入れられた幸福と言えよう。

そう考えればタブンネなりにプライドがあると言うのも、まあ分からないでもない。
自分のプライドと命の二つを天秤にかけて葛藤していたママンネ。だがついにこの時が来た。
「・・・ミィ・・・ミィ・・・」ママンネはついに薄っぺらいプライドを捨て、懇願し始めたのだ。憎き子供達に。
ベビンネ達が生まれた頃から今までの強気な態度は見る影も無く、今や最愛の家族を奪ったトゲキッスとの間に生まれた子達へ、涙を流し、懸命に「命乞い」をしている。
私は苦笑を禁じ得なかった。気を抜いたら笑い出してしまいそうだ。だがあくまで私は何事も無いかのように接する。

時々私はベビンネ達にママンネを水槽から出してあげるかどうかを尋ねる。だが答えは満場一致でノーだ。
そして私は実にわざとらしくママンネに言う。
「ごめんね。ここから出してあげたいけどベビちゃん達が皆駄目だって言うからだしてあげられないんだ。」
「いや~君がちゃんと愛情を込めて接していればこんなことにはならなかったのにねぇ~」
そう言った時のママンネの顔。悲しみに悔しさに後悔とが混ざり合ったかのような何とも言えない顔に思わず噴出しそうになる。
ベビンネ達も憎きママのそんな様子が余りに面白いのか皆笑い、蔑んだ。それに対するママンネの反応が殊更滑稽である。

それから数日後。ママンネは悔恨と後悔の中で息を引き取った。だが、ベビンネの中に悲しむものなど居なかった。
奴らにとっては自分達を苦しめた憎き相手が死んだというだけの事なのだろう。

さて、ママが死んで残ったベビ達も今ではすっかり成体のタブンネだ。相変わらずポケモンの成長の速さは凄まじい。
後はこの元ベビンネ達を野生に還して全てが終わる・・・訳が無い。コイツらには最期の仕事をして貰う事とする。


ある日私は元ベビンネのタブンネ達を引き連れてある部屋へと入った。中は真っ暗で何も見えない。
「ミィ?」「ミィ・・・」タブンネ達が不安そうに私を見つめる。
「大丈夫。怖くないよ。さあ前に進んでごらん。」私がそう言ったのでタブンネ達は恐る恐る前へ進んでいく。

タブンネ達が全て中へ入っていったのを確認し、私は大声で言う。
「おーい!サザンドラ!好きにしていいぞ!」そう言って次の瞬間私は部屋の外から扉を閉め、鍵を掛ける。
扉を閉める瞬間暗闇の奥から鋭く光る赤い眼光に背筋がざわめく。

次の瞬間この世のものとは思えぬ咆哮と、タブンネ達の悲鳴が聞こえた。
「ミィミィ」と言う泣き声と共にガンガン扉を叩く音が聞こえる。
タブンネが助けを求めているのだろう。だが知ったことではない。

察しの通り、この奥にはあの凶暴ポケモンのサザンドラが居るのだ。
サザンドラと言えば図鑑での説明で目に映るもの全てを破壊しつくす凶悪なポケモンであると書かれているが、
実はトレーナーがサザンドラに襲われると言う事件は殆ど無いに等しい。
何故なら、モノズの頃からトレーナーと共に暮してきた事により、高度な理性が芽生えるのだ。
そしてその理性によって破壊の衝動を抑制していると言う訳だ。

だがそれにも限界がある。本能的に染み付いた衝動を抑えるには、高度な理性に加えてバトルで発散する必要がある。
つまりバトルが出来ないまま長期間放置されると破壊の衝動が抑えきれなくなってくるのだ。
あのタブンネ一家の観察をしていた結果がこれである。我ながら情けない。
そこで、せめてもの罪滅ぼしに、あのタブンネ達はサザンドラの玩具となってもらう事にした。
タブンネ達が苦しむ姿を確認出来ないのが少し心残りだったが、まあいいだろう。

部屋の中が静かになったので、電気をつけて中に入ると、そこにサザンドラが居た。
赤く鋭い眼光の中にもどこか落ち着きを取り戻しているのが見て取れた。
辺りにはタブンネだった肉片が散らばっていた。
自分で止めを刺せなかったとは言え、私は自分なりにこのタブンネ達の結末には満足出来た。
タブンネ達も散々木の実を食べ、憎き母への恨みを晴らせたので十分幸せな生活を送っただろう。
サザンドラに付着した返り血をタオルでそっと拭き取りつつ、私はそう思った。

終わり
最終更新:2014年12月26日 02:07