タブンネ一家の理想郷

ここはフキヨセシティの町外れにある山のふもと。辺りには木や畑ばかりが続く都会とは無縁な光景がはが広がっている。
森林沿いに作られた舗装もされていない道路。その脇に農具をしまっておく物置があった。
道路が舗装されていない点で察しがつくかも知れないが、ここは人が滅多に通らない。故に中はホコリが積もっており、置かれた鍬や鎌と言った農具も錆び付くなど、最早どれだけ長い期間放置したのか分からないほどだった。

そこには何時の頃からか住み着いたタブンネの一家が居た。外からは決して除けないような物置の奥隅で、一家が仲良く過ごしている。
家族構成は一家の大黒柱であるパパンネ、卵を産んだばかりのママンネ、成タブンネの半分ほどの大きさをした子タブンネ、そして4つの卵だ。
卵は生まれてきたベビンネのベッドにもなるワラの束をほぐしたカーペットを敷いた木箱の中に置かれており、一家全員が期待を込めた視線で眺めている。

一家は皆肌のツヤも良く野生のタブンネとは思えぬ程清潔である事が伺える。と言うのもこの物置からそう遠くないところにフキヨセシティがあ。
実は野生のポケモンの間には人間の居住地には不用意に近づかないようにすると言う暗黙の了解がある為、誰もこの辺りに立ち寄ろうとせず、そのお陰で木の実等の食料を独占する事が出来た。
また、物置から数メートル先には川が。これは飲料だけでなく水浴びも可能となる水源となった。
そして何よりも大きいのはこの物置だ。何年も放置されたとはいえ、元が頑丈な為、雨や暴風と言った自然災害にも恐れる必要のない住処を手に入れる事に成功した。
卵が孵るのを待つつがいの眼には一筋の涙が。その涙には今までの苦労、悲しみ、喜びが全て凝縮されている。

実はこのタブンネ一家が以前住んでいた地域では洞窟と言った巣に有効な場所は全て他の強力な野生のポケモンたちに独占され止むを得ず木を並べて作った家はボルトロスやトルネロスが起こす自然災害によって無残に壊されて行った。
そして住処を失い雨風に晒されたばかりか、これ幸いと言わんばかりに一家に襲い掛かる他ポケモンの追撃により、何匹ものベビンネの命が奪われていった。
こうした幾度にも積み重なる悲劇に耐えかねたつがいは、住み慣れた地域を後にし、たった一匹の生き残った子タブンネを引き連れ旅に出たのだった。

旅の果てに思い切って他のポケモンが足を踏み入れない場所に足を踏み入れこの置物を見付けた時つがいは思わず身震いするほどの感動と同時にある疑問ももった。
これ程の施設は人間が使ってるかも知れないという疑問だ。
野生で生きているタブンネは皆人間の脅威は嫌と言う程理解していた。
だがこれ程住処として有効な物置を簡単に諦める事など出来ず、つがいはそれから木の実を探す途中に度々この物置の様子を見に来た。
そして数週間が経過した時、この物置には人間が来る気配が無い事を悟り、新たな住処とする結論に達したのだ。

そして時は流れ現在。新たなる命を受け入れる万全の環境が整った物置の中で、ついに一家が待ち望んだ瞬間がやって来た。
「チィ♪チィ♪」
「ミィィイイ」
希望に満ちた表情を浮かべるベビンネたち、その顔につられるかのように一家皆が一層明るい笑顔になった。

ふとパパンネがオボンの実を噛み砕いてそっとベビンネ達のところへ吐き出す。するとベビンネ達が一斉に群がった。
「チィィイイ!♪」
もう既にベロベルトに近い体系になるほど食べているのにまだ満足しないベビンネ達。
そんなベビンネの微笑ましい姿に子タブンネは自分が大好きなオレンの実を惜しげもなく持ってきた。
そしてそれを生まれてきた妹達に千切っては食べさせてあげている。その姿はつがいのタブンネの心をこれでもかというほどに暖めた。

こうして生まれて間も無く存分に腹を満たしたベビンネ達は、両親に舐めてもらう事で体を綺麗にしてもらい、ワラ製のベッドの中で満面の笑みで眠りについた。
それを見届けた一家もベビンネの周りにワラの布団を敷いて、眠り始める。

台風にも屈しない安全な住処、暖かいワラの布団、豊富な水源、独占状態の食料、ここにはまさにタブンネ一家が必死で追い求めた理想郷が存在した。
約束された明るい未来と希望の光。タブンネ一家は自分を取り巻く世界の優しさに感激しつつ眠りについた。


新たな家族が誕生した次の日。
パパンネは今日も朝から木の実を探している。一方ママンネと子タブンネは、ベビ達が昼寝をしている間に、物置の外で日向ぼっこをしていた。
仰向きになって大の字の体制で日に当たるママと子。だがその時突然足音が聞こえてきた。

持ち前の聴力で察知したママンネは咄嗟に子をつれて近くの草むらに逃げ込む。
すると一人の人間がやって来た。その人間はポケットからモンスターボールを取り出しローブシンを呼び出すとそのままローブシンと何か会話をし始めた。
ママンネには人間が何を言ってるのか理解できず、ただ見守る事しか出来なかった。
しばらくすると会話を終えた人間が何を思ったのかローブシンを残して帰っていった。
残ったローブシンは次の瞬間驚くべき行動に出た。何と手に持ったコンクリートを振りかぶるとそのまま物置へと振り下ろしたのだ。
轟音と共に物置に風穴が開いた。

一方パパンネはベビと戯れたいが故か、いつもなら一日掛けて集める量の木の実を午前中に集めて、物置へと帰って来た。
パパンネが戻って来たとき、そこには恐るべき光景が広がっていた。
他のポケモンが現れない筈のこの場所に現れたポケモン、しかもタブンネの天敵とも言える格闘タイプのローブシン。
そしてそのローブシンが家を壊している様。
さらに・・・
「ンミィィイイイイイ!!」
「ミィミィ!ミィフゥー!!」
ローブシンに捨て身タックルを続けるママンネとローブシンを精一杯威嚇している子タブンネ。
自分の愛する家族が無謀にも格闘タイプのポケモンに挑みかかると言う光景。

余りの唐突な出来事の連続に戦慄しつつも、パパンネは全速力で一家とローブシンの間に割ってはいる。
そうする間にも巨体に似合わぬ器用さで迅速に物置の屋根を外し続けるローブシンの手は一切休まることが無い。
「ミィィィイ!ミィ!」
「ミィ!ミッミィ!!」
パパンネに対しローブシンが家を壊している、止めてくれと頼むママンネと子タブンネ。
だが、そんな家族の意見に対し、パパンネが取った行動は・・・

「ミィ!ミィィィィィイイイ!!」
「ミミッ!!・・・ミィ?」
額を地面にこすりつけ謝罪し許しを請う。人間で言う土下座だ。
唐突に現れ家を破壊するものに頭を下げる姿は家族にとっては格好の良いものではないだろう。
だが、パパンネには例え自分のプライドを捨ててでも守らなければならないものがある。
ローブシンが何故この物置を壊そうとしているのかは分からないが、そんな事はどうでも良かった。
ローブシンは強い。もしこの一家の誰かが元トレーナーの手持ちである捨てタブンネであって、技マシンのサイコキネシスを覚えていれば、他の家族の手助けによるサイコキネシスで一矢報いる事も不可能ではなかったかも知れない。
だが生憎この一家は皆根っからの野生であり、そのような技など持っていない。
そうなると残された攻撃手段はタックル等の物理攻撃しかない訳だが、タブンネ程度の物理攻撃などで打ち倒せるような相手ではない。
つまりどう足掻いても敵う相手ではない。ならばどうするか?答えは決まっていた。全力で謝り許しを請おう。ポケモンとしての誇りを捨ててでも手に入れた家族と家を守れるなら・・・

やがて他の家族にもパパンネのそんな思いが通じたのか、皆一斉に土下座を始めた。
自分達の家を突如破壊された怒りで思わず我を忘れていたが、冷静に考えれば如何にタブ脳と言えど自分達の行動の愚かさは理解したようだ。
しばらく土下座を続けたところ、ローブシンのものと思われる足音が近づいてきた。
視線は地面に向いているのでローブシンの表情は分からない。さらに触覚で触れた訳でもないのでローブシンが何を考えているのかは分からない。
もしかしたら謝ったところで許してもらえず、痛い目に遭わされるのかも知れない。そう思うとパパンネは震えが止まらなかった。

だが、ローブシンはパパンネに近づくと、別に話しかける訳でもなく、土下座を続けるパパンネの前から動く気配を見せなかった。
「・・・ミィ?」
静寂がパパンネの不安を大きくさせる。刻一刻と高まっていく緊張に耐えかねたパパンネはそっと顔をあげる。
その目に映ったのは、コンクリートを振りかぶったローブシンだった。

「ミ"ッ・・・ブォッ!?」
「ミッ・・・?・・・ミッ・・・ミィィャァァァアアア!!!」
「ミィ!ミィィィイイ!!」

家を破壊するのとは違う、異様な音に反応したママンネと子タブンネが目にしたのは、コンクリートブロックを落とされ、脳天が潰れて変形しているパパンネだった。
不幸中の幸いと言うべきか、パパンネは普段から食料に困らず栄養の状態も良好だったため、即死は免れたものの重症には変わらず、片目が飛び出し全身を強打したため生きてはいるものの二度と喋る事も動く事も出来ない体に成り果ててしまった。
「ミィ!?ミィ!」「ミィミィ!ミィ、ミィ!」
半ば錯乱している子タブンネにママンネはパパは強いからきっと大丈夫だと言い聞かせる。
一方パパンネを再起不能へと追い込んだローブシンは、ママンネ達がパパンネを開放している間に尚も解体作業を続けていた。

そして全ての屋根が剥がされた時、ついにそれまでは隠れていて見えなかったベビンネ達が居るベッドが日の光に晒された。
「ミィィィイイイイィィィ!!!!」
ベビンネ達に逃げるように叫ぶママンネだが逃げれる訳が無い。まだ生まれてから丸1日経過したかどうかも微妙な程の赤子達だ。
立つ事も出来ずにおててとあんよで這うのがやっとな状態だ。
加えて、先程からの轟音と家族の悲鳴にこれでもかと言うほど晒されたベビンネ達は恐怖のあまり限界に達しており、皆ベッド中央で身を寄せ合い、ただ震える事しか出来ない状態だ。

そんなベビンネ達をローブシンはベッドごと持ち上げる。すると意外にも左手の人差し指でそっとベビンネ達を撫でた。すると先程まで恐怖に震えていたベビ達が落ち着きを取り戻た。
ママンネは思った。例え酷い事をするローブシンと言えど何の理由も無くそのような事をする訳ではない。
ましてや穢れも知らない赤子をそんな目に遭わす事など出来るはずがない。きっと天使のような可愛い子達がローブシンの怒りを静めてくれたのだ。
ローブシンはベビンネ達を抱えたまま物置を出て、すぐそこにベッドごとそっと降ろした。

そしてその上に元々屋根の一部だった木材を一斉に落とした。
「・・・・ミッ、ミィ!ミィィィイイイイ!!!」
思わず叫び、駆け寄るママンネ達。だがローブシンはそんな言葉など聞く耳を持たないと言わんばかりにゴミを積み重ねている。

「ミッミッミィ!」木材自体は別にそれ程ではないが量が多い。子タブンネではどけるのに一苦労だ。
ママンネなら楽に処理できるだろうが、ママンネはローブシンに胴を掴まれ、動けない状態だった。
「ミィ!ミィ!」放すようにローブシンに訴えるが聞く耳を持ってもらえない。
ローブシンは片手でママンネを掴んだままもう片方に手を使い、ママンネに渾身の力を込めたパンチを叩き込んだ。
「ブッ・・・ギィ・・・」パンチによる衝撃は重く、ママンネもパパンネと同じ様に意識こそあるものの、話す事も動く事も出来ない体となってしまった。

一方、子タブンネはママに起こった悲劇など気付いた様子も無く木材をどけ続けている。
すると、ベビンネ達が、息が荒く苦しそうではあるが、呼吸音が聞こえ、無事な様子だった。
子タブンネがほっと一息ついた次の瞬間。体が中に浮いた。戻ってきたローブシンによって持ち上げられてしまったのだ。
「ミッ!?ミィイ!!!」
自分を降ろすように訴える子タブンネを無視してそのままローブシンは歩いていく。
パパンネとママンネは身動きが取れず、言葉を発することすら出来ない中、視線を子タブンネに向けて、涙で訴える。
絶望的状況の中、僅かに残った希望。子タブンネの綺麗な瞳を見て朗らかな声を聞けば、ローブシンの心もきっと癒される筈。

そんなパパンネとママンネの祈りが通じたのか、ローブシンは歩みを止め、子タブンネを下ろした。
だが子タブンネが行き着く先は地面ではなく水の中だった。何時も一家が水浴びをする川へと突き落とされたのだ。
「ブゴゥッ・・!!ムゴゴゴゴゴッ!!」
水中に投げ出され、子タブンネは体を捩るようにして暴れる。先程言ったとおりこの一家は皆野生の個体である。故に当然と言えば当然だがこの子タブンネも波乗りなど覚えておらず、ただ力尽き、沈むのを待つばかりだ。

その後川から戻ってきたローブシンの手に子タブンネの姿は無かった。
パパンネもママンネも意識が遠のいて行く中、愛しい子タブンネにはもう二度と会えない事を悟り涙を流し、声にならない叫びを上げ続けた。
そしてローブシンは、ベビンネ達の上にもう一度木材を積みなおし、その後パパンネ達の声にならない静かな叫びをかき消すかのように乱暴な音をたてながら物置を解体していった。
物置が解体され、体が埋められて行く中、一瞬だけパパンネの触覚がローブシンの体に触れた、それによってローブシンの感情を読み取ったパパンネは愕然とする。
ローブシンの頭の中には一刻も早く物置を解体する事しか考えていなかった。自分達タブンネなど、錆び付いた農具と同じゴミでしかなかったのだ。

かつてタブンネ一家の理想郷があった場所。だが今はそこには草一本生えていない地面以外、何も残ってなどいなかった。

最終更新:2014年12月28日 02:38